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死神輪舞:第六章

死神輪舞:第六章






 星斗は酷く冷静な目で僕を見下ろしていた。

 小さく、形の良い唇が震えて、そこから音が紡ぎ出される。
『――、――――。――――。』
 それは僕が聴いたこともない、奇妙な言語だった。日本語ではない。英語でもない。ただひたすら妙な音が出ているという印象しかしない。
 一体何をするつもりなのか。固唾を飲んで見守るしか出来ない僕の前で、星斗がゆっくりとその掌を僕の額に乗せた。瞬間、まるで熱せられた鉄板でも当てられたかのように、熱さによる痛みが額を貫く。
「――がっ、っっ! く、あ……っ!」
 経験したことのない、激痛に喉が勝手に音を吐きだす。
 動かない身体をそれでも無理に動かそうと――どうしても動いてしまう――して、体に大きな負荷がかかり、ギシギシと軋んで音を立てる。
 その時だ。鈴が鳴るような声が、部屋に響いたのは。
「我慢して」
 一瞬、僕はそれが誰の声かわからなかった。一日中、ずっと聴いていた声だったのに――それはまるで初めて聞く声のような印象を受けた。
 当然、この部屋にいるのは僕以外に一人しかいない。
「せい……と……?」
「静かに」
 さらに彼の声がそう告げ、再び妙な言葉を紡ぎ出す。
 途端に激痛が蘇り、僕は恥も外聞もなく叫び、呻いた。暴れようとする身体は動かなかったから、痛みを紛らわせることも出来ず――僕は地獄の責め苦をひたすら耐え抜かなければならなかった。
 どれくらいその時間は続いただろう。
 唐突に声が止み、痛みが引いて行く。それと同時に全身を這いまわっていた文様がまるで巻き取られるかのように一か所に集中していって――黒い痣のようになったそれを、星斗の手が掴み――身体の中に指が入り込んでいたのに、血も痛みも生じなかった――取り出す。
 それを着ている服のポケットに入れた星斗は、息も絶え絶えで動けない僕の体に――僕から脱がせた物だろう――バスローブをかける。
「処置は完了した」
 淡々とした星斗の声が…………いや、違う。いま僕の目の前にいるのは、この子は星斗じゃない。
 僕は激痛を絶え間なく与えられたために、霞む眼を凝らし、『その子』を見る。
「きみ、は…………星斗、じゃない…………ひょっとして」
 君は。
 僕が何を言いたいのか、察したのだろう。『その子』は、相変わらずの無表情、かつ淡々とした声で答える。

「わたしの名は、アルミールアラミーナ。赤城星斗にその身体を預けている死神」




 朝。
 経験したことはないけど、二日酔いした時の頭痛っていうのはこういうものなのかな、という感じがする頭痛を抱えてダイニングに行くと、すでに起きて、朝食を食べていた星斗がこちらを向いた。
「おっ。亮。おはよう。良く眠れたか?」
 天真爛漫な笑顔で、そう問いかけてくる星斗。僕は苦笑いを浮かべて彼の言葉に答えた。
「おはよう、星斗……うーん…………ぼちぼち…………」
「……どこがだよ。調子悪そうじゃねえか」
 一瞬訝しげに細められた星斗の瞳は、すぐに怒りを宿して僕を貫く。立ちあがって僕の傍まで来た生徒は、その手を伸ばして僕の額に触れた。
「ん……ちょっと熱っぽいな。風邪か? …………やっぱ昨日あんなに振り回したのが悪かったのか……すまん」
「……いや、星斗が悪いんじゃないよ」
 それは確信を持って言えた。
 悪いとするなら『あの処置』を行った彼女だ。
 頭痛はすぐに引くと言っていたし、後遺症もないというけど……どうだか。
 でも、そのことは星斗には言えない。それが彼女と交わした約束だったから。
 星斗は玲奈さんに言って、病人のための用意をさせた。
「お前、もうちょっと寝てろ。玲奈に色々準備させる。精のつく食いもんを用意してもらうからよ」
「いや、いいよ……寝てると余計に頭がぼんやりしそうだし……」
 病は気からという。実際、病気でないことはわかっているんだし、ここは無理をしてでも動いておいた方がいいだろう。
 星斗はそれでも心配そうな顔をしていたけど、僕の意思を尊重してかそれ以上寝ていろとは言わなかった。
 僕は、そんな星斗の前の席に座る。それから暫く心を落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。
「ねえ、星斗。……君に、話しておきたいことがあるんだ」
 そう切り出しながら、僕は昨日アルちゃんから聴いたことについて思い出していた。




 夜中。
 その声は、どこまでも静かで、落ち着いていた。星斗が話している時の陽気な調子は微塵もない。でもそれこそがこの声の本来の姿。それは僕にとっては違和感のあることだったけれど……声の質を考えると、この方が確かに相応しい。
「わたしは、赤城星斗の魂を回収する使命を受け、彼が収容されていた病院へと赴いた」
 淡々と、彼女は言葉を紡ぐ。
 彼女はいま、ベッド脇に置かれた椅子に座っていた。最初は立ち続けているつもりだったみたいだけど、話が長くなると聞いた僕が椅子に座って喋ることを勧めたのだ。その僕はベッドで寝たまま彼女の話を聞いていた。先ほど彼女が試みたらしい『処置』とやらのせいで上手く身体が動かなかったからだ。
「そこで見たのは、すでにいつ死んでいてもおかしくないほど、体が崩れていた赤城星斗。肉体は魂の器としての役割を果たしておらず、いつ魂が剥がれてしまってもおかしくない状態だった」
「体が……崩れる?」
「あなたにわかるように言い表せば、病魔によって死の淵にあったということ。その時の赤城星斗の体は悲惨な状況だったと表現する。わたしの美醜の感覚は人のそれとは違うけど、人の感覚に当てはめれば、あれは嫌悪すべき状態であったといえる」
「…………」
 家族からも、誰からもうとまれていたという星斗。それはその病気が、見た目をも醜く変貌させるものだったから、なのだろうか。
 凄惨な話をしているはずなのに、彼女の語り口は相変わらず淡々としていた。それはおそらく、彼女が自分で言ったように、価値観が人間とは違うものであるからなのだろう。
「わたしは使命を完遂するために、赤城星斗の魂を切り取ろうと鎌を振り上げた。その時、彼の思念がわたしに流れ込んできた」
 それは魂の器たる身体が壊れかかっていたからで、魂が身体から剥離しかけていたために起こった現象らしい。
「彼の『生きたい』という意思は凄まじいものだった。大抵の人間が死ぬ間際にそう思うけど、彼の場合わたしの魂を震わせるほどの凄まじい強さで『生きたい』と願っていた」
 だからわたしは、とアルちゃんが続ける。

「彼にこの体を貸すことにした」

 壊れかかっていた星斗の体から魂を切り取り、それを天界へと送るのではなく、自身の体に取り込んで。
 本来自分のものじゃない体を通してでも、『生きている』という実感を星斗に与えるために。
「彼の魂が活動している間、わたしの魂は彼の中で眠っている。彼が眠ればわたしが目覚める。ただ、彼を取り込んでから数週間の間は、彼がわたしの器になじむまでは完全に眠っていた」
 しかし。
「彼が眠っている間に活動することが可能になるくらいには、徐々に覚醒は始まっていた。時間は短かったけど。それを一気に推し進めたのがあなた」
 僕――正確には、シェルちゃんの体という存在。
 同じ死神という存在を近くに感じることにより、アルちゃんは一気に覚醒することが出来たのだという。生身のまま、死神としての力を使えるほどに。
「わたしは昨夜あなたを見て、非常に危うい状態であることを感じた。一つの体の中で二つの魂が同時に動いているなんて、本来あってはならないこと。死神の体といえど、そのまま放置すれば数日の後に動けなくなる」
 だから。
「処置を施した。シェルフェールフールの魂を眠らせて、その身体の深層に封じた。これでもう身体に負担がかかることはないはず」
 そこまで言い終わると、アルちゃんは何となく疲れた表情で溜息を吐いた。シェルちゃんの話では本来アルちゃんは度が過ぎるくらいに無口だそうだから……たくさん喋って疲れたのだろう。
 怒涛のように聴かされたアルちゃんの話を頭の中で整理しながら、僕は彼女にこれだけは絶対にきいておかなければならないことを聞いてみることにする。
「ねえ、質問、いいかな……とりあえず…………二つほど、訊きたいんだけど」
「構わない」
「…………なんで、シェルちゃんの魂を封じたの? 一つの体に二つの魂があることがまずいなら……僕の魂をこの体から剥ぎ取るっていう方法もあったでしょ?」
 それも本来の身体の持ち主は彼女にとっては親友であるシェルちゃんだ。それを解放する方を普通は選ぶんじゃないだろうか?
 アルちゃんは少しの間、黙りこんで、やがて静かに口を開いた。
「シェルフェールフールは非常に真面目。死神の身体が人間の魂に支配されているような今の状況を許容することはないと思われる。わたしが受け入れたからいまの状況はあるけど……それを彼女が容認してくれるとは思えない」
「……じゃあ、もう一つ。アルちゃん、君はなんで星斗に身体を貸そうと思ったの?」
 同情か。
 それとも憐憫か。
 どういうわけであったにせよ、アルちゃんが身体を貸したことで、星斗が生きているという実感を感じられたことは事実だ。だから本来そこは問題にするところじゃないのかもしれないけど、どうしてもそこは訊いておかなければならない気がした。
 アルちゃんは本当に長い時間考え込み、小さな声で答えてくれた。

「気に入ったから。どこまでも、誰よりも、強く――生きたいと願う心を、愛しく思ったから」

 淡々とした調子だったが、それでもどこか感情を込めた声で。
 アルちゃんはそう言ったのだった。
 それから暫くの間、僕とシェルちゃんは、色々なことを話した。
「そういえば、なんでアルちゃんはそういうことが……僕とシェルちゃんが危うい状態ってことがわかったの? 死神と人間の魂の同化なんて、滅多にあるものじゃないんでしょ?」
「魂の原理と体と言う器の関係性について考察すれば大体の予測はつく。シェルフェールフールはそういう学習を敬遠するタイプだったから、考えが至らなかったのだと思われる」
「…………もしかして……シェルちゃんって結構死神の中でも……えーと」
「言いたいことはわかる。言わなくていい。確かにシェルフェールフールはあまりそういう面で優れた才能は発現しなかった。けれど、彼女は死神の力を使いこなすことが上手い。だから、決して落ちこぼれというわけじゃない」
「へえ……じゃあひょっとして、アルちゃんはシェルちゃんとは逆に実技が…………」
 そこまで口にして、先ほどアルちゃんが大して苦労する様子もなく魔術を使いこなしていたことを思い出した。
 案の定、アルちゃんは沈黙を数秒間続けた後。
「…………わたしは、死神の中でも歴史ある系譜を持つ死神に属する。ゆえに、発生して間もない頃から厳しい訓練を受けていた。シェルフェールフールとはそういう違いがある。比べるのは無意味なこと」
「……そうだね」
「それに、最近の風潮でいえばシェルフェールフールの方が好まれる傾向にある。わたしのように伝統に縛られた振る舞いを重視する死神の方が現在では少数派」
 シェルちゃんはそう教えてくれた。卑屈になっている様子はない。ただ事実を述べている、というような感じだ。
「へえ……そうなんだ」
「さすがに死神大王は伝統と格式を重んじているけど、時代に合わせた変化を望んでもいる」
「アルちゃんはどうなの?」
「どう、とは?」
「変化を望む派? それとも、伝統を重視する派?」
「…………」
「あ、言いたくないならいいけど……」
「わたしは、変化を望んでいる。こうして赤城星斗に身体を貸し与えているのも、その一環なのかもしれない」
「……そういえば、そうだね」
 仮に彼女がガチガチに死神の伝統や誇りを重視しているなら――そもそも星斗に身体を貸し与えるなんてことはしなかったはずだ。シェルちゃんでさえ、容認しない身体を貸し与えるという行為。それを自分からしているのだから、答えは目に見えているようなものだった。
「アルちゃん……気になっていたんだけど……」
「なに?」
「……死神の体を人間に貸し与えるって……やっぱり、悪いこと? アルちゃん、怒られたりしないの?」
「消滅させられるかもしれない」
 あっさりと。
 アルちゃんはそう言った。
「あ、アルちゃん!?」
「前例がないことだから。死神大王の協議によっては、罰として消滅させられるかもしれない。人間の言葉で言い表すと、死刑という言葉が当てはまる」
「なんでそんなに落ち着いてるのさ?!」
 信じられなかった。
 もちろん、無事で済む訳はないと思っていた。何らかの罰か何かが与えられるんじゃないかな、と心配していたのだけど……。
 まさか、死刑の可能性もあるなんて。
 アルちゃんはその身体に相応しい、冷たいほどの無表情のまま続けた。
「わたしは赤城星斗に身体を貸し与えることを決めた。自分の行為に自分で責任を取る覚悟はある」
 矜持、というものだろうか。
 アルちゃんは言葉の端に誇りさえ滲ませていた。




(……アルちゃんに言われてるし……星斗にアルちゃんのことを話すわけにはいかないけど)
 僕が出来ることは、彼女が望んだように星斗に生きるという実感を与えること。つまりは。
 星斗を騙したり、星斗に嘘をついたりしないでいいように。本音で語り合い、心を通わせること。
「星斗。実は僕……この体のこと、ちょっとだけ知ってるんだ」
「なに?」
 訝しげに星斗が顔を顰める。
 僕は少し慌てて。
「いまから本当のことを話すから、落ち着いて聴いて?」
 星斗に嫌われたら困る。
 ここは誠実に、自分が隠していたこと、隠していた訳を全部話すしかないだろう。
「まず、謝らせて。僕は星斗に助けられる前に、この体について知る機会があった。それをすぐ話さなかったのは……星斗が敵か味方かどうかわからなかったからなんだ」
 そんな話の切り出しから、僕は僕が経験してきたことを包み隠さず話した。アルちゃんが星斗に身体を貸し与えたということと、アルちゃんが星斗の寝ている間に活動できることは除いて。ほとんど全部。
「…………つーことは、俺の体もその、死神とかいう奴のものだと?」
「たぶん。似ているところが多いし」
 幸い、僕が黙っていた理由を、星斗は納得してくれたらしく、すぐに話してくれなかったことを不愉快には思ったみたいだけど、それほど大きな怒りは買わずに済んだ。僕としても、黙っていたほとんど全てのことを話せたので胸の内がすっきりした。
 星斗は顎に手を当て、考え込んでいる。
「今は、シェルとかいう死神の声はしてないんだな?」
「うん。なんでかはわからないけど……」
 これは嘘だけど、それ以外に説明のしようがなかったから仕方ない。
「ふうん……時間が経つことで、身体に亮の魂が馴染んで、死神の方の魂が消えたか、あるいは奥底に沈んで出て来れなくなったか……まあ、とにかくよかったじゃねえか」
 ほんとに星斗って頭がいいんだなぁ。すぐさまそんな風に推論をあげられるなんて。間違ってるけど、それはこっちが情報を隠してるせいだし……。
 それにしても、『良かった』という言葉には僕は首をかしげざるを得ない。
「よかった……かなあ?」
「ああ。体を奪っちまった時点で、俺達は恨まれて当然だ。だけど、消えたくはないだろ? それなら、いつまでも頭の中で騒がれてたら溜まらんだろ」
 それはそうかもしれないけど。
「そう割り切れることでもないかもしれねえけどよ。……そういう意味では、俺はこの体の持ち主と会話出来なくて正解だったのかも知れねえな」
 こんなに星斗はいい奴なのに。
 心のままに自分勝手なことをしているわけじゃなく、その行動にはちゃんと理由があって。その行動がどれほど罪深いか、される方から見れば理不尽なことをちゃんとわかっていて。
 自分の行為が人を苦しめていることすら理解しない、想像しようともしない人たちに比べたら……よっぽど星斗の方が生きるに値する。
 どうして、彼が死ななければならなかったんだろう。
 僕だって死ぬほどの理由はなかったはずなのに。
 なんで僕達は死んでしまったんだろう。僕に至ってはそれが原因で死神のシェルちゃんを苦しめた。
「…………なんで、僕達は死んじゃったんだろ」
 想いが溢れて、そんなことを口にしていた。
 よっぽど情けない顔をしていたのだろう。星斗は僕の傍に来ると、椅子に腰かけていた僕の頭を胸に抱え込むように抱きしめる。柔らかな胸と腕に包みこまれる感触。思わず力を抜いた僕の耳に、小さな星斗の声が滑り込む。
「運が悪かったのさ」
 それはきっと真実で。
 だからこそ、残酷だった。
「……割り切れないなあ」
 自分からも腕を回して、星斗の胴に抱きつくようにして頭を星斗の胸に押しつける。
「世界なんて、そんなもんだろ」
 生まれつきの病、という最大の悪運を実感として知っている星斗はそう呟く。
「そうかな」
「そうさ」
 軽く僕の疑問を肯定する星斗。
 僕も、それに同感で。どうしようもなく理解出来たから。
 なんだか無性に悲しくなって、僕は溢れ出した涙を堪えて泣いた。
 その時、星斗がどんな顔をしていたのかわからないけど。

 僕は自分の後頭部に注がれる、とても優しい視線を感じていた。




 暫く経って。
「ごめん……」
 泣いてしまった恥ずかしさから、星斗から顔をそむけながら言った僕の言葉に、星斗は軽く笑みを返してくれる。
「気にするな。それより……話してくれてありがとな、亮」
 再び僕と向かい合う位置に座った星斗は顎に手をやり、考え込む姿勢を取った。
「問題は、お前を変な生物から助けたという死神だな……数日後に、戻ってくると言っていたんだろ?」
「うん……」
 色々あって忘れかけていたけど、コルドガルドさんは僕の対処を決めるために、死神界に行って死神大王に指示を仰いでいるはずだ。
 その結果、たぶん僕はシェルちゃんの体から分離させられるだろう。星斗だって悪気はないとはいえ、死神の体で死神の力を使ったのだから無事では済まないはず。
 かといって死神達の手からいつまでも逃げられるとは思わないし……いや、星斗がこれまで見つからなかったのだから、ひょっとしたら逃げ続けることはできるかもしれない。
 でも逃げれるとしても、これから先ずっと追っ手に怯え続けるのは出来れば遠慮したいところだ。
 一番いいのは話し合って猶予を与えてもらうことだろう。でもシェルちゃんの反応から言っても、それを許してもらえるとは思えない。
「会っちまったら終わりかもしれねえし……かといって逃げればそれはそれで都合が悪い……か」
「一度逃げたら、確実に反抗の意思ありって認定されるだろうし……なんとか、上手く説得出来ないかな」
 僕も星斗も考え込んでしまった。確実にこれで大丈夫、という方策なんて思いつかない。
 逃げるにしても、コルドガルドさんには逃亡したら地獄へ落とすとまで言われているし……。
「なにか、俺達をこのままにしておいてもいい、と思わせる理由があればいいんだけどな」
 星斗がそう呟いたのを僕はなんとはなしに聞いていた。
 確かに死神達がそう思ってくれたら。僕達がこのままでもいいと言ってくれるなら一番いいんだけど……そう上手くはいかないだろう。何か代償が必要だ。例えば死神の仕事をシェルちゃんやアルちゃんの代わりにするから……とか。
 いや、そんなんじゃ認めてくれないか。考えておいてなんだけど、無茶苦茶過ぎる。
「難しい……かな」
「ふむ……俺達の状態ってのはかなり珍しいんだろ?」
 僕は星斗の問いに対し、軽く頷いて答えた。
「たぶんね、コルドガルドさんも聞いたことがないって言ってたし。シェルちゃんの話だと、コルドガルドさんって凄い死神みたいだからね……そんな人が知らないっていうくらいだから……」
 その時、ふと思った。
 アルちゃんがシェルちゃんの魂を封じたために、いまこの体の中では僕の魂だけが活動している。アルちゃんに言わせれば、一つの体の中で魂が二つ活動していることは危険なことだそうだ。アルちゃんは歴史ある死神の一族の一員だとはいえ……シェルちゃんがあそこまでいうくらいの上級死神が、シェルちゃんの気付いたことに気付かなかったのはおかしくないだろうか?
 そういえば、アルちゃんは言っていた。『あのままで放置すれば、数日の後に動けなくなっていた可能性がある』と。もしかしなくても……コルドガルドさんがよく知りもしない僕を監視もつけずに現世に置いて、死神界に平然と帰って行ったのは――
「言葉は悪いが、俺達自身が貴重なサンプルになるどうかってところだな。そうなるなら、上手く交渉すれば一か月くらいは……」
 星斗がそんなことを言い出したので、僕は思考を切り替えた。あまりいい結論にならない気がしたし。
「そうだね……やっぱり猶予時間を交渉する、が一番現実的かな」
「ああ、そうだな。出来れば人間の寿命と同じだけ欲しいけど……それはちょっと虫が良すぎるよな。でも、最低でも一ヶ月は欲しい」
「……星斗は逃げてもいいんだよ?」
 コルドガルドさんと約束を交わしたのは僕だ。星斗はとりあえず逃げておけば、いざ見つかっても「何も知らなかった」と言えば地獄行きは免れるかもしれない。僕は逃げたら地獄に落とすと言われているから無理だけど。
 むしろ猶予を与えてくれるかわからない以上、星斗は逃げておいた方がいい。僕が猶予を得られるのなら僕の後で交渉すればいいし、与えられなかったら……そのつもりで逃げればいい。
 星斗だってわかっているはずだ。彼は相当賢いのだから。
 でも、彼は首を横に振った。
「馬鹿いってんじゃねえよ。俺はダチをダシにするような薄情者じゃねえぞ。リスクは均等に受ける。なんとか猶予を得させてもらうさ」
 潔い彼の言葉に僕は感動すら覚えた。今時友達のためにそこまで言える人が、行動出来る人が、何人いるだろう。少なくとも僕はそういう人を知らない。同級生達を思い出す。
(そうさ、いつだって…………そうだったんだ)
 嫌なことを思い出してしまい、思わず僕は顔を顰める。
「おい、亮。どうした?」
 しまった。星斗に見られていたようだ。
 慌てて取り繕いの笑顔を浮かべかけ――不意に部屋の窓が粉砕され、硝子が割れる音が部屋を埋め尽くした。窓は僕の背後にある。咄嗟に振り向いた僕の視界一杯に割れたガラスが降り注ぐ。
 降り注ぐ硝子に思わず顔を手で覆って目を閉じる。けれど予想していた痛みはやってこない。恐る恐る目を開けると、いつの間にか目の前に立っていた星斗がテーブルクロスを手にしていた。どうやら硝子はそれで払い落としたみたいだ。凄い反射神経と対応力だ。とても生まれつきの病で死んだ人とは思えない。それとも……アルちゃんに身体を借りてからの日常がそれだけ厳しいものだったのだろうか。
「大丈夫か?!」
 鋭く訊いてくる星斗に、僕は何とか頷きを返す。
「大丈夫、だけど……一体何が……?!」
 そう呟いた瞬間、部屋の中に誰かが入ってきた。高い場所にあるはずの、窓から。
 彼や彼女達は、表情の読めない、無表情をその一様に整った顔に浮かべていて、その手に携えているのは巨大な鎌。
「死神か……!」
 星斗がそう呟いたけど、現れた死神達はそれが聞こえていないかのように、淡々とした声で自分達の言葉を投げ掛けてくる。
「目標を発見。侵食者『赤城星斗』その器『アルミールアラミーナ』、逃亡者『青木亮』その器『シェルフェールフール』」
 僕はその言葉に目を見開く。いま、逃亡者って……!?
「てめえら、いきなり何訳わかんないことを――」
「ま、待って! 僕は逃げてなんか――」
 僕らが叫びをあげても、無意味だった。
 彼らはまるでアルちゃんのような、無表情かつ無感動な視線を、僕と星斗に向け続けている。
「死神大王の命に従い、二人の器より人間の魂を二つ回収する。しかるのちに回収した魂を地獄へ送る」
 正面に立つ、彼らの中心的存在のような青年の死神が言う。
「抵抗は無意味であると勧告します。『赤城星斗』と『青木亮』の両名は速やかに我らに従い、その身体の持ち主へと身体を返すべきです」
 青年の死神の左横に立つ、二十代前半の女性の死神が言う。
「切除し、排除し、削除する」
 女性の死神とは反対側に立つ、十代前半の少年の死神が言う。
 その三人以外にも、二名の死神が三人の後ろの空に浮かんでいた。その二人は何も言わず、ただ鎌を構えている。
 中心的存在らしい青年の死神が、僕らに向けて手に持つ鎌を突き付けてくる。
「つまり、話は簡単だ」
 その言葉には、かすかに怒りが感じられる。それは彼らに人間味を感じる要素ではあったけど……安心する材料にはならなかった。
「すでに死んでいるくせに、身体に、現世にしがみ付くな。人間が」
 その言葉と共に、女性の死神が、少年の死神が、残る二人の死神が。
 それぞれが手にしていた鎌を、僕達に向けて一斉に突き付けて来る。

「攻撃を開始する」




第七章へ続く

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