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『スライドール』 第三章

『スライドール』の第三章です。
それでは、続きからどうぞ。
 
 
 
『スライドール』第三章
 


 サンは不思議な夢を見ていた。
 それはサンが人間として暮らしている夢で、そこでサンは優しい両親に囲まれ、親しい友達と遊び、一般的に言って幸せな暮らしを営んでいた。美味しいものをたくさん食べ、綺麗な景色を見て回る。そんな幸せな夢。
 そんな自分を一歩離れた場所でサンは見ていた。そして、首を傾げる。

(どうして……人間じゃない私がこんな夢を見るんだろう?)

 彼女はそんな風に思っていた。彼女はオーナーによって作られた仮想戦闘遊戯人形スライドールの一体である。
 だから、本来、彼女が人間として生きている記憶などないはずなのだ。
(オーナーの戯れかな……時々そんな風なことするもんね、オーナーは)
 彼女の持っていないはずの記憶を再生されることは今回が始めてのことではなかった。例えば娼婦として活動する記憶などは繰り返し見せられていた。その記憶で男への奉仕の仕方を学べというのがオーナーの指示であり、サンはそれを忠実に守っている。彼女にとってオーナーは絶対的な存在であり、その命令を拒否することなど考えもしないことなのだから。
 そのため、そういった記憶を見せられるのはサンにとって日常的なことだったが、今回のような夢はどうして見ているのか、その意図がよくわからないものだった。
(この記憶を娼婦としての活動をする時に生かせってわけじゃないだろうし……)
 幸せそうな家族そのものの姿を見ながら、サンは考える。見つめるサンの前では、記憶の中でサンが仲のいい友達の手を引いて遊んでいるところだった。夢でのサンは幼い頃からかなり活発であったという設定であるらしく、相手は少し嫌がっているようにも見えたが、構わずどんどん引っ張っていっている。
(あれ……なんだろう、この感覚)
 その手を引いている相手について、サンは覚えがないはずなのに、覚えているような気がした。

 その幼い自分がよく振り回していた『男の子』は―― 
 
 
 
 
「サン、おはよう」
 開けた視界の先にいたのは、サンの試合でのパートナー。頼りになりすぎる存在のツキだった。
 ゆりかごの中から這い出たサンは、さっそくそのツキの身体に飛びつく。
「おはよー、ツキ! 今日もがんばろうね!」
 飛びつかれることに慣れっこなのか、ツキはサンを柔らかく受け止め、少し複雑そうな笑顔を浮かべた。
「うん、そうだね……がんばろう」
 彼女がそんな複雑な表情を浮かべる理由はわからなかったが、とりあえず試合前の『慣らし』のため、サンはツキと一緒に競技場へと向かう。連れだって歩きながら、サンはツキに話しかけた。
「そういえばツキ。今日不思議な夢を見たんだけど」
「……へえ?」
「あたしが普通の人間様みたいに暮らしてる夢でさー。人形のあたしがそんな夢を見るなんておかしいよね? ツキはそういう夢をみる?」
 何気ないサンの問いかけに対し、ツキが答えるのには一拍の間があった。
「……さあ。私は夢自体を見ないから」
「そっかー。やっぱり、オーナーに言ってメンテナンスしてもらった方がいいのかな?」
「特に目立った不具合が生じてないなら、わざわざ言うこともないんじゃないかな」
 ツキのその言葉に、サンはそれもそうかと納得する。
 気持ちを切り替え、試合の方へと意識を向けた。
「今日の相手ってまだ決まってないんだっけ」
「……今日は別のオーナー所有のスライドールとの戦いだから、ね。いままでみたいに簡単にはいかないと思う。向こうも全力で勝ちに来るから」
「いままでの対戦相手だってそうだったじゃない?」
「対戦相手は、ね」
 そのツキの物言いに、引っかかるものを覚えたサンだが、競技場へとたどり着いてしまったので話を中断するしかなかった。試合のための装備を調えながら、サンはツキに尋ねる。
「今日もいつも通りの作戦でいくの?」
「いや……今日はいつもとは違う作戦を取ろうと思う。装備は大体いつもと同じで行くから、とりあえず戦術の説明の前に、準備しようか」
 装備品を身につけつつ、ツキはサンを促す。ツキはいつも通り、刀を腰のベルトに差しただけの、非常に簡単な装備だった。服装は試合ごとに様々な形のものを使用し、観客の目を楽しませる演出も忘れていない。今回ツキが選んだのは刺激的なスリットが腰の左右まで入った中華的な服装だった。下着は身につけずにいるため、とても扇情的な格好であった。
 一方、サンはと言えば長銃に取り回しの聞きやすい小さな盾を備え、その身を覆う服装は天使を連想させるゆったりとした純白の衣装だった。サン特有の『翼』を展開する関係上、その背中は大きく開かれており、そこから覗く白い肌は非常に健康的そうな色香を醸し出していた。天界の戦乙女という表現がぴったりくる姿だ。
「うーん……ツキの服の方が動きやすそうでいいなぁ」
「私はプレイスタイル上、脚を大きく動かすからね。こういうスリットの入った服装が有効なだけだよ。サンがこれを来ても、あまり喜ばれることはないと思うよ?」
「それもそっかぁ。あ、じゃあもっと裾にフリルとかを使った……ゴスロリ系の服なら……」
 いいことを思いついた、と手を打つサンだが、ツキはいい顔をしなかった。
「それは……動きにくいからだめ。背中の翼を展開させにくいし」
 前半はともかく、後半はサンが考えてももっともなことだったため、納得せざるをえなかった。
「うーん……あたしのプレイスタイルって、なんだか不便というか、融通利かないよね……もっとこう、色々やりたいんだけど」
「サンには悪いけど……いまの戦略が私たちにとって一番いいんだ。我慢して?」
 そうツキがサンに言うと、サンとしてはそれ以上強くは出れなかった。初試合からいままで、サンもツキも一切の傷を負っていないのが事実だったからだ。いまのプレイスタイルがハマっていると言えるだろう。
 サンがおとなしく引き下がろうとした時。

「そうそう、弱いのは引っ込んでな」

 馴れ馴れしくサンに絡んでくる者がいた。サンはそのイヤな響きを持つ声の主の腕をとっさに振り払う。
「……っ、カエデ!」
「はぁい。ツキとサン。会いたかったぜぇ? ずいぶん、調子いいみてーじゃねえの」
 サンに腕を振り払われたカエデは、今度はツキに絡む。その長い腕をツキの首に絡めて、その頬に唇を寄せた。ツキは特に抵抗する素振りを見せなかったが、その顔には若干警戒が滲んでいた。
「……カエデ先輩。お久しぶりです。貴女は相変わらずですね」
「固い固い! 前からいってんじゃん? ツキはもっとフレンドリーでいいんだぜぇ? あんたは私が認めた唯一のプレーヤーなんだから――よっ!」
 瞬間、カエデの空いた拳がツキの顔面に向けて振るわれる。至近距離から放たれたそのパンチに、ツキは反応していた。腰に下げていた刀を鞘ごと腰から外し、その柄を盾にしてカエデの拳を寸前で防いでいた。カエデの拳にはメリケンサックのようなものが付けられていて、それと柄がぶつかりあって大きな激突音を奏でる。
 思わず耳を塞いだのはサンだけで、ツキもカエデも気にしていないようだった。
 カエデが楽しげに笑い、ツキは鋭く眼を細める。
「やるじゃん。いまのは結構マジな洗礼のつもりだったんだけどねぇ?」
「……あまり、戯れないでください、カエデ先輩。危うく、抜くところでしたよ」
 殺気がツキの視線には込められていたが、カエデはそれを意に介していない。
 それどころか、むしろそれを楽しんでいた。
「いいねぇ。やっぱ最高だよ、おまえは。……ま、私闘は厳禁だし、これくらいにしといてやるよ」
 拳を引き、ツキの肩から腕も外したカエデはどこまでも不敵にツキに向かって言う。
「いずれあんたとは全力でやりあいたいね。全てを賭けて」
「私はやり合いたくないですよ。貴女は怖くて」
 腕一本だけじゃ勝てなさそうで、とツキは言う。
 カエデは愉快そうに笑った。
「勝つのは前提かい。全く、だからツキは好きだぜ」
 本当に楽しそうに笑いながら、カエデはその場から離れていく。カエデの姿が完全に見えなくなってから、ツキは深くため息を吐く。
「やれやれ……全くカエデ先輩にも困ったもんだよ」
「ツキ……っ、大丈夫? 怪我してない?」
 サンがそう声をかけると、ツキはいつも笑みを浮かべた。
「大丈夫。ちゃんと防いだからね。でも……刀が歪んじゃったよ。取り替えてもらってくる」
 そのツキの返答に胸をなで下ろしながらも、サンは不満そうにカエデの去っていった方向を睨みつけた。
「全くもう……なんでカエデってツキに絡むんだろ? よくわかんないや」
「カエデ先輩は私と同じ近接戦闘特化タイプだからね。……スライドールで近接戦闘特化タイプって珍しいから。特にこの裏社会のゲームじゃ、ライフは自分の命だからね。銃で離れて戦いたいのは当然な流れだよ」
 そこに私の突くべき死角があるわけだし、とツキは自嘲気味に笑う。
 サンは納得しつつも、不満なこともあった。
「似てはいると思うけど、やっぱりツキとカエデは違うよ。ツキは戦術上、それが最良だと思ってるからの選択でしょ? あいつは好きでやってるんじゃん」
「……まあ、確かにそこは違うかもね。あそこまで純粋にはなれそうにないよ」
 苦笑いを浮かべるツキに、サンが抱きつく。
「ツキはそれでいいんだよ! っていうかあいつみたいな人間失格になっちゃだめ!」
 そのサンの言葉に、ツキは苦笑を濃くした。
「人間失格、か」
 寂しげに呟くツキにさらに言葉を重ねようとしたサンだが、それを遮るようにアナウンスが響いた。
『ツキ選手。オーナーがお呼びです。至急執務室まで来てください』
 そのアナウンスに対し、ツキは明確にイヤそうな気配を滲ませたが、その放送を無視する選択は彼女たちにはない。
 ツキは歪んでしまった刀をサンに差し出す。
「ごめん、オーナーのところに行ってくるからそれを交換してもらっておいて」
「ツキ、私も一緒に」
「いいよ。呼ばれたのは私だけだし、サンまで来ることない。じゃあ後でね」
 有無を言わさない調子でツキは刀をサンに押しつけ、そのままオーナーのところに向かって走り出した。刀を押しつけられたサンは、追いかけたくても追いかけられず、仕方なく試合の準備に取りかかることにした。道具係のところで刀を新品に取り換えてもらう。
 新しい刀を手に持ち、サンはふわりと空中に浮かび上がった。ツキがいない間に飛行ユニットを暖めておこうと考えたのだ。
(結構刀って重いなー。ツキが平然と振り回してたからもっと軽いもんかと思ってた)
 サンは刀を鞘から抜いて、その白刃を晒す。外見だけ見れば昔ながらの日本刀にしか見えないが、実際は最先端技術の固まりだった。サンは空中に浮かんでいる訓練用ダミーに向かって飛び、それに向かって刀を振るう。本来刀を使って金属を切るなどといったことはまずできない。少なくとも刀を扱ったことの少ないサンには不可能なことだ。
 しかし、この刀は最先端技術の粋を集めて作られている。刃が真っ直ぐになるように気をつけて振るえば、鉄であろうとそのほかの金属であろうと、切断出来る程度の切れ味を有していた。高速振動だの電磁鉄線だの、サンにはよくわからない技術ではあったが。
 訓練用ダミーは見事に真っ二つになって、切り離された部分が地面に落ちる。
(うん、いい切れ味)
 スライドールのボディを切断出来るのも納得の切れ味だった。
 サンは刀を素早く鞘に納める。鍔鳴りの音を響かせて、その鞘を自分の腰に取り付けた。
(……こうすれば両手の邪魔にもならないし、サブウエポンとして持っておこうかな? あー、でもビジュアル的に合わないかな)
 スライドールの試合は魅せることが求められる。特に重視されるのは表社会での話ではあるが、裏社会でも基本は変わらない。最初の試合であまりに早くに試合を決めすぎたことをツキが責められたように、エンターテイメントとしての側面も重視されるのだ。
 ツキはそれをわかって敵を一人で圧倒したり、余裕があれば倒し方に工夫を凝らしている。それが全てサンを矢面に立たせない手も併せているという点で、ツキは実に策士だった。
(でもなー、ちょっと不満ではあるんだよねー)
 サンはツキが自分のことを大事に思ってくれていることをよく知っている。なぜそうなのかまではわからないが、ツキの自分に対する接し方を感じていれば、それを感じられるのは当然なことだ。大事にされていること自体は嬉しい。しかし、サンもスライドールの一体として、試合でもっと活躍したいという欲はある。ツキに言わせればサンが活躍するまでもない現状だそうなのだが、それがわかっていても、サンも試合で活躍したい思いがあるのだ。
 無論、サンもツキの戦略が間違っているとは思わない。事実無傷で無敗を誇っている以上、いま取っている手段が最良の手段であることは間違いない。ないのだが、どうしても不満はある。
(ちょっとその辺りも踏まえて、ツキに相談しようかな)
 サンはそう考える。ツキからはどんな小さな不満も、的外れに思える意見も、全て相談するように言われている。サンが不満を覚えることを読まれているように思えて、彼女としては落ち着かない話ではあったのだが、事実不満を感じてしまっている以上仕方がない。
 ことごとくサンの上を行くツキは、サンにとって頼りになる相棒だった。
 サンはそう感じ、思わず微笑みながら、腰に差した刀に手をかけ――振り向きながら一閃する。居合い抜きの要領で振るわれたその一閃は、サンに向かって飛んできた鉄球をまっぷたつにして、上下に吹き飛ばす。
 ざわめきが周囲からあがった。
「――あれ?」
 無意識で刀を振るったサンは自分で自分の行動に驚いたのか、数秒動きを止めた。
 だが、その次の瞬間には地面すれすれまで一気に下降し、その勢いを殺さないまま地面を舐めるように移動する。気付けば、重い物を投擲した後のように両手を振り下ろしているスライドールの寸前までサンは移動していた。
「ねえ、あなた。いまのってさ――わたしを狙ったよね?」
 もしもサンが気づいていなければ鉄球はサンの頭部を破壊していただろう。そうでなくても飛行ユニットが破壊され、サンは地面に向かって落ちていたはずだ。
 危害を加える目的だったと看破するサンに対し、その投擲者はひきつった顔で逃げようとする。
 サンの目が危険な光を放った。
「……ちょっと、お仕置きが必要?」
 ギラリと刃が煌めく。
 振るわれた刀がその強襲者を捉える寸前、脇からサンの手を抑える者がいた。
「サンっ! 落ち着け!」
 それは、いつの間にか戻ってきていたツキだった。走ってきたのか、その顔は赤くなっていて、呼吸も荒い。
 サンはツキの姿を認めると、その目から危険な光を消す。
「あー、ツキ! 遅かったじゃない。もー。あ、でもちょっと待ってて。そいつにお仕置きしないと」
「だから落ち着けって! お前、さっさと消えろ!」
 ツキはそう行ってサンと強襲者を引き離す。サンは不満そうに声をあげた。
「ちょっとツキ! あいつ私を狙って鉄球投げつけてきたんだよ? なんで止めるの?」
「スライドール同士の私刑は禁止されているからだよ。カエデ先輩が私を殴りつけてきたのも結構ギリギリなんだから。刀で切りつけたりしたら、サンの方がオーナーに責められるよ」
 サンの手と腰から刀を奪い取ったツキは、刀に異常がないことを確かめながら鞘に納め、自分の腰に装着する。ツキに窘められたサンは、子供っぽく頬を膨らませた。
「でもー。あいつの方から攻撃してきたんだよ?」
「結果としてサンは無傷だったんでしょう? あいつは練習中の事故ってことにするつもりだったんだと思うし……とにかく、あからさまに攻撃しちゃだめ。勝ち残っていればいつかは正式に試合することもあるだろうし、フラストレーションはそのときに発散して」
「むー……わかった……そうする」
 納得はしても、不満が消え去るわけではない。サンは長銃を腕にセットし、空中に浮かんでいる訓練用ダミーに向けて引き金を引いた。マシンガンのように弾が吐き出され、最初のうち数発は外れたが、それ以降の弾は全て訓練用ダミーにあたって炸裂する。空薬莢が地面に落ち、乾いた音を立てる。
「うん、ちょっとスッキリ。けどむかつく!」
 サンは素直に心情を口にしながらツキに抱きついた。ツキは苦笑しながらそれを受け止め、優しい手つきで撫でてサンを宥める。
「さ、とりあえず控え室に行こう。作戦を練らないとね」
 そういってサンを促すツキ。サンは素直にそれに応じて動き出しながらも――ふと、違和感に気づいた。
 それは極僅かな違和感だったが、傍目からみても明らかな違いだった。ツキの来ている中華風の服は、左右にスリットが深く入っているため、本来であれば腰の辺りまで肌が露わになっている。ビジュアル的な演出上、下着も身につけずにいたはずで、最初はその通りになっていた。なのに、今はそのスリットの隙間から、黒い下着のようなものを身につけているのがわかる。白い肌にその黒い下着の存在は、その黒色を際だたせていて、何も身につけていないのとはまた違う色気を放っていた。
(……演出を変えたのかな? やっぱり下着なしはイヤだったとか?)
 ツキにそのことを聞こうかと思ったが、あえて聞くまでもないことかとサンは思い、それに対して尋ねることはしなかった。

 その下着のようなものの正体が、ツキにとって地獄を生み出すものだと、サンは思い至らなかった。
 
 
 
 
 少し時間は遡る。
 オーナーのところにツキはやって来ていた。
 不満そうな顔を隠そうともしない彼女は、オーナーを睨みつける。
「……試合前に呼び出すなんて何考えてるんだ?」
 サンに対する時とはまるで違う冷たい声音でツキはオーナーを睨みつける。オーナーは飄々とした態度を崩さない。
「いいじゃないですか。今日の相手はあなたがいつもの通りにやれば十分勝てる相手ですし。あ、その中華服似合ってますよ。スリットがいいですね」
「そうとは限らないだろ」
 万策を尽くしたいツキにとって、相手が誰であれ手を抜くことはあり得ない。
 格好に対するオーナーの賛辞には取り合わなかった。
「資金力的な問題ですよ。残念ながら向こうさんはそこまで裕福な組織ではありませんので……能力値的な観点からいえば、あなたがその相手に負ける道理はありません」
「プレイヤーが優れていたらわからないだろう?」
「これまでの試合の様子を見る限り、そういう心配はなさそうですよ? まあ、さすがに鍛錬などで特別鍛えられてはいるでしょうが……さすがにあなたを凌駕する人がそうそういるとも思えませんからねえ」
 オーナーは笑いながら部屋の机の上に置かれている箱を指差した。
「ですので、あなたには今回それを身につけて戦ってもらおうと思います」
「……ハンデ戦、ってわけか?」
「さあ、それがハンデになるかどうかはあなた次第じゃないでしょうか?」
 笑顔でオーナーはそう言い切る。ツキは溜息を吐きつつ、これ以上の抵抗は無意味と悟ったらしい。
「……開けるぞ」
 オーナーの了承を待たずにツキは箱の蓋を開ける。その中に入っていたものを見て、目を瞬かせる。
「これは……なんだ? 下着……?」
 箱の中には、黒い下着が一つだけ入れられていた。それ以外に特に変わった物は入っていなかった。
「パンツですね」
 オーナーの言葉に、ツキは胡乱げな顔をする。
「……重りか何かだと思ってたんだが」
「昔のバトル漫画じゃあるまいし。そんなつまらないハンデは課しませんよ」
 オーナーはそう言って下着を履くようにツキに指示を出す。
 ツキは怪訝そうな顔はしつつも、最終的にはオーナーの指示通りその下着を身に付けた。それはゴムに似た不思議な材質で出来ており、その感触を股間に密着させることになったツキはどこか落ち着かない様子だ。
「……変な下着だな。びっちり貼りついてくるというか……水着とかこんな感じなのか?」
「今度は水着で戦ってみますか? 水辺ステージとか用意したいんですけどねぇ……さすがスライドールも全身水没しちゃうとそれだけで壊れる可能性が高くなってしまいますので……いまの技術では無理なんですよねえ。いずれは克服したい課題ではありますが」
「お前は別に開発者ってわけじゃなかったんじゃないのか?」
「開発者ではありませんが、パトロンではありますから。開発の方向性尾決めるのも立派な私の仕事なんですよ」
 それはさておき、とオーナーは話を区切る。
「そろそろ体温に馴染んできましたか?」
「ん? ああ、この下着のことか。まあ、最初は冷たかったけど、いまはもう体温に馴染んで……んぁっ!?」
 唐突にツキが身体を震わせる。その顔が赤くなった。オーナーがにやりと笑みを深くする。
「どうやら、動き出したみたいですね」
「……おまえ……っ。何なんだ、これ……っ!」
 体を震わせながら、異様な感覚に耐えるツキに対し、オーナーはさらに笑みを深くした。
「説明しましょう。いまあなたに身につけてもらったのは、いうまでもなく普通の下着ではありません。それは、いわゆる責め具なのです。最新の中の最新技術を駆使した、ね」
 オーナーは得意げに説明を続ける。
「よくSMの世界でパンツにバイブやらディオルドやらが一体型になっているものを見たことがありませんか? ……って、そういえばツキはそういう知識や経験があまりなかったんですね。健康的な男子だったのに、おかしな話ですよねぇ……」
「そんな、ことはどうでもっ、いいだろっ」
 顔を真っ赤にしながらツキが叫ぶ。オーナーはすいませんと謝ってから、さらに話を続けた。
「まあ、バイブとかは使ったこともあるからどういうものかはわかりますよね。バイブ付きパンツというのは、要するにあれとパンツを一体化させ、傍目から見ると普通にパンツを履いているように見えるのに、その実は体内をバイブで刺激されている……というものです」
「……まさか」
 それを身に付けたまま試合に出ろという意味がようやくわかったツキが顔色を青くした。オーナーはにこやかな笑みを浮かべる。
「そう。あなたはそのバイブが生み出す快感に耐えながら、試合に勝たなければならないのです。ああ、試合に集中すれば快感を堪えられるとか、そんな甘いことは考えない方がいいですよ。媚薬とはいいませんが、それに近い薬品は分泌出来るようにしてありますから。否が応でも快感と戦ってもらいます」
「……っ! 無茶だ! いくらなんでも……っ、うあっ!」
 思わずオーナーに食ってかかろうとしたツキだったが、急に内股になって、その場にしゃがみこんでしまう。そんなツキを、オーナーは楽しげに見ていた。
「おやおや。ずいぶん可愛らしい蹲り方が出来るようになりましたね。さすがに女性型のボディで女の子の快感を味わい続けていると、自然とそうなるんですかねえ」
「くぁ……っ、と、とめ……ろ……っ」
「段々奥に進んでくる感覚がわかりますか? その下着が生み出すバイブの最大伸縮サイズはかなりのものですからねえ。形状も自由自在ですし、あなたのGスポットを的確に刺激してくれると思いますよ。あまりの気持ち良さに溺れないようにしてくださいね。あなたが負けても勝っても私は得しかしませんが、出来ればもうしばらく楽しみたいですし」
「おまえ……っ!」
「知っていますか? 世の中にはね、他人が苦しむのを見て悦びを感じられる人がたくさんいるんですよ」
 それが綺麗で可愛い女の子で、なにかしら優れているところがある女の子ならば、なおよしです、とオーナーはほくそ笑む。
「そう、例えばいまのあなたのように、ね」
 死んでも構わないとオーナーはツキに宣言しているようなものだった。
 ツキは歯を食いしばり、立ちあがる。感じさせられている快感に潤んでいたが、その瞳に浮かぶ光は死んではいなかった。
 その事実にオーナーは少なからず驚く。
「……ふざけるなよ。俺は絶対、お前を楽しませてなんてやらないからな」
 微かにふらつく足取りで、しかし力強い気配を滲ませながら、ツキはオーナーの前から去っていく。
 それを茫然として見送ったオーナーだったが、突如、その唇の端に笑みを浮かべる。
「……くくっ、ツキ、残念でしたね」
 ツキが去っていった扉を見ながら、オーナーは笑う。
「すでに十分楽しませていただいてますよ」
 ひとしきり笑ってからオーナーは楽しげに部屋にあるモニターを見た。
 そのモニターには、闘技場の全体が映し出されている。
「さて……果たしてツキは次の試合で、どこまで私を楽しませてくれるでしょうね?」

 試合開始の時が迫る。
 
 
 
 
~『スライドール』第四章に続く~
 
 
 
 

Comment

No.1141 / 七 [#-]

黒い下着、ツキも相手も地獄を見そうな予感
何の非もない純真な娘が苦しむのは良心が痛んで、いいものです

サンの本性を垣間見る回でしたが、中身はちょっと違うみたいですね

2013-05/28 10:40 (Tue)

No.1142 / 光ノ影 [#-] Re: タイトルなし

七さん、コメントありがとうございます!

> 黒い下着、ツキも~
我ながら、次の試合はかなりの地獄絵図になりそうな予感がしています……(笑)
感じの悪い女性が酷い目に合うというのも捨てがたいですが、やはりこの手の話だと、割と純情そうだったり、純粋だったりする女性が酷い目に合うのが鉄板ですよね。
スライドールでは割とそういうのが多くなりそうで可哀想なような美味しいような(笑)

> サンの本性を~
普段秘められている本性がどういう結果を導くのか……ツキにとってサンの本性は歓迎すべきことなのか、まだまだどう転ぶのかわかりません。作者にも(苦笑)
今後の展開をお待ちくださると、嬉しいです。

それでは、どうもありがとうございました!

2013-05/28 23:32 (Tue)

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