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『千編万花』 第十三章

『千編万花』の続きです。
それでは続きからどうぞ。

 
『千編万花』 第十三章
 


 タツミは先行するミツルを見失わないように追いかけながらも、油断なく周囲の気配を探っていた。
 敵地の真っ只中では何が起こるかわからない。思いも寄らないところから急に襲われるかもしれない。タツミはいつも以上に周囲に注意を払いながら走っていた。
(それにしても……なんて広い地下室なの? 作りも相当複雑だし……)
 光源が僅かにしかないせいで薄暗く、全体像の把握をより困難にしていた。
(侵入されるということを前提とした作りなのかしら……いえ、たぶん、そうじゃないわね)
 外から来る者を警戒してのことではなく、中からの逃走を防ぐためではないかとタツミは直感で悟る。洗脳というものをどのように行っているのかタツミにはわからないが、仮にある程度時間がかかる物だとして、その間の逃走を防ぐために物理的な方法を取っていると考えたのだ。そう考えたタツミは、その地下室が不気味なだけではない不愉快なものだと感じた。
(なんとしてでも、洗脳の力を持つ化け物を倒さなければならないというアルファさんの考えは正しそうね……)
 暫く走った後、不意に先行するミツルが立ち止まる。
 考え事をしていたタツミも慌てて止まった。
「ミツルさん、どうしたの?」
「見失った……っ」
 ミツルの立つ場所から見える範囲には誰もいなかった。先ほどまで追いかけていた仮面を被った存在もどこかに消えてしまっている。
 悔しげに歯噛みするミツルを、タツミは優しく慰める。
「仕方ないよ。ここの地下はまるで迷路みたいなんだもの。よくもまあ地下にこれだけのものを作ったものよね」
 慰められてもミツルは落ち着けないのか、苛立ちも露わに地下室の壁を睨みつける。
「こんなものが建設されていたというのに、誰も気付かないものなのか?」
 そのミツルの台詞に対し、タツミは困ったように首を傾げる。
「気付いてない訳じゃなくて……たぶん気付いてないことにされているんじゃないかな?」
 洗脳の力を持つ化け物がいるのだ。それくらいのことは容易いだろう。タツミの言葉を聞いて、わかりきった疑問を持ってしまったことを自覚したのか、ミツルは盛大に溜め息を吐く。
「……そりゃそうだ」
 間抜けな質問をしてしまったことで、明らかに冷静でいられていないことを逆に自覚できたのか、ミツルは大きく呼吸を繰り返す。
 それを見ていたタツミの方は少し安心した。冷静でいてくれなければタツミとしてもフォローしきれない。ましてや敵地でそんな状態の仲間がいては全体が崩壊することにもつながりかねない。怪我の巧妙という奴だ。
「さて……化け物たちはどこに隠れたのかな」
 タツミはそう言いながらミツルよりも前に立つ。いつ化け物たちが現れても対処できるように。
「……向こうには化け物級が三匹もいた」
「そうだね。うち一人は戦えないっぽかったけど……」
 最後まで無抵抗だった女性のことを思い返す。あの女性はカナミと呼ばれていた。
「仮面を被っていたのは救世主ミツキ……でよさそうだな」
「ええ」
 ミツルの確認に、タツミは頷く。街を襲撃しにきた仮面の存在は、行方不明になったミツキで間違いなさそうだった。
「そして最後の一人……たぶんあの男が」
「ああ。あれが洗脳の力を持つ化け物なんだろう」
 そうとしか考えられない、とミツルは吐き捨てる。タツミはカナミに『ハジメ』と呼ばれていた男のことを、最優先で斃すべき敵として認識する。
(おそらく、だけど……あの男はネズミの化け物。女の人の方はウサギかな。なんとなく動物のイメージにも合うし)
 小狡い感じのする男と、気弱そうな女性。それぞれの動物のイメージに合う。虎の場合は外見からして明らかだったが、その性格は荒々しい野獣のそれだった。そう考えると性格がそれぞれの動物と関わっていてもおかしくはない。
(問題はネズミになられた場合、逃げられる可能性が高いってこと……いまから考えれば、上から落ちた時に二人の姿があっという間に消えたのも、あの場から逃げたんじゃなくて動物の姿になって瓦礫の隙間に隠れてたんじゃ……)
 一人で駆け出したミツルを追いかけるために仕方なかったとはいえ、ロザイとリリスから離れてしまったことは失策であったとタツミは思う。
(でも、追いかけた判断も間違ってはいないのよね……一階に逃げるならまだしも、別の逃走経路から逃げられたら負えなくなっちゃうし……)
 ぐるぐると考え込むタツミは溜息を吐く。本来彼女は頭脳労働が得意な方ではないのだ。答えの出ない思考に嵌ってしまっていることをタツミは自覚する。
「とにかく……いまは敵を探しましょう。いくら地下室が広いからって、ずっと逃げ回れるほどじゃないし……」
 改めて周囲を見渡すタツミ。
 その時、タツミの視界を一匹の小動物が――ネズミが――横切った。
(あれは……っ)
 そのネズミは曲がり角で脚を止め、後ろ脚で立ち上がってタツミ達の方を見た。単に偶然ではなく、明らかに何らかの意思がある目で見つめて来ている。
 タツミはそれを追うべきか少し迷った。これは明らかに敵の誘いだ。この状況でネズミが現れたのは単なる偶然ではないだろう。それ自体がネズミの化け物かどうかはわからないが。
(もし化け物本人じゃないのなら……ネズミの化け物にはネズミを操る術があるってことになるけど……洗脳の力を使えばそれは簡単かな)
 化け物本人なのか、それともネズミを操っているのか、タツミは考えかけた思考を止め、いま考えなければならないことを考える。
 少なくともあのネズミには何かがある。タツミ達を見詰めて動かないことから言っても、ただの普通のネズミが偶然通りかかったという可能性は低い。
 だが、素直に相手の誘いに乗ることほど愚かしいこともない。罠が張られているかもしれないからだ。
 だが同時に、脚を止めた状態でそれ以上の時間を浪費するわけにもいかなかった。
(あえて逆に進んで相手の目論見を外す手もない訳じゃないけど……)
 悩んだのは数瞬のみ、タツミは速断した。
「ミツルさん、付いてきて!」
 そう声をかけながらタツミはネズミが逃げた方向に走り出す。ミツルが付いてくるのを足音で確認しつつ、タツミは戦意を鋭く研ぎ澄ませていく。
(小細工を仕掛けてくるならそれごと叩き潰してやる!)
 彼女のただ一つの信念を強く抱き、タツミは駆ける。
 逃げ続けるネズミが曲がり角に消える。それを追いかけて曲がり角を曲がろうとしたタツミは、背筋を電撃が走り抜けるような衝撃を感じる。その咄嗟の感覚に従って曲がり角の壁を殴り付けた。救世主の力が籠ったパンチは壁を易々と破壊し、その曲がり角の向こう側に隠れていた仮面を被った存在へと壁の破片で出来た飛礫を襲いかからせる。
 奇襲をかけようとしていたらしい仮面の存在は、その礫を素早く避けて直撃を避けた。その反応速度はさすがというべきだろう。しかし完全に奇襲をかけることは出来なくなった。
 タツミは走ってきた勢いそのままその仮面の存在へと襲いかかる。仮面の存在もさるもので、上手くタツミの攻撃をさばき続けるが、明らかに不利な体勢だった。
 壁際に追い詰めたタツミがいよいよ仮面の存在に致命的な攻撃をかけようとした時、制止する声が響く。
「待て! そいつを殺せば町の者が死ぬことになるぞ!」
 その物騒な脅しの言葉に、タツミの拳が止まる。「待て」と言われたからか仮面の存在の動きも止まった。
 タツミは素早く後退しながら、声を放ってきた人物を睨みつけた。
 その視線の先、廊下の端に先ほどハジメと呼ばれていた、洗脳の力を持つと思われる化け物の男が立っていた。優位に立った者独特の笑みを浮かべており、その所作には余裕が窺える。
「俺の力を持ってすればその程度の仕込みくらいは可能であるとわかるだろう――これは脅しではない。お前がこれ以上交戦するなら、町の者は皆死ぬことになる」
 ハジメの言葉を聞いたタツミは眉をしかめながらも静かに拳を降ろす。それを確認した男はさらに深い笑みを浮かべた。
「お前が戦わないのならば、これ以上の犠牲は出さない。約束しよう」
 泰然とした口調でハジメはいい、勝利を確信していることを言外に知らしめる。タツミは奥歯を強く噛み締めた。
 態度で無抵抗を示すタツミだが、ハジメから警戒は消えない。十分に距離を取った位置からタツミに向かって声を投げる。
「正直な話、俺は喧嘩が得意と言うわけではないのでな。お前のような戦士と戦いたくない」
 それは事実なのだろうとタツミはなんとなく思う。虎を前にした時のような喉がひりつく圧迫感がなかったからだ。もしもハジメがなんらかの強力な戦闘力を持っているのなら、タツミの感覚がそれを捉えていないのはおかしい。
 この状況をどう打破するべきか。タツミが頭の中で対策を考えている中、ハジメはタツミが思いもしない話を始めた。
「もちろん、安全を保証するのは町の人間達だけの話じゃない。お前達の安全も保障しよう。……いや、そもそも、本来お前とは争うつもりがないんだよ――タツミ」
 唐突な言葉に、タツミは眉をしかめて疑問を顔に浮かべる。
「なんのこと?」
 彼女の率直な問い返しに対して、ハジメは肩を竦める。
「とぼけなくてもいい。救世主タツミ――お前は本当は化け物だという話だ」
 その言葉に明らかな動揺を示したのはミツルだった。ぎょっとした顔をしてタツミから一歩離れる。一方、その当人のタツミは訳がわからないという表情を浮かべていた。
「わけがわからないわね……何の話?」
 率直なタツミの言葉に、ハジメは余裕の笑みを浮かべたまま、軽く頷く。
「ま、自覚がないのは厄介だが仕方ない。まずは話を聞いてもらおう」
 ハジメは『救世主と化け物が出現する法則について』や『龍の化け物の外見について』、『名前に見られる法則』など、もろもろの推論をタツミに話して聞かせる。かなり纏めているのか、すぐに話し終わった。
「――以上が、お前が龍の化け物だと思われる理由だ。理解したか?」
 彼は最後にそう話を纏めた。タツミはそれに応じて軽く頷いた。
「まあ、言いたいことは大体理解したわ」
 そして、深い溜息を吐きだす。
(話に時間がかかっちゃったわね……でも、まあそれだけの価値はあったかしら)
 タツミはちらりとハジメの表情を窺う。ハジメは悠然とした微笑みを浮かべていた。
「本来お前と俺達は仲間――つまり、争うことなんてないわけだ。フフッ、案外自覚はあるんじゃないのか? 自分は化け物であると感じられるような想いが、お前の中にあるんじゃないか?」
 嬲るようなハジメの視線がタツミに向けられる。
「化け物かもしれないという話をした時、お前に動揺は見られなかった。理由を話している間も同様だ。それはつまり、お前の中で本当は『自分は化け物なのではないか』という疑いの心が存在していたんじゃないのか?」
 だから、大した動揺もなく受け入れられたのではないかと――ハジメは言う。
「そうでないなら、そっちの女のようになるのが普通だと思うがね」
 タツミはハジメから少し目線を逸らし、背後のミツルを振り返る。ミツルは明らかに動揺していた。手に持つ剣が震えている。
(――確かに、こんな風になるのが普通かもね)
 彼女に対してあえて何も言わず、タツミは正面のハジメに向き直る。
「……確かに、あたしは化け物かもしれない。そんな風に思ったことはあったし…………いまだってそれを否定することは出来ないわ」
 喝采を受けるためというある種健全な目的があっても、破壊衝動そのものは否定出来ない。完全な善であるというほどタツミは己の人間性を神聖視していなかった。
「あたしは救世主と化け物、どちらかと言えば、化け物寄りなのだとは思う」
 ハジメの言葉をあっさり認めるタツミ。それを受けてハジメの目が光る。それは我が意を得たりと喜ぶ光だ。
「それなら、もはや迷うことなどない。俺達と共に――」
 自らの仲間にタツミを勧誘するハジメに対し、彼女はあくまでも冷静だった。

「けれど――貴方とあたしは相容れない」

 仲間になることは出来ない、とタツミは明確に口にした。
 その答えが余程意外だったのか、ハジメは目を見開く。
「なぜだ? 自分が化け物だと理解しているなら、なぜ人間側に立とうとする?」
「あら、化け物だからって人間の敵にならなくちゃいけない理由はないと思うけど。それに――あくまでどちらかといえば化け物寄りってだけで、あたし自身は救世主であるつもりよ」
 ハジメは理解できない、と言いたげに首を横に振る。
「馬鹿な。この世界の化け物に対する反応を見なかったのか? 化け物であるというだけでこの世界の人間にとっては斃すべき対象なんだぞ? 受け入れられるわけがない」
 そんな彼の言葉に、タツミは呆れる。
「そりゃ、虎の化け物とかが人を襲うからでしょう。兎の化け物は暴れ回って大損害を与えたって聞くし……それじゃあ受け入れられるものも受け入れられないわよ」
「兎の行動に関してはただの暴走だ! 持ちたくもない力を抑えきれなかった反動にすぎない! 化け物を討伐せんと勝手に寄って来た人間達が悪い!」
 急にハジメは声を荒げてタツミの言葉を否定する。タツミは少し驚き、とりあえずその部分だけは訂正することにした。
「……ごめんなさい。やむをえない事情があったとすれば、それは仕方のないことかもしれないわね。けど、虎の最近の行動や不可抗力で暴れ回ったあとの兎の行動を聞く限り、この世界の人間達が化け物を恐れるのも仕方ないと思うのだけど」
 もしも、とタツミは続ける。
「兎の行動が不可抗力だったとして、落ち着いた後で誤解を解く努力をしなかったのはなぜ?」
「正直に話したところで人間達は信用しないだろう。嬲り殺されるのが落ちだ」
「どうやって?」
 タツミは静かな声で反論する。
 ハジメは何かを答えようとして、口をつぐんだ。それが出来ないことに気付いたからだ。
「そう、この世界の人間と化け物じゃ根本的なスペックが違い過ぎて、嬲り殺そうにも殺せないのよ。剣で切りつけてもほとんど傷一つつかないのに、どうやってこの世界の人間が化け物を殺すの?」
「……いや、だが、人間に味方する救世主が――」
「殺せないと思うわね。あたしだってそうだけど、完全に無抵抗な相手を殺せるほどいかれちゃいないわよ。あなたの説を信じるなら、救世主や化け物として召喚されている人間は全部日本人なんでしょ? ……まぁ、日本人だからって無条件で安全なわけじゃないけどさ」
 救世主が化け物と戦うのは、化け物が危険な存在であるからだ。虎のような化け物がいるから救世主は戦わざるを得ない。しかし現実的に考えて化け物を積極的に狩りに行く理由はない。
「虎みたいな例外を除いて、誰だって痛いのは嫌だし、話し合いで解決出来るならそうするわよ。それを全くしようとしなかったなら、この世界の人間が信用に値するかどうかなんて言えない話だと思わない?」
 ハジメは言葉に詰まった。改めて口を開くが、
「…………なぜ、お前は何の縁も義理もない奴らの側に立とうとする?」
 それはどう見ても苦し紛れの質問でしかなかった。タツミはあえてハジメの話に乗る。
「友達が出来たから」
 タツミはリリスのことを思い浮かべていた。
「その他にも、色んな人にお世話になったしね」
 ライルやロザイ、サーシェフ、その他に出会ったたくさんの町の人々のことが彼女の頭の中をよぎる。
「それで十分でしょう?」
 堂々と言い切る。一筋の迷いもそこにはなかった。
 ハジメは険しい顔でその言葉を否定する。
「理解不能だ……会ってまだ一週間も経っていないだろう」
 そのある種典型的な疑問に、タツミもまた典型的な答えを返す。
「あなたは出会ってからの日数で友達の価値を決めるの?」
 ハジメはぐっと言葉に詰まる。タツミの言っていることは使い古された言葉ではあったが、それゆえに突き崩すことが出来ない一面の真理を突いていた。
「それは……理想論だろう。本当にわかっているのか? この世界では、命がかかっているんだぞ?」
「命をかけない友情があるわけ?」
 彼が揺さぶりをかけて来ていることは明らかだったが、タツミは虚勢でも演技もなく、自然体で応じ続ける。
「元の世界でだって、友達が暴漢に襲われそうになっていたら命をかけて助けるわよ。仮にそれで殺されたとしても、あたしは後悔なんてしないわよ。友達を見捨てる方がずっと後悔するもの」
 そこまで言って、タツミは呆れたように溜息を吐いた。
「この世界でも何が変わるわけじゃないわ。それとも、あなたはそうじゃないの?」
 その問いかけに、ハジメの表情がはっきりと歪む。タツミの言葉は彼の突かれたくないところを突いてしまったようだった。
「あなたはさっき、あたし達に対して無抵抗だった女の人を、身を呈して助けようとしたわよね。あれはこの世界でしか……化け物の力を持つこの世界でしかしないことなの? 元の世界で同じことが起きたら、あなたは助けないの?」
「……ッ!――『黙れ』っ!」
 声を荒げて、ハジメはタツミに命令する。タツミは一瞬自分の意に反して口を閉じそうになったが、自らの意思でそれを無視した。
「自分の持つ力で変わるような信念が、果たして本当の信念だと言えるのかしら」
「――黙れと言っているッ!」
 荒い呼吸をしながら、ハジメは言う。
「貴様は本当に腹の立つ強者だな……ッ! 確かにそうだ。俺は確かに、この世界でなければあいつを助けようとはしなかっただろう。助けられると思わなかっただろう。だが、それが普通だろうが!? 武道の経験も何もない人間が暴漢に襲われる人間を助けようとしたところでどうなる? ただ一蹴されて終わりだろうが! 出来ることを出来るだけのお前のような人間にはわからないだろうがな!」
 今度はタツミの方が言葉に詰まった。言い負かされたわけではない。ただ、何を言えばいいのかわからなくなったのだ。
 タツミは決して自分が並よりも外れた天才の部類ではないとは思っていたが、かといってハジメのいうような『普通の人間』とも言い切れないことを正しく理解していた。タツミは称賛を受けるために壊すのならどんな痛みにも耐えることが出来た。瓦割での骨折がいい例だ。勢い余ってでもなく調子に乗ってでもなく、『本気で殴れば骨が折れるだろう』と彼女はわかって拳を振るった。普通の人間はそこまで無茶が出来ない。限定的とはいえ、火事場の馬鹿力を自在に扱えるような物だ。そんな自分が普通でないことはわかっていた。
 だからこそ、ハジメという『普通の人間』に対して何を言えばいいのかわからなくなったのだ。ハジメの方もタツミと会話を続ける無意味さを知ったのか、決別を言葉にする。
「仲間になってもらえないのは残念だ……が、予想していたことではある! 町の者を人質に取っている以上、人間側に立つお前は抵抗できない!」
 指示を待って立ちつくしていた仮面の存在に向かって命令する。
「さあ、そいつを捕えろ!」
 救世主にいくら拘束具をつけたところで無駄なことだ。もしも救世主を拘束しようと思うのなら、同じ力を持った者に取り抑えさせるのが一番の方法だった。
 仮面の存在はタツミに一歩ずつ近づいていく。
 その時、タツミは静かに口を開いた。
「ねえ、一つだけ――言っておくね」
 ハジメが何かを応える前に、タツミは早口で続ける。
「そもそもあなたは大きな勘違いをしているようだから、言うけど」
 仮面の存在は目の前まで迫っていた。手をタツミの方に伸ばして来る。
「あたしの名前はね」
 タツミは語る。
 ハジメにとって、衝撃的な事実を。

「到達する美しさと書いて――『達美』。龍は全く関係ない名前なのよ」

 唐突に語られたその事実の意味を、ハジメは考えてしまう。その思考の空白こそがタツミの目的だった。
 触れるほどに近くに来ていた仮面の存在の腹部に、渾身の一撃を叩き込む。体がくの字に折れ曲がり、それに伴い頭部が下がる。そのうなじにタツミは肘を鋭く叩きこんだ。もっとも効果的な部分に、強力な攻撃が叩きこまれ、いかな救世主並みの力を持つ仮面の存在も気を失ったのか地面に崩れ落ちる。
 ほんの一瞬の早業だった。
「な――っ! おまえ――ッ!?」
 ハジメが声をあげる。人質を取っている以上、タツミが動かないのだと考えていたのだろう。
 驚いたその隙にタツミが踏み込んでいた。武道の心得があるがゆえに、その踏み込みは誰よりも早い。ハジメは咄嗟に両手でガードを固めるが、元々戦闘に秀でていないのは言われなくてもわかる。タツミはハジメのガードをあっという間に破り、胴に拳を何度も叩きこむ。
「ぐ、うぉ……っ!」
 殴られた衝撃に呻きながらハジメは地面に倒れ込んでしまう。仰向けに倒れた彼の腹部を踏みつけ、タツミは彼の抵抗を封じる。
 冷たい目でハジメを見下ろし、口を開く。
「『人質がどうなってもいいのか』――かしら?」
 まさにそう言おうとしていたのだろう。ハジメは何かを言おうとして開きかけていた口をそのまま閉じる。
「どうでもいいわけはないわよ。当たり前じゃない」
 タツミは溜息を吐きながら、ハジメを怒りの籠った目で睨む。
「けど、それであなたの言われるがままにするわけがないでしょう。結局、あなたを斃さないとそういう人がさらに増えるってことなんだから」
 テロリストの要求には屈しないのが基本。それは面子云々の問題ではなく、その手法を有効だと思わせては秩序がなりたたないからだ。
 しかしタツミはそこまで考えていたわけではない。いっそ清々しいほどにはっきりと断言する。
「あたしは細かいことを考えない」
 彼女は救世主ではあっても――正義の味方ではないのだ。
「あなたを倒せるのがあたしたちだけである以上、あたしは貴方を斃すだけ。…………もちろん不必要な犠牲は出したくないけど、どうしようもない犠牲は仕方ない」
 本当は『仕方ない』の一言で済ませられることではないのだが、あくまでタツミは堂々と言い放つ。
「あたしはあなたを斃すことで、犠牲になった人達に報いるわ」
 一見熱く思える言葉を口にしながらも、タツミは我ながら空々しいと考えていた。
 本当は、人質のことなんて彼女にとってはどうでもいいことだったのだ。
 彼女にとって大事なのは破壊によって快感を得ることで、究極的には化け物として暴れるのも、救世主として人を助けるのも変わらない。
 単に人助けの方が清々しく思えるから――という理由でタツミは人に与している。自分の欲望を優先しているという意味で、タツミは虎やハジメのような化け物達と何ら変わりない。
(そう考えると……否定したけど、本当はあたしも化け物かもしれないわね)
 少し経緯が違っていたら――もしもこの世界にやって来て最初に出会った人間がライルではなかったら――タツミはハジメ達の仲間になっていたかもしれない。そういう危うさをタツミは自分自身ではっきりと自覚していた。
 無論、もはやその仮定は意味のない仮定だ。ライルと出会ったタツミは、もうハジメと同じ道を歩むことはない。
 それが良かったのか、それとも悪かったのか。それもまた不明である。
 タツミはいまの気持ちに従い、追い詰めたハジメにトドメを刺すべく拳を振り上げる。
「これで無駄話は終わりよ」
 ハジメの配下はすでに全員倒れ、ハジメ自身もタツミに踏みつけられており身動きが取れない。
 どう足掻いてもハジメにタツミから逃れる術はない。
 はずだった。
「――ッ! タツミさん、危な」
 突如あがったミツルの切迫した警告の声を聞き、咄嗟にタツミは体を捻る。
 その脇腹が何者かの攻撃によって抉られた。
「ぐぅ……ッ!?」
 タツミの喉からくぐもった呻き声が零れる。体の一部分が吹き飛ばされたことによる激痛がタツミを襲う。
 いつの間に気絶から回復していたのか、仮面を被った存在が攻撃を仕掛けた結果だった。手が真っ赤に染まっており、その仮面の存在の手によって脇腹が抉られたことをタツミは悟る。
(そんなッ……! ありえない! 確かに、意識は刈り取った、はずなのに……!?)
 タツミの身体から零れた鮮血が散り、タツミの視界を横切る。鮮やかな赤が視界をゆっくりと染めていく。
 命の危険を感じたためか、タツミは奇妙に引き延ばされた体感時間の中、タツミはアルファとの会話を思い出していた。
 
 
 町に襲撃をかける日の早朝から昼にかけて、化け物たちが潜んでいると思われる町に向かいながら、タツミはアルファと言葉を交わしていた。
 二人はその救世主としての力を活用し、他の三人より少し先行して、魔物に代表される驚異を払いながら進んでいた。実際は魔物に会わなかったが、もしもの時の備えである。
 先行したゆえにタツミとアルファには二人だけで会話を交わす機会があったのだ。
 その際にアルファが口にした内容は、タツミにとって唐突なものだった。
「どういうこと?」
 タツミは思わず聞き返してしまう。アルファは淡々とした口ぶりでその疑問に応える。
「そのままの意味です。『化け物の洗脳の力で操られている人達は、気絶させてしまえば無力化することが出来る』――はずです」
 アルファの言葉を聞き、タツミは首を捻る。そう言える理由がよくわからなかった。
「なんでそう言い切れるの?」
「根拠は二つあるのですが――」
 タツミが説明を求めると、アルファはいつもの理路整然とした調子で説明を始める。
 彼女曰く、根拠は大きく二つ。
 一つが『死体が動かなかったこと』。
 もう一つが『操られていた者の様子』だ。
 一つ目の理由について、まずアルファは補足を加える。
「まず、死体になっても動かなかったことから、いわゆるマリオネット的な動かされ方はしていないだろう、ということはわかっていただけるかと思います」
 アルファがいう『マリオネット的な動かされ方』は、いわゆる操り人形の形だ。外部からの力で無理やり体を動かしているのなら、どんな怪我をしても――極端な話、首が切り離されても――動くことが出来たはずだった。
 それに関しては、アルファに言われなくても理解出来る。
「……まあ、死体も動かせるなら動かさない理由がないもんね」
 死体を動かすという道義的な問題はあるにせよ、相手の意思を無視して洗脳するような者がそんな道義的な躊躇いをする理由がない。
 だからタツミとしても、その理由に異を唱えることはなかった。
 アルファは続いて二つ目の理由の解説に移る。
「二つ目の理由なんですが……洗脳で操られていた三人の戦士の方々……特にロザイさんが最期を看取った方の様子から、どうやら彼女達は痛みを快感として感じるように思い込まされていた可能性が高いです。そして、それこそが『気絶させてしまえば無力化することが出来る』とする根拠になるんです」
「……ごめん、よくわからないんだけど」
 いささか以上にその理屈が掴めなかったタツミはそうアルファに応える。アルファは少し考える間を置いてから口を開いた。
「つまり、ですね。痛みをわざわざ快感として感じるように思い込まされていた、ということは……痛みが許容範囲を越えた時、動けなくなることを防ぐための方策であるのだと思われるんです。そうすることで、どれだけ負傷しようと、疲労しようと、関係なく動き続けることが出来るようにしていた、と。そういうわけです」
 要するに、とアルファは苦い顔で言う。
「洗脳の結果だというのに、変な話ではありますが、あくまでも本人の意思がなければ体を動かすことが出来ないということなのでしょう。そういう風に変えられた結果とはいえ、酷い話ですよ」
「…………」
 タツミは沈黙する。
「理屈は通っている、気がするけど……んー、なんだかしっくりこないなぁ」
 否定の言葉が意外だったのか、アルファが興味深そうな目でタツミを見上げる。
「そうですか?」
「うん。だって痛みのために動かなくなるなら、痛みを感じさせないようにすればいいだけじゃない? それなのにわざわざ快感に変換するのは割に合わない気がするんだけど」
 アルファはそのタツミの言葉に少しだけ考えるそぶりを見せた。
「……それは、そうですね。でも、こうは考えられませんか? その快感を与えるということは、戦士達に自ら言うことを聞かせるために必要だった、いわゆるご褒美のようなものだった、と」
 その即座に発せられたアルファの言葉を聞いて、タツミは違和感に囚われる。アルファがその結論を出すのがあまりに速過ぎた。まるで最初から考えていた答えをそのまま口にしたかのように思えたのだ。しかし、それが何を意味するのか、タツミにはわからない。
「とにかく」
 タツミの中で疑問が大きくなる前に、アルファは次の言葉を紡いでいた。
「二つ目の理由はもう少し考える必要があるかもしれませんが……一つ目の理由だけでも、気絶さえさせればかなり高い確率で相手を無効化出来るのではないかということに納得していただけましたか?」
「まあね。むしろ、それで無効化出来ないと色々困るし……」
 操られている全員を皆殺しにするわけにはいかない。それは後味が悪過ぎる。
 タツミは洗脳されている者達の対処に納得し、ふと気がかりなことに気付いた。
「理屈はわかったけど、なんであたしだけに話すの? ……っていうか、あたしに言われても」
 救世主達の力は強力すぎるため、もしもの時以外は一般人に手を出さないことになっていた。彼らの相手をするのはロザイやミツルの役目ということになっている。
 つまり一般人達の対応策をタツミだけに言うのはおかしい。アルファはそのタツミの質問に対し、無表情で答える。
「私から話しても反発されるかもしれないと思いまして」
 その言葉を聴き、タツミはなるほど、と納得する。気持ちはわからなくもなかった。タツミとてそういう経験がなかったわけではない。
「でもアルファさん。わかりあうための努力を放棄したら、絶対にわかりあえることはないよ?」
 一応年長者として、タツミはアルファに優しく悟す。
「それはそうですけど……ミツルさんの様子ではとてもわかりあえるとは……」
「それは違うよ、アルファさん」
 いきなり否定されるとは思ってなかったのか、アルファの表情が驚きに彩られる。
 タツミはなんでもないことを言う時のように、スムーズに言葉を紡ぐ。
「そりゃ確かにミツルさんの態度にも問題はあるけどさ。そもそもの原因は、アルファさんが本音で話してないからでしょう?」
 真正面から指摘したが、アルファは特に表情を変えない。
「なんのことですか? 私は可能な限り正直に話しているつもりですが」
 しかしそれは感情を隠すのが上手いことを露呈しているようなものだ。アルファは淡々と続ける。
「うん、そうだね。正直ではあると思う。けど、話していないことが多すぎる」
 タツミはアルファに対して厳しい言葉を放つ。そうでなければアルファには届かないとタツミは判断した。
「それが悪いって言うんじゃないよ。あたしだって言ってないことはあるしね。だから、問題は別のこと。……アルファさん、言わない事情を正当化してない?」
 その指摘に対して、アルファは微かに目を見開いた。彼女にしては明らかな感情の動きだ。
「アルファさんは言ってないことがある。それを隠すのも悪い訳じゃない。けど、何かにつけてそれを隠す理由を作っている」
 タツミの指摘にアルファの足が止まる。
「アルファさん、騙すつもりで嘘をついたら、それは正当な理由があっても詐欺だよ。……たぶんミツルさんはそれを感じ取っているんじゃないかな」
 五歩ほど前まで進み、タツミはアルファを振り返る。アルファは天を仰いで考え込んでいる。
「……もし仮に」
 アルファは再び歩き出して、タツミに並んだ。
「ミツルさんが私を敵視する理由がそれだったとして……タツミさんが私を敵視しない理由はなんなんですか?」
 仮定の話としているが、それは半ばタツミの話を認めたに等しかった。
 タツミは苦笑を浮かべる。
「そりゃ、元の世界で騙し騙されが当たり前だったからじゃない? こっちの世界の人たちはちょっと待っすぐ過ぎるよね。詐欺師一人で世界が滅びるんじゃないかな?」
「それはいくらなんでも言い過ぎだと思いますけど……」
 アルファもまた苦笑を浮かべる。
 タツミは話を続けた。
「ぶっちゃけた話さ、ライルさんともアルファさんのことで話したことがあるんだけど、ライルさんも似たように考えてたよ」
 そのことをタツミはあっさりと口にする。アルファは微かに目を細めた。
「ライルさんに関しては歴戦の勘が強いのかな? アルファさんには何かある――と気づいてたんだろうね」
「……それをわかっていながら、なんで私に対して何も言わなかったのでしょう?」
「ライルさんがどう考えていたかまではわからないけど……あたしは、なぁ」
 タツミは肩をすくめて見せる。
「本当に単純な話、どうでもよかったって言うのが本音かな」
「それは……またずいぶんと豪快ですね。騙されているとは思わなかったのですか?」
 少し呆れているようなアルファに対し、タツミは堂々と即答する。
「思わなかった」
 即答してすぐタツミは首を横に振る。
「んー、これだと、少しニュアンスが違うかな。思わなかったって言うより……それでもいい、って感じかも」
「騙されて、それでいい?」
 今度こそ、アルファは驚いた表情を浮かべる。
「騙されていいって訳じゃないよ? でも、あなたが味方である限り、あたしはそれでいいって思ったの」
 タツミ本人がそう思った。例え騙されていようと、それが自分の味方である以上は構わないと。
 タツミにとって重要なのは味方が何を考えているか――ではなく、小気味良く倒せる敵が存在するかどうかだったのだから。
「あたしは考えるのが苦手だしね。だから考えてくれるアルファさんは貴重な仲間なの」
 そのタツミの嘘のない言葉を聞いたアルファは考え込む。
「どうしたの? アルファさん」
 アルファを窺いながら放たれたタツミの問いに、アルファはゆっくりと顔をあげる。そこには屹然とした表情が浮かんでいた。
「タツミさん、この戦いが終わったら――あなたに話したいことがあります」
 そんなアルファの言葉に、タツミは苦笑を禁じ得ない。
「アルファさん、それ死亡フラグだよ」
 言われて初めて気が付いたのだろう。アルファはあ、と口を開いた。
「……ほんとですね」
 二人は元の世界から来た者にしか通じない言葉を交わし、二人して笑みを浮かべる。
 その時タツミは、アルファという存在の笑顔を初めて見た気がした。
 
 
 鮮血が地面を濡らす。
 受けた傷が致命傷ではないにせよ、かなり深い傷であるとタツミは本能で察する。
(まずい――っ)
 タツミは傷の激痛を堪え、襲い掛かってきた仮面の存在の首に鋭い蹴りを叩き込んだ。命の危機を感じたからか、タツミ自身自覚出来るほどに、その蹴りの威力は凄まじいものだった。骨の折れる大きな音が響き、仮面の存在の首が力なく垂れ下がる。
(あ――殺しちゃった――)
 タツミは苦い表情を浮かべる。魔物は何匹も倒して来たタツミだが、人を殺したことはまだなかった。首の骨を折るという生々しい殺し方をしてしまったことを悔いる。
 首を折るほどの衝撃はその仮面の存在が被っていた仮面を吹き飛ばすほどの物だった。結果、仮面を被っていた者の素顔が晒される。
 その顔を見てタツミは驚愕した。その顔が見覚えのあるものだったから――というわけではなく、その存在の様子が異様過ぎたからだ。
「完全に気絶してる――っ、ていうか、もう死んでるでしょ!? これ!」
 白目を剥いているというだけではない。どういう作用なのか、その眼球からは血の涙が零れ、口からは血が混じった泡を噴いている。折れた首は力なく揺れ、出来の悪いゾンビのような風情だ。すでに死んでいるとみて間違いないような状態だった。
 それは『洗脳の力で死体は動かせない』というアルファの予測を真っ向から否定する現象である。
「くっ――こんな状態でも動けるの!?」
 驚きを口にしつつ、タツミは傷口を押さえながら後退する。
 しかし。
「やれ、ミツキ!」
 ハジメがそう叫ぶのを聴き、タツミは咄嗟に体を横に倒す。一瞬前まで彼女の首があった場所を、鋭い剣の一閃が通り過ぎる。
 いつの間にか背後に現れた一人の女性が手に持った剣を振るってきたのだとタツミは気付く。
(新手がもう一人!? ……いや、いまミツキって呼んだ? ってことは……っ)
 タツミは状況から即座に判断を下す。
 目の前にいる仮面を被っていた存在は、これまで会ったことのない、『死んでも動く』敵。
 背後から攻撃してきたミツキという存在は、三人の戦士と一緒に行方不明になった救世主の一人で、先ほどもやりあった敵。
(救世主レベルが二人も……! 片方は死んでも動く……! これは……っ)
 彼女の額に汗が流れる。絶体絶命とはこのことだった。
 幸い死んでも動く方の敵は動きが機敏とはいえず、ミツキの方は型に慣れているため、二人がかりでも追い詰め切られることはない。しかしタツミの方も反撃は出来ず、脇腹の傷があるせいで徐々に動きが鈍くなって行く。やがて二人の攻撃をさばき切れなくなるのも時間の問題だった。
 タツミは歯を食いしばって攻撃を捌きつつ、覚悟を決める。
(ごめん、アルファさん。あとは――任せた!)
 しつこく斬りかかって来るミツキをカウンター気味に突き飛ばし、仮面を被っていた存在の攻撃をわざと食らう。今度はタツミの方も備えていたので体を抉られるようなことはなかった。だが衝撃は相当なもので、傷を負っている脇腹から気が遠くなるような激痛が走る。タツミは気合いで意識を保ち、その腕を絡め取って敵の身体を床に叩き付けた。倒れたその者の上に乗り、マウントポジションを取って反撃を封じる。全力を込めた拳を振りかぶる。
「ミツルさん! 離れて!」
 手の出しようがなかったミツルに対して大声で警告を発しながら、タツミは振りかぶった拳を押し倒した存在に向けて叩き落とす。
 救世主の全力が籠った一撃は、衝撃波すら生じさせた。敵と言うクッションを隔ててもなお、館全体が揺れるほどの衝撃が走る。
 さらにタツミは、脇腹の傷が開いてさらに大量の血が流れることにも構わず、渾身の力を込めて殴り続ける。その度に凄まじい衝撃が館全体を襲い、タツミ達を中心としてクレーターのように地面が抉れていく。
(洗脳の力が本当は死体も動かせる……んじゃなくて、たぶん、この人が特別に動けるんだ!)
 死体を動かさない理由はないのだから。
 それなのにタツミが相手をしている人物は動く。
 つまり、この存在だけが特別なのだということを示している。この存在だけが動かせる理屈も理由もわからないが、それでもタツミはそういう結論を出し、それに沿って行動していた。タツミは考えるのが苦手と自身を称したが、それは本能でおおよその部分を察してしまうため、理屈や理由まで至っていないというだけのことだった。下手に考え過ぎないタツミの性格がいいように作用していた。これが仮にアルファだったなら、理屈や理由を考えるために数秒は有するところだ。
 タツミの全ての力が込められた拳は、雨あられと敵の身体に降り注ぎ、まるで爆発でも起きているのかと錯覚するほどの激しさで周囲の空間ごと敵の身体を抉って行く。周囲の壁や床は崩れ、ミツルやハジメ達は崩落に巻き込まれないようにその場から離れなければならなかった。
「タツミ、さん……っ」
 下がりながらミツルがそう呼んだが、タツミは止まらない。崩れてくる瓦礫に構わずにさらに殴り続ける。
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
 無尽蔵の体力を誇る救世主とはいえ、いつかは限界が来る。
 タツミが力尽きて殴るのを止めた時、殴られていた存在はボロボロだった。人の形こそ辛うじて保っているものの、もはや人としての機能は失われていた。さすがにそこまで全身を砕かれると動くことが出来なくなるのか、微かな動き一つない。
 それを確認したタツミは、精根尽きたというように地面に倒れ込む。彼女には周りがどうなったのかを確認する力も残っていなかった。
(なんか……土の臭いが強い……地下部分を貫通して、普通の地面まで抉っちゃったのかな……)
 タツミはただ力を込めて殴っただけのつもりだったが、地面はまるで砲撃でも仕掛けたかのような抉れ方をしていた。
 その破壊の跡をタツミはなんとなく感じ、一人思う。
(救世主……か……) 
 自分が生み出したものは破壊でしかない。
(化け物と、何が違うんだろう?)
 破壊を好むという化け物そのもののような嗜好をもつ自分が、救世主だとは思えなかった。
 タツミは最期を感じ、ひっそりと物想いに耽る。
 致命傷でなかったはずの脇腹の傷は、タツミ自身が無茶をしたせいで致命傷になり、いままさに命が失われて行くところだった。助かりそうにない。
(……まあ、最後は思いっきり壊せて楽しかった……かな……)
 タツミがそれ以上のことを求めることはない。
(あとはアルファさんがなんとかしてくれるよね……)
 アルファの予想を覆す『死んでも動くことが出来る敵』はタツミが倒した。そのため、きっとアルファは上手くやってくれるとタツミは信じている。
(ミツルさんとの関わりが心配だけど……あー……そういえば、リリスちゃん、大丈夫だったかな……置いて来ちゃったけど……ロザイさんがいるから……大丈夫だよね)
 リリスやロザイのことに意識を向ける。
 血が足りなくなって霞む彼女の視界の中に、そのリリスの姿が浮かぶ。
(……あれ……リリス、ちゃん……? どうしてここに……?)
 幻覚でも見ているのかと思ったが、どうも様子がおかしかった。
 体を起こそうとしたが、タツミは仰向けの状態から動けない。
(ロザイさんと一緒にいるはずじゃ――)
 近づいてくるリリスを見ながらタツミはそう思う。
 その時だった。
 ゆっくり近づいて来ていたリリスが突然動いたかと思うと、その口でタツミの喉笛に噛みついたのだ。
(……っ、ぐッ!?)
 混乱するタツミ。その喉が食い破られ、溢れた血が口から咳と共に噴き出す。
(え、なに……!? ちがう、これ、リリスちゃんじゃな――ぃ、っ!? ――ッ!)
 タツミはそれ以上考えることが出来なかった。
 完全に喉仏が食い千切られ、大量の血が一気に失われたことでタツミの意識は暗転し、戻って来なかったためだ。
 
 救世主タツミ。
 『リリスのような何か』に食い殺され、死亡。
 
 
 
 
『千編万花』 第十四章 に続く
 
 
 
 

Comment

No.699 / 通りすがり [#-] No Title

人間らしさが悪い意味で増してますな、ハジメは。
人質作戦も突き詰めたら先延ばしでしかないのに連発するあたり余程テンパったのか。

しかしタツミまで戦死とは。うーん…何か釈然としない。

2012-05/26 23:33 (Sat)

No.700 / [#] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2012-05/27 00:24 (Sun)

No.701 / 名無しさん [#-] No Title

龍でも蛇でもない!
タツミ、いや、救世主達美。これは惚れる

最後の判断が吉と出るか凶と出るか・・・
にしてもリリスさん(仮)、息が長い
あんた一体何者なんだー

誤字っぽいもの
>タツミは盛大に溜め息を吐く。
これはミツルっぽい?
>化け物を討伐線と勝手に寄って来た
>思いっきり乞わせて楽しかった

2012-05/27 01:46 (Sun)

No.702 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

通りすがりさん、コメントありがとうございます。

>人間らしさが~
ハジメは化け物なのに一番人間らしい弱さを持つ存在です。
そうでなければ色々と展開は変わっていたでしょう。

>人質作戦も突き詰めたら~
元々タツミが化け物なのではないかということを確かめるためだけの策戦でした。
最初の目的はそうだったのに予想外の行動をされたことで判断を誤ってしまったようです。

>しかしタツミまで~
釈然としないものを感じさせてしまってすいません。もっと説得力を持たせるよにしないといけませんね……。

それでは、どうもありがとうございました!

2012-05/27 18:45 (Sun)

No.703 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

> 龍でも蛇でも~
構成上出番は少なかったのですが、その中で出来る限り魅せられるように頑張りました。
惚れると言ってくださってありがとうございます!

> 最後の判断が~
最悪の判断になるかは今後にかかっています。
果たしてアルファがどう出るか……ですね。

> にしてもリリスさん(仮)~
リリスに何が起きたのかが判明するのは、しばらく後になるかと思います。

> 誤字っぽいもの
丁寧にありがとうございます。
推敲したのになぁ……見落とした多くて申し訳ないです。
修正しておきました。

コメントありがとうございました!

2012-05/27 18:59 (Sun)

No.704 / 名無しさん [#3sad3eeU] No Title

リリスはどうなったのかはなんとなく想像できそうな気はしますが…
その10のアレはこのための伏線だったんですかね?

2012-05/31 13:04 (Thu) 編集

No.707 / 名無しさん [#-] No Title

最初からその予定だったんですね・・・気付かなかった・・・

2012-06/03 10:47 (Sun)

No.708 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

返信が遅れて申し訳ありません。
コメントありがとうございます。

> リリスはどうなったのかは~
前々からこういう風な展開にしようとは思っていて、色々伏線は張っておきました。その10のアレもその一環です。
……ただ、前の方に張っていた伏線を自分で忘れてそうです(笑)

それではどうもありがとうございました!

2012-06/03 11:50 (Sun)

No.709 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

コメントありがとうございます!

> 最初から~
最初の最初からそうしようと決めていたこともありますが、実は途中から追加されたことが結構多かったり……。
詳細なプロットを書いてはいないため、色々矛盾が起きないか内心心配しております(笑)。

それでは、ありがとうございました!

2012-06/03 11:52 (Sun)

No.717 / nekome [#lWxbDKCI] No Title

タツミの割り切り方は凄くスカッとしました!
実際、こういう風にすぱっと決断しちゃえる人って結構いると思うんですよ。けど「キャラクター」となると「考えすぎてなかなか動けない」キャラが多い、気がするんですよね。
そういう意味で貴重なキャラだったんですが……ううう、実に惜しい人を亡くしました。

その14まで読みましたが、リリス(仮)さんの真相が暴かれるのはいつだ!(笑)

2012-06/06 00:23 (Wed) 編集

No.720 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

nekomeさん、コメントありがとうございます。

> タツミの割り切り方は~
即断即決、それがタツミの強みであり、弱みでもあります。
今回に関してはそれがいい方向に働いた形です。
本来彼女は亡くなる必要のなかった人でした。その理由は次の話で明らかになります。
タツミに落ち度があったとすれば、『自分は自分・他人は他人』と割り切り過ぎていたところかもしれません。

> その14まで読みましたが~
次の更新でさっそく明らかになる……かも?(笑)

それでは、どうもありがとうございます!

2012-06/07 00:06 (Thu)

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