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『あなたの望み、叶えます』 ~天使空間~ 第九章

『あなたの望み、叶えます』~天使空間~ 第九章 です。
MC・常識変換・奴隷化・ペット化が含まれます。

それでは、続きからどうぞ。
 
 
 
『あなたの望み、叶えます』 ~天使空間~ 第九章



 その日、彼女は不機嫌だった。

 燦然と世の中に輝くアイドルの一人である三奈崎ルル――本名三奈崎みちる――は、曲がりなりにもプロとして、ファンの目があるところでは終始スマイルを浮かべていたが、控室に帰って来ると同時にその表情は不機嫌なものに変わり、気弱なマネージャーが思わず怯えるほどに荒々しく椅子に座る。
「お茶」
 ただ一言の単語が冷たく響き、それを聴いたマネージャーは、慌てて備え付けの冷蔵庫から一本のお茶を取り出して来た。
「は、はい。どうぞ……」
 差し出されたペットボトルを掠めるようにして受け取ったみちるは、勢いそのまま乱暴な手つきで蓋を開け、その中のお茶を喉に流し込む。
 一息で半分ほどを飲み干し、大きな音を立てて机の上にそれを置いた。
「不味い。もっと美味しいのを用意しておきなさいよ」
 大きな目で睨みつけられたマネージャーは、びくつきながらも反論する。
「そ、そう言われても……ペットボトルなんだし、味はそう変わらないはずよ……?」
「そういうことを言ってんじゃないわよ」
 みちるは盛大に溜息を吐きながら、椅子の背もたれに体重を預ける。ぎしりと椅子が軋む。
 彼女は不機嫌な目つきで壁の時計を見上げた。
「……とりあえず、午後の収録が始まる前にお昼ね。ちゃんと用意はしてあるの?」
 その問いかけに、マネージャーは近くに置いてあった袋に手を伸ばす。
「きょ、今日は大丈夫よ。有名なお弁当屋さんで注文したから。美味しくないわけがない」
「……どうだか」
 大して期待してなさそうな目で、みちるはマネージャーが取り出した弁当を見る。マネージャーが袋から出した弁当はいかにも高級そうな出来栄えの小さな弁当だった。
「お、美味しそうね~。この煮物なんて味が染みてそうで……」
「箸」
 短い求めにマネージャーはすぐ応じ、割り箸をみちるに手渡す。
 みちるは割り箸を綺麗に二つに割り、そして、目の前に置かれた弁当に向かって静かに手を合わせた。
「――いただきます」
 みちるは丁寧すぎるほどの礼をする。その姿を見ていたマネージャーは、いつものことながらその見事かつ心の籠った所作に感心した。
 可愛く取り繕うのでもなく、良い子ぶっている訳でもなく、その所作には本当に食事に対する礼が込められている。
 下手をすれば我儘で自分勝手な性格とも言えるみちるが、どうして「いただきます」と「ごちそうさま」を言うときだけはそこまで丁寧な所作をするのか。その理由をみちるのマネージャーになってまだ日の浅い彼女は知らない。
 礼をすませたみちるは箸を伸ばし、適当なおかずをつまんで口に運ぶ。
 そして、顔を歪めた。
「…………美味しくない」
 そう呟くと、箸を揃えて置いてしまう。それを見ていたマネージャーは狼狽した。
「ちょ、ちょっとみちるちゃん! 食べないと午後からもたないよ!」
 マネージャーにそう言われても、不満そうな表情を浮かべたみちるは動こうとしない。
「だって、美味しくない」
「十分美味しいよ! っていうか、これ以上美味しいのを求められても困るよ!」
 アイドルの健康管理もマネージャーの仕事の一つだ。仮に昼を抜いたことによって収録中に貧血でも起こされた日には、洒落でなく首が飛ぶ。
 みちるは暫く無言で抗議するように動かなかったが、やがてゆっくりと箸を手に取り、食べ始めた。最悪を免れたマネージャーは、ほっと一息を吐く。
「全くもう……いままでそんなにお昼のことで文句言うことなかったじゃない」
「…………」
 不機嫌そうに箸を進めるみちる。マネージャーの呟きは無視されてしまったようだった。そんな彼女の食事風景を見つつ、自分の分のコンビニ弁当を食べ始めながらマネージャーは心の中で考え込む。
(本当に、一体全体どうしたのかしら? 一昨日までは普通に昼も済ませてたはずなのに……)
 ふと、そこでマネージャーは一昨日まで弁当の手配などしていなかったことに気付く。
(そういえば……昨日の朝、急に弁当の手配を頼まれたんだっけ。…………昨日は地獄だったなぁ)
 いきなりのことだったので準備もなく、コンビニで一番おいしそうな弁当を買ってきたのだが、それを食べたみちるは荒れに荒れ、あわやスキャンダル寸前までいったのだった。二度と彼女にコンビニ弁当を与えまいと思ったものだ。
(舌が肥えているというか……むしろ、食べたい物が食べれないストレスが凄い、って感じなのよね……)
 マネージャーとして経験こそ浅いものの、トップアイドルになり得る存在であるみちるを任されるだけあって、このマネージャーは観察眼に長けていた。そしてその目を信じればみちるは『美味しくないものを食べなければならない』ということよりも、『どうしても食べたい何か』が食べられないことに苛立ちを覚えているようなのだ。恐らく『美味しくない』という言葉も、その『一番食べたいものに比べれば』という意味で、今日の弁当に関してはその弁当自体に怒りを抱いているわけではない。コンビニ弁当に関してはそれ自体が不味いと感じたせいでスキャンダル寸前まで荒れたのだろうが。
「…………何か、食べたい物があるの?」
 それがわかれば今後対処のしようもある。そう考えたマネージャーはまずそう切り出してみた。
 みちるの箸が止まった。口の中にあった物をきちんと租借し、呑み込んで、そして口を開く。
「別に」
 マネージャーにそっぽを向きながらみちるは答える。子供っぽい所作ではあったが、そのおかげでマネージャーは確かにみちるが何か食べたい物があるのだということに確信を持てた。
 しかしそこから先に進めない。
(あー、こう言う時、麻貴さんなら上手いことみちるちゃんを宥められるんだろうけど……)
 彼女の先任であった敏腕マネージャーのことを思い出す。みちるがアイドルとして一定の成功を収められたのは、本人の努力ももちろんあるが、それと同じくらいにそのマネージャーの腕があったからだと言われている。
(みちるちゃんは、可愛くて綺麗だし、演技や元々の性格だって悪くない。負けん気も強いし、何より努力家だけど……麻貴さんのプロデュースは凄かったもんなぁ……)
 猫のように気まぐれで、プライドの高いみちるだったが、それを麻貴は上手く導いていた。時に操り、時に手を引き、時に宥め、時に炊き付ける。それが上手く嵌り、みちるは実力以上のものを発揮し、常にファンの心を鷲掴みにしていた。
(麻貴さん……この空気だけでもどうかしてくれないかなぁ)
 先任のマネージャーを頼るのは情けないと思いつつ、彼女は溜息を吐いた。
 その時だ。

「やあ、みちるくん! 元気でやってるかね!」

 異様に元気のいい声を張り上げて、いままさにマネージャーが思っていた人物が控室に現れた。
 敏腕マネージャー麻貴。三十路を遥かに過ぎているはずだが、どう見ても新社会人くらいにしか見えない年齢不詳の女性。活動的なポニーテールを揺らし、ずかずかと控室の中央まで入り込んで来る。
 みちるはちょうど口に何も入れていなかったのか、麻貴に向かって口を開いた。
「ノックくらいしなさいよ」
「ノックしてください麻貴様、だろう?」
「何様?」
「私様」
 ふふん、と胸を張って、堂々とした態度で、麻貴は言い放つ。気の知れた間同士特有のやり取りを交わすことで、みちるの唇の端には微かな笑みが浮かんでいた。
(うわー、やっぱり真似出来ないなぁ……)
 麻貴は入室して僅か数秒でみちるの不機嫌を打ち消していた。これが普通の相手ならば、不機嫌なみちるに臆するか圧倒されるかのどちらかだろう。
 みちるは一端箸を置き、麻貴を振り仰いだ。
「何の用? 今日は別に麻貴がいま担当している子と合同の収録はなかったと思うけど」
 マネージャーでなくても、十歳以上年上の大人にに対する言葉遣いではなかったが、麻貴はそれを受け入れていた。ちなみに、みちるのその言葉遣いは信頼の証であり、親しみを持っていることの証明でもある。それを麻貴も現マネージャーもよくわかっているため、それに対する注意はない。
 みちるが窺うような視線を現マネージャーに向けたため、彼女は慌てて頷いた。
「え、ええ。今日の午後はうちの事務所からはみちるちゃん一人の予定だったはずですけど……?」
 現マネージャーは麻貴に対して疑問の視線を投げかける。それを受けて麻貴は困った笑みを浮かべた。
「ん、それがねえ。ちょっと午後の収録が急遽予定変更になってさ。うちの事務所全体での収録になったんだよ」
 それを聴いたみちると麻貴は目を見開いて驚きを示した。
「なにそれ? こんな急に? そんなの聴いたことない」
「こちらには連絡が一切なかったのに、決まったんですか?」
 二人の驚きも尤もだ、と言いたげに麻貴も頷く。
「ホントに。私もそう思うんだけどさ。なんか有無を言わさない感じで。うちで抱えてるアイドル全員予定してた仕事キャンセルしてるんだよ。どこからも苦情は出てないからいいんだけど」
 その麻貴の言葉に、現マネージャーは安堵の表情を浮かべたが、みちるは不審そうに眉を顰める。
「いや、おかしいでしょ。それ。百歩譲って急に事務所をあげて受けないといけないような大口の仕事が来たとしても、仕事をキャンセルした先から一切苦情が出ないなんてあり得ない」
 それは常識に則って考えれば至極当たり前のことで、麻貴とてそんなことはわかっているはずだった。しかし、麻貴の反応は鈍い。
「言われてみればそうかもしれない……けど、まあ苦情が出てないんだからいいじゃない?」
「……出ない方がいいのは確かだけど」
 明らかな異常事態であるのに、麻貴が違和感を覚えていないことにこそ、みちるは違和感を覚えていたが、本人に言われてしまえばそれ以上言えることは何もなかった。
「まあ、いいわ。私は事務所の意向通りにやるだけだし。……で? その新しい仕事って、どんな内容なの?」
 内容の話に移ると、麻貴は楽しそうな笑顔になった。
「よくぞ聞いてくれたね! 実はその仕事って、みちるくんが主役なんだよ!」
 みちるは再度目を見開く。
「……事務所をあげてやるような仕事で? 私が? ちょっと待って。それもおかしくない? もっと凄い人いるじゃん。……認めたくないけど、私なんかよりずっと実績も人気も実力もあるアイドルが、いっぱい」
 認めたくないけど、と付ける辺り、本当にみちるは負けず嫌いだった。
 そんなみちるの言葉に深く麻貴は頷く。
「本当にね。私もそう思うけど」
 あっさり同意する辺り、麻貴のみちるに対する遠慮のなさには素晴らしいものがあった。
 それが二人の間にある信頼関係を表しているようで、現マネージャーは悔しく思う。自分とではそんな関係がまだ築けていないことが自覚出来ているからだ。
「みちるくんを主役にするのは、オーナーたっての希望らしいよ」
「…………オーナーの希望? どこの企業?」
「いや、個人」
「……………………待って、麻貴。なんなのそれ? 絶対おかしいでしょ? なんでたかが個人が、事務所一つ丸ごと動員しなくちゃいけないような仕事を出せるの?」
 年収が億を越えるような一流スポーツ選手など、そんな存在ならあるいは可能かもしれない。けれど、それでもあり得ない。少なくともみちるの知識にそんなことをした者はいない。
 そしてそれは麻貴も同じことのはずだった。しかし麻貴はそのことを不思議に思ってはいないようだ。
「実際仕事が来ていることは確かだし……やるしかないよ?」
「…………けど」
 それでもなお納得していない様子のみちるだったが、麻貴は構わず話を先に進めることにしたようだった。
「さて! それで収録の話だけどね。いまこの瞬間から撮影は始まるよ」
 その言葉を皮きりに、控室にたくさんの人が入ってきた。カメラを構えたカメラマンに、音響、ライト、その他もろもろ。そこそこ広いとはいえ所詮控室の広さだ。あっという間に人で埋め尽くされた。みちるは戸惑いつつも、外向けの表情を作り、立ち上がりながら麻貴に言う。
「い、いきなりね。ほんと、びっくりしちゃう。まだどんな内容の収録なのかも聴いてないのに」
 崩れ気味の営業スマイルを浮かべていた。崩れ気味とはいえ、浮かべただけでも大した物であった。
 しかし、そんななけなしのプロ根性はすぐに崩れ去ることになる。
 麻貴が衣裳係を呼んである『衣装』を持って来させたからだ。
「大丈夫。ルルちゃんは何も知らなくていいんだよ。こっちで誘導するから。……とりあえず、まずはこれを身につけてもらおっか」
 みちるは麻貴が差し出したその『衣装』を見て、驚愕を通り越し、恐怖の感情をその顔に浮かべた。
「え……ちょっと、待って。本当に、待って。なに言ってるの麻貴? 何を……言ってるの……?」
「何って……おいおい。ルルちゃん。君の方こそ何を言ってるんだい?」
 本当に不思議そうな顔で、マネージャーは首を傾げる。
 みちるは震える指で、それを指差す。
「『それ』、なに?」
 問われた麻貴の方が今度は不可解な表情を浮かべた。
「おいおい……知らないわけがないでしょ?」
 なんでそんなことを聴くのか、という風情で麻貴はそれの名称を口にした。
 
「これは『首輪』だよ?」
 


 
 混乱と恐怖。
 もしも題名をつけるとしたらそれしかない、というような表情をみちるくんは浮かべていた。はっきり言って不可解な表情だ。どうしてそんな表情を浮かべるのかわからない。デビューから早三年。彼女の色んな顔を見て来た私だけど、肝試しの撮影でも彼女がそんな表情を浮かべたことはなかった。むしろそういう表情を露わにするのが嫌で、しかめっ面になってしまい、何度かダメ出しをしたくらいだったのに。
 とにかく、どうしてみちるくんがそんな表情を浮かべているのかはわからないが、すでに撮影は始まっているのだ。不可解な反応ばかりを映してはいられない。オーナーも進行を待っているはずなのだから。
「それじゃあ、ルルちゃん。君にはこれを身につけてもらって、ある人の家を訪問してもらいます。その一連の様子は全て生放送で中継するから、しっかりね」
「え、え? なに、それ? え? ドッキリ? これ、何かのドッキリなの?」
 みちるくんはさらに訳のわからないことを言いだした。私は笑顔を浮かべつつも、少し焦る。
「ドッキリじゃないよー。あ、ちなみに番組名はね、『三奈崎ルルin天使の館 緊急生放送24時間スペシャル ~出発から飼育まで全部見せます~』だよ」
「し、いく……?」
 どうしたのだろう。みちるくんの顔は凄いことになっていた。これ下手したら放送事故じゃないか?
 とにかく話を先に進めるしかないと思った私は、首輪を持ってみちるくんに近づいた。
「とりあえず、ルルちゃん。まずは裸になって?」
 首輪を身につけるのであれば『当たり前』の指示を出すと、みちるくんは放送事故必死の表情になった。
 これはヤバい。マジでヤバい。
「……そんなことっ! 出来る……わけ……っ」
 私はカメラを背を向けているから、目力をフルに使ってみちるくんを叱りつける。そういえばデビュー当初は結構危うい子だったから、収録中こういう形で叱りつけることも多かったなぁ、と頭の隅で思う。
「ルルちゃん」
 名前を呼び掛けながら一歩前に進む。
 みちるくんは短い悲鳴を上げて後ろに下がり、そこにあった椅子に足を引っ掛けて転倒してしまった。足が開いてあられのない姿になっていたが、幸い机が陰になっているからカメラには映っていないはずだ。危ない危ない。
「ちょっとちょっと! そんなに嫌がらなくても」
 仕方ないなぁ、という声を意識してあげつつ、私は頭を悩ませた。
 オーバーリアクションは芸人の仕事だ。アイドルがそこまでオーバーリアクションを取る必要はない。それも、いまのような『当たり前の話』でそんな動きをしたら、笑いではなく困惑が広がってしまう。
 みちるくんは場の空気が読めないほど天然でも馬鹿でもないはずなのだけど。
(どうやら、これは……オーナーの言葉が正しかったみたいだね……)
 実はオーナーと細かな番組内容について話しあっていた時、オーナーはみちるくんが『身につけてもらう衣装や番組の内容を全力で嫌がるだろう』と確信を持った口調で話していた。私は彼女もプロだから、本当は嫌でも『そんな当たり前のこと』で駄々をこねたりはしない。ちゃんと役割はこなすだろうと反論したものだけど……過大評価だったのだろうか?
 私は仕方なく、オーナーに言われていた通り、多少強引な方法を使って話を先に進めることにした。
「スタッフさーん! ルルちゃんに衣装を着せちゃってくださーい!」
 控室に入って来ていた人ごみの中に呼びかけると、黒いスーツを着た屈強な男性スタッフ二名が進み出てきた。サングラスをかけ、なんというか、エージェントかSPという表現が的確な二人だ。なぜこんな恰好をさせたスタッフを派遣してきたのかはわからないけど、オーナー要望だから仕方ない。
 二人は私から首輪を受け取ると、へたり込んでいるみちるくんの方に近づいていく。みちるくんは何がそんなに恐ろしいのか、声も出ない様子でスタッフ二人を見上げていた。
「失礼します」
 スタッフは丁寧な口調でそうみちるくんに声をかけると、その腕を掴んで引き立てた。
 そして、身につけている服を力任せにはぎとって行く。清楚な色の下着が露出した。
「いやああああああああ――ッッッ!!!!」
 ただ『着替えさせられている』だけなのに、肝試し企画でもあげなかった凄まじい悲鳴がみちるくんの口から迸った。うわ、完全に放送事故だ、これ。
 私はどうしたものかと本気で頭を悩ませたが、こうなったらもう続けるしかない。
 それにオーナーからは『着替えのシーンなどの大事なところは何があっても余すところなく撮影するように』言われているのだ。みちるくんのリアクションは異常だけど、オーナーの希望なのだから仕方ない。
 カメラさんもみちるくんが服をはぎとられ、暴れるのを抑えこまれ、悲鳴をあげるのを困惑した表情で映していた。たまに私の方に目を向けてくるけど、私だってみちるくんがこんな風にリアクションするなんて思ってなかった。どういうことかと問われても困る。
 それにしても、まるで暴漢にでも襲われているようなみちるくんの反応には面食らうしかない。目には涙すら浮かんでいるし。なんだかんだで物凄く気の強い子だから涙なんてほとんど浮かべなかったものだけど。……これはこれで新たなファンを獲得出来るだろうか?
 そんな風に現実逃避気味なことを考えている内に、みちるくんが身につけていた服は全て剥ぎ取られ、彼女はその美しい裸体を晒していた。年齢にしては豊満な胸も、はっきりと明らかになっており、柔らかく震えるのがアップで画面に映し出されているはずだ。これでもっと身体をアピールして、笑顔を浮かべていられたら良かったのだけど、みちるくんは蹲って、号泣していた。これではせっかくの裸体も生かしきれない。泣き虫アイドルに方針転換するしかないだろうか?
 私はそんなことを考えつつ、スタッフに最後の指示を出した。
「さ、首輪をつけて」
 片方のスタッフが逃げ出さないようにみちるくんを抑え、もう片方のスタッフがその首に首輪を巻き付ける。首輪は最後に南京錠で施錠するタイプのもので、変わった形だと思う。
 その首輪にリードを繋いで、ようやく準備は完了。スタッフからリードの先端を手渡してもらい、私はスタッフ達を下げた。みちるくんはその場で蹲って、動こうとしない。
「ルルちゃん。ほら、行くよ?」
「……っ! い、行けるわけないじゃない! 麻貴の馬鹿っ! 何なのよぉ……何なのこれぇ……」
 震える声で、訳のわからないことをみちるくんは言う。
 私もそろそろ我慢の限界だった。
 一つ溜息を吐く。
「ルル。『おすわり』」
 明確な意思を持って『命令』を出す。
 すると、みちるくんは蹲っていた体勢から、両足を地面につけ、腰を浮かし、足を開き、両手をその開いた足の間に置く――という犬がよくやる『おすわり』のポーズを取った。
「え……っ!」
 驚きの表情を作るみちるくん。
「犬が飼い主……この場合はリードを持った人の言うことを聴くのは当たり前でしょう?」
「なっ……! 私は! 私は犬じゃない! 麻貴ぃ!! 目を覚ましてよぉ! 皆! どうしちゃったの!?」
 この子は本当に何を言っているんだろう。首輪を巻いたその瞬間から、犬だと言うのに。
 どうにも今日はみちるくんの様子がおかしい。
 このままではこの番組が『伝説の放送事故番組』なんて呼ばれてしまいかねない。
(仕方ないな……本当はもう少し後で付ける予定になってたけど……)
 私は衣装係に言って、他の『衣装』を持って来させた。
 それを受け取った私は、お座りの姿勢のまま俯いて、大粒の涙を零して泣いているみちるくんに近づいた。
「顔をあげなさい、ルル」
 リードはさっきからずっと握っているので、みちるくんは私の命令に従って顔を上げる。せっかくの可愛い顔が涙でぐちゃぐちゃだった。さすがにこれをカメラに映すのは不味いかなと思ったけど、変にカメラの前に立ちふさがるわけにもいかない。
 私は手に持っていたそれをみちるくんの頭に取り付けた。
「まきぃ…………おねが――ぅあっ……!? あぅっ、わぁうッ!」
「うん、似合ってるよ。ルルちゃん」
 急に声が出せなくなった――正確には吼えることしか出来なくなった――ルルちゃんは驚愕した様子で声を絞り出していた。もちろん、それは全て犬の唸り声のようなものにしかならない。
 私は身体に溶け込んで一体化した『犬耳』がついた、彼女の頭を優しく撫でる。個人的に彼女は犬ではなく猫の方が近いと思うのだけど、オーナーが犬耳を付けるようにいったのだから仕方ない。
 とりあえず、これでみちるくんは犬の言葉でしか喋れなくなった。
 妙なことを言うことは出来ない。これで少しは放送事故の心配もなくなって、安心できる。
 私はまだ犬になった自分に慣れていないみちるくんを促す。
「さあ、時間も押してるし、早く行くよ」
 それでも抵抗しようとするみちるくんのリードを引っ張って、たくさんの人が見守る中、まずは控室を出た。
 
 
 
 
 狂ってる。
 私にはそうとしか思えなかった。
 どう考えても不自然な急な仕事と依頼主。
 それを疑問にも思わない麻貴や他の人達。
 そして――異常過ぎるその内容。
(夢なら早く覚めて……!)
 こんな夢を見る覚えなんてなかったけど、そうとしか思えない。そうでなければおかしい。そうでなければ、気が狂いそうだった。
 けれども、覚めて欲しい時に限って夢は覚めない。私は麻貴に引っ張られて、控室から引き摺り出された。廊下には何台ものカメラが待ち構えていて、そのファインダーが私を捉える。
 異様なことに、そのカメラ達は至るところの放送局からやって来ているようで、本来ならあり得ないライバル局のカメラまであった。世間的な大ニュースならともかく、一番組をそんな多数の放送局で同時放送するなんて、ありえない。
「きゃぅ……ッ!」
 人前で裸にされて、首輪をつけて四つん這いで引き回されて。それだけでも恥ずかしくて死にそうなのに、カメラに収められてそれが家庭にまで放送されているのかと思うと、恥ずかしいとかそういうレベルじゃなくなってくる。頭がおかしくなってしまいそうだった。
 腕や足で身体を隠そうとしても、四つん這いで移動する以上、どうやっても限界がある。身体中に――本来浴びるはずのないところにまで――カメラの視線を感じて、気が狂いそうだった。ぼろぼろ涙が零れて止まらない。
「こら、ルル。もっと姿勢よく歩きなさい。だらしのない」
 まるでデビューしたての頃に戻ったかのような、厳しい声で麻貴が言う。その時は無意味に反発心を覚えていたものだったけど、麻貴の言葉はいつだって私を思って口にされていた。いまだって、そう。厳しい言葉の裏には私を思う気持ちがあるのがわかる。けれども。だからこそ。麻貴の言動は異様だった。そもそもこんな状況で、いつもの通りの言葉を放つなんて正気の沙汰じゃない。
 私はすがるに視線を麻貴に向ける。
 正気に戻って。いつもの麻貴に戻って。
 そんな想いを精一杯込めた私の視線にも、麻貴は不思議そうな顔を浮かべるばかり。いまでこそ担当じゃないけど、麻貴は私の些細な仕草にもちゃんと反応してくれた担当だった。放っておいて欲しい時は放っておいてくれたし、甘えさせて欲しい時にはちゃんと甘えさせてくれた。厳しい時だって、私が本当に譲れない一線はちゃんと見極めてくれた。そんな麻貴なのに、今は全然心が通じ合わない。想いがかすりさえしない。まるで私と麻貴の間に、突然山よりも高く谷よりも深い断層が出来てしまったような、そんな意識の差が生まれていた。
「わうぅ……」
 麻貴、と呼んだつもりが、私の口から零れたのは犬のような鳴き声だった。これも異常だ。私は何もされていない。ただ、首輪を巻かれて、犬耳を付けられただけ。それだけなのに、私は身体を自由に動かせなくなって、声も奪われた。それだけでも異常だけど、何より異常なのは身につけさせられた犬耳に神経が通っている感触があるということだ。さっき麻貴に撫でられた時には耳の形がはっきりわかったし、少し集中して犬耳に意識すると、それに伴って耳が動くのがわかる。心なしか周囲の音もはっきり聞こえるように思える。
 巻き付けたり頭に載せるだけで体の制御を奪い、人体改造でもされたかのような状態にされてしまうなんて、色んな意味であり得ない。
 夢だとしか思えないのに、意識は無駄にはっきりしていて、感覚はどこまでもリアルだった。

 こんなことがもしも現実だとしたら――それこそ、悪夢だ。

 現実のような悪夢は、容赦なく続く。
「顔を上げて、背を逸らして。……そうだね、膝を付くんじゃなくて、もっと大きく足を開いて、膝を伸ばしてごらん」
 言われるがまま、私の身体はその体勢を変える。その格好は後ろから見れば全てが丸見えになってしまう、実に最悪の格好だった。足を開いてバランスを取らないといけないから、いままでみたいに出来る範囲で隠すことも出来ない。
 カメラの視線が私を射抜く。
「きゃううううっっ!!」
 その場で蹲ってしまいたいのに、身体はその通りに動いてくれない。麻貴に指示された通りの姿勢を維持する。
 相反する意思と身体に動けないでいると、首輪をリードで引かれて首が締まった。慌てて手足を動かして前に進む。
「うん、少しはマシになったね、ほら、いくよ」
 優しい笑顔も、声も、いつもの麻貴なのに、その内容だけが異常。
 私は後ろからついてくるカメラ達の視線を感じながら、よたよたと付いていくしかなかった。
 



 そこで一端画面がスタジオに切り替わる。
『出発の様子をお届けしましたが……いやー、どうしちゃったんだろうねえ。三奈崎さん。凄い悲鳴だったよ?』
 年季の入った男性司会者が、不可解そうに首を捻る。それに対し、相方の女性も首を傾げていた。
『ルルちゃん、マジ泣きじゃありませんでした? そんなに嫌だったんでしょうか。私だったら、ああいう衣装なら喜んで着たいですけど』
『いやぁ、年齢的にあなたはもうさすがにむ――いたっ! ちょっ、スネ蹴るとか!』
 笑いながら悲鳴を上げた司会者を、女性は華麗に無視する。
『さて、それではここでルルちゃん宛てに番組に届いた応援メッセージの一部を紹介しましょう』
『僕相手でも遠慮ないよね君!』
 テレビの中では楽しげな会話が続いてたが、俺はそれを聞き流して傍らに立つ三奈崎さんを見上げた。
「三奈崎さん。みちるちゃん楽しそうだね」
 実の娘が公開レイプのように服を剥ぎ取られ、犬のように引き回される。
 普通の親が見れば卒倒する衝撃映像だ。
 しかし、三奈崎さんは朗らかな――むしろ慈愛に満ちた――笑顔でテレビを見詰めていた。
「ええ、本当に。みちるちゃんったらあんなに元気にはしゃいじゃって……ふふっ」
 やんちゃな子供の姿を見た時のような様子で、三奈崎さんは微笑む。
 俺はそんな母親らしからぬ態度で見つめる三奈崎さんの様子に満足した。三奈崎さんにとって、いまの光景は娘がアイドルとしての活動を頑張っているとしか見えていない。そんな風にしか感じられないようにしているとはいえ、中々倒錯的な言動だった。最初はそんな風に思わせなかったからか、娘が本気で嫌がっていると思って落ち着かない様子だった。実際そうなんだが、三奈崎さんのそういう暗い顔は見たくなかったので、改めて認識を変えたのだ。
 おかげで三奈崎さんの母親としての一面を見られた。普段から割と母性に溢れた人ではあるが、やはり実の娘に対する感情は別格のようだ。
(まあ、それもあと数時間のことだが……)
 俺はみちるちゃんをただ家に引き込むつもりはなかった。アイドルとして、人間として、そして三奈崎さんとの親子としての。彼女の『存在』を全てを削ぎ落し、まっさらな状態で飼ってやるつもりだった。彼女にしてみれば自分がそれまで生きてきた証そのものが全てなくなるのだ。溜まった物ではないだろうが、飼い犬になるからには人間としての彼女の存在など必要ない。最終的には彼女の心も犬に堕として、犬として生きることが幸せであると思わせてやるつもりだったから、何の問題もない。
 自由に口が利ける彼女が訊いたら怒り心頭を通り越して殺されそうなことを考えながら、俺はテレビの中でやっている番組を眺めた。ちょうどプレゼントのお知らせが始まっていた。
『――と、いうわけで、番組の最後には抽選で百名様に当事務所のアイドル達を差し上げます。応募するためのキーワードは、番組各所で――』
 天使の力を使って楽園を築きつつある俺だが、やはり幸せというものは分け与えるべきものだ。だから、俺はみちるちゃんが所属していた事務所のアイドル達を、番組の豪華プレゼントとして採用していた。抽選に当たれば、現役アイドルが一人手に入れられるという寸法だ。無論、当選者に絶対服従の状態で。
 自分が楽しむだけではなく、周りにも幸せを提供する。なんとも立派な行いのように思えて、優越感を強く感じられ、非常に心地よかった。
 三奈崎さんと一緒に、俺は番組の続きを眺める。
 一つ目の山場が来ようとしていた。
 
 
 
 
 エレベータに乗って、一階まで降りる。
 恥ずかしい四つん這いでロビーに出た私を、たくさんのフラッシュと拍手が迎えた。
「……きゃうぅっ!」
 目の前が真っ白になるようなフラッシュの嵐。テレビ局だけじゃなく、新聞社や雑誌記者まで集まっているようだった。
 それ以外にもテレビ局の関係者がたくさん集まっていて、まるで結婚式か何かのお祝い事が起きているかのような騒ぎだ。
「うぅぅ……」
 異常な光景過ぎて、恥ずかしさよりも恐怖の方が勝っていた。誰もが柔らかく朗らかな笑みを浮かべていて、それがよりいっそう恐怖を煽る。
 手足が震えて上手く動かないのに、麻貴はさっさと前に進もうとするので、私は必死になってついていかなければならなかった。
 ビルのロビーを通りぬけ、外に出る。外にはまるでこれからスポーツの優勝パレードでも行うかのような大観衆が待ち構えていた。
 歓声が物理的な衝撃を感じるほどに大きく響く。
「ルルちゃーん!」
「可愛いー!」
 そんな明らかに場違いな、応援や呼びかけてくる声。
 携帯のカメラやデジカメで撮られている。色んなところで私の恥ずかしい姿が映し出されてしまう。記録されてしまう。
「うぅ……きゃうん!」
 やめて、と叫んだ声は犬の鳴き真似にしかならない。
「あはは、吠えてるー」
「かわいー。耳がぺたって倒れてるしー」
「すげえ犬っぽいな……」
「いや、犬だろ?」
 観客のそんな感想が聞こえてくる。全然こちらの意図が伝わらない。どころか、異様に楽しませてしまう結果にしかならなかった。
 麻貴がリードを引っ張っる。
「ほら、ルルちゃん。こっちだよ」
 引かれていく先には、いつのまに用意されたのか、特設ステージがあった。駅前の広場に、コンサートでも開くような舞台が用意されていた。そのステージの後ろには巨大スクリーンが用意されていて、そこには私のいまの姿が映し出されている。
「ひゃぅ……っ!」
 放送されている。映像が画面に映っていることで、私は半信半疑だったそのことが事実であることを知った。
 この時点で私はいま起きていることがリアルすぎる悪夢に違いないと確信した。こんなことが現実に起きるはずがない。女性の全裸を堂々と放送するなんて、法律上無理なことだ。盛大なドッキリでもそんなことは出来ない。そもそもこんなことをドッキリででも出来るわけがない。
 これは悪夢だと私は想うことにした。現実で起きていることじゃない。だから大丈夫なのだと。いつか目が覚めて、私はそんな夢を見た自分に嫌悪するのだろう。
 そう思わないと、心が壊れてしまいそうだった。
 麻貴に引っ張られてステージにあげられる。コンサート並みに集まった人達の視線が私に集中する。
(……っ。みないで……っ)
 俯きたいのに、麻貴に命令されたからか、どうしても俯くことが出来なかった。真正面から視線を受け止めることになってしまう。異常過ぎる事態に忘れかけていた羞恥心が再び湧きあがってきた。
 ステージの中央にまで連れて来られると、そこでまた「お座り」の姿勢を取らされた。真正面からみればあそこがよくみえてしまうであろうその姿勢は、恥ずかしいというレベルを越えている。
 麻貴は舞台袖から出てきた小道具係からマイクを受け取った。
『さて……皆さん、こんにちは。今日は急にも関わらず、『三奈崎ルルin天使の館 緊急生放送24時間スペシャル ~出発から飼育まで全部見せます~』に立ち合ってくださり、どうもありがとうございます』
 どこからともなく「長いぞー」なんて野次が飛んでくる。それは少しの笑いを湧き起こした。私はちっとも笑えない。いまの現状を異常に思っていない人達に、私は恐怖しか感じなかった。
『ごもっともです。あとで番組の主催者に文句を言っておきますね。……それはそれとして、これからこのステージで、天使の館に向かうに当たり、ルルちゃんの最後の準備を整えたいと思います』
 最後の準備と言う言葉に、私は嫌な予感しかしなかった。
『皆さん、いまのルルちゃんには足りないものがあるとは思いませんか?』
 そんな麻貴の問いかけに応じて、観客の食い入る視線が私の全身に突き刺さった。物理的な圧力さえ感じる。何が足りないのかを議論しているのか、ざわめきが大きく広がった。
 麻貴は暫くそんな観客の反応を見てから、ヒントを口にする。
『ルルちゃんは犬です。人間をやめて犬になったわけですが、それにしては足りないものがあると思いませんか?』
 その言いように、何人かが答えに気付いたらしい。さっきよりもざわめきが大きくなる。
 私もまたその『答え』に辿りついていたけど、それをどうするつもりなのかがわからなかった。
『もうお分かりですね? そう――尻尾です! 犬が感情を露わにするために必要な尻尾がなければ、犬になったとは言えないと思いませんか!』
 おおー!と大きな歓声が上がる。
 私だけが不安に思っている中、また小道具の人が何かを持ってきた。それは、ふさふさとした毛がついた棒のようなもので、外見的には犬の尻尾と言える。けれど、それをどうやって身につけろというのか――わからない。服を着ていたらそれに縫い付けるとか出来るけど、いまの私は何も着ていない。テープか。接着剤か。そのどちらかだろうと甘く考えていた。
 現実は――悪夢だと信じているけど――私の想像を遥かに超えて、最悪だった。 
『さあ、ルルちゃん、観客の皆さんの方にお尻を向けて』
 私は仕方なく、麻貴に言われるがまま身体を反転させ、観客のいる方向に背を向けた。「お尻ちっちゃーい」とか「いいケツしてんな……」とか聞こえて来て顔が熱くなったけど、何とか耐える。
『スクリーンで自分の様子は見えるよね? それじゃあ、最後の準備を進めるよー』
 麻貴が言うとおり、私は目の前に広がる大きなスクリーンに自分を背後から取った映像が映っていることには気づいていた。四つん這いで、膝を伸ばし、手を地面についているから、お尻を突きあげるようになっている自分の姿がよく見える。自分でもほとんど目にしたことのない……大きな方が出てくる穴が、白日の元に晒されていた。一番人に見られたくないところを、こんなに大体的に晒されている。もしもこれが現実なら、私はもう死ぬしかない。アップで写されている私のお尻に、麻貴の手が触れた。自分自身の感覚でも、触られていることがわかる。慈しむように、愛でるように。優しげな手つきで麻貴は私のお尻を撫でる。
『柔らかくていいお尻っ。食べちゃいたくなりますねー』
 笑い声があがる。これ以上羞恥を煽らないで欲しい。
 そんな私の願いが通じたのか、麻貴はすぐに次の動きに移った。一端画面外に手が消え、再び入って来る。その手を見て私は一瞬違和感を覚えた。その違和感の正体はすぐに判明する。
「ひゃぁ、わうっ!」
 冷たい感触がお尻に広がる。驚きつつ、画面の中の麻貴の手を凝視すると、どうやら粘度のある液体をつけているみたいだった。にちゃ、ねちゃ、っという普通の水ではしない音がしている。それはなんだかきめ細やかなクリームのように、肌と麻貴の手の間の摩擦を減らし、吸いつくように肌の感触を変えている。
『ふふふ……ルルちゃんはローション、って知ってる? 日焼け止めのローションとかじゃないわよ?』
 ローションといえば美容品くらいしか思い浮かばない。それじゃないと言われたら私に思いつくことはなかった。
 麻貴は楽しげに言葉を続ける。
『これはね……セックスする時に、男性器に塗ったり、女性器に塗ったりするものなの』
 セックス。
 その単語にぞわりと背筋が凍る。私は正直言って、そういう行為が嫌いだった。別に男嫌いとか、反対にレズビアンというわけではなく、ただ単純に性行為ということ自体が嫌いだった。子供じみた潔癖症かもしれないけど、自分が誰かとそういう行為をするという想像が出来なかったし、したいとも思わなかった。
 思わず逃げそうになった私の腰を、リードを持ったままの麻貴の手が抑える。
『はーい、逃げるなー。そのままの体勢維持してて』
 軽い感じでも、命令は命令。私は逃げることも出来なくなって、襲いかかって来る感覚に耐えることしか出来ない。
 その感触は最初私のお尻を撫でるだけだったけど、いきなりその中心に触れた。びりびりとした衝撃が一気に頭まで駆け上がって来る。
「きゃう! きゃあうっ!?」
 おかしい感触がお尻から生じていた。それはまるで――排泄する時のような。
 その感触を裏付けるように、目の前のスクリーンに映っている光景は私の想像通りの光景だった。信じられない。いや、信じたくない。

 麻貴の指が、私のお尻の穴に突き刺さっていた。

 本来あり得ないところから逆流してくる感触。体内に、異物が入り込んでくる感覚。
 食生活が優れていたから、便秘や痔と言ったことに縁のなかった私には、そこに浣腸を入れたことさえない。だから、それは全く初めての感覚だった。
 麻貴の指が、私の中で動いている。縁を撫でるように動かされると、異様な感触が身体を震わせた。
(やめてッ! やめてよ、麻貴ぃ!!)
「きゃうん! きゃんっ、あうっ!!」
 渾身の声で叫んでも、麻貴は止めてくれない。まるで私の反応を楽しんでいるかのように、さらに大きく指を動かすだけだ。
 締めて抵抗しようとしても、ローションの滑りのせいで意味がない。むしろ肛門を締めると麻貴の指の形がわかってしまいそうなくらい感覚が明確になってしまって、逆効果だった。
『あらあら……キュウキュウしめつけちゃって……そんなに気持ちいい?』
 気持ちいいわけがない――そう声を大にして叫びたかったけど、私は大きな嫌悪感の影に隠れて、確かに気持ちいい感触があることにも気づいてしまっていた。
 そうあなると、大きな違和感がむしろ心地よく感じられるようにも思えて、私はよくわからないまま、湧きあがって来る『何か』を堪えるしかない。早くこの時間が過ぎるように、目を閉じて私は祈っていた。
 それでも、それから暫くの間、麻貴は私の肛門を弄り続け、ようやく指を抜いたのは十分は経ってからだった。
 観客のざわめきが小さくなる。それはまるで何かを期待しているかのようで、私は何を期待しているのかと閉じていた瞼を開いた。
 その視界に、さっきの尻尾の、棒のような先端を持った麻貴の指が映っていた。
(まさか――)
 私がそう思った瞬間、麻貴の指がその棒を私の身体の中に押し込んだ。
 凄まじい感覚がそこから背筋を駆けあがって来る。勝手に背筋が沿って、口が開き、私は遠吠えのような叫びをあげてしまっていた。
 背筋から全身にその感触は広がり、私は四つん這いの姿勢も維持できなって地面に崩れ落ちる。膝を立ててお尻を突き出した姿勢になった私の姿は、皆にどんな風に映っているんだろう。情けないと思われているんだろうか。それとも、無様に映っているんだろうか。
 私のプライドは完全にひび割れて、壊れてしまっていた。何だか、もう何もかもどうでもいい。
 いっそこのまま死んでしまいたいとさえ思った。
 けど、不意に、暖かな手の感触を思い出す。あの日、あの時、振り払ってしまったあの手のことを思い出す。
(ああ……そっか…………謝らなきゃ……)
 酷い言葉を放ってしまったことをまだ謝っていない。あるいはもしかしたら、この悪夢はそんな言葉を『あの人』に向かって口にした罰なのかもしれない。
 そう思ったらまた涙が溢れて来て、私の視界は滲んで何も見えなくなった。遠いところで麻貴が何か言ってる。
『さて、可愛い尻尾も生えたことですし! 天使の館に向かって出発の時間です。見送りに来てくれた皆さん、ありがとうございました! これからもルルちゃんの応援、宜しくお願いします!』
 大喝采が巻き起こる中、またリードを引かれた私は、麻貴に付いてステージを降りる。進む度にお尻に変な感触が広がり、股の内側にふさふさとして柔らかな獣毛が触れる。肛門に突き刺さったそれが、揺れているのだ。ちょっと肛門を締めつけるとその尻尾は上に持ちあがる。どんな仕組みか知らないけど、ある程度自分の意思で動かせるようにしてあるみたいだ。こんなものを作る情熱に、諦観しか浮かばない。
 抵抗することを止めた私を不審に思ったのか、麻貴が不思議そうに私を見下ろしていた。
「……みちるくん、どうかしたのかい?」
 マイクも切って、営業モードではなく、いつもの麻貴の口調で心配そうに問いかけてくる。私はもちろん何も答えられないし、応えるつもりもなかった。
 ただ、早く会いたい。早く悪夢から覚めて、謝りたかった。
 麻貴は暫くこちらの様子を窺っていたけど、次の予定が推しているのか、私を促して車の傍に連れて行く。
 この車に乗るのだろうか、と思った私の目の前に、やけに無骨なペットケージが置かれた。ああ、なるほど。
「さぁ、ルルちゃん。この中に入って」
 ペットケージはそれほど大きな物じゃない。私は大柄ではないけど、それでも入ったらそれでもう一杯になってしまう。
「……わぅ」
 私は抵抗する気も無く、言われるままそのペットゲージの中に入った。体を折り畳むようにして、ケージの中に収まる。幸いケージの底は柔らかなゴムみたいな素材で出来ていて、身体を密着させてても痛くはなかった。もちろん、周囲は鉄製の格子で覆われているから、全然休めそうではなかったけど。
 なんとか身体を入れた私の背後で、ケージの扉が締められる。男性二人掛かりでケージごと持ち上げられ、車の一番後ろの荷物スペースに載せられた。
 たくさんの観客が見送ってくれている。全然嬉しくなかった。
 扉が閉められ、暫くして車が発進する。
 車の震動を身体全体で感じながら、私はこれからどうなるのか、天使の館とはどこのことなのか、そんなことをぼんやりと考えていた。

 悪夢はまだ――終わらない。
 
 
 
 
『あなたの望み、叶えます』~天使空間~ 第十章に続く
 
 
 
 

Comment

No.872 / 疾風 [#ew5YwdUc] 感想です

 お久しぶりです。疾風です。
 ラスト,どこからともなく楽しげなドナドナが聞こえてきました。恐らく番組の出演者達,プレゼントされるアイドル達も含めて明るく合唱しているのでしょうね。
 もうすぐ三奈崎母娘の久方振り,そして最後の対面となるのでしょうが,其処もテレビで映されるのでしょうか。どちらにしろルルちゃんがテレビ局に行くことは生涯無いのでしょうが。
 いつか,これから数年後,立派なペットとなったルルちゃんを,あの人は今。のような番組で放映して欲しいです(ついでに,プレゼントされたアイドル達も)。

2013-01/15 00:00 (Tue) 編集

No.874 / 光ノ影 [#-] Re: 感想です

お久しぶりです!
疾風さん、コメントありがとうございます!

>ラスト~
合唱しているかどうかはわかりませんが、みちるの心情的にはドナドナがぴったりだったと思います。

>もうすぐ三奈崎母娘の久方振り~
はてさてどうなることでしょうか……私にもわかりません! 考えてないから!(笑)
実際に書くときにどうなるか、自分のことながら楽しみです。

>いつか,これから数年後,立派な~
エピローグは書くことを考えていましたが、何年単位というわけじゃありませんでした。
何年か後、すっかり異常な生活が日常になった彼らの話を書いても面白いかもしれませんね。
ちょっと書きたいもの候補に入れておきます。

それでは、どうもありがとうございました!

2013-01/15 23:16 (Tue)

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