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『スライドール』 第八章

『スライドール』の第八章です。
それでは、続きからどうぞ。
 
 
 
『スライドール』第八章
 


 いよいよ、この時が来た。

 その日、ホログラムとはいえ観客者数を示す会場内の観客席は大入り満員を示していた。
 ほとんどの席が埋め尽くされたその会場は、本当はいないにも関わらず、異様な熱気に包まれていた。
 そんな中、ゲートで準備をしているツキはその腰に一本だけ差した刀をじっと見つめていた。
 いつでも試合前に見せている行為ではあったが、今日はそれが特に長い。それを不思議に思ったサンが、こちらはいつもと変わらない態度でツキに接する。
「とうしたの? ツキ」
 その笑顔に対し、ツキは微かに笑みを浮かべた。
「いや……ちょっとね。さすがに今日の相手を考えると、緊張せざるを得ないよ」
 最狂のスライドール、カエデ。
 その実力は実質無敗を誇るツキでさえも恐れを抱かずにはいられないほどに高い。その上、試合となればサンも一緒だからその恐怖はなおさらだ。
 強い相手に対して、ただ勝つのではなくサンをいかすという条件もクリアしなければならない。それは最速のスライドールと呼ばれるツキでさえ難しい条件だ。
 いくらカエデ本人が戦闘狂であり、いきなりサンを狙うことはないと思っても、一瞬でも気を緩めればサンが死ぬことになりかねない。
 だから、ツキは緊張していた。
「……サン。話してた通り、カエデとは私がやるから、君はとにかくロボット犬の方を牽制してくれ」
 そのツキの言葉に対し、サンは少し唇を尖らせる。
「んー、まあ、つまんないけどいいよ。いつものことだし。正直カエデとやりあって勝てる気はしないしね」
 サンはそういって銃を構えた。
「たぶんあのロボット犬も似たような動きをするんだろうね」
「まあ、ね。機銃掃射はちょっと怖いけど、余裕を持ってかわせるレベルではあるし。よっぽどの雑魚戦でカエデ自身が戦わない時に敵を蹴散らす役目を持ってるから、油断は出来ないけど」
 それでも、ツキは一対一ならロボット犬に負ける気はしていない。
 問題はカエデと共同で攻められることだ。いかにツキとはいえ、カエデだけでも危ういのにそこにロボット犬まで入るといよいよ勝ち目が薄くなる。
 それを防ぐためにも、サンがロボット犬の相手をするのは必須だった。
「相手も無理にサンを落とそうとはしないはずだよ。地を走るロボット犬にとって、空を飛べるサンは相性が抜群に悪いからね」
 地形にもよるが、基本的に空を飛べるサンは圧倒的に有利な立場にある。よほど油断してない限りは撃墜されることもないだろう。
 サンもそれを理解しているので、かなり余裕そうな様子だった。
「油断さえしなければ大丈夫だね。ロボット犬の方は任せといて。……今回のフィールドって未発表だっけ?」
 そのサンの問いに、ツキは頷く。スライドールで使用されるフィールドは基本的に事前に公開されるようになっている。だが、稀にそれが非公開になっている場合もある。その境目は注目されているかどうかによって決められている。ただ、今回の場合、ツキとカエデという最高級のカードが切られる以上、非公開にされるのが妥当なところだった。
「未発表だね。でも、大体予測は付くよ」
 そうツキは言う。
 最高の対戦カード。両者とも近接戦闘に特化したスライドール。
 そんな条件で用意されるフィールドは一つしか考えられない。




 何一つ障害物のない円形状のフィールド。
 円は高い壁に囲まれており、その壁の上はすり鉢状の観客席になっている。そこに押し寄せた観客たちのざわめきと歓声がフィールド一杯に響く。
 その東と西の壁にはそれぞれゲートがあり、そこからスライドール達がフィールドに足を踏み入れる。歓声がさらに高まった。
 その様子は、遥か昔の古代ローマで行われていたコロシアムのようで、現代科学の粋を集めて生み出されたスライドール達によって、何千年前の光景が現代に蘇った。
 ツキの予想通り、今回の試合で用意された舞台はコロシアムだった。
 ツキもカエデも近接攻撃使いであり、障害物は邪魔にしかならない。また、二人の戦いを観客によく見えるようにするには、障害物は何もおかない方が都合がいい。
(ここまでは予想通り)
 腰に提げた刀に手をかけながら、ツキは真正面の扉から出てきたカエデを睨んだ。
 カエデは相変わらず徒手空拳で、その手は拳だけを握っている。
 その足元には彼女のパートナーであるロボット犬が控えていた。
 カエデはツキとサンと向かいあうと、にやりと不敵に微笑む。
「よーう。いよいよこのときが来たな。ツキ」
 端から彼女の狙いはツキ一人だった。ツキは微かに笑ってそれに応じる。
「ああ、そうですね。この日が来なければいいのにと思わない時はありませんでしたよ」
「はっ、そりゃ随分と寂しい話だな。私はこんなにも待ちわびていたっていうのにさ」
 彼我の距離は十数メートル。中距離の感覚だが、二人にとっては目の前でしかない。
 カエデが拳を打ち合わせ、その身に殺気を滲ませる。
「さあ、私とお前。どっちが強いのか決めようじゃないか。勝っても負けてもうらみっこなし。ただ純粋に、戦おう」
 放たれた殺気を敏感に感じつつ、ツキは刀を鞘から抜き放つ。鞘を背後に向けて放り、少しでも身を軽くする。抜刀術は使う気がなかった。カエデとの戦いで重りを身につけて戦えるほど、ツキに余裕はない。
「……最後に、一つだけ、聞いてもいいですか? カエデ先輩」
 緊張感が高まる中、ツキがそうカエデに話しかけた。
 カエデは拳を構えながら、不思議そうな顔になる。
「なんだよ?」
「貴女は、戦うことが怖くないんですか?」
 女性なのに、と口にはしなかったが、ツキは心底そう思っていた。
 カエデがその秘められたニュアンスまで読みとったかどうかはわからないが、彼女はむしろ不思議そうにツキに問い返す。
「お前は、戦うことが怖いのかよ?」
「……戦うべき時には戦います。けど、私は戦い自体を楽しんでいるわけではありません」
 そのツキの返答に、カエデは少し落胆したような感情を滲ませた。
「はっ。そりゃ随分と理性的なこった。けどなぁツキ。人間ってのは……いや、生物っていうのは、戦うもんだろ」
 同じ人と、違う生き物と、厳しい環境と。
「生きるということは、戦いだ。そして、戦いってのは勝てば何かを得れるもんだ」
 だからカエデは――迷わない。
 最高の快楽を得るために、戦うことを厭わない。
「私はたまたま、一番欲しいのがそれだった。だから、戦うだけだよ」
 本能。
 恐らく誰よりも本能に忠実で、誰よりも純粋な彼女は、そういう存在だった。
「……命を失うかもしれないのに?」
「いつか、命はなくなるもんだろ」
「オーナーとのことはいいんですか?」
 彼女とオーナーが浅からぬ縁であることは、少し彼らを知る者からすればすぐわかる。
 愛情を捨てるのかという問いに、カエデは壮絶な笑みを浮かべて見せた。
「やっぱりガキだな。ツキは」
「……喧嘩に没頭する貴女に言われたくはないですが」
 ささやかなツキの反抗は、カエデにとっては痛くもかゆくもない言葉でしかないようだった。
 激昂するでもなく、ムキになるのでもなく、ただ冷静にカエデは言葉を返す。
「てめえにしてみれば愛情ってのは、一緒にいること、一緒に生きること、あるいは護ること、頼ること……なんだろ?」
 それがガキだと、カエデは言う。
「私達の愛は――『認めること』なんだよ」
 相手の全てを。
 自分の全てを。
 だからオーナーはカエデに戦いの場を提供する。
「ずっと一緒にいるだけが、愛じゃねぇんだぜ」
 試合開始の時が迫る。
 カエデが改めて構えを取り、それに合わせてツキも刀を構えた。
 サンが翼を広げ、ロボット犬が体勢を低くする。
「下らねえ話はここまでだ」
「……残念です」
 少しでも戦うことを躊躇してくれればと思っていた。
 ツキとカエデの力量はほぼ互角。ならば、少しでも精神的な動揺を誘えれば――僅かでも勝率は上がる。
 それを狙っての言動であり、問答であったが、結局カエデを揺らがせることは敵わなかった。
 ツキは深く息を吐き、刀を力強く構える。
「こうなってしまった以上、後はただ純粋に力と力のぶつかり合いです」
 相手を上回れるかどうか、それだけのシンプルな戦い。
 数多いるスライドールの中でも、最高峰の力と力がぶつかりあおうとしていた。

 試合開始のゴングが鳴り響く。
 
 それとほぼ同時にツキとカエデの姿はその場から掻き消え――フィールドの中央でぶつかり合った。
 目にも止まらない攻防が繰り広げられ、激しく火花を散らし、衝撃音を響かせて。
 二人は弾き返されるように数メートル後退した。互いにほぼ無傷ではあったが、ツキのボディが軋み、カエデの頬に裂傷が生じる。
 開始時よりも近付いた距離で睨みあう二人は、互いに同じことを感じていた。
 確かにこの相手こそ、自分がこれまで相手にしてきた中でも最高の相手であると。
 勝てるか負けるかわからない――自分と拮抗した力を有する相手であると、確信していた。




 カエデは格闘家だった。
 殴る、蹴る、絞める、投げる、噛みつくまで当たり前に行われる総合格闘技において、カエデは無敗を誇っていた。
 流血沙汰が当然であったため、公にはあまりされない競技であった。そうでなければカエデは間違いなく世界を代表する存在になっていただろう。それくらいカエデは圧倒的な力を有しており、対戦相手が逃げ出すことは日常茶飯事だった。
 しかしカエデがあまりにも強すぎる上、興業結果について全く考慮しなかったため、その格闘技界としては煙たい存在になっていった。

 だから、カエデはその場所で戦えなくなった。




 激しい火花を散らして、ツキの刀がカエデの拳に弾かれる。
 カエデが拳に取り付けているメリケンサックのような武器は、ツキの腕を持ってしても切断できない。下手をすれば刀の方が折られてしまいそうであり、ツキは若干攻めあぐねていた。
(ここまでとは……!)
 カエデのことは十分以上に評価しているつもりだった。
 自分に匹敵する唯一の存在として、警戒もしていた。
 それでも、その認識は甘すぎたのだという風に思わざるを得ない。
 ギリギリの死線を掻い潜り、一瞬の隙を見極めて攻撃を放ってくる。荒々しい攻撃でありながら、針の穴を通すような正確な狙い。
 懐に踏みこんで放たれたアッパーカットを辛うじて避けながら、ツキは刀を振るってカエデを牽制する。だが、それをカエデは紙一重でかわし、距離を置くことを許さない。
 刃に対する恐怖が微塵もない者特有の動きを見せながら、カエデはさらに拳を連続で振るってきた。
「……っ!」
 ツキはそれを刀で受け止める。メリケンサックに覆われていない部分に刃を当てれば、カエデの指を飛ばせるだろうが、カエデは防がれる寸前、僅かだけ軌道を変え、指が飛ばないようにしていた。連続で拳を振るいながらその刹那の判断を容易くするのだから、凄まじいの一言だ。
 カエデの攻撃を防ごうとツキが刀を動かした瞬間、カエデがその手を引き、その反動で繰り出した足技でツキの腹部を捉えた。
 ボディが軋む嫌な音が響く。ツキの身体が大きく吹き飛ばされ、フィールドの端の壁に激突する。
「が……っ!」
 小さく呻くツキは、咄嗟に壁を蹴ってその場から離れる。
 ツキが磔になっていた位置の壁に、突進してきたカエデの蹴りが炸裂する。ツキが叩きつけられたことでヒビの入っていた壁に、さらに大きなヒビが走った。
「ちっ、かわされたか」
 壁から足を引き抜きながら、カエデは悔しげに呟く。
 ツキは荒い呼吸を整え、刀を再び正眼に構える。
「全く……参っちゃうよ」
 とんでもなく強いカエデという存在に対し、ツキは溜息しか出なかった。




 ある日、カエデは大型のトラックに跳ねられた。
 その速度は殺人的であり、死ななかったのが奇跡と言われるほどの事故だった。
 カエデは一命を取り留めたが、脊髄を損傷し、二度と立って歩けない身体になった。
 その事故はカエデのことを疎んじた競技会によって仕組まれた出来事だったのだが、カエデはなにより戦えなくなったことを嘆いた。
 誰よりも戦いを切望するがゆえに誰よりも強くなり、誰にも負けなかった彼女は、戦いたいという望みだけを持っていた。

 そんなある日、カエデの元に、いかにも怪しげな雰囲気を持つ男が現れた。




 恐ろしく正確な軌道。それゆえにツキの斬撃はカエデにとって読みやすいものだった。
 常人によくある軌道のブレ。それがツキの太刀筋には一切ない。仮にそれが生じていたとしたら、いくらカエデが完璧に防ごうとしても、僅かなブレのせいで指が飛んでいたかもしれない。相手が自分に匹敵するほど正確無比な攻撃が出来るがゆえに、攻防が成立していた。
 その事実に、カエデは燃え盛るような高揚感を感じる。
「ははっ! やっぱお前は最高だ!」
 自分の認識が間違っていなかったことを確信し、カエデは大笑しながらさらに激しい攻撃を繰り出して行く。
 ツキは辛うじて防いでいるように見えたが、その動きは徐々に研ぎ澄まされていっている。
(はっ、まだまだ強くなるってわけか……! マジすげえなこいつは!)
 これまで理不尽なハンデを背負って戦ってきたツキは、本当の意味で全力を振り絞った勝負は一度もなかった。そう出来ないように調整されていたからだ。
 それがいまは何一つハンデになりうるものを背負っていない。ツキそのままの実力で、カエデとの攻防に挑んでいる。
 ゆえに、いままで使われていなかったツキの力が徐々に呼び起されて行っていた。
 ただしそれは、カエデの方も同じことだ。彼女も全力を振り絞る必要があるほどの試合は中々出来なかった。ハンデを付けることもあったが、それでもやはり彼女が求める戦いとは程遠い。
 いまツキと行っているこの戦いこそ、カエデの求める血沸き肉躍る戦いだった。
(ああ、やっぱりオーナー。あんたは最高だよ)
 頭の片隅で、カエデはそう感じていた。




 病院で寝たきりになっていたカエデの元に現れた男は、怪しげな男だった。
 名前も名乗らず、言葉すらも交わさず、男はただこう言った。
「血沸き肉躍る戦いをしてみませんか?」
 裏社会で生死をかけたスライドールの試合を取り行っているという男は、そう言ってカエデを裏社会に誘った。
 カエデの答えはもちろん決まっていた。

 ただ、同時にまた同じことが起きるのではないかという不安も感じていた。




 カエデの拳が顔のすぐ横を霞める。
 ツキは素早く身体を反転させ、カエデの胴に向かって刀を振るった。カエデの拳がそれを防ぐ。防がれた衝撃に逆らわず、身体を回転させながらツキはカエデと距離を取る。
 すぐに距離を詰めてくるだろうと考えていたツキだったが、カエデは距離を詰めて来なかった。
 いぶかしむツキに対し、カエデは笑みを浮かべている。
「すげえ楽しいぜ、ツキ」
 両手を広げ、いかにもこの状況を楽しんでいるという様子でカエデはゆっくりと距離を縮めてくる。
 ある程度の距離で足を止め、再度拳を打ち鳴らす。
「さあ、もっと楽しませてくれ」
 カエデは体勢を低く取る――低く、低く。
 顔が地面に接するほどに低く、獣のような体勢だとツキは感じた。
 そのカエデの身体が掻き消える。真っ直ぐ向かってくると思っていたツキは一瞬カエデがどこにいったかわからなくなった。
 ツキが辛うじて捉えた軌跡を追って視線を動かすと、ツキの斜め後ろの地面にカエデはいた。手足を使って地面を掴んでいる。
 手足を使って自在に地面を移動したのだとツキが感じた次の瞬間には、カエデの蹴りが飛んで来た。刀によるガードが間に合わないと感じたツキは、片腕を曲げてその蹴りを受け止める。盾にした腕から軋む音が響く。
「……ッ!」
 手が痺れる感覚を覚えながら、ツキが何とか体勢を立て直す。

 その背後に、カエデが移動していた。

 蹴り飛ばした相手よりも速く動いたカエデの蹴りが、今度はもろにツキの背中に入る。
 背骨が軋む音がして、ツキは壁まで蹴り飛ばされた。受け身は取ったが、とても無事とは言い難いダメージを被る。
(ば、か……な……っ! あんなに速く、動ける、わけが……!)
 最速のスライドールと呼ばれるツキだからこそ、カエデのスピードが異常であることがわかった。
 刀を杖代わりに立ちあがるツキが見たのは、全身から血を流すカエデの姿だった。全身に細かな裂傷が生じていて、そこから滲んだ血によって全身が赤く染まっている。
「ま、さか……っ、お前……っ」
 その意味を理解し、茫然と呟くツキに対して、カエデは壮絶な笑みを浮かべる。
「く、ははっ! リミッターを自由に外せるのは、スライドールの強みだよなぁ」
 カエデは自身の力を限界以上に行使していた。当然過負荷を受けたボディは自らの力で傷つくが、その動きは決して普通のスライドールが到達できない境地に達する。
 自爆技もいいところだが、カエデはそれに頓着しなかった。
「もっと、もっともっと楽しもうぜ、ツキ!」
 ツキは自らを振るい起して立ちあがりながら、これはチャンスだと感じていた。
(自爆技を使っている以上……攻撃を耐えれれば勝てる!)
 それは消極的な方法ではあったが、確かに有効な方法だ。
 しかし、それはあくまで攻撃を耐えられれば、なのだが。
 カエデが再び突撃してくる。ツキは防御に全力を注いでいたが、それを上回る動きでカエデの拳がツキのボディに叩きこまれる。
「ぐっ……!」
 スピードだけでなくパワーもあがっているようで、ツキは頭の中で響くアラートが深刻なレベルに達するのを感じていた。
 もちろん、カエデのボディも反動でダメージを受けているが、ツキのダメージはそれ以上だ。
 自滅したとしてもそれを上回るダメージを与えれば問題ない、とでも言いたげなカエデの猛攻に、ツキは完全に圧倒されていた。
 腹部を貫かんばかりの勢いで、アッパーカットがツキの腹部に炸裂する。生身なら胃の中にあった物を全て吐き出してしまっていたことだろう。
 ふらついたツキの側頭部を、すかさず放たれたカエデの回し蹴りが捉え、フィールドの中央に向かって吹き飛ばす。
 ツキは霧揉み回転しながら地面に叩きつけられ、フィールドの中央で地に伏せる。
「ぐっ……くぁ……っ」
 苦しげな声をあげながら、身体を起こそうとするツキだが、四つん這いの状態までが精一杯で、それ以上身体を起こすことが出来なかった。
 そんなツキの元に、カエデが歩み寄っていく。
「おいおい、ツキ。もう終りか?」
 全身を赤く染めながらも、カエデの目から光は一切減じていなかった。
 ただ、熱い血潮の滾っている目で、地面にはいつくばるツキを見下ろしている。




 カエデをスカウトした男――オーナーは、あくまでカエデを戦闘要員として雇った。
 生身の頃から生死をかけた戦いをしてきた彼女は、そのオーナーの期待に応え、見事勝ち続けた。
 彼女の無茶な駆動でスライドールが損壊しても、オーナーは彼女に自由に戦わせた。
 カエデはどうしてそんなに自由にさせてくれるのか、オーナーに尋ねてみたことがある。
 それに対し、オーナーは単純な答えを返した。
「貴女は戦いたいんでしょう? だから私は戦う場を用意する。それだけのことです。戦って欲しくないなら、最初から声をかけませんよ」
 戦うことを肯定されたのは、カエデにとって何よりも嬉しいことだった。

 だからカエデは、オーナーを好きになった。




 空中に浮かんでロボット犬と牽制しあっていたサンは、ツキが地面に這い蹲っていることに動揺した。
「ツキ!」
 助けに行こうと動きかけたサンを、ロボット犬の弾幕が牽制する。
『すまないが、助けに行かれては困る』
 ロボット犬は淡々と弾幕を張ってサンを近づけないようにしつつ、いまならツキを撃って仕留めることも可能だと考えていた。
 しかし、それを実行すればカエデは確実に怒るだろう。
(第一、ここまで一対一の戦いを演出してきたのに、いまさらわたしがツキを撃てば、観客にも不評だろうからな……)
 そう考えてあくまでサンを近づけない方向で動くロボット犬だが、その思考には若干の迷いがあった。
(……いまツキを仕留めれば、確実にカエデは生き残るだろう)
 例え自分が破壊されても、カエデが生き残るならばそれはありではないかとロボット犬は思ったのだ。
(いや……それは非合理的な選択肢だ)
 カエデの望みも、観客の望みも、恐らくはオーナーの望みも反映しない選択肢。
 ロボット犬はそんな選択肢を考慮してしまったことを恥じ、サンの足止めに集中した。




 カエデは数メートルの距離で立ち止まった。
 カエデやツキの力量なら、そんな距離はないに等しい距離だ。そんな位置で、カエデは腕を組んでツキを見下ろす。
 ツキはまだ立ちあがれない。
「……まだ動けねえのか?」
 少し興ざめだというように、カエデは溜息を吐く。
「もっと楽しませてくれると思ったんだがな……」
 カエデはロボット犬とやりあっているサンを見て、笑みを浮かべる。
「じゃあ、こういうのはどうだ? ツキ」
 そのカエデの話しぶりに不穏なものを感じたのか、ツキの荒い呼吸が止まる。
 カエデはその変化を捉えつつ、言葉を続けた。

「先に、サンの方から仕留めるっつーのは?」

 瞬間、カエデの目の前に刃があった。
 予想していたカエデはそれを避ける――が、腹部に衝撃を感じて数メートル後ろに押し下げられた。
「……っ、はっ、ははっ、まだまだやれるんじゃねえか」
 カエデの表情が笑みに歪む。
 その目の前。立ちあがったツキが振り抜いた拳を構えていた。片手で刀を振るい、もう片方の手で殴りつけたのだと誰もが理解した。
 ツキの腕からは血が流れており、カエデがしたように、リミッターを外して殴ったようだ。
「――サンに手は出させない」
 真正面からカエデを睨みつけるツキの目からは、凄まじい覇気が感じられた。
 カエデはそれを受けてさらに笑みを深くする。
「いいぜぇ……なるほどなぁ、お前はそういう奴だったな」
 ツキが戦う理由は、サンを護るため。
 強くなる理由があるとすれば、それはやはり、サンを護るためだった。
 カエデは四肢を地面に接し、再び獣のような体勢を取る。
「いよいよ楽しくなって来やがった」
 舌なめずりをして、カエデが殺意を身に纏う。
 それに対し、ツキも殺気を纏って刀を構えた。
 二人の殺意が、絡み合う。

 そして、最後の攻防が始まった。

 まずカエデが瞬く間にツキの背後に回り込もうと動く。それに対し、ツキは大きく踏みこんで刀を振り下ろした。拳で防ごうとしたカエデだが、ツキは力任せにそれを切り崩した。
 体勢を崩されたカエデだが、地面を掴む三本の手足でバランスを保ち、身体を回転させて蹴りに移行した。それをツキの胴体に当てたが、ツキはそれに合わせて跳び、ダメージを殺す。
 気付けば二人は高速で移動しながら攻防を続けており、激しい音が響き渡った。
 互いにスライドールの限界を超えた動きで戦っているため、互いが受けるダメージは防ごうが逸らそうが徐々に蓄積していく。
 決着の時はすぐそこに迫っていた。
 二人はクロスカウンター気味に互いに攻撃を当てる。
 切り裂かれたカエデ。
 殴られたツキ。
 互いに生命に関わるような重傷を負いながら、それでも戦意は少しも揺らいでいなかった。
 二人は二メートルほど後退し、丁度五メートルほどの距離で睨み合った。
 最後の一撃を放つため、二人は呼吸を整える。
 カエデは両手を地面につけ、跳び出す姿勢に。
 ツキは刀を大上段に構え、迎え撃つ態勢に。
 緊張感によって周囲の空気が張り詰め、サンとロボット犬もそれぞれ動きを止めてパートナーを見守る。
 静寂の中、二人は睨み合っていた。
 何が合図になったのかはわからない。
 動くのは、カエデの方が早かった。
 零から一気に最高速へと加速し、瞬きすら出来ないほどの速度でツキに向けて拳を繰り出す。
 それに対し、ツキのしたことは非常にシンプルな一撃だった。
 前方に踏みこみ、威力を載せた大上段からの一撃でカエデを迎え撃つ。
 それはコンマ一秒にも満たない時間で行われ、そして。

 カエデの拳が、胴体ごと切断された。

 あと少し。ほんの少しカエデの方が速ければ、カエデの拳はツキの胸部を貫いていたことだろう。
 それくらい刹那の差だった。
 カエデの拳は切断され、威力を失う。だが、まだカエデの意思は死んでいなかった。
 左手を握り締め、刀を振り抜いたツキに向けて今度はそちらの拳を振るう。
 だが、ツキが返して振るった刃が、カエデの左腕を切断する。
 下段から放たれたその斬撃の勢いで、カエデの身体が宙に浮かんだ。カエデはそのまま地面に仰向けに倒れ、斬られた部分から溢れだした血がその周囲を染め上げていく。
 暫し茫然と天を見上げていたカエデは、血混じりの咳をしながら、壮絶に笑った。
「……かっ、見事、だ」
 私の負けたぜ、とカエデは口にする。
 一方のツキは、両腕が動かないのか、刀を取りおとしてその場に膝を突いていた。
「……カエデ、あんたは本当に、これで満足だったのか?」
「当たり前だろうが」
 間髪入れない即答を受け、ツキは何も言えなくなる。
 カエデは茫洋とした目で、空を見上げている。
「これが私の……望む終わり……だ……」
 戦えないままではなく、戦って死ねる。
 それが自分の望みだったのだから、とカエデは呟いた。
「じゃあな――楽しかった、ぜ」
 実に満足そうに、カエデはそのまま動かなくなった。
 正確には彼女の本体は別にあり、そちらは生きているが、死の衝撃は脳が耐えられるものではない。ツキは死を意識させない内に殺すことで極力それを避けていたが、カエデの場合完全に死を意識しながら『壊れて』いった。きっといまごろ彼女の本体の脳は過負荷に耐えきれず脳死に至っているはずだ。
「……ばかやろう」
 ツキはそう呟いた。
 時間を置いて復活した手で、取りおとした刀を拾う。
(あとは……ロボット犬だけか)
 ツキはそう思って刀を握り締める。すでにスライドールのボディはボロボロだが、ロボット犬を相手にする程度なら、サンと協力すれば容易いと考えていた。
 そのロボット犬は、倒れたカエデの傍に立っている。表情はないが、どこか悲しそうな顔で倒れたカエデを見詰めていた。
 感情を持たないロボット犬らしからぬその様子を、ツキが不思議に思う間も一瞬のこと。

 ツキは背後から放たれた銃弾に、その左肩を撃ち抜かれた。

 背後からの殺気を感知して身体を捻らなければ身体の中枢を破壊されていただろう。
(……ぐっ!? よけ、切れなかった?)
 自分が思っているよりも遥かに反応速度が遅くなっていることをツキは自覚する。カエデとの戦いは深刻なダメージを積み重ねていたのだ。
 それを感じながら、ツキは振り返って攻撃者を確認する。予想は出来ていたが、そうでなければいいと考えていた現実がその目に飛び込んで来た。
「――初弾、回避されました」
 光り輝く翼を大きく広げ、その片手に装着した銃に弾丸を送り込む。
 いつもの快活とした笑顔はその顔に無く、能面のような無表情が張り付いている。
「二次攻撃に移ります。戦闘モードに完全移行」
 抑揚のない声が響く。
 その目が怪しく赤色に輝いた。
 パートナーのサンが、ツキに銃口を向けていた。

「これより、御主人様の命令に従い――ツキを破壊します」
 
 
 
 
~『スライドール』第九章に続く~
 
 
 
 

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