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『千編万花』 第十一章 後半

『千編万花』第十一章の後半です。
いよいよ物語も終盤です。
 
それでは続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第十一章 後半



 虎の化け物タイガが、剣士ライルを倒した日の翌日。
 昼過ぎに差し掛かろうとしていた頃、寝床にのんびりと体を横たえていた虎が突然立ち上がった。酒飲みの虎のために昼から酒を準備していた奴隷の女性は、驚いて彼に声をかける。
「タイガ様? どうなさったんです?」
 立ち上がったタイガはその奴隷の質問に応えず、ある方向を睨むように見据えていた。その姿からは空気が凍るほどの緊張感が漂っている。
 そのただならぬ様子に、奴隷にも緊張が伝播した。固唾を呑んでタイガの次の行動を待つ。
 その時、部屋の扉が慌ただしくノックされ、返事を待たずに館の使用人が部屋に飛び込んで来た。
「不作法をお許しください! ハジメ様より緊急の連絡が――」
『救世主か?』
 明後日の方向から使用人に目線を動かし、タイガが問う。言いかけていた言葉を呑みこんだ使用人は、すぐにタイガの言葉を肯定した。
「はい。救世主タツミと救世主アルファ。両名がこの町のすぐ近くで確認されました。三名の同行者も確認されています」
 話を聞いたタイガは目を細める。
(どうやってこの町を割り出した? 昨日、あの街から戻って来る時にはまず尾行されることはない道筋を取ったから、別の方法で割り出したんだろうが……)
 そこまで考えて、ふと使用人の言葉に引っ掛かるところを感じ、タイガはそのことについて尋ねた。
『町のすぐ近く? 町に入って来たわけじゃないのか?』
「はい。奴らの姿が確認されたのは正面の街道です」
 その事実にタイガは首を傾げる。
(どういうつもりだ? この町に俺達が関わっていることを知ったなら、さっさと町に入って調査すればいいだろうに……)
 タイガは救世主達が町の中まで入ってこないということから、少なくとも相手は自分達がどの建物にいるかということまではわかっていないことを推察する。
『ハジメの奴はなんと言っている?』
「ひとまずは様子見を、と。ただ、いざという時には戦えるよう、準備しておいて欲しいとのことです」
『……わかった』
 いま表に飛びだして行けば「この町に化け物がいるかもしれない」という相手の予想を肯定することになる。
 タイガとしてはすぐにでも戦いたいという気持ちもあったのだが、今回に限っては疑問の方が勝った。
(潜伏している建物まではわかっていないのならば――しばらく潜んでいればとりあえずはやり過ごせるはず。まあ、ハジメにとっては妥当な対処だな)
 頭ではそう考えていたタイガだが、その体から緊張が抜けることはなかった。
 本能的に、戦意が高揚するのを感じる。
(だが、もしも奴らが――)
 彼の背筋が予感に泡立つ。
(何らかの方法で潜伏場所を特定出来るとすれば――)
 そうタイガが考えた、まさにその瞬間だった。

 一筋の光が、部屋の中を通りすぎる。

 突然発生した現象に、奴隷が身を竦めて驚く。
「な、なんですか、いまの……?」
 いまや明確に感じる戦いの予兆に、タイガは口角を歪めた。
『どうやら、隠れてやりすごす……ということは出来そうにないな』
 その大きな体躯を揺らし、虎は彼専用の入り口へと向かう。
「タイガ様、どちらへ?」
『外に出て奴らと戦ってくる。お前はハジメのところに戻ってそのことを伝えて来い。俺が救世主のうち、最低一人は引き受けてやる。上手くすれば二人かもしれんが。とにかく状況に応じて行動しろ、と言っておけ』
 使用人は小さく頷き、走って部屋を去っていく。
 それから、タイガは奴隷の女性を見た。心配そうにタイガを見ている彼女。タイガはその彼女の足に繋がれていた鎖を、軽く爪を振るって切断する。
『お前はこの部屋でじっとしてろ。まあ、地下室ごと崩れることはないとは思うが――やばいと思ったら自分で考えて行動しろ。逃げるなりなんなり、お前の好きにすればいい』
 突然自由を得た奴隷の女性は事態の変化についていけていないのか、目を白黒させていた。
 思考が停止している様子の奴隷の女性に構わず、タイガは走り出す。白骨の転がる通路を駆け抜けながら、彼は笑みが零れるのを止められなかった。
(――さて、どうやってこの町を割り出したのか、気になるところではあるが――それはまあ、極論どうでもいい)
 救世主達がやってきた。それはつまり、再び戦いの時がやって来たということだ。
 彼は戦いにのみ快楽を見出す戦闘狂。
 そんな自分の性質のことを正しく理解しており、それを後悔しておらず、ただ望むままに駆け抜ける。
 館の広い庭。その一角に隠された入口から虎は外に飛び出した。四肢でしっかり大地を踏みしめ、獰猛な唸り声をあげる。

『さあ――来い。救世主』

 その虎の言葉に応えるように、二人の救世主が館の敷地を囲う塀の上に現れた。
 待ち構えていた虎に対し、二人の救世主達は最初同じように驚き――片方は瞳に怒りを灯し、もう片方は警戒を露わにする。僅かな反応の違いだったが、それを虎は的確に読む。
『ようこそ、と言ってやろう。救世主ども』
 不敵な虎の言葉に対し、目に怒りを宿した救世主が何か言おうとしたのを、もう一人の救世主が止める。
「タツミさん。あなたは皆を連れて館の中に向かってください。中にいるはずの化け物達を逃がさないでください」
「――っ、アルファさん! でも――っ」
 何か言い返そうとしたタツミの言葉を、アルファは遮る。
「そんな状態で虎と戦えるんですか? あの虎と戦うというのに冷静な判断が出来ないならば、無駄死にするだけです」
 冷静な声音で、アルファは彼女を諭す。諭すと同時に庭に降りた。
「虎とは私が戦います。大丈夫。ちゃんと策はありますから」
 その虎を前にして、アルファはタツミに向かって笑みを浮かべてみせた。
 タツミはそれでも迷っていたようだが、辛うじて理性が勝ったようだ。塀の向こう側へ降りて行く。そこにいるであろう仲間と合流し、館の真正面から中に乗り込むつもりなのだろう。
 その状態になって、驚いたのは虎だった。
『……二人掛かりでかかってくるつもりだと思っていたがな』
 虎は近づいてくる救世主に向かってそう声をかける。幼い容姿をしたアルファという救世主は、これから戦闘をしようという緊張をわずかに表情に滲ませつつ、余裕を見せようという目論見か、にこやかな笑みを顔に浮かべた。
「一対一で戦いを挑めば、あなたはそれに……一対一に応じてくださるでしょう? あなたの協力者はあなたの機嫌を損ねたくないはず……だからこそ、この形がもっとも理想的なんですよ。私が一番避けたいのは乱戦ですから」
 その予想を聞いて、虎は思わず笑ってしまった。
『違いない。もしも俺の戦いの邪魔をするようなら、あいつの方から殺してやる』
 愉悦を感じつつ、虎は警戒心を最大に強めていた。アルファと言う救世主を、見た目通りの子供とはもう欠片も思わない。
『一つ聴きたい――お前ら、どうやってこの町を探り当てた? この館を探るのには魔可を使ったようだが』
「お応えできません。ここで全員仕留められるという確証がないので」
 また潜伏された時に見つけられるように、彼らの居場所を探り出した方法は話せないということだろう。その意図を酌んだ虎は、不愉快そうに鼻を鳴らす。
『ふん、勝つ気はないのか?』
 虎から情報が伝わるということはそういうことだ。勝つ気のない相手と戦うのは面白くないと虎は考えたが――アルファの表情からは負けることを前提としている雰囲気は感じられなかった。
「いえ、何が聴いているかわかりませんから」
 誰が、ではなく、何が、とアルファは口にした。虎は目を細めてその意味を考える。
(まさかこいつ――あいつのもう一つの能力に気付いているのか? ……いや、そんな馬鹿な。こいつとあいつは会ったこともない。考え過ぎか? いや、待てよ。そういえばこいつ、さっき俺の『協力者』と言ってたか?)
 部下や配下ではなく、『協力者』と。それは対等な立場を意味する言葉だ。昨日連れて行った者達を対等の関係に見たとは考えにくい。会ったこともない相手の存在を察し、その上で虎との関係性までも的確に読んでいる。
(……こいつ)
 虎は元々容姿などで油断するような考え方をしていない。
 だが、様々な理由から微かに残っていた慢心の心をこの段階で消し去った。
(こいつは油断ならん。いまここでやっておかなければとんでもない者に成長しかねないな)
 そしてタイガが察するに。
 その成長は彼の望む方向ではない。
 虎はこの場でアルファと言う救世主を斃す決意を強く固める。
(一対一ならば俺に有利。それをこいつがわかっていないはずもないが……)
 策があるとアルファは言っていた。虎を倒す策、それはまだ記憶に新しいライルが仕掛けた策と同系統のものなのか、彼は考える。
(急所を狙うのはともかく、こいつにあの戦士のような正確な攻撃が出来るとは思えんな)
 このアルファという救世主は魔可を使うタイプであり、ライルとは戦術的に対極に位置する存在だ。
 そんなアルファがライルと同じ戦法を取ることは出来ない。そもそも虎とて同じ手に何度も乗るほどお人よしではない。
(わからん……何なんだこいつは?)
 虎は対峙するアルファに危機感を抱く。何か極めて危険な匂いを感じ取っていた。
『……もう一つ聴こう。お前、本気で俺を倒す気か?』
「ええ」
 即答するアルファ。
『倒せると思うのか』
「もちろんです」
 これもまた、即答。
 虎は目を細め、口角を下げる。
『……わからんな。お前が魔可の扱いに長けていることは言われずともわかるが――いくら救世主の力を使って魔可を使用したところで、化け物に致命傷を与えるレベルにはならんはずだ。それなのに、お前は俺に勝てるという。どういうつもりだ?』
 虎の心底不思議そうな質問に対し、アルファは苦笑いを浮かべる。
「いまそれを言っては、勝てるものも勝てなくなってしまいますよ」
『それはそうだな』
 純粋に疑問だったのだが、相手も馬鹿ではなく、教えてはくれなかった。
 虎は少しだけ、アルファの取るであろう策について思考を巡らせたが、すぐに諦める。情報が少なさ過ぎて考えるだけ無駄だからだ。
『まあ、いいさ。大事なのは、お前が俺を楽しませてくれるのかどうか……だからな。最初から全力で来い』
 考えても仕方のないことを考えることを止め、相手の行動に対する反応を一秒でも速くする構えを取る。アルファもその隙のない構えに対し、冷静に構えを取る。
「いいですよ。それでは最初から全力で参りましょう」
 そう呟きながらアルファは一歩下がって、その手の平を頭上に掲げる。
 彼女の掌で風が渦巻き、掌の上で風が竜巻へと化す。普通の魔物程度ならば巻き込んだだけで戦闘不能に持ち込むことも出来るだろう威力が秘められている。
 しかし、アルファが生み出した竜巻を見たタイガは、不愉快そうに眉を潜めた。
『おい、なんだそれは?』
 問われた救世主アルファは首を傾げる。
「何って……魔可ですけど」
『そんなことはわかってる。なんのつもりだ、と言っているんだ』
 虎は苛立ちも露に言い捨てる。
『本気でくるんじゃなかったのか?』
「……これが私の最も得意な魔可ですが」
 淡々と答えたアルファに対し、虎は牙を剥き出しにして唸る。
『嘗めるなよ小娘。俺をごまかせるとでも思うのか』
 はっきりとした言葉で虎は言う。
『お前の最も得意とするのは炎を生み出す魔可だ――違うか?』
 その時アルファは確かに動揺した。虎はそれを見逃さない。
 彼女自身、動揺を悟られてしまったのを自覚したのか、諦めたように嘆息する。彼女の掌から竜巻が消えた。
「……なぜそうだと思ったんです?」
 明言こそしなかったが、それは虎の指摘を肯定したようなものだ。
 虎は端的に彼女の疑問に応える。
『簡単なことだ。俺と初めて遭遇した際、お前は咄嗟に炎を生み出しただろ。ああいう時、咄嗟に出るのは一番得意なものだろう』
 アルファは参った、と言うように諸手を上げる。行動だけでなく、言葉でもその気持ちを示す。
「参りました。確かにあの時、思わず炎を出してしまったのは失策だったと考えていましたが……それを記憶されているとはね。正直あなたを侮っていましたよ。……いや、もっと適当な考え方をしている方かと思っていました」
『確かに俺は適当ではあるが』
 虎は堂々と。
『戦いに適当な気持ちで挑むほど、馬鹿じゃない』
 より戦いを楽しむために。その意味において、虎の意思は決してブレることはない。
 アルファは深く嘆息する。
「……わかりました。あなたを相手に、余力を残そうとした私が間違っていました。舐めてかかるつもりはありませんでしたが……今度こそ、最初から本気で行きます」
 アルファは改めて手を左右に広げる。その掌が高温の炎を宿し、陽炎が生じるほどの熱を周囲にまき散らす。明らかに風の時よりも力強い魔可の拍動が虎に伝わって来た。
『食えない奴だ』
 不敵に笑う虎に対し、
「その姿で言われると怖いですよ」
 アルファも笑う。
 彼女の両手から激しい炎が立ち上る。戦いの始まりを感じたタイガは笑みを消し、改めて跳躍の姿勢を取る。
『準備はいいのか? いいなら――』
 飛びかかろうとした虎に対し、アルファは首を横に振った。
「いいえ。これはまだ準備の段階です」
『なに?』
 虎が訝しむと同時に、アルファは両腕を真横に振るい、炎を左右に走らせる、その軌道は大きく円を描き、あっという間に激しく燃え盛った。
 虎とアルファ、二人を中心に据えた炎の竜巻が出来上がる。その大きさは天にも届くかと言わんばかりの規模で、視界が内と外で完全に遮られる。
『これは……』
 その竜巻の規模に目を見開きつつ、しかし虎はその竜巻からはそこまでの脅威は感じなかった。熱気もそこまで強く感じていない。アルファは炎を生み出すと同時に、風の魔可を使用して炎を大きく見せているようだ。仮に虎が突破しようと思えば大した火傷も負わずに抜けられるだろう。
 つまり、その竜巻は移動を妨げるものではなく、中で起きている状況を外に知られないようにするための遮蔽物のような役割を果たしていた。
「お察しの通り、この竜巻自体に大した威力はありません。もっとも、この世界の人間や動物には十分危険なレベルの脅威でしょうけど」
 言いながら、アルファは虎にとって理解不能な行動に出ていた。
 身に纏っていた服を脱ぎ、その幼い肢体を晒したのだ。上着だけでなく、下着や靴に至るまで全てを脱ぎ捨てていく。
 虎が唖然としている間にアルファは素裸になった。炎の照り返しのためか、それとも単に恥ずかしいのか、頬に朱が差している。
「あ。別にあなたを籠絡しよう、ってわけじゃないです。色仕掛けなんて利きそうにないですし」
 身に纏っていた服を少し離れた位置に放り、文字通りの身一つになってアルファは虎と向かい合った。
 その彼女の身体が、炎に包まれる。
(……!?)
 虎が驚いたほんのわずか一瞬の間に、アルファの身体の輪郭は炎に溶け、見えなくなった。
 燃え盛る業火の中から、不思議な声が響く。それは通常の人の声とは少し違う、明らかに異質な声。
『ただ――』
 アルファという救世主が発していた声よりも数段低く、そしてどこかくぐもったような声だった。
『服はこの変化の中に含まれていないもので』
 重々しい足音と共に、巨大な脚が炎の中より出でる。それは人間にしてみれば大きな虎から見ても、さらに一回り大きな脚だった。鳥のかぎ爪を思わせる太く婉曲した爪が生えている。
 立ち上る炎から、『それ』は姿を現した。
『……ッ! お前……っ!』
『改めまして――と言いましょうか』
 身体のところどころに火が灯った状態でそれはその場に君臨する。
『化け物同士、殺し合いましょう』
 救世主アルファ、否、龍の化け物は虎を見下ろしながら、そう言い放つ。
 二階建ての建物に届きそうなほど巨大な龍は、どちらかというとトカゲのような姿をしていた。細長い首に、樽のように太い胴体。四肢は前も後ろも太いが若干後ろの方が太い。長い尻尾には棘が生えていた。そして何より目を退くのが、その背に生えた一対の翼。蝙蝠のそれを思わせる翼は大きく、視界の半分を締めるほどだった。
 虎はその龍の威容から強い重圧感を覚えつつ、同時にその表情が笑みに歪むことを止められなかった。
『なるほど……あいつの予想はそこそこ的を得ていたというわけか。だが……お前の方がそうだったとはな』
『やはり少しは予想されていたようですね』
 ゆっくりと首を動かしながら、龍は虎の呟きに言葉を返す。
『どうやって人の姿になっていたんだ? 人化のネックレスはそう簡単に手に入るものじゃないそうだが』
 その質問に対しても答えは返されないかもしれないと虎は思ったが、その問いにアルファは応じた。
『変身能力ですよ。気付いたのは偶然みたいなもので、幼い姿になってしまったのは意図するところではありませんでしたが』
『龍の化け物が持つ固有スキル……というわけか』
 虎はアルファのことを益々厄介な相手であると認識した。仮に逃亡を図られた時、色々な姿を取られるととてもではないが追い切れない。それこそネズミのような姿になられて小さな場所に入りこまれれば虎にはどうすることも出来ない。
(やはりこいつはここで倒しておくべきだな。こんな奴が変身能力をフルに使って俺の命を狙ってきたら面倒すぎる)
 虎がそう考えていると、アルファは静かに笑った。
『さて――慣れ合いの時間はそろそろ終わりましょう。ここからは――』
 言わんとすることを察し、虎の目が光る。
『殺し合いの時間、か』
『その通りです――どちらが先に相手の喉笛を噛み切るか』
 不敵な言葉でアルファは宣戦布告を行う。
『単純な勝負でしょう?』
 虎はわかりやすい勝負の方法に気が猛るのを感じた。
『俺に勝つつもりか? その鈍重な体で』
『この身体はただ大きいだけではない、ということを教えて差し上げます』
 虎の挑発に対し、龍も不敵に返す。
 楽しげに笑う虎は、この瞬間アルファに全神経を注いだ。
『――行くぜ』
 虎の四肢に最大の力が込められる。虎が溜めのために消費した一瞬の間隙に、龍の方が行ったことはといえば、その長い首をわずかに後ろに下げたのみ。
(勢いを付けて首を前に突き出してくるつもりか? だが――遅すぎる!)
 四肢の力を解放し、虎はその体躯を奔らせる。弾丸の如く飛び出した虎が狙うのは、龍の細長い首だった。
(お望み通り、その喉笛を噛み千切る!)
 初めてアルファと遭遇した時に馬の首を飛ばしたように、通りすぎざまに切り裂くということも出来なくはなかったが、虎は噛みつく方を選択した。
 いかにも硬そうな龍の体表に食らいつき、鱗を砕き、その喉笛を食い千切るために。タイガにはそれが出来るという確信があった。変身能力が龍の固有スキルとするなら、虎が持つ他にない特徴はその強靭な体躯と牙だ。その威力は岩をも難なく砕き、あらゆるものを食い千切る。救世主との戦いでもその身体を噛み千切ることくらいはやってのけた。だから、例え同じ化け物が相手でも、歯が立たないということはまずない。
 虎の牙が龍の喉に突き刺さる。

 鋭い牙はその喉を食い破り、あっけなく勝負はついた。

 龍の喉を食い破ったはずの虎は、自分の喉に灼熱を感じた。
 大量の血が口から零れ、傷口から溢れた血が身体を濡らして行くのを自覚する。
(が、はっ――!?)
 何が起きたのか。
 混乱する虎は辛うじてその元凶、喉に食らいついている龍を見た。
(馬鹿な――ッ!? 俺は、確かにっ、龍の喉笛を……!)
 そこまで考えて虎は気付く。自分の喉笛に噛みついている龍の大きさが明らかに小さくなっている。その大きさは虎と同程度の大きさしかない。向かい合っていた瞬間、龍は見上げるほどに巨大だったはずだ。
(まさか、一瞬で小さく変化したのか!? いや――だが俺は確かに奴の喉を食い破った!)
 自分の喉から肉や血管の千切れる嫌な音が響く。完全に致命傷だった。それを与えたからか、龍の顎の力が緩み、虎は地面に落とされる。体勢を立て直す余裕もなく、全身を地面に打ちつけてしまい、身動きが取れない。
『騙し打ちみたいになってしまって申し訳ないとは思いますが……これくらいしか私があなたに勝つ方法がなかったもので』
 虎と対峙していた時より一回り小柄になった龍は、地面に這い蹲る虎をすぐ近くに立って見下ろしている。
『私の変身能力はね、ある程度、自分以外の物も形作ることが出来るんですよ。凄く疲れますが、ある程度独立したものとしても』
 龍が視線で示した方向では、中途半端に残った龍の抜け殻がまだ残っていた。虎が食い破った龍はその張りぼての龍だったのだ。
 巨大な龍の姿を形作った張りぼての中に、本来の龍が隠れており、虎が張りぼての龍の喉を食い破った直後の隙を突いて、本物の龍が虎の喉笛に噛みついたのだ。
『ある程度動かせるとは言え、所詮は表面だけを取り繕った張りぼて……正直、ばれやしないかと冷や冷やしていましたよ。周囲を炎で囲ったり、張りぼての各所で炎を灯した甲斐があったようですね』
 炎の竜巻には、ただ周囲の目を遮るだけでなく、張りぼてを見抜かれないようにする意味合いもあったことを知る。
(……くそっ。なんて、奴だ)
 アルファ自身は言わなかったが、『化け物同士殺し合おう』という言葉や『どちらが先に喉笛を噛み切るか』という言葉も誘導の一種であったということに虎は気付いていた。あの言葉があったから、虎は爪で切り裂くのではなく食いつくことを選んだ。自然と選ばされた。虎の性格まで読み切って、伏線を張っていたのだ。
『ぐ……っ!』
 大量の血が口から零れる。一気に血が失われたことで、虎の意識は途切れる寸前だった。
『私がこの力の使い方に気付いたのは、この世界にやってきた状況が異質だったからです。貴方達がどうだったのかは知りませんが、タツミさんに聴いたところ、身一つでこちらの世界に召喚されたとのこと……貴方達もそうだったのではありませんか? しかし、私の場合、自分の部屋が一緒に召喚されていました』
 アルファは続ける。
『あの街で色々と調べた際、ついでに調べたのですが、これまでにそういう向こうの世界の建物が召喚されたという記録はありませんでした。その事実から私はこう考えたんです。部屋自体が召喚されたのではなく、私個人の力によってあの部屋が具現化したのではないかと。それに気付いてしまえば、あとは簡単でした。変身能力やそれを応用した技術を練習したんです。自分から独立させた物を動かす訓練とかも――ね』
 虎は自分の身体から力が抜けて行くのを感じつつ、嘆息する。それに合わせてまた血が口から零れた。
(まいった……俺はこいつと戦うべきじゃなかったな……こいつはどちらかというとハジメの奴が相手をするべき部類の敵だ)
 状況の根回しや意識の誘導。あらゆる面で虎の性格と相性が悪過ぎる。
 死を目前に感じつつも、虎は取り乱すことはなかった。誰かを殺すなら、いつか誰かに殺される覚悟はあったからだ。それがいまになっただけのこと。
(もう少し……色々楽しんでみたかったが)
『さて……あまり長く苦しめるのも気の毒ですからそろそろトドメを刺そうと思うのですが』
 アルファはそう言って虎の反応を窺う。化け物の生命力は強すぎて、喉笛を噛み千切られても即死には至らず、苦しみが長く続く。この場を逃れられれば回復の余地がないわけでもなかったが、すぐ傍にアルファがいる以上、その芽はまずない。逃げようとしてもすぐに捕まる。
『最後に何か、言い残すことはありますか?』
 その申し出に、虎は空を見上げて考える。
『そう、だな……』
 血の泡が混じった言葉が紡がれる。苦しげに、しかし、淡々と虎は最期の言葉を探す。
 自ら戦いの中を歩んできた彼にとって、言い残すことなど何もないはずだった。アルファに向け、嫌味の一つでも紡いでやろうかと考える。
『…………館、には』
 だが、口を開いて出たのは彼自身考えてもないことだった。
『戦えない奴が……何人か、いる……』
 霞む虎の脳裏に浮かんだのは、兎の化け物であるカナミと、奴隷の女性。
『そいつらは――保護して……やって、くれ』
 彼に似つかわしくない言葉。
 虎自身、そんなことを言ったことが意外だったのだ。アルファにしてみれば余程意外だっただろう。アルファは目を見開いてその言葉を受け止めていた。
 タイガはいよいよ霞み始めた意識の中で、苦笑いを浮かべる。
(なんだ……戦えない奴らなんて、どうでもいいと思っていたが……)
 自分自身に呆れ返った。

(あいつらのこと、結構気に入ってたのか)

 それは死に直面して、初めて気付いた戦いに向かう以外の自らの想いだった。
 自覚した自分の想いに対して虎は苦笑を浮かべる。
 その笑みは彼が戦いに至る時に浮かべる獰猛な笑みとはまるで違っていた。
 
 虎の化け物タイガ。
 龍の化け物アルファとの戦闘の末――死亡。
 
 
 
 
『千編万花』第十二章に続く
 
 
 
 

Comment

No.688 / 名無しさん [#-] No Title

噛ませ虎と噛ませ犬・・・(酷)
ミツルが復讐と念願を果たすのかと思ったらそんなことは無かった

服を脱いだのも嘘だったと・・・汚いさすがドラゴン汚い
カナミの存在を把握していて・・・
と考えると大胆な方法をとったものですが、他の方法では感付かれる危険もありましたかね

2012-05/13 10:32 (Sun)

No.689 / ごんべー [#-] No Title

当然といえば当然だけど死亡キャラが加速度的に増えてますね。
前編で不自然なまでに饒舌だったのがまさか死亡フラグだったとは思わなんだ。
ついでにカナミ覚醒(?)フラグも兼ねてるとは。

2012-05/13 22:40 (Sun)

No.690 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

> 噛ませ虎と噛ませ犬・・・(酷)
> ミツルが復讐と念願を果たすのかと思ったらそんなことは無かった
ミツルも無念だとは思いますが、ライルと違い、どう戦っても彼女に勝ち目がないとみたアルファが、虎と彼女を会わせないように動いた結果です。暴走されるとただでさえ低い勝ち目が落ちるという考えでした。
虎は噛ませ犬になったというよりは、単純に相性が悪過ぎたというべきかと思われます。実際、単体の直接的な強さで言えば虎に匹敵する者は現段階ではいませんし。

> 服を脱いだのも~
実際は服も生み出すことが出来ますが、アルファの力で作った物は不安定であるため、虎を倒した後で服を回収したと思われます。

> カナミの存在を~
アルファの強みは一言でいえば先の展開の予想とそれに対する備えの的確さです。
アルファが何に気付いていて、何に気付いていないのか、その辺りはまた今後の展開で書いて行きたいです。

それでは、どうもコメントありがとうございました!

2012-05/14 00:03 (Mon)

No.691 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

ごんべーさん、いつもありがとうございます。
励みになります。

> 当然といえば~
死神輪舞などではほとんど死亡キャラは出てきませんでしたが、この話では結構出てしまいました。
これからも見守ってくだされば幸いです。

> 前編で不自然なまでに~
死亡フラグのつもりで書いてた訳ではなかったのですが、確かに言われてみれば死亡フラグ以外の何物でもないですね(笑)
狙ったわけではなく完全に天然でした。

> ついでにカナミ覚醒(?)フラグも兼ねてるとは。
これは一応意識してました。
味方によっては一番主人公らしい彼女ですからねえ。
覚醒した彼女の活躍に乞うご期待、といった感じでしょうか。

それでは、ありがとうございました!
またどうぞご覧ください!

2012-05/14 00:08 (Mon)

No.692 / 名無しさん [#-] No Title

>暴走されるとただでさえ低い勝ち目が落ちる
アルファの台詞ではないのですが、性格を示すのにこれ以上ない表現だと思います
ライルさん・・・本当は死ななくても良かったんじゃ・・・
※以前の「プロテクターの隙間」という表現は『寄生獣』の後藤になぞらえたものだったり

>死亡フラグ
読み返してみるよライルさんにも立ってた気がしますね
少なからず思い入れが出てしまうんでしょう

2012-05/14 14:32 (Mon)

No.693 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

返信が遅れて申し訳ありません。
コメントありがとうございます。

> >暴走されるとただでさえ低い勝ち目が落ちる
> アルファの台詞ではないのですが~
アルファには感情を脇に置いて現実的な手法を取る面がありますので、こういう言動をしかねない危うさがあります。
それが吉と出るか凶と出るか……そこが問題ですね。

> ライルさん・・・~
究極的にいえば、ライルが死ななくても済んだ道はありました。
しかし虎の急な襲撃と洗脳されたミツキの増援と言う計算外のことが多く、あの場ではアルファも今回のような作戦を取ることは出来ませんでした。
そういう意味では、あの瞬間に攻勢を仕掛けた虎の勘働き(単なる気まぐれともいう)がいい結果を出したということになるのでしょう。

> ※以前の「プロテクターの隙間」という表現は~
すいません、寄生獣は読んでいないためググってみました。
なるほど、そこから来ている表現だったのですか。

> >死亡フラグ
> 読み返して~
最後の見せ場の前にどうしてもそのキャラの描写が濃くなってしまうのはいけませんよね……。
本来ならもっと構成段階から練って、死亡フラグに見えないようにそれぞれの見せ場を作って行くべきだったのですが……。
今後の一つの課題にしておきたいと思います。

それでは、どうもありがとうございました!

2012-05/19 21:57 (Sat)

No.716 / nekome [#lWxbDKCI] No Title

ついにアルファがそのベールを脱ぐ!
この世界の住人一人の例外もなく自身の正確な情報を与えてこなかったアルファならではの戦いでしたね。
いやあ盛り上がってきました。

2012-06/05 23:36 (Tue) 編集

No.719 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

nekomeさん、コメントありがとうございます!

> ついにアルファが~
ようやく……本当にようやく、アルファが本領発揮でございます(笑)。

> この世界の住人一人の例外もなく~
いままで隠していた情報を一気に開示することによって相手の思考をその情報の解析に向けさせる→戦いの策戦の方から意識を逸らす……という思考誘導をアルファは仕掛けていました。
アルファはそういう思考の誘導が得意です。そういう意味ではハジメと近いと言えるかもしれません。

> いやあ盛り上がってきました。
ここから最後まで盛り上がりを維持していけるように頑張ります!

それでは、どうもありがとうございました!

2012-06/07 00:01 (Thu)

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 以下、連載中の作品概要


『私の名前はまだない』
(MC物、ペット化、女性視点)
(最終更新日:2013/12/07)

『思い通りになる世界 ~forガール~』
(カオスジャンル、世界改変系)
(最終更新日:2016/02/28)

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