FC2ブログ
  1. Top
  2. » スポンサー広告
  3. » 『千編万花』
  4. » 『千編万花』 第十五章

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • ジャンル :

『千編万花』 第十五章

『千編万花』の続きです。
ミツルの運命やいかに。
 
それでは、続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第十五章
 


 幼い頃の話。
 魔可戦士ミツルは、周りと明らかに違う自分の名前について親に尋ねたことがあった。
 その時、父親は誇らしげな顔で救世主ミツルの話を彼女に聞かせてくれたものだ。彼女の父親は戦士として活動していたものの武芸の才に乏しく、人一倍努力してようやく戦士達の戦いについていけるような人間だった。
「その昔――『ミツル』という名の救世主がこの世界を救ってくださったんだよ」
 自身が非凡な才を持たなかった彼は、強さという物に憧れていた。
 父親の気持ちは幼かったミツルの胸にも響くほど、切なく、強く、感じられた。
「当時、化け物たちが異常に強かったらしくてね。召喚された救世主達は化け物に次々倒されていった。その時の化け物たちは、最近の化け物たちよりも見境なくて――人と見れば殺し、街と見れば破壊し――世界を破滅させようとしているとしか思えない行動をする連中だった」
 化け物達が暴れ回る絶望的な世界。
 そんな世界で唯一、『ミツル』という救世主だけが最後まで戦い続けた。
「召喚されてすぐに化け物の一人を倒したミツル様の実力は頭一つ抜けていたそうだよ。化け物達を倒すだけでなく、可能な限り民草のために尽くしたと伝えられている」
 強く、優しい救世主は、その呼び名の通り、世界を救った。
「他の救世主たちを悪く言うつもりはないが、当時救世主と呼べるのはミツル様だけだっただろう。例えばこんな話も伝わっていてね――」
 救世主『ミツル』が残した数々の英雄譚を聞きながら、当時のミツルは瞳を輝かせていた。
 興味を惹かれて、話の結末を急かす。
「それで――さいごはどうなったの?」
 問いかけに、彼女の父親は少し悲しげな顔をする。
 嬉々として語っていた父親の急な変化に、ミツルは嫌な予感を覚えた。
 そしてその予感通り、紡がれた話は哀しい最後に辿り着く。
「ミツル様はね……最後に残った最大最強の化け物と三日三晩にわたる激闘の末――化け物と相討ちになって死んだと言われている。命を賭けてこの世界を救ってくれたんだよ」
 そう言いながら父親はミツルの頭を撫でた。
「その救世主のように強くなってほしい、そういう私の思いが、お前の名前には込められているんだよ」
 父親は哀しそうな顔をして、同じく哀しい顔になってしまった幼いミツルを抱きしめる。
 優しい父の腕に抱かれながら、ミツルが感じていたのは救世主『ミツル』に対する尊敬でも憧憬でもないある一つの感情だった。
(かわいそう――)
 この世界に召喚されて、この世界で死んだ救世主。
 帰れなかった救世主を想い、彼女は哀しい気持ちになっていた。
「わたし…………つよくなるね」
 救世主が戦わなくても済むように。
 自分が化け物を倒せるように。
 ミツルは誓い、戦士を目指すことに決めたのだ。
 
 しかし。
 ミツルに対し、『強くなって欲しい』という願いを込めて名前を付けた父親は、その数カ月後に命を落とした。
 救世主や化け物はもちろん、魔物すら関係なく。ただの暴漢を取り押さえようとした時に、暴漢が手にしていたナイフがはずみで刺さってしまったというただそれだけの理由で。
 父親の死への悲しみと、そのあまりの弱さに対する情けなさ。理不尽な世界に対する怒りや、救世主を当てにして化け物を倒そうとしない周りの者に対する不満。
 ミツルは成長するごとに様々な想いを抱え――いつしか、最初に抱いた想いを、彼女自身どこにも感じられなくなっていた。

 彼女自身、そのことに気付いていなかった。
 
 
 
 
 タツミがその命をかけて、敵の一人を倒したあと。
 ミツルは戦闘の余波で壁が崩れて通れなくなった場所を迂回し、再びハジメ達を視界に捉えていた。たまたま背後に出れたため、相手に見つかる前に物陰に隠れる。
 ハジメはタツミから喰らったダメージが大きいのか、殴られた箇所を手で抑え、ふらつく足取りで廊下を進んでいた。そのすぐ近くには仮面を被った救世主と思われる人物もいる。
 二人ともまだミツルに気づいていない。ハジメに関しては周囲を気にする余裕がないのかもしれない。洗脳されているであろう救世主は命じられたことしかしないため、やはり周囲を警戒していない。
 突如として訪れた、千載一遇の好機だった。
(やれる……! 不意を打てば、確実に目を突ける!)
 仮に虎が相手なら無理だっただろう。あの虎ならば振り返った一瞬でミツルの一撃を避けることが出来る。だが、ハジメという化け物は明らかに戦闘慣れしていない。ハジメ相手ならば、振り返ってミツルを認識したあとで出来た隙が大きくなるのは目に見えている。眼球を抉るには十分な時間だ。
 懸念はすぐ近くに立つ護衛の存在であった。近づく敵の迎撃を行うであろう護衛の手を掻い潜ることができなければ、ハジメに攻撃は届かない。
(……いや、掻い潜れたとしても時間がかかったらハジメに対応されてしまう)
 護衛の攻撃を避けつつ、なおかつハジメに攻撃する暇を与えない。
 相当無茶な条件だ。
(でも、やる……! やってみせる! じゃないと、私は……っ!)
 ミツルは意思を固め、改めてハジメを倒す決意をする。
 彼女がそこまでハジメを倒そうとしている背景には、タツミのことがあった。
 タツミが背後から敵に襲われた時、タツミの背後に控えていたミツルは当然敵が起きあがる瞬間に気付いていた。もし、その時にミツルが即座に声をあげていれば、タツミはその攻撃を上手く避けていたかもしれない。しかしミツルは声をあげるのが一拍遅れてしまった。その理由は――実に馬鹿げたことに――タツミに対する嫉妬だったのだ。
 圧倒的な力を持つ化け物をさらに圧倒する強い意志をタツミは見せた。救世主の『強さ』を見せ付けられたような気がして、タツミは彼女に思わず嫉妬してしまったのだ。あまりにまっすぐであまりに強い。『救世主』になるべくしてなったとしか思えなかった。それは『救世主の代わり』になろうとしていたミツルにとって、格の違いを見せつけられたことに等しかった。少なくとも彼女はタツミの強さを目にしてそう感じてしまった。
 とはいえ。
 その嫉妬単体ならば、間に合わない躊躇いではなかっただろう。問題はそれまでに培われた救世主アルファとの確執だった。それがタツミに対する感情にも悪影響を与えてしまったのだ。アルファとの確執がなければ――せめてもう少し薄ければ――ミツルの声は間に合っていたはずだ。
 だが、現実としてミツルは間に合わなかった。タツミは致命傷を負い、強敵を倒すために捨て身の行動に出てしまった。
 ミツルは自分の勝手な感情のせいで救世主を失ってしまったことを自覚していた。だからこそ、ミツルは化け物を自分で倒さなければならないと決意していたのだ。
(絶対に――倒す!)
 それがタツミに対する、せめてもの償いになると。
 彼女はそう信じ、化け物に対する殺意を漲らせる。
 ミツルは音もなく駆け出した。近づくまで気づかれないように静かに、かつ限界まで速く。彼我の距離が数瞬で詰まって行く。相手は無防備。
 そこでようやく敵の接近に気付いたのか、ハジメがミツルの方を振りかえった。手を伸ばせば触れられるほどの距離。幸い、操られている救世主はミツルに気付かなかったのか、ミツルを迎撃しようとしていない。ハジメの目が見開かれる。ミツルの体勢は剣を突き出す寸前。
 もはや『必殺』と言える状況。
 だが、ミツルは気を抜かない。化け物と自分との力の差を考えれば、このタイミングからでも十分ひっくり返される可能性があるからだ。
(殺す……ッ!)
 ミツルは殺意を鈍らせない。最後の一瞬まで研ぎ澄ましたまま、ミツルは腕を突き出す。
 狙うは生物共通の弱点である目。瞬きする暇も与えない。ミツルの一撃はそれほどに研ぎ澄まされ、彼女の生涯で最高の一撃だった。その一撃にハジメは全く反応できていない。最大の脅威であるタツミを退けたばかりだったことがあるのか、完全に気を抜いていたようだ。様々な幸運が絡み合い、ミツルの一撃はハジメの眼球へと肉薄する。
 
 しかし、突然。
 ミツルは体の自由を失った。

 突き出した腕が硬直し、ハジメの眼球から皮一枚挟んだ距離で剣の切っ先が止まる。
「ぐ、っ……ぁ!?」
 見えない糸で雁字搦めに縛られているかのように、彼女の身体は動かなくなっていた。それが不思議な『声』による仕業だと気付いたのは数秒遅れてからだ。
 ミツルは最初驚愕し、すぐに全身に走った激痛に意識が遠のいた。全身の動きが急停止させられた衝撃だけでなく、『声』そのものが痛みを発し、彼女の身体をズタズタに切り裂いていくような痛みを生み出していた。
 血こそ流れなかったものの、その激痛は生きていることを後悔するほどの激しいものだった。戦士としての意地でミツルは意識を保つ。
(ちくしょ、う……! なん――なんだっ!)
 全身から生じる激痛に翻弄されつつ、ミツルは悪態を吐く。
(あと、一歩……! あと、ほんの少し、だった、のに……!)
 悔しさに歯噛みするがミツルにはどうしようもない。動かない体はどうやっても動かず、苦しみに千切れそうになる意識を保つのが精一杯だ。
 ミツルは最初、てっきり目の前のハジメに反撃を許してしまったのかと思ったが、歪む視界の中でハジメも同様に苦しんでいた。耳を抑え、痛みに堪えるような呻き声をあげている。
(こいつが、仕掛けたことじゃない……? じゃ、あ、誰、が……ッ)
 痛みによって途切れがちな思考を繋ぎとめ、思考を続けるミツルだが、響き渡る『声』は考えることを許さない。ミツルの思考は乱されてしまっていた。
 どれほどの時間が経っただろうか。
 実際には数十秒のことだったのだろうが、ミツルには何十時間もの時間に感じられた。『声』が途切れた時、ミツルはその場に膝をついてしまう。
(……っ、くそっ! 体が……ッ)
 音による激痛によって消耗してしまったのか、身体が自由に動かせなかった。
 その一方で、同じように『声』を受けていたはずのハジメは、崩れ落ちることなく立っていた。
「………………!」
 何か悪態のような言葉を吐いていたようだったが、その声はミツルの耳に聞こえない。『声』は聴覚を麻痺させてしまっていた。
 明後日の方を見た後、ハジメはすぐ近くで蹲るミツルに改めて目線を向ける。
「…………まえ…………な…………」
 ミツルに対して何か言っているようだったが、まだ聴力が麻痺しているためミツルには聴き取れなかった。
 何を言っていようとミツルには関係なかった。殺意を込めてハジメを睨みつけ、体が回復すると同時に手に持った剣をハジメに向けて突き出す。
 しかしいかにハジメが戦闘向きではないとはいえ、目の前で腕を振るわれれば対処出来る。ハジメは化け物としての基本能力を生かし、ミツルの剣を避けてしまった。ミツル自身が弱っていたこともあるが、本来化け物と人間の間にはそれくらい埋めがたい力の差がある。ミツルはその事実を突き付けられ、悔しげに歯噛みする。さらに攻撃を繰り返すがハジメは余裕を持って避け続ける。
 ハジメは何か口にしているようだったが、聴力は中々回復せず聴き取れなかった。元々耳を貸すつもりもなかったミツルは気にせず斬り付け続ける。
 そんな状況に辟易したのか、ハジメは拙い手つきながらもミツルの腕を掴み、動きを封じにかかる。化け物としての力をフルに生かしたハジメは、ミツルの腕を掴むことに成功した。ミツルはその手を外そうとするが、元々の能力が違い過ぎるためどうしようも出来ない。
 剣を握っていないもう片方の手でハジメの顔面を殴りつけるが、痛んだのはミツルの拳だった。
「……とんだ、じゃじゃ馬だな」
 小さくだがハジメの声がミツルの耳に届く。ようやく聴力が回復してきたようだ。
 ミツルは両手を封じられても諦めず、蹴りを繰り出そうとした。
「『動くな』」
 しかし、そのハジメの命令を理解すると、ミツルの身体は彼女の意思に反して動きを止めてしまう。
(く……っ! くそぉ……ッ!) 
 もう何度目になるかわからない悪態をミツルは心の中で叫ぶ。目の前でハジメが溜息をつくのがわかった。
「やっと止まったか……たくっ、まさか俺の能力にこんな落とし穴があったとはな……」
 不満げに独り言を呟く。ミツルにはその意味はわからなかったが、ハジメは悠々とした調子になり、彼女に向けて声を発した。
「救世主についてきた戦士か? 惜しかったな。もうちょっとでやられるところだった」
 揶揄するようにハジメは言い、嫌味に笑う。
「この……っ、卑怯もの……!」
 ミツルが絞り出した言葉を、ハジメは鼻で笑った。
「ふん、不意を打って攻撃してくる奴に言われたくないな」
 ライルのような一部例外を除けば、この世界の人間が化け物を相手するには不意を打つしかない。それをわかっていなかがらハジメは言っていた。ミツルにもそれは伝わって来る。ゆえに、彼女は腸が煮えくりかえるほどの憤りを覚えた。
「化け物、が……ッ!」
 殺意だけでなく、憎悪を含んだミツルの声に、ハジメは眉を潜めた。
「ずいぶんと物騒な感情を向けやがる。…………何がお前をそこまで駆り立てるのか……興味があるな」
 そう呟くとハジメは手を伸ばしてミツルの額に掌を当てた。
 それだけのことなのに、ミツルの背筋が凍りつく。
「や、やめ……っ!」
 彼女が咄嗟にあげた声に構わず、ハジメはミツルに向けて問いかける。
「『お前が化け物を憎む理由はなんだ?』」
 触れられている掌から気色の悪い感触がミツルの中に流れ込む。口を固く閉じていたはずのミツルはすぐに口を開いてしまっていた。
「それは。腹立たしい、から」
「腹立たしい?」
 ミツルの言葉を聴いたハジメは、目を細める。
 一度口火を切ってしまえばもう止まらなかった。
「目ざわりなんだ、お前らは! 突然現れたと思ったら強大な力を振るって! 好き勝手に暴れ回って! 私達の世界を無茶苦茶にして! 師匠まで殺して!」
 それだけならこの世界の者達が抱く当然の感情だった。
「殺したいと思うのが普通だろうが! 何が『理由はなんだ』、だ!」
 暫く女性とは思えない口汚い罵りが続けられた。
 ハジメは眉を潜めてその言葉を聴く。
「口の悪い奴だな……まあいい。実際、その通りだしな」
 好き勝手しているという自覚はあるのか、ハジメはあっさりミツルの怒りの妥当性を認めた。
「だが、お前にはどうすることも出来ないだろう。同じ化け物や救世主ならともかく、俺の力に一般人が逆らえないことは検証済みだ」
「……っ! また、それか……!」
 化け物に対する救世主。
 救世主に対する化け物。
 遥か高みで戦う二つの存在を前にして、この世界の人間はどうすることも出来ない。
 虎とやりあったライルとて、限定的な条件でやりあえただけだ。ライルでもハジメの『命令』相手ではどうしようもない。
 それがミツルには一番我慢のならないことだった。
「化け物も……救世主も……どいつもこいつも、飛び抜けた力をいいことに……!」
 激怒の感情が噴き出す。ハジメはミツルのその感情を叩きつけられ、絶対的優位にいるにも関わらず思わず一歩後退してしまった。
「……ず、随分と怒っているようだな。少なくとも、救世主はお前達を助けているんだろうに」
「私は、そんなこと頼んでない……ッ! 化け物も、救世主も、要らない!」
 ミツルの本心が曝け出てしまっていた。そのことに激怒する彼女自身は気付かない。
「それは、救世主がなんとも報われない話だな……救うべきこの世界の人間に疎まれるとは……いや、お前が特別なだけか?」
 呆れさえ滲ませてハジメはミツルの本心に対する感想を述べる。そのハジメの態度がさらにミツルの激情に油を注いだ。
「どいつもこいつも、化け物だから救世主だからと、抗うことを諦めて軟弱にもほどがある! ここは私達の世界だ! お前達が好き勝手していい場所じゃないんだ! なのに、自分たちでどうにかしようという気さえ起こさず、救世主頼りのこの世界の人間が、私は一番腹立たしい!」
 もはやミツル自身何を言っているのかわかっていなかった。
 ハジメの力によって強制的に引き出されたわけでもなく、激情に身を任せて言葉を紡いでいる。
 心の底からの叫びを聞いたハジメは、深く唸った。
「なるほど……そういう人間がいても、おかしくはないか」
 つまりお前は、とハジメは言う。
「『何もかもが気に入らない』ということだな」
 それは端的な言葉ではあったが、ミツルの真実を言い表すにはこれ以上ない言葉だった。思わず言葉に詰まってしまうミツルに対し、ハジメは大きく溜息を吐く。
「よくもまあ、そんな潔癖でこれまでやってこれたものだ。生きづらかっただろうにな。歪んだ奴に同情はしないが……憐憫は覚えるよ」
 まあいい、とハジメは話を変える。
「せっかくだからな。お前には俺の役に立ってもらうとしよう」
「……っ! 誰が……!」
 抵抗を示すミツルだが、ハジメは余裕の表情だ。
「俺の力にこの世界の人間は歯向かえない――さっき言った通りだ。お前がいくら俺を、化け物を憎もうと、その事実が覆りはしない」
 意気込みだけではどうにもならんことがある、とハジメは吐き捨てる。
「だが、安心しろ。根本から変えることはしない。ただ――」
 ハジメは笑みを浮かべてミツルの目を覗きこむ。ミツルはそこに得体のしれない力を見た。

「お前の怒りの矛先を一つに絞るだけだ」

 次の瞬間、ミツルの視界は暗転する。
 怒りを抱いたまま、ミツルの意識は消えた。




 次にミツルが気づいたとき、彼女の目の前には誰もおらず、それまで自分が何をしていたかもわからなかった。
 しかしミツルが呆然としていたのはほんの一瞬で、すぐに彼女は自らの内側から沸き上がる怒りに全てを支配された。理由はわからない。どうしてそんな怒りを抱くようになったのかもわからないまま、ミツルは走り出した。
(殺す)
 余計な雑念のない、ただ純粋な殺意。
 それを向ける相手は『不思議と』決まっていた。
(救世主――!)
 幼い容姿をした、幼いとは思えないほどな腹立たしい、一人の救世主に。
 ただ怒りを持ってミツルは走る。
 彼女の視界は怒りのあまり赤く染まっていた。何もかもが歪んで見える。真っ直ぐなはずの廊下ですら、微妙に婉曲して見えていた。それはある意味酒の酔いによる酩酊状態に近かったのだが、歪んでいるのは意識上のことで彼女の身体は全く問題なく走り続けることが出来ていた。
 ミツルや館の廊下を走り続けていると、タツミが行った崩壊現場の近くに辿り着いた。廊下が大きく崩れており、先ほど迂回した場所だ。そこにタツミは躊躇なく足を踏み入れる。瓦礫の上を飛び移りながら、駆け抜けた。足場が崩れるかもしれないという恐怖心は全くなかった。一秒でも早く駆け抜けるためにミツルは普段の彼女でも出来ないようなことを平然とやってのけていた。度の越えた怒りは、彼女の隠れた素質も全て発揮させていた。
 崩落の中心に空いた穴に落ちないように穴の縁を駆け抜けようとしたミツルだが――突如、その穴の中から異様な物が飛びだして来た。
 それは細い触手のようなもので、ミツルを捕食しようとしているのか一斉にミツルに襲いかかる。通常なら驚くか慌てるか、とにかく何らかの動揺が見られるところだったが、いまのミツルはそのような雑念には捕らわれない。触手が何なのかを考えることもなく、ただ身をかわして駆け抜ける。
 それは見事な体捌きではあったが、所詮は狭い廊下でのこと。数の多い触手の全てを避けきれるほど甘くはなかった。彼女の進行を妨げるように触手が網を張る。ミツルは救世主の元へ向かおうとする自分の邪魔をされたことに対して怒りを抱える。右手に持つ剣の柄を、折れんばかりに握り締める。
「邪魔だ!」
 邪魔をされた怒りを込めた一撃を振るう。触手を切断しようとしたのだ。得体のしれない相手ではあったが、ミツルはそんなことは考えない。ただ邪魔だから斬る――そんな気持ちで剣を振るった。雑念のない一閃は彼女の最高の一撃であり、最大の怒りを載せた剣はミツルが本来出せる威力を遥かに超えていた。仮に虎に向かっていまほどの一撃が震えていれば、倒せはしないまでも傷を負わせることは出来たと言えるほどに。
 しかし、太さにすればミツルの腕よりも細い程度の触手は――斬れなかった。
 剣が半分ほど喰い込みはしたが、切断には至らなかった。もしも怒りによる上昇がなければ、弾かれていたと確信できる。
 化け物級の――あるいはそれ以上の――力をその触手が持っているとミツルが気付いた時にはすでに遅く、幾多物触手が彼女の身体を貫いていた。
「が……ッ!」
 ミツルの口から自然と息が零れ、血が溢れる。女性としては鍛え上げられた体とはいえ、女性の範囲を逸脱してはいない彼女の身体のどこに詰められていたのかと不思議に思うほどの量の血が噴き出す。彼女の身体から力が抜け、空中に張り付けられたように動きが止まる。体の各所、重要な機関を撃ち抜かれた彼女はもはや助からない。
 それでも、ミツルは剣を手放さなかった。それだけではなく、全身を貫かれた激痛の中でも、彼女の中から救世主に対する怒りは全く揺らがない。魔物に攻撃されたこと自体にではなく、救世主の――アルファの――ところに行くことを邪魔されたことに苛立ちを覚える。
「ど、けぇ……!」
 剣を振りまわそうとするが、そんな力はどこにも残っておらず、虚しく剣先が揺れるだけだ。彼女の抵抗力を完全に裂いたと見たのか、触手は新たな動きを見せる。ミツルの身体を持ち上げ、穴の中心へと引き込んでいく。移動する際にかかった負荷はただでさえ抉られた傷口をさらに抉る結果になり、傷口に塩を塗り込むよりも酷い激痛を産んだが、それでもミツルの意思は怒りに捕らわれたままだ。精神的な問題ではなく、物理的に血が足りなくなり、霞む意識の中、ミツルは穴の奥底にいる者を視界に捉えた。
(人、影……?)
 それは確かに人影ではあったのだが、異様な状態だった。
 まずおかしなところはその人影の腹部だ。妊婦もこれほどにはならないだろうというほどに膨れ上がった腹部は、もはや別の生き物にしか思えない。そしてその腹部より下がった部分、股の部分はさらに異様なことになっていた。太い『何か』が数本突き出しており、それらはその人影の胴よりも太くなって蠢いている。それらの先端は奇妙な爬虫類の頭部に変わっていた。
(へ、び……?)
 複数の蛇がその人影の体内から飛び出していた。その内の一匹が口を大きく開き、除かせた触手をミツルへと伸ばしていたのだ。戦闘経験豊富なミツルでさえ見たことのない、異様な光景だった。
 さらに引き寄せられたミツルは、人影や蛇との距離がさらに縮まり、その人影の姿もはっきりと見えるようになる。
 それは『リリスのようなもの』だった。
 人間の部分はまぎれもなくリリスの姿だった。腹部が異様に膨張していること、体内から数体の蛇がその姿を除かせているという決定的な違い以外は――リリスその人だった。
(魔物に、取りこまれて、いる……? いや、魔物が、生まれて――)
 ミツルに残った理性的な部分がその現象を見てそう考えた。魔物に取り込まれるならまだしも、生まれる話など聞いたこともなかったが、蛇の魔物が出てきている場所はどう考えても『生まれて』いるというべき場所だった。
 リリスの人の形をした部分が、引き寄せられるミツルを見上げる。その目は虚ろで、表情もなかったが、涙が流れた跡があり、その口元は誰かの血でべっとりと濡れていた。大きく開けられたリリスの口が裂け、さらに巨大な口へと変わる。その様はもはや人ではなく、魔物そのものの様子だった。裂けた部分は首筋まで達し、伸縮して人間を丸のみ出来そうなほどに大きく開かれる。裂けた部分には牙らしきものが並んでおり、魔物に取り込まれたのであれ、魔物を生み出しているのであれ、リリスが人を食う存在に成り果てたことが嫌でも理解出来た。
 だがミツルは醜悪な姿に嫌悪感を覚えるのではなく、怒りを覚えた。
(私の、邪魔を、するな…………ッ!)
 ハジメによって一つに絞られた救世主への怒りは、死に瀕しても激しく燃え盛っている。体中を貫く触手は肺も貫いているため、ろくに声が形にならなかったが、ミツルはひたすら憎悪を込めた叫び声をあげた。
 魔物のリリスはそんなミツルの叫びに頓着せず、彼女を丸ごと食らい尽くした。
 全身が噛み砕かれる衝撃を感じながらも、最後までミツルが考えていたのは、救世主に対する怒りだけだった。
 
 魔可戦士ミツル。
 魔物と化したリリスに食われ――死亡。
 
 
 
 
 
 
 
 
 だが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 不意に。
 それまで闇雲に動き回って、偶然見つけたタツミなどの強力な存在を捕食していた魔物が、何かに戸惑うようにして動きを止める。
 魔物の身の内に、突如として『ある感情』が宿ったからだった。
 その湧きあがって来た感情が『怒り』という感情なのだということに、魔物が気付けたかどうかはわからない。
 いずれにせよ、その身の内から沸き上がってきた感情に支配された魔物は、その衝動に従うままに館を破壊しながら動き始めた。激しく暴れながら、牙の並んだ口を開いて大声を上げる。魔物の咆哮は空を劈き、世界を震わせた。声が届く位置にいた者の中で意識があった者は、その声に思わず畏怖を感じてしまうほどだった。それほどの感情が、何も感じず、何も思わないはずの魔物の中に生まれていた。
 何故そうなったのか。簡単な話である。
 死に瀕してもなお保ち続けたミツルの怒りが、本人が魔物に補食されることによって魔物へと引き継がれたのだ。ハジメが怒りの矛先を一つに絞り、強調された感情はそれほどのものになっていた。それは怒りを絞ったハジメにとっても予想外の、ミツルを洗脳したことによる副作用だった。
 そして必然。
 あり名得ないほどに強力になった魔物の怒りが向かう先は――

 救世主・アルファだ。
 
 
 
 
『千編万花』 第十六章 に続く
 
 
 
 

Comment

No.722 / 名無しさん [#-] 復讐の結末、そして・・・

アルファ包囲網が完成しつつあるわけですが、この先どうなるのか楽しみでなりません
次々と現れる魔物の正体、化け物とは、救世主とはなんなのかっ!

2012-06/10 01:22 (Sun)

No.723 / ごんべー [#-] No Title

ハジメ…そこは確認しとこうよ(苦笑)
このぶんだと英語やフランス語などを喋ったつもりの場合とか試してなさそう…w

しかし「リリス」から「蛇」、ですか…改めて考えたらタツミにとって、というよりアルファ一行にこれ以上ない程危険な単語の組み合わせですね。

2012-06/10 11:52 (Sun)

No.724 / 光ノ影 [#-] Re: 復讐の結末、そして・・・

コメントありがとうございます!

> アルファ包囲網が~
着々とフラグが立っております。
この先果たしてどういう結末が待っているのかは……いまから書きます(笑)

> 次々と現れる~
果たしてどこまで書けるのか……正直自分でもよくわかっていません。
微妙にネタばれすると、救世主と化け物という存在が実際のところなんなのかについては今作では書かないかもしれません。
いつになるかもわかりませんが、続編を書くことがあったら明らかにするかも……?って感じです。

最後までお付き合いくださると幸いです。

2012-06/10 23:20 (Sun)

No.725 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

ごんべーさん、毎度ありがとうございます。

> ハジメ…そこは~
うかつにもほどがあるハジメです(苦笑)。
化け物になってしまって動揺していたことと、得た力の強大さに気付いて舞いあがったことで慎重に能力を吟味することを忘れてしまったようです。
そういう意味で、本当にハジメはごくごく普通の一般人なんですよね。想像力が足らないというか、自身を制御しきれていないというか。

> しかし「リリス」から~
確かにこの組み合わせは色んな意味で危険です。
正直この一致はたまたまだったのですが、これはこれでなんか暗喩してるみたいでいいかなー、と思いました。
偶然は生かさなければ(笑)。

それでは、どうもありがとうございました!

2012-06/10 23:30 (Sun)

Comment Form
コメントの投稿
HTMLタグは使用できません
ID生成と編集に使用します
管理者にだけ表示を許可する

Page Top

Trackback

Trackback URL

http://kuroitukihikari.blog60.fc2.com/tb.php/238-42ba280c

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Page Top

カウンター
投稿先サイト
『小説家になろう』ノクターンノベルズ
(ユーザーページに飛びます)
運営サイト
暁月夜色
 どんなジャンルでもOKな投稿小説サイトです。お知らせには必ず目を通してください。

黎明境界
 自己満足小説の展示サイトです。
 注意事項には必ず目を通してください。
 以下、連載中の作品概要


『私の名前はまだない』
(MC物、ペット化、女性視点)
(最終更新日:2013/12/07)

『思い通りになる世界 ~forガール~』
(カオスジャンル、世界改変系)
(最終更新日:2016/02/28)

最新記事
カテゴリ
最新コメント
リンク
プロフィール

光ノ影

Author:光ノ影

連絡先は kuroitukinokage×yahoo.co.jp (×を@にしてください)

つぶやき
作品紹介
検索フォーム
FC2アクセス解析
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。