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『千編万花』 第十二章

『千編万花』の続きです。
それでは続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第十二章



 戦士ロザイは、目の前に現れた使用人の腹部に剣の柄を叩き込み、その意識を刈り取った。
 意識を失って倒れそうになったその使用人の身体を支えつつ、ロザイは小さな声で謝る。
「――っと。悪いな」
 なるべく丁寧に、廊下の隅に使用人の身体を横たえておいた。
 同時に、並走していた魔可戦士ミツルも、一人の使用人を気絶させていた。彼女の方は意識を刈り取ったあとは放置している。
 気絶させた相手を受け止めては床に寝かせているロザイを、彼女は厳しく叱責する。
「ロザイ! いちいち手間をかけるな! 一刻も早く、この館を制圧しなければならないんだぞ!」
「そんなこと言ってもよ……わかったわかった。なるべくそうするから」
 普段ならばロザイもミツルに対して何か反論出来ただろう。しかしいまのミツルの様子はロザイでさえ口を挟めないほどに鬼気迫る様子だった。
(無理もない、といえば無理もないけど……)
 二人の背後からは救世主であるタツミもついて来ている。彼女は基本的に遠慮しないタイプの人間ではあったが、今のミツルに自分が何を言っても無駄なことがわかっているためか、何も言わないことにしているようだ。その隣、魔可使いリリスもいまのミツルには何も言えない。
 四人組は館を制圧しつつさらに奥に進む。
 たびたび現れる使用人の意識を片端から刈り取りつつ、ロザイは事の経緯を思い返していた。
 
 
 虎と剣士ライル、救世主二人と龍の仮面を被った謎の存在がそれぞれ戦っている時――町の正門付近でも激しい戦いが繰り広げられていた。
 特別これといった特徴のない仮面を被った三人組と、ロザイ達を含んだ町の戦士達十数名での戦いだ。
 町側の戦士の数が多かったため、三人組程度あっさり制圧できるかと思いきや、その三人組の実力は並外れたものだった。数の上で有利だったはずの町側は三人組の連携攻撃によって陣形を容易く崩され、どんどんその数を減らしていた。
 戦いに参戦していたロザイはその状況に舌打ちを落とす。
「くそ……っ! こいつら、単体でもすげえ強いが、それ以上に連携が異常だ……!」
 個々の力はミツルと同程度かそれ以下だろう。しかし、三人組はそれを連携によって何段階も上の戦力に引き上げていた。一糸乱れぬ連携とはこういうことだ、とまるで手本を見せられているような気分だ。ミツルよりもさらに強いライルならばその連携を崩すことも出来るのかもしれないが、いまこの場にいる戦士の中に三人組の連携を崩すことの出来る者は存在しなかった。
(アルファ様か、タツミ様がいてくれれば……って、俺はアホか!)
 思わず救世主達の力を頼りかけた自分を叱責する。救世主の力は化け物相手にこそ振るわれるべきで、それを優先してもらうのが当然。確かに二人の力を持ってすれば三人組の連携を力任せに崩すことも可能だろう。だが、その力を頼るようになってはおしまいだ。
(こいつらは救世主や化け物みたいに突出しているわけじゃない……! 工夫や努力次第で倒せるはずだ。そんな奴らの相手まで救世主にやってもらうようになったらおしまいだろ!)
 この世界に生きる戦士の端くれとして、ロザイは気合いを入れ直す。
 そういう意味では、最初からロザイ以上に気負っている者もいた。その者とは、魔可戦士ミツルだった。
 彼女は元々救世主に頼らないというつもりで力や技術を磨いて来ている。ゆえに、自分達で何とか出来るはずなのに何とか出来ていない現在の状況が相当ストレスになっているようだった。
「……ッ、この、おッ!」
 怒りのままに振るわれたミツルの剣の切っ先を紙一重で避け、三人組の一人が反撃に転じる。ロザイはすかさず踏み込んでその剣を弾いた。
 そのまま追撃出来れば倒せたかもしれないが、二人目が体勢を崩した一人目の援護に入ってきたため、ロザイは追撃を諦めるしかない。
「ほんと、厄介だな……っ!」
 数で勝るはずのロザイ達が攻めきれない理由に、三人組の異常なスタミナがあった。
 当然休む間もない三人組は、たびたび入れ替われるロザイ達よりも消耗は遥かに大きいはずである。しかし三人組はそんな疲労などまるで感じていないらしく、最初の頃と全く同じ速度と力強さを発揮し続けていた。
「くそっ! もっと早く力尽きると思ったのに……っ」
 また一人、町の戦士が斬り捨てられた。ミツルの表情が歪む。
「いいかげんに――」
 剣に魔可を纏わせ、威力をあげる。その分大振りになるため、確実な隙となってしまう。
「――しろッ!」
 雷の魔可を纏った切っ先が振るわれるが、三人組は軽やかにその剣をかわす。
 だが、それはミツルの狙い通りだった。
 外した剣を手放し、魔可の制御も手放す。そうすることで、剣の刃に込められた魔可が暴発し、三人組の連携を確実に乱す。
「いまだロザイ!」
 ミツルの指示に従って、ロザイは三人組の内の一人を連携から切り離す。
 つばぜり合いをしながら、ロザイはその異常な力強さに驚いていた。
(まだこんな力が――この細腕で――)
 ロザイは異常な力に押し負けそうになったが、あえて力比べに持ちこむ。少しでも相手を疲れさせる目論見だ。硬直状態を生み出せば、周囲の戦士が手を貸してくれるという期待もあった。だが、ミツルの強引な攻めは有利な状況ばかりではなく、不利な状況も生み出していた。雷の魔可を暴発させるという荒技によって、生み出された閃光は味方の目も奪っていた。ロザイはミツルとの付き合いが長い関係上、一瞬前に予測して咄嗟に目を覆うくらいのことは出来たが、他の者はそうはいかない。
(といっても、十数秒くらいで回復するはず……っ! それまで持ちこたえられれば――!?)
 ロザイは目を疑った。鍔迫り合いをしている敵の腕に目が吸い寄せられる。その腕から血が噴き出していた。まるで身体の限界を越えて――本人の意思とはまるで違うところで――力を発揮することを強制されているかのように。
「お前……ッ! なんでそこまで!?」
 敵は応えない。言葉を発することを禁じられているかのように、呻き声や掛け声に当たる言葉も、まだロザイは聴いていない。
(やばい――これは、何か――やばい!)
 歯を食いしばって力比べを続けながら、ロザイは呻く。そのことに気付くのが遅すぎた。
 ミツルの鋭い気合いの声がロザイの耳を劈き、鈍い音が一拍遅れて響き渡る。
 ロザイは敵の腕が飛んで行くのを視界の端で捉えた。その腕には剣が握られている。ミツルが敵の腕を斬り飛ばしたのだ。
「――ッ! ミツル待て!」
 制止の声は届かない。
 腕が切断された音よりも遥かに生々しい音が響き、大量の液体が地面に零れる音が場を満たす。
 ロザイは渾身の力で、力比べをしていた敵を突き飛ばし、ミツルの方を振り返った。
 そこには新たに手にした剣の刃を血で濡らしたミツルが、血の海に沈む敵の傍に立っていた。そんなミツルに向かって、もう一人残っていた敵が飛びかかる。だが、元々一対一ならばミツルと三人組の力は同程度かそれ以下。ミツルは剣で相手の攻撃をいなし、首を狙って剣を振り降ろす。その一撃は避けることに成功した敵だが、避けたその先に魔可が放たれた。ミツルではない。周囲にいた魔可使いの一人が放ったものだ。その魔可も敵は驚異的な反射速度で受け止めたが、その敵の善戦はそこまでだった。間髪いれずに踏み込んだミツルの剣が、その喉に突き刺さる。ミツルの剣の威力は首と胴を分断するのに申し分のないものだった。
「――ッ!」
 悪寒を感じたロザイは咄嗟に剣を振るう。体勢を立て直した先ほどの敵が斬りかかって来ていた。辛うじて剣で受け止めるが、異常な力で地面に押し倒される。背中を地面に打ち付けて息が詰まる。
 辛うじて押し込まれるのを堪えていたが、敵の刃が喉元まで迫っていた。
「ぐぅ……ッ!」
 堪え切れない、とロザイが思ったその瞬間。
 周囲から突き出された槍の穂先が敵の身体を四方八方から貫いた。まるで葡萄酒を入れた革袋を突き破った時のように、敵の身体から大量の血しぶきが噴き出す。
 地面に押し倒されていたロザイはその血をもろに被ることになった。
 ロザイは周囲の者の手を借りてなんとか起きあがる。
「大丈夫か?」
 一時的に視界を奪われていた周囲の者達だが、回復してすぐにロザイを助けに入ったのだ。ロザイはその者達にお礼を言う。
「ああ、すまない。助かった」
 辛うじて命が繋がった、とロザイは嘆息する。
 だが、その安堵も長くは続かなかった。斃した敵を取り囲んでいた者達から戸惑いのざわめきがあがったからだ。
「お、おい、こいつ……」
「嘘だろ……? なんで……」
 ロザイは先ほど覚えた嫌な予感が現実のものになったことを悟る。
 急いで立ち上がったロザイは、人垣を搔き分けて倒れている敵の傍にいく。その顔を覆う仮面は外されていた。
 体中を槍で貫かれているその敵の顔は、ロザイにも見覚えがあるものだった。地面に倒れているその敵のすぐ傍に膝をつき、見間違いではないことを確認する。
「……っ! サファ、お前……!」
 それは一週間ほど前に、ミツキという救世主共々行方不明になった女性戦士の一人だった。
 ロザイとは親密な交流こそなかったが、数回会って情報の交換などは行ったことがある。
 その時の印象などから言っても、サファというその女性が町を裏切って化け物側に付くなどということは考えにくい。少なくともロザイにとっては信じられないことだった。それは周りの戦士達も同じようで、ざわめきが大きくなっている。
「とにかく――治療だ! 治癒術師を読んで来い!」
 そう叫んだロザイの手を、誰かが掴む。驚いてロザイが自分の手を見ると、血まみれのサファの手が掴んでいた。その目には光がない。まるで鈍いガラス玉のように曇った目がロザイを見詰めていた。ロザイはその目から視線を外せなかった。その目には意思が感じられない。なのに、サファという女性は、明らかにある目的を持ってロザイの手を掴んでいた。
「……もっと、もっと、もっともっとぉ……」
 官能的な、もしもこんな状況でなければ、ロザイもその気になったかもしれない――そんな、艶のある声で、サファは呟いていた。
「もっと、痛く、いたく……して、ぇ――」
 ロザイの背筋に怖気が走る。
(誰だ――『これ』は)
 掴まれていた手を振り払う。
 その手は力なく地面に落ちて、二度と持ちあがることはなかった。
 ロザイは嫌悪感を堪えて呻く。
「なんなんだ――どうなってるんだ、これは!?」
 確かにその人物はサファだった。見間違いなどではない。しかしその『中身』は、サファとはまるで違う。違うモノになっていた。
 ロザイが数歩後退すると、背後の方からミツルの声が聞こえてきた。
「うそ、だ……」
 慌ててそちらの方を見ると、ミツルが二人の死体を前に膝を突いているのが見えた。どうやら、その二人の方も顔見知りだったようだ。
(マリアに、キルミ……! あいつらも、なのかよ……っ)
 これは明らかに普通の事態ではない、とロザイは確信した。
 三人が三人とも、僅かな期間の間で心変わりするとは考えにくい。なにか、それ相応のことをされたと考えるのが妥当な結論だった。
 とにかくまずはミツルのフォローをしなければ、とロザイが動きかけた時。

『――なんだ。三人とも、死んだのか』

 悪寒、などという生易しいものではない。まるで背筋が凍りついてしまったかのようだった。
 ぎこちない動きでロザイが声のした方向をみると、そこには虎の化け物と仮面を被った人間が近くの建物の屋根の上に立っていた。ロザイの頭の中でいくつもの疑問が渦を巻く。
(なんで虎の化け物がここに!? ライル先生はどうしたんだ!? アルファ様は? タツミ様は?)
 周囲にいる全ての戦士が動きを止める中、虎の化け物は興味を失ったかのようにその場に背を向ける。
『行くぞ』
 隣に立つ仮面の存在に対してそう言い、虎はその場から立ち去ろうとする。
 その虎を目がけて、ミツルが飛びだしていた。無言のまま、壁を駆け上がり、その勢いを載せ、恐らく彼女の全力を込めた剣を振るう。魔可さえ上乗せした、彼女が振るえる最大最高の一撃。
 それを虎は身体で受け止めた。特に力を込めていたようにも思えない、ただ受け止めたという風情で。
 だというのに、ミツルが手にしていた剣が根元から折れた。虎の体表にはかすり傷程度の跡が残るのみ。
『邪魔だ』
 虎はその尻尾を軽く振り、ミツルを弾き飛ばす。虎にしてみればまとわりつく蠅を払う程度の行動だっただろう。だがそんな何気ない一撃でミツルの身体はくの字に曲がり、地面に向かって勢いよく落下する。
「ミツル!」
 咄嗟に駆け出したロザイが下で受け止めなければ、彼女の背骨は折れていたかもしれないほどの衝撃だった。もちろん、ロザイが受け止めたからといって二人が無事に済んだわけではなく、二人とも衝撃で体が痺れて動けない。
 ここでようやく周囲の戦士達も事態を呑み込めたのか各々剣を構えたが、虎はそんな彼らに頓着しなかった。
『今日お前等と戦う気はない。今日はライルとかいう戦士との戦いだけで十分だ』
 身体の痛みを堪えながら、ロザイはその虎の言葉でライルが死んだことを察する。ライルが虎と戦い、いま虎が無事にこの場にいるということはそういうことだ。
「くそ……っ、待て……ぇ!」
 気合いで立ち上がったミツルが、虎を睨みながら言う。
「よくも、師匠を……皆を……っ! こんな酷いことをして……許されると思ってるのッ!?」
 激怒しているミツルに対し、虎は少しだけ振り返った。
 微かに呆れたような声で、言葉を放つ。
『救世主の奴も似たようなことを言っていたな。……許されると思っているか、だと?』
 ふざけたことを、と虎は言い捨てる。
『お前に許してもらう必要もない。特に、お前のような雑魚にはな。弱い奴が一丁前に吼えるな。恨み事なら弱い自分に言え』
 耳障りだ、と言い残し虎と仮面の存在は去って行った。
 追う戦士もいたが、ミツルとロザイは動けなかった。ロザイはミツルを心配して、ミツルは虎によって自尊心が砕かれて身動きが取れない。
 負傷した者の救護や破損した建物の処理が進む中、二人は暫くその場にたたずんでいた。
 
 
 ロザイは苦い記憶を噛み締める。
(俺は――恐らくはミツルも――ライル先生が死ぬなんて思ってなかった。化け物が恐ろしい力を持つ存在であることは嫌というほどわかっていたのに……はず、なのに……先生なら、と心のどこかで思っていた。覚悟が、足りなかった)
 それは戦う者にとってはあってはならない慢心だった。そういう意味で、それを致命的な事態の中で自覚することにならなかったのは幸運だった。二人はまだやり直せるのだから。
(ミツルがいつも以上に化け物討伐に入れ込んでいるのはそれも原因なんだろう。俺だって、出来れば先生やあいつらの仇を討ちたい)
 だが、それと余裕を失うことは全くの別問題だ。いまのミツルはそのために実力以上の力を発揮してはいるが、その分冷静さを失っている。
(まだ出くわしてないが……あいつらを操っていた化け物と遭遇した時、ミツルを止められるかどうか……)
 ロザイは昨日の夜、アルファより聴かされた話を思い出す。


 ライルが亡くなった日の夜、ロザイ達はアルファによってある一室に集められていた。
 ロザイの他に集められたのは、タツミ、リリス、ミツル、サーシェフなど、なじみのメンバーだ。
 アルファは一枚の地図を中心のテーブルに広げ、全員を見渡して口を開く。
「皆さん、ライルさんが亡くなったことは残念なことです。沈む気持ちもわかりますし、出来れば私もライルさんの死を悼みたい。けれど、それより前にやらなければならないことが出来ました」
 そのアルファの言葉に、ミツルは顔を歪める。
「どういう意味だ? アルファ」
「ミツルさん達が斃した――いえ、斃すことを強要された三人組の様子から、虎の仲間には洗脳する能力を持つ者がいると推測されます」
 アルファの言葉に、ロザイも苦い顔で頷く。
「まず間違いないだろうな。あの三人が裏切るとは思えないし……そもそも、あいつらはあんな異常な奴らじゃなかった」
 彼の脳裏にはサファが死ぬ寸前見せた恍惚とした表情がこびりついていた。吐き気を催すほどの異常性。それが操られた結果でなくてなんなのだろうか。
 アルファは軽く頷き、話を続ける。
「名高い戦士をああも貶める力に対して、有効な防衛手段は存在しません。私やタツミさんが無事なことから、対抗出来るのは救世主くらいのものでしょう。そんな相手を野放しにしておくのは危険すぎる」
 なぜかこの町まで付いて来ている農夫サーシェフは恐る恐る手を挙げる。
「で、でもさ……救世主には利かなくて、この世界の奴にだけ利くような力なら……アルファ様やタツミ様には脅威じゃないんじゃ? だって何百人揃えたって、アルファ様やタツミ様には烏合の衆でしかないだろ?」
「それは確かにそうですが、しかし私達とて疲労と無関係ではいられません。何百もの犠牲の末、化け物達が私達を狩りに来られると対応しきれなくなります」
 もっとも、とアルファは続ける。
「この辺りが敵の支配下になっていないことを考えると、そこまで反則的な力と言うわけでもなさそうですが」
「それは……どうしてですか? 誇り高い戦士達をああまで貶めるほどなのに、反則的じゃないって思うんです?」
 魔可使いのリリスがアルファに尋ねる。
「ただの推測でしかないのですが……もしも戦士達に使われた『人を操る能力』というものが無制限かつ無期限に作用する能力であるのならば、全ての人間を支配しているはずです。それをしていないということは一度に支配できる数か、支配し続けられる時間か、そういう面で何らかの制限があるはずなんです」
 なるほど、とその場にいる全員が納得する。
「……それもひっかけで、実はこの世界の全員が操られているって可能性は?」
 タツミが最悪の予想を口にするが、アルファは肩を竦めてみせる。
「もしもそうなら、私達に勝ち目はありません。だからその可能性は考えません」
 あっさりとアルファはそう言う。
「ともあれ、支配できる数が少なかろうと、時間制限があろうと、洗脳系の能力を持つ相手に対して後手に回るのは悪手でしかありません。よって、迅速にこちらから攻めたいと思います」
 アルファはその小さな手で、机の上に広げた地図の一点を示す。
「恐らくはこの町に彼らは潜伏しているはずです」
 そのあまりにも唐突になされた宣言に、全員が驚く。
「な、なんでそんなことがわかるんだ?」
「明確な理由はありますが、ここで詳しくは話せません。相手に情報を渡す可能性はなるべく少なくしておきたい」
 そのアルファの冷静な言葉に、ミツルが憤然とした様子で噛みつく。
「私達の中で、操られているかもしれない者がいるかもしれないというのか!?」
「すでに操られている可能性は低いと考えていますが、これ以降はわかりません」
 あくまでもアルファは冷静に、ミツルに対して言葉を返す。
「ミツルさん、それとロザイさん。お二方の記憶において、操られていた御三方は簡単に敵の力に屈するような人達でしたか?」
「断じて違う!」
「そういうことです」
 アルファのあくまで淡々とした言葉に、ミツルは言葉を詰まらせる。額に手を当て、アルファは言う。
「ミツルさん。正直私は皆さんについてきてもらうべきか迷っています。相手は洗脳の力を持っている。貴方達が操られ、私やタツミさんに襲いかからないという保証は出来ません。最初から救世主だけで行くべきではないか――そういう風に考えてもいます。だけど、先ほど言った通り私達も戦えば消耗します。化け物に勝つために、一定数操られているであろうこの世界の人間は皆さんに相手をしてもらわなければなりません」
「――っ、私達に、露払いをしろというのかっ……?」
 唇を噛み締めるミツルに対し、アルファは不愉快そうに目を細める。
「……悪意のある言い方をするならばそうなります。けど、それが化け物に勝つために必要だから言っているんです」
 アルファは真っ向からミツルと睨み合う。
「ミツルさん、あなたが私に対して隔意を抱いているのは別に構いません。あなたの事情は斟酌しますし、理解も出来ます。……いえ、本当は理解できていないのかもしれない。あなたが何十年と積み上げてきた信念を私が理解することなど到底出来ていないのかもしれません。けれど――どちらにせよ、貴方達では化け物には勝てないのだから、私達が化け物と戦うしかない。最も理想的な状態で。露払いもそのために必要なことなのですから、個人の感情で噛みつくのはやめてください」
 いい加減アルファの方も我慢の限界だったのだろう。はっきりとした言葉をミツルに対して言い放つ。ミツルはアルファに至近距離まで顔を寄せ、ほとんど鼻先が触れるか触れないかの距離で睨み合う。
「私が、化け物に勝てない、だと?」
「実際、勝てなかったでしょう」
 非常に険悪な火花が二人の間で散る。殴りかかっていないのが不思議なほどの険悪な様子だ。
 そんな二人をタツミが間に入って引き離した。
「二人とも! こんなところで仲間同士で揉めてどうするの! あたし達の敵は化け物! そうでしょ!?」
 その言葉にアルファもミツルも冷静さを取り戻したのか、どちらともなくお互いから目を逸らす。
「……そう、ですね。すいません、少し冷静さを欠きました」
「ごめん……むきになった」
 二人の謝罪の言葉を確認してから、タツミは改めて地図を示す。
「それで、アルファさん。この町に化け物がいる理由に関してはいいんだけど、この町にいるって言ってもかなり広いわよ?」
「ええ、さすがにどの建物に彼らが潜んでいるのか、そこまでは今の段階ではわかりません」
 だから、とアルファは続ける。
「これに関しては行う段階でわかってしまうので言いますが……探索魔可を使用します」
 ロザイはかつて広い森の中から攫われた人間を探し出した時のことを思い出した。
「探索魔可を? それなら確かに可能かもしれないが……けど、町一つ覆うほどの規模に広げて大丈夫なのか?」
「前のようにただ範囲を広げるだけなら無理でしょう。ですが、探ることをある程度絞れば、かなり負荷は軽減出来ます」
 アルファはあらかじめ用意していたのか二つの陣が描かれた紙を広げる。どちらも似たような形をしていたが、片方は明らかに簡素なもので、もう片方の方はロザイも見たことがある複雑な探索魔可の陣だった。
「こちらの複雑な方が通常の探索魔可の陣。簡素な方が最低限必要な機能のみを取り出した陣です」
「魔可をアレンジしたの!?」
 タツミがその事実に驚くが、アルファは苦笑いを浮かべた。
「いえ、元々あったものから不必要そうな部分を取っただけです。これは正直改悪ですらない、手抜きって感じですね」
「……でも、そんなこと、誰も思いつかなかった」
 リリスがそう呟く。アルファはそれに対しても苦笑を持って応えた。
「正直、これは普通だとやる意味がないんですよ。私のように無理やり範囲を広げでもしない限りはね。だってそうでしょう? 普通の探索魔可の範囲でなら、そこまで消耗も大きくないんですから、わざわざ探索要素を限定的なものにする理由がないでしょう?」
「なるほど……」
 それでもロザイは、独自に工夫して魔可を扱いこなしているアルファに感心してしまう。
「それで、その限定的な探索魔可ではどれくらいのレベルまで探れるんだ?」
「大まかに言って、建物の全体の輪郭がどうなっているか、くらいですね」
「それだけでどの建物に潜んでいるのかわかるのか?」
 ミツルの言葉は先ほどまでの言葉とは違い、冷静になっているためか、疑問点を訪ねているだけという風情だった。アルファにもそれが伝わっているのか、いつもの調子で答える。
「はい、もちろん可能性が高いところをあぶり出せるという意味でしかないですが……大きな地下室が作られているところを探ります」
 それを聞いて、サーシェフは首を傾げる。
「地下室……? なんで、それが目星になるんだい?」
「まず虎が潜むなら外から絶対に見えない場所に潜ませると考えられます。町の全員を洗脳していたと仮定しても、町というのは外から来る人もいるものです。だから、普通は虎が普段いる場所は人目につかないところ……それも絶対に覗かれたりしない場所に用意するはず……地下室の線が最も濃厚です」
「それは……確かに」
 ロザイは頷く。
「虎の大きな身体を考えると、小さな地下室では窮屈でしょうから、この世界にしては大きな地下室が用意されているのではないかと」
「大体の館に地下室はあるが……ほとんどは貯蔵庫用で、そこまで大きな物は滅多にないからな。探す目安としては確かにいいかもしれない」
 アルファの方針の妥当性を認めるロザイ。他の者からも強い反論は生まれなかった。
 それを確認してから、アルファは話を次の段階に進める。
「まず一気に町の近くまで移動し、そこで探索魔可を発動させます。そしていかにも化け物達が潜んでいそうな館を特定し、そこに強襲をかけます。私達が傍に来たとなれば、おそらく虎は迎撃に跳び出してくるでしょう。その場所にいるかどうかはそれで判断出来ます」
「……いつ、それを仕掛けるんですか?」
 リリスが尋ねる。アルファはあくまで淡々とした調子で、告げる。
「明日です。迅速に行動しなければなりません。とはいえ、今日消耗した分の回復の時間は必要ですから一夜は置きます」
 そして、アルファの見出した町にロザイ達は、アルファ、タツミ、ロザイ、ミツル、リリスの五人で突撃をかけることとなったのだった。
 農夫のサーシェフだけは、戦闘力を一切持たないという理由から街に置いて行くことになったのだが。


 結果的に町への強襲は成功し、いままでのところは順調に進んでいた。
 もっとも最善と考えられていたルートをそのまま通って来れている形である。
(ここまで順調だと、逆に何か落とし穴が待ってそうで怖いんだよな)
 ロザイはミツルと並走しながらそう思う。実際、彼の経験でも物事が上手く進んでいると思ったとたんに、不慮の出来事に足元をすくわれるのはあったことだ。それゆえに彼は上手く行っている現状を喜んではいても油断してはいなかった。
(ミツルはそういう余裕とか油断とかが成立する精神状態じゃないが)
 顔なじみの戦士を自らの手で殺してしまったミツルは、いままで以上に化け物に対する憎しみや恨みを募らせ、まさに鬼神のような勢いで駆けている。
 タツミはといえばライルを殺した虎に対する怒りこそ強かったものの、その虎をアルファが引き受けたことで、いまはむしろ冷静になっていた。そのことにロザイは少し安堵していた。
(万が一の時は……タツミ様がミツルを止めてくれるはず。ミツルも不思議とタツミ様にはそこまで敵愾心を持ってないし、ある意味理想の組み分けと言えるかもな――)
 そこでふとロザイは疑問に思った。
(ミツルって、なんでタツミ様のことはそこまで敵視しないんだ?)
 考えてみればおかしな話である。無論、アルファとタツミでは全く性格も違うし、付き合ってきた長さも違う。
 だからミツルの二人の扱いに差があるのは当然とも言えるのだが、ロザイはなぜかそれが非常に気にかかった。
(二人とも『救世主である』という要素は変わらないはず)
 それならばどこに違いがあるのか。
 ロザイは思案する。
(アルファ様だけに、ミツルが『本能的に嫌っている何か』がある――?)
 彼の中で、嫌な予感が急激に強くなった。
 その時。
 屋敷の外、アルファが戦っているはずの庭で激しい炎が巻き起こる。
 思わず全員の足が止まった。空高く立ち上る炎の竜巻を思い思いの表情で見詰める。
「なんだ……!?」
 ロザイは違和感を覚える。アルファの得意は風のはずで、虎はこれまで炎を生み出すような攻撃をしてきていない。遠距離攻撃が出来ないわけではなさそうだが炎を生み出したりするようには見えなかった。
 つまり、あの炎を生み出したのは別の存在ということになる。
 最悪の場合、アルファの元に化け物級の力を持った存在が二つも行っていることになる。
 それは状況としては最悪だった。
「……! 急ごう! 早く化け物を倒さないと!」
 少し焦った風のタツミが促し、ロザイとミツルが頷いて走り出す。リリスもまた、遅れないように頑張って走っていた。
 彼らの目的は至極簡単なことだ。すなわち、洗脳の力を持った化け物を倒すこと。全員が洗脳の力を持つ化け物をもっとも倒さなければならない相手であると考えていた。
 救世主であるアルファ自身が『二人の救世主を両方失ってでも』と言うほどに。その考え方に異を唱えるものはいなかった。それほどに操られた戦士たちの死に様は全員に脅威と嫌悪感を感じさせるものだったのだ。
 虎の化け物をアルファが一人で引き受けてでも、タツミ達を先行させたのにはそういう目論見があったのだ。つくづく子供らしからぬ救世主である。
 強力ながらも危うい虎という戦力を、洗脳の力を持つ化け物が抱えているからには、恐らくその化け物自身は強力な戦闘力を有していないのだろう、という話だった。ゆえに相手の最強のカードであろう虎をアルファが引き受け、フリーになった化け物をタツミが叩く。虎はこの戦いを生き残っても堂々と活動するだろうし、洗脳の力を持つ化け物を逃すよりは御しやすい、というのがアルファの言い分だ。ロザイも下手な化け物に隠れられるよりは虎のように堂々と脅威でいてくれた方がいいと考えていた。特に虎は弱い者に興味がないため、脅威ではあっても普通の人間にとっては危険ではない。
(洗脳ってのは確かに厄介だからな……誰が敵で誰が味方かもわからなくなっちまう)
 ロザイ達が気絶させてきた使用人の中にも、洗脳されていない者がいたかもしれない。いなかったかもしれない。館内だけで収まればいいが、それの規模が広がって行けば、敵味方の区別が出来なくなり、最悪の状況に陥る。
(ここで確実に洗脳が出来る化け物を倒しておかないと……!)
 そうロザイが決意を新たにしたその時――少し先の部屋から一人の女性が顔を出した。
 恐る恐ると言った風情でロザイ達の方へ顔を向け、走って近づいてくる四人を見て、呆気に取られたような顔になる。
「……え?」
 女性はそう呟いて固まってしまった。敵対行動を取らず、逃げようともしない。
 ロザイはそんな無防備な女性に対しても手加減せず、これまでやって来たように彼女の腹部目がけて剣の柄を叩き込んだ。ここまで倒して来た使用人とは少し違った様子だったが、それで加減するほどロザイも甘くはない。だがその結果は、ロザイにとって予想外の事態になった。
 叩き込んだ一撃が、彼が込めたのと等しい力で反発されたのだ。
「!?」
 帰って来た衝撃による痛みに顔をしかめつつ、ロザイはすぐにその女性から距離を取る。突然腹部を殴られた形になる女性だったが、驚きこそすれ苦しそうな様子はない。鋼の腹筋でも持っていればその反応もおかしくはなかったが、彼女は外見としてはごく普通の女性であり、身体を鍛えているようにはとても見えない。
(なんだいまのは? まるで壁でも叩いたみたいな――)
 そうか思うのと、一つの結論がロザイの中で出るのは同時だった。状況を把握出来ていないであろう他の三人に向けて叫ぶ。
「こいつ――化け物だ!」
 それは戦士ならば当然のことだった。味方に正しい状況を伝えるのは基本中の基本。普段ならば叫んだことに何の問題もなかった。
 しかし現状において、その行動は誤りだったとロザイはすぐに気付く。
 いまこの場には、化け物を憎んで止まないミツルがいたからだ。
 復讐の相手を見出だしたミツルは、猛烈な勢いで化け物と思われる女性に向けて突撃を仕掛けた。あらかじめ冷静になるように色んな人間から言い含まれていたミツルではあったが、一度走り出してしまえばもう止まらない。一瞬で女性の眼前まで距離を詰めると、容赦なく彼女の首筋に向けて剣を振るう。
 その斬撃の鋭さに、誰もが女性の首が落ちると思った。それくらい迷いのない、いい一撃だった。
 だが、ミツルの刃は女性の首に傷一つ付けることはなく、斬り付けた刃の方が折れてしまう。十分に強度はあるはずだった。ミツルの使っている剣は十分業物と言える水準の剣だ。扱うミツルも十分な実力を有している。それなのに、剣は中ほどから折れて宙を舞った。相手の女性はまるで構えていないのに、それでもなお、ミツルの攻撃力を上回る防御力を発揮していた。理不尽なまでの力の差は、その女性が間違いなく化け物であるとその場の全員に確信させるに足る事実だった。
「…………ッ!」
 それでも、さすがの化け物も無痛ではいられないのか、手で首を抑えて小さく呻きながらその女性は数歩後退する。脚を縺れさせたのか、尻餅までついてしまう。
 ミツルは歯噛みしつつも、折れた剣を投げ捨て、代わりの剣を抜き放った。女性との間合いを詰め、裂帛の気合と共に振り被る。
「あああ――ッ!」
 気合いの籠った鋭いミツルの声に、尻餅をついていた女性から怯えるように声が絞り出される。
「ひっ――!」
 完全に蛇に睨まれた蛙状態で、目を見開いてミツルを見詰めているのみだ。
 あまりの無抵抗ぶりに、振り被ったミツルの切っ先が微妙に揺れる。いかに化け物に憎しみを持っていようと、全くの無抵抗は想像の埒外だったのだろう。
「ミツルさん、待った!」
 無抵抗な相手の状態を見て、救世主であるタツミがミツルを止めようとする。
 だが、皮肉にもそのタツミの声がきっかけとなってしまったのか、ミツルは揺れていた切っ先を定める。今度は大きく振る構えではなく、切っ先を突き出す構えだ。斬りつけるのは無理だと判断したのか、突きで女性の眼球を抉る方向に変えたようだ。化け物の身体をこの世界の人間が突き通そうと思えば、ライルがそうしたようにもっとも脆い場所を狙うしかない。
 ミツルの構えに脅威を感じたのか、ここでようやく相手の女性も硬直から別の動きを見せ始めた。逃げようとしているのか、尻餅をついた状態のまま徐々に後退する。そんな遅い動きでミツルから逃れられるわけもなく、ミツルは一歩大きく踏み出すことによって間合いを潰す。
 逃げられないことを悟ったらしい女性が次にしたことは、両手で頭を庇い、目をきつく閉じて身体を丸めるという防衛行動だった。それはまるで子供が親に叱られる際に取るような格好で、最初から反撃を捨てている防御姿勢だった。本来ならば愚の極みである防御姿勢だが、化け物がミツルを相手にするにはもっとも効果的な防御方法だった。脆い場所が狙えないのでは、ミツルにはどうすることもできなくなる。攻撃を中断するしかない。
 仇敵を前にして攻撃できないジレンマは、ミツルの精神をどうしようもなく逆撫でしているようだった。
「……立て! 私と戦え! 化け物!」
 切っ先を突き付けてそう叫ぶが、相手は動かない。益々縮こまるのみだ。
 それは本来なら圧倒的な力を持つ化け物にあるまじき無抵抗さで、傍目からはミツルが彼女を苛めているようにも見える。
「ミツルさん、落ち着いて!」
 タツミがミツルを落ち着かせるべく動こうとしたとき、廊下の端に別の人間が現れた。若い男とその後ろに付き従う形の仮面を被った存在だ。仮面を被った存在は救世主に匹敵する力を持つ存在で、龍の化け物ではないかと思われている。そのため、タツミは何よりもまずその仮面の存在を警戒した。
 その仮面の存在を連れている様子の若い男の方は、ミツルの前で蹲る女性と、剣を構えたミツルを見ると焦ったような表情を浮かべる。
「カナミ……ッ! ミツキ、あいつらを倒してカナミを救え!」
 男のその命令に反応して、彼の背後に控えていた仮面を被った存在が駆け出す。一直線にミツルを狙っている。カナミというらしい蹲った女性を助けることを第一に考えているからなのだろう。そんな仮面の存在の前に、タツミが躍り出た。救世主に匹敵する力を持つ仮面の存在に対応できるのは自分だけだとよくわかっているからだ。タツミが進路上に入って来ても、相手は全く怯むことなく、真正面からタツミに向けて斬りかかる。それは武道の経験があるタツミに対して振るうには愚直にすぎる一撃だった。
 タツミは手の甲で仮面の存在の剣の腹を押しのけ、一気に間合いの内側に入り込む。その相手のガラ空きの胴に拳を叩きこんだ。突進する勢いとは逆の方向に働いた凄まじい衝撃に、仮面の存在はくの字になって吹き飛び、床に倒れてしまう。追撃はせずにその場で隙のない空手の構えを取りつつ、タツミは得意げに言い放つ。
「昨日と同じような型で挑んでくるなら、対処するのは簡単なのよ! …………でも」
 得意げだったタツミは笑みを消し、ロザイの方を見る。彼女が何を聞きたいのかを察したロザイは静かに頷いた。
 仮面の存在に男が命令を出した時、男は仮面の存在のことをミツキと呼んだ。その名前は行方不明になっていた救世主の名前と同じだったのだ。同名の別人というよりは、洗脳の力を持つ化け物によって救世主ミツキが操られているとみるべきだろう。救世主と力が拮抗する理由にもなる。
(洗脳の力で救世主も操れるということなのか? ……いや、しかしそれなら、この襲撃にも最初から洗脳出来る奴が出て来て、そいつが対処すればそれで済む。……操るには何か条件が必要なのか?)
 ロザイは思わず思考に没頭しそうになったが、聞き覚えのない声がその思慮を遮る。
「ハジメさんっ!」
 それは化け物と思われる女性の――カナミと呼ばれた女性の――声だった。その彼女は現れた男性を全幅の信頼を寄せた目で見ている。彼女の視線に応じるように、ハジメと呼ばれた男は疾走を始めていた。タツミによって吹き飛ばされ、倒れ込んでいるミツキを通り過ぎ、タツミへと迫る。
 ハジメの走り方を見たロザイは、すぐにその男が戦いの素人であると見抜く。少しでも戦いをかじった者であればすぐにわかっただろう。
(タツミ様は武芸者だぞ? あいつが化け物であろうと、それだけでどうにかなるわけがない……どうするつもりだ?)
 そのロザイの考えは正しかった。
 相手はタツミをどうこうしようとは元々思っていなかったのだ。一方のタツミは相手が先に駆け出して近づいて来たため、自らは動かずに迎え打つつもりだった。そのため、ハジメは目論見通り、『それ』を実行に移せた。
 その目論見自体はとても単純なことだ。
 固めた拳を、足元に向けて力任せに打ち込んだのだ。ロザイも予測していた通り、ハジメは化け物の力を有していた。そのため、ただの力を込めた拳があり得ないほどの破壊力を生み出す。広い地下を有する館の床は、落盤のように砕けて階下へと落ちていく。当然、その上に乗っていた全員も一緒だ。足場自体が崩れたため、全員が体勢を大きく崩した。
 そんな中で、自らの力で崩した分だけ、他の者よりも崩れる床への対処が容易だったのか、ハジメは疾走する勢いを落とさずに走り続けた。タツミの脇を抜け、崩れる足場をものともせずにカナミの元に走り抜ける。床と共に階下に落下していた彼女を空中で抱え上げ、そのまま抱きしめるようにして彼女を落下の衝撃から守る。
 その場にいた全員が一階から地下一階に落下した。
「ぐっ……くそ、っ、ありかこんなの……っ」
 まさか建物自体を破壊されるとは思っていなかったロザイは小さく毒づく。辛うじて頭から落下することは防いだが、落下した際の衝撃は大きい。
 何とか落下の衝撃から立て直したロザイは、周囲の状況を確認する。
 そしてロザイは魔可を使ったアルファがこの館を化け物達のアジトとして特定した理由がわかった。
 ロザイ達は広い廊下のような空間に落ちていた。その空間はロザイ達が先ほど走っていた地上部分の館の廊下の広さとそう変わらない。
 多少入り組んだ作りになっているため正確な広さはロザイにはわからなかったが、地下が地上とあまり変わらない広さを有しているということを予想させる広さだった。それほどの地下施設はこの世界にそうはない。ロザイ達が拠点としていた街よりもさらに巨大な街になればわからないが、町の規模から言って普通ならばこんな広い地下を有する館があるわけがない。わかってしまえば確かにここに化け物がいるとしか思えない不自然な状況だった。とはいえ、アルファの探索魔可がなければ特定はまず出来なかっただろう。
 周囲を見渡していたロザイは、化け物と思われる女性と後から現れた男の姿が忽然と消えているのに気が付いた。
(いつのまに!? 走り去る気配も何もなかったぞ?)
 救世主ミツキと思われる仮面の存在だけがその場に残っていた。そのミツキに向かって、男の声がどこからともなく響く。
『ミツキ、一時撤退しろ!』
 その命令に従って、ミツキはその場から逃走を開始する。
「待てっ!」
 ミツルがそのあとを追いかける。
「ミツルさん! 一人で行ったら駄目っ……! ああもう!」
 咄嗟にあげたタツミの制止は届かず、ミツルは一人で走っていってしまう。タツミは舌打ちを一つ落としてロザイ達を促す。
「ロザイさん、リリスちゃん、ミツルさんを追うわよ!」
「ああ、わかった!」
 ロザイはそう答えたがリリスの方からは返事がない。奇妙に思ったロザイはリリスの方を見る。
 リリスは床に蹲ったまま、動く気配がなかった。腹部を両手で抑えている。
「どうした!?」
 ロザイが問いかけると、リリスはゆっくり顔を上げる。その額には脂汗が浮かび、痛みを堪えている表情だった。
「……ッ!」
 なにか言おうとしているようだったが痛みのためか言葉にならないようだ。
(腹を負傷したのか? 血は出ていないが……ええいッ!)
 ロザイはタツミに向けて声を張り上げる。
「タツミさん、そのままミツルを追いかけてくれ! リリスさんは俺が見る!」
 戦闘が予想されるところにいまのリリスを連れていくわけには行かない。敵地で分散するのは悪手であるとは思ったがそれでも仕方なかった。
 タツミもそれを理解したのか、すぐに切り替える。
「わかった! ロザイさんはリリスちゃんを連れて近くの部屋に隠れてて! 絶対にそこから動かないで!」
 タツミはそう言い残し、ミツルを追いかけて走っていく。ロザイは改めてリリスの様子を窺った。
「リリスさん大丈夫か? 立てるか?」
 そのロザイの問いかけに、リリスは答えなかった。答える余裕もないのかもしれない。ロザイは少し考えて、行動に移る。
「とにかく部屋に入って休もう。……横になれるところがあればいいんだけど」
 ロザイは動けない様子のリリスを抱え上げ、そのまま近くの部屋に向かった。
 近くの部屋に入って扉を締め、灯りをつけたロザイはその部屋の様子を見て眉をしかめる。
(独房……いや、拷問室って感じか……誰もいなくて良かった)
 ロザイは部屋の各所にある鎖や、それ用としか思えない道具の数々に苦い表情を浮かべるしかない。
 別の部屋を探そうかとも思ったが敵地でうろつくわけにもいかない。そもそも、地下室はほとんどがこういう部屋である可能性も高い。
(仕方ない……幸いベッドはあるしな)
 そのベッドも手足を拘束するためだと思われる鎖や金具があり、お世辞にも寝心地が良さそうとは思えなかったが、地べたに寝かせるよりはまだマシのはずだった。
 なるべく鎖や金具を端に寄せ、リリスをベッドに寝かせた。リリスは荒い呼吸をして、呻いている。
「動かなくていいからじっとしててくれ」
 ロザイはリリスにそう言い含めると、部屋に他の危険などがないかどうか確認を始めた。そのついでに散らばっていた道具を全て目につかないところに片付ける。
 ロザイとしてはここにリリスを置いてミツルやタツミに合流するべきか、とも思うのだが、それはしないようにあらかじめアルファに指示されていた。
 仮にバラけてしまった時には最後に別れたときの取り決めに従って動くこと。それは洗脳されていないかどうかを判別するためだ。例えばいまの状況で言うと、リリスを任せろといったロザイがリリスのそばから離れた場合、それはロザイが洗脳された結果だとタツミ達は判断することになっている。無論状況によっていくらでも対応の変わる話ではあったが、基本はそれに乗っ取った行動をする取り決めだ。
(全くアルファ様は本当に用意周到だな……それが悪い方に作用しなければいいんだが……)
 あまりにも備えがありすぎて、一歩間違えば非常に危ういことになりかねない。それだけが彼にとっては危惧するところだった。
(まあ、アルファ様ならそれすらも考慮に入れてそうだから怖いけどな……)
 救世主がどうこうではなく、単純に恐ろしいとロザイは思った。底が知れないと言えば的確だろうか。子供ながらに――というレベルではなく、あまりにも周到すぎる。まるで彼女しか持っていない情報があるかのような、そんな疑心暗鬼な想いを抱いてしまうのだ。
 そんな風に考えていたロザイは周囲への警戒を一瞬忘れていた。それは単純に彼の失態とは言い切れない。部屋の扉は閉まっており、中に自分とリリス以外誰もいないことは確認済み。隠し部屋に相当するものがあってそこから何かが現れるにしても、一拍の間は開く。ロザイにはその一瞬で不測の事態に対処できる自信は十分にあった。ゆえに彼の失態とはとてとも言えない。
 だが現実として。
 そのロザイの隙は致命的だった。
 もしもロザイがこの時、周囲の気配に注意を払っていたら、彼は気付けたはずだ。
 ベッドの上に寝かせたリリス。彼女の荒い呼吸が止まっていることに。
 そして――『それ』がロザイの真後ろに立ったことに。

 ロザイは背中に強い衝撃を感じた。

 一拍遅れて、彼の身体の前から一本の『何か』が飛びだした。鮮血が滴り、ロザイの周囲の床を赤く染める。
 ロザイの思考はその『何か』を見て呆けてしまう。
(なぁ――っ!?)
 体を貫通したそれを見て、ロザイの頭は疑問符で覆い尽くされる。完全に予想外の事態だった。焼けた鉄でも押し付けられたような激痛がロザイの脳を焼く。意識があっという間に飛びそうになり、彼はそれを辛うじて堪えた。
 上手く動かない体を何とか動かして背後を振り向く。
 彼に攻撃を加えた『何か』の正体を見たロザイだが、さらに混乱するだけだった。
「なん――で――?」
 彼の疑問に答えはなく、さらに多くの『何か』がロザイの身体目がけて突き出される。
 身体中を貫かれる感覚を最後に、ロザイの意識は永遠に途切れた。

 戦士ロザイ。
 正体不明の『それ』の奇襲により――死亡。
 
 
 
 
『千編万花』 第十三章 に続く 
 
 
 

Comment

No.694 / ごんべー [#-] No Title

油断…というより読み間違いでの死亡がまたまた、ですね。
このあっさり具合は某ロボットアニメを思い出す…w

ある程度の実力者もしくは終盤になるとこうせざるをえないのは物語の宿命かな。上手く見せてくれることを期待します。

2012-05/20 00:59 (Sun)

No.695 / [#] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2012-05/20 01:09 (Sun)

No.696 / 名無しさん [#-] No Title

ロザイさん・・・見事なフラグでした・・・

アルファの意図なのか彼に関する情報が独りでに動いているのが気になります
もう一つの能力ってやってみたら出来た系の応用みたいなものだったりして

2012-05/20 01:25 (Sun)

No.697 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

ごんべーさん、こんばんは。
いつもコメントありがとうございます。

>油断…というより~
今回のロザイに関しては本当に不幸な偶然による死亡ですからね……たまたま出くわしたというのか。
ある意味、千編万花で最も不幸なキャラと言えるかもしれません(笑)。

>ある程度の実力者もしくは終盤になると~
もうちょっと軽めの、そんなに人死にが出ない話にすればよかったかなー、とか思わなくもないですが、出したキャラがことごとくそういう死亡フラグを回避出来ないキャラだったのでなんとも出来ず(苦笑)。
人死にが出ない=軽い話というわけでもないですし、全く人が死ななくても精神的に重い話には出来るとは思うのですが……その辺りは、また今後の課題です。
まだまだ腕を磨いていかなければ……。

・名前に関して
丁寧にご指摘ありがとうございます。
私自身、たまに『ミツル』と『ミツキ』を間違えたりして、「あー、これはやってしまった」と悔いる気持ちがないわけではないのですが……(一応弁明をしておきますと、当初の予定ではもっと名前の類似が生きるはずでした。のですが……結局ややこしくなっただけでした……orz)
名前はかなりいい加減に付けたところもあって、この辺りは猛省しなければならないと考えております。
今後長編を書くことがあれば、名前にも十分気を付けて書いてみたいと思います。

それでは、本当に毎度どうもありがとうございました!

2012-05/20 22:49 (Sun)

No.698 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

>ロザイさん・・・見事なフラグでした・・・
どいつもこいつも死亡フラグを立てすぎ、っていう(笑)。
そういう構成にしちゃってる私が悪いんですけどね……。

>アルファの意図なのか~
もう少しで真相に辿り着く、という辺りで幸運にもロザイは退場してしまいました。
彼が生きていれば今後の展開が変わったかもしれませんが……まあ、これは退場したそのキャラにも言えることですけど。
アルファの強みはある意味情報の掌握力にあるのかもしれません。

>もう一つの能力って~
果たしてラストまでに明らかになるのか……それは読んでもお楽しみ!
……って、投げっぱなしじゃいけませんよね(笑)。
たぶん、最終話までには明らかになると思います。

さて、それではありがとうございました!
活力になっております。

2012-05/20 22:55 (Sun)

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