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死神輪舞16

死神輪舞15の続きです。

前回の話はこちら↓
         10
11 12 13 14 15

 では続きからどうぞ。


死神輪舞16




 星斗は酷く冷静な目で僕を見下ろしていた。

 小さく、形の良い唇が震えて、そこから音が紡ぎ出される。
『――、――――。――――。』
 それは僕が聴いたこともない、奇妙な言語だった。日本語ではない。英語でもない。ただひたすら妙な音が出ているという印象しかしない。
 一体何をするつもりなのか。固唾を飲んで見守るしか出来ない僕の前で、星斗がゆっくりとその掌を僕の額に乗せた。瞬間、まるで熱せられた鉄板でも当てられたかのように、熱さによる痛みが額を貫く。
「――がっ、っっ! く、あ……っ!」
 経験したことのない、激痛に喉が勝手に音を吐きだす。
 動かない身体をそれでも無理に動かそうと――どうしても動いてしまう――して、体に大きな負荷がかかり、ギシギシと軋んで音を立てる。
 その時だ。鈴が鳴るような声が、部屋に響いたのは。
「我慢して」
 一瞬、僕はそれが誰の声かわからなかった。一日中、ずっと聴いていた声だったのに――それはまるで初めて聞く声のような印象を受けた。
 当然、この部屋にいるのは僕以外に一人しかいない。
「せい……と……?」
「静かに」
 さらに彼の声がそう告げ、再び妙な言葉を紡ぎ出す。
 途端に激痛が蘇り、僕は恥も外聞もなく叫び、呻いた。暴れようとする身体は動かなかったから、痛みを紛らわせることも出来ず――僕は地獄の責め苦をひたすら耐え抜かなければならなかった。
 どれくらいその時間は続いただろう。
 唐突に声が止み、痛みが引いて行く。それと同時に全身を這いまわっていた文様がまるで巻き取られるかのように一か所に集中していって――黒い痣のようになったそれを、星斗の手が掴み――身体の中に指が入り込んでいたのに、血も痛みも生じなかった――取り出す。
 それを着ている服のポケットに入れた星斗は、息も絶え絶えで動けない僕の体に――僕から脱がせた物だろう――バスローブをかける。
「処置は完了した」
 淡々とした星斗の声が…………いや、違う。いま僕の目の前にいるのは、この子は星斗じゃない。
 僕は激痛を絶え間なく与えられたために、霞む眼を凝らし、『その子』を見る。
「きみ、は…………星斗、じゃない…………ひょっとして」
 君は。
 僕が何を言いたいのか、察したのだろう。『その子』は、相変わらずの無表情、かつ淡々とした声で答える。

「わたしの名は、アルミールアラミーナ。赤城星斗にその身体を預けている死神」




 朝。
 経験したことはないけど、二日酔いした時の頭痛っていうのはこういうものなのかな、という感じがする頭痛を抱えてダイニングに行くと、すでに起きて、朝食を食べていた星斗がこちらを向いた。
「おっ。亮。おはよう。良く眠れたか?」
 天真爛漫な笑顔で、そう問いかけてくる星斗。僕は苦笑いを浮かべて彼の言葉に答えた。
「おはよう、星斗……うーん…………ぼちぼち…………」
「……どこがだよ。調子悪そうじゃねえか」
 一瞬訝しげに細められた星斗の瞳は、すぐに怒りを宿して僕を貫く。立ちあがって僕の傍まで来た生徒は、その手を伸ばして僕の額に触れた。
「ん……ちょっと熱っぽいな。風邪か? …………やっぱ昨日あんなに振り回したのが悪かったのか……すまん」
「……いや、星斗が悪いんじゃないよ」
 それは確信を持って言えた。
 悪いとするなら『あの処置』を行った彼女だ。
 頭痛はすぐに引くと言っていたし、後遺症もないというけど……どうだか。
 でも、そのことは星斗には言えない。それが彼女と交わした約束だったから。
 星斗は玲奈さんに言って、病人のための用意をさせた。
「お前、もうちょっと寝てろ。玲奈に色々準備させる。精のつく食いもんを用意してもらうからよ」
「いや、いいよ……寝てると余計に頭がぼんやりしそうだし……」
 病は気からという。実際、病気でないことはわかっているんだし、ここは無理をしてでも動いておいた方がいいだろう。
 星斗はそれでも心配そうな顔をしていたけど、僕の意思を尊重してかそれ以上寝ていろとは言わなかった。
 僕は、そんな星斗の前の席に座る。それから暫く心を落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。
「ねえ、星斗。……君に、話しておきたいことがあるんだ」
 そう切り出しながら、僕は昨日アルちゃんから聴いたことについて思い出していた。




 夜中。
 その声は、どこまでも静かで、落ち着いていた。星斗が話している時の陽気な調子は微塵もない。でもそれこそがこの声の本来の姿。それは僕にとっては違和感のあることだったけれど……声の質を考えると、この方が確かに相応しい。
「わたしは、赤城星斗の魂を回収する使命を受け、彼が収容されていた病院へと赴いた」
 淡々と、彼女は言葉を紡ぐ。
 彼女はいま、ベッド脇に置かれた椅子に座っていた。最初は立ち続けているつもりだったみたいだけど、話が長くなると聞いた僕が椅子に座って喋ることを勧めたのだ。その僕はベッドで寝たまま彼女の話を聞いていた。先ほど彼女が試みたらしい『処置』とやらのせいで上手く身体が動かなかったからだ。
「そこで見たのは、すでにいつ死んでいてもおかしくないほど、体が崩れていた赤城星斗。肉体は魂の器としての役割を果たしておらず、いつ魂が剥がれてしまってもおかしくない状態だった」
「体が……崩れる?」
「あなたにわかるように言い表せば、病魔によって死の淵にあったということ。その時の赤城星斗の体は悲惨な状況だったと表現する。わたしの美醜の感覚は人のそれとは違うけど、人の感覚に当てはめれば、あれは嫌悪すべき状態であったといえる」
「…………」
 家族からも、誰からもうとまれていたという星斗。それはその病気が、見た目をも醜く変貌させるものだったから、なのだろうか。
 凄惨な話をしているはずなのに、彼女の語り口は相変わらず淡々としていた。それはおそらく、彼女が自分で言ったように、価値観が人間とは違うものであるからなのだろう。
「わたしは使命を完遂するために、赤城星斗の魂を切り取ろうと鎌を振り上げた。その時、彼の思念がわたしに流れ込んできた」
 それは魂の器たる身体が壊れかかっていたからで、魂が身体から剥離しかけていたために起こった現象らしい。
「彼の『生きたい』という意思は凄まじいものだった。大抵の人間が死ぬ間際にそう思うけど、彼の場合わたしの魂を震わせるほどの凄まじい強さで『生きたい』と願っていた」
 だからわたしは、とアルちゃんが続ける。

「彼にこの体を貸すことにした」

 壊れかかっていた星斗の体から魂を切り取り、それを天界へと送るのではなく、自身の体に取り込んで。
 本来自分のものじゃない体を通してでも、『生きている』という実感を星斗に与えるために。
「彼の魂が活動している間、わたしの魂は彼の中で眠っている。彼が眠ればわたしが目覚める。ただ、彼を取り込んでから数週間の間は、彼がわたしの器になじむまでは完全に眠っていた」
 しかし。
「彼が眠っている間に活動することが可能になるくらいには、徐々に覚醒は始まっていた。時間は短かったけど。それを一気に推し進めたのがあなた」
 僕――正確には、シェルちゃんの体という存在。
 同じ死神という存在を近くに感じることにより、アルちゃんは一気に覚醒することが出来たのだという。生身のまま、死神としての力を使えるほどに。
「わたしは昨夜あなたを見て、非常に危うい状態であることを感じた。一つの体の中で二つの魂が同時に動いているなんて、本来あってはならないこと。死神の体といえど、そのまま放置すれば数日の後に動けなくなる」
 だから。
「処置を施した。シェルフェールフールの魂を眠らせて、その身体の深層に封じた。これでもう身体に負担がかかることはないはず」
 そこまで言い終わると、アルちゃんは何となく疲れた表情で溜息を吐いた。シェルちゃんの話では本来アルちゃんは度が過ぎるくらいに無口だそうだから……たくさん喋って疲れたのだろう。
 怒涛のように聴かされたアルちゃんの話を頭の中で整理しながら、僕は彼女にこれだけは絶対にきいておかなければならないことを聞いてみることにする。
「ねえ、質問、いいかな……とりあえず…………二つほど、訊きたいんだけど」
「構わない」
「…………なんで、シェルちゃんの魂を封じたの? 一つの体に二つの魂があることがまずいなら……僕の魂をこの体から剥ぎ取るっていう方法もあったでしょ?」
 それも本来の身体の持ち主は彼女にとっては親友であるシェルちゃんだ。それを解放する方を普通は選ぶんじゃないだろうか?
 アルちゃんは少しの間、黙りこんで、やがて静かに口を開いた。
「シェルフェールフールは非常に真面目。死神の身体が人間の魂に支配されているような今の状況を許容することはないと思われる。わたしが受け入れたからいまの状況はあるけど……それを彼女が容認してくれるとは思えない」
「……じゃあ、もう一つ。アルちゃん、君はなんで星斗に身体を貸そうと思ったの?」
 同情か。
 それとも憐憫か。
 どういうわけであったにせよ、アルちゃんが身体を貸したことで、星斗が生きているという実感を感じられたことは事実だ。だから本来そこは問題にするところじゃないのかもしれないけど、どうしてもそこは訊いておかなければならない気がした。
 アルちゃんは本当に長い時間考え込み、小さな声で答えてくれた。

「気に入ったから。どこまでも、誰よりも、強く――生きたいと願う心を、愛しく思ったから」

 淡々とした調子だったが、それでもどこか感情を込めた声で。
 アルちゃんはそう言ったのだった。




~17へ続く~

Comment

No.166 / 名無しさん [#-]

奪ったんじゃなったんですね、それはそれで一安心
しかし、星斗は許されるでしょうがアルちゃんは・・・

寝てる間に眠らされた(?)シェルちゃんカワイソス・・・
主導権を譲ったらと考えると起こしてもらえそうにないのがまた・・・

2009-04/12 09:02 (Sun)

No.167 / 光ノ影 [#-]

コメントありがとうございます!
書いててシェルちゃんは本当に貧乏くじを引いているような気がします。ちょっと可哀想とも思いますが……運が悪いとしか言えませんね。
今後も全力で書いていきたいと思います! 頑張ります!

2009-04/12 11:43 (Sun)

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