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『千編万花』 第九章

『千編万花』の続きです。
それでは続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第九章
 


 剣士ライルは溜息を吐いた。
 初老の域に差し掛かっている彼は、歴戦の戦士らしい鎧姿をしていた。街に辿り着いたいまは兜のみ脱いで素顔を晒している。その相貌に若さこそなかったが、成熟した男の風格を滲ませていた。彼は険しい表情を浮かべれば般若を思わせるほどに恐ろしい顔付きになる。だが、いまの彼は呆れかえったような表情を浮かべているため、そういう意味での恐ろしさはあまり感じられない。
 彼の目の前の地面には一人の女性が座っていた。顔を俯け、ライルに対して反省の態度を示している。その女性は最初にライルが発見し、旅路に同行している救世主のタツミだった。
 正座している彼女に対し、ライルはもう一度溜息を吐きながら口を開く。
「タツミくん。君がいま、どうして怒られているかはわかるね?」
 こんこんと、彼はまるで生徒に対して先生がするように諭す。双方の容姿も相成って、それはまさに老師が弟子に向かってする説教のようだった。
 ちなみにライルはタツミと出会った当初は必要以上に礼儀正しい口調で接していたが、タツミに接している内にそれが必要ないことに気付き、いまでは自分の娘にでも話すような自然な口調になっている。
「こと戦いにおいては、冷静さを欠いた者から倒れていくということを常に念頭に置いておきたまえ」
「はーい……」
 タツミは少し不満げな様子だったが、ライルに対して素直に返事をする。
「化け物に対抗出来るのは救世主だけだし、あの時『虎』の化け物に対して突撃をかけたお前様の判断は正しかったとも思う――だが、だからこそ、慎重に行動して欲しい」
 ライルは救世主であるタツミと、彼女が助けた縁でタツミと行動を共にすることになった町娘リリスと共に、さらなる情報を得ることが出来るであろう大きな街へと向かっていたところだった。その道中、もう一人の救世主一行が『虎』の化け物と交戦しているところに遭遇したのだ。
 その瞬間、タツミはライルが制止する暇もなく、虎に向かって突撃をかけた。寸前で気付いた虎がかわしたために彼女の攻撃が当たることはなかったが、虎はタツミの力を把握したらしく、その攻撃の矛先は彼女に向いた。
 その時、初めて化け物と対峙したタツミは虎の速度を見誤っていた。間合いがそれなりに開いていたことで生まれた一瞬の隙を突かれ、彼女は片腕を噛み千切られそうになった。間一髪で追い付いたライルがタツミを引き寄せなければ、彼女の片腕は根元からなくなっていただろう。
 そこにさらなる追撃があれば危ういところだったが、虎はライルの邪魔が入ったことで戦意を失っており、いずれ一対一で戦うことを一方的に宣言してその場を去った。
 その時の虎の言葉はライルやタツミの耳にはっきりと残っている。
 
『また余計な邪魔が入ったか……俺は一対一での戦いがしたいんだ。おい、救世主。次に会うときは一対一で戦うぞ。この場はひとまず退いてやる。次に会う時を楽しみにしているぞ。…………はぁ、喉が渇いたな……さっさと戻って、果実酒でも呑むか』
 
 後半は完全に独り言だった。その後、虎のこの宣言に対してタツミが名乗りをあげるなど、かなり際どいやり取りが交わされた。
 結果として、誰一人として虎の犠牲にならずに済んだのだが、結果が良ければその過程を気にしなくていいというわけではない。そのため、ライルによるタツミに対する説教となっているわけだ。
 説教は数分間続き、一通り言いたいことを言い終えたライルはタツミを立たせ、話を変える。
「説教はこれくらいにして……お前様から見て、化け物はどうだった?」
 反省の時は終わり、これからのことを語りだす。タツミもまた切り替えが早かった。
「んー……そうね。やっぱり、文字通り力の桁が違う感じ。この一週間、魔物と戦ってきたから――と言っても数匹程度のことだけど――化け物やあたし達救世主の力がどれほど桁外れの物なのか実感出来たわ」
 確かにあれは反則的ね、とタツミは肩を竦める。
「一番まずいのは実戦経験の違いね。あの虎はあたしなんかよりずっと戦い慣れてる。この世界で鍛えられたのか、それとも天性の物なのかはわからないけど……咄嗟の判断力がずば抜けてる感じがした」
 タツミが虎に殴りかかった時、完全に不意打ちだったのにも関わらず虎はそれを避け、即座に反撃に移った。その切り替えの早さは尋常ではない。
「そして……驚愕すべきはあの速さね。あたしに対して反撃してきた時には、あいつにほとんどやる気はなかったように見えた。だから最高速度じゃなかったはずなのに、あたしはその動きを目で追うのがやっとだった。本気の時はどれほどの速度になるのか……あまり考えたくはないわね」
 ライルは彼が思っていたよりも、タツミが冷静に相手の力量を把握していることに少し驚く。
(確かに、タツミくんは思慮浅くはあっても決して馬鹿なわけではない。それはわかっていたが……)
 元々武道者であった経験が生きているようだ。
「……私も大体同じような意見だ。あれは相当に恐ろしい。化け物に会うのは私も初めてだったが正直あそこまでとは思っていなかった」
 だが――とライルは言葉を続ける。
 
「倒せない相手ではない、とも思ったよ」
 
 規格外の相手に対して『勝てる』というライル。その自信に溢れた声から、それがハッタリでも酔狂でもないことをタツミは知る。彼女は驚愕の表情でライルを見た。
「倒せない相手じゃない……? 救世主でもない、ライルさんが?」
 その問いかけに、ライルは自信を持って頷いた。
「ああ。その通りだ。……とはいえ、かなり限定的な条件が整えば、という前提付きになるがね」
 ライルがその言葉に続けて虎を倒す方法を話そうとした時、彼らに近づいてくる人影がいた。一端ライルは言葉を呑みこむ。
 その人影は二人に近づいてくると、二人に向けて声をあげる。
「タツミちゃん! ライルさん! アルファさんが目を覚ましたよ!」
 そんな吉報を二人の元に持ってきたのはリリスだった。リリスは一週間前、タツミが初めて依頼の形で戦った魔物に捕まっていた女性だ。彼女は半ば無理やりタツミの旅路に付いて来ていた。彼女は魔物に襲われた時のショックから回復してきており、時にはジョークも飛ばすほどになっている。タツミとは元々の性格が似通っていたこともあるのか、姉妹のように仲良く交流していた。
 ライルは少し安心したような表情を浮かべる。
「それは良かった。傷は大丈夫なのかね? 話は出来そうか?」
「やっぱり直接爆発を受け止めた両腕の火傷は酷かったですけど、さすがは救世主ですね……傷の再生速度が半端ないです。少し放心状態でしたけど仲間のこともわかってたみたいですし、話すのも問題ないかと思います」
「そうか……じゃあ、挨拶しに行くとしよう」
「そうね。あ、リリスちゃんはもう挨拶した?」
 タツミがリリスに尋ねる。問われた彼女は首を横に振った。
「ううん。とりあえず二人を呼ぼうと思って……向こうの仲間同士、何か話したいこともあったみたいだし」
 そのリリスの言葉を聞いて、向かいかけていたライルの脚が止まる。
「……ふむ。それだともう少し時間を開けてから言った方がいいか。もう少しタツミくんに言いたいこともあることだし――」
「あ、いやいや、ダメそうだったら出直すってことにしよう! 行こ行こ、リリスちゃん!」
 再び説教が始まる空気を感じ取ったのか、タツミは慌てた様子でリリスの手を引いて足早に向かう。
 ライルは少しだけ考え、やんちゃな孫娘に対する時のように表情を緩めた。
「まあ、いいか」
 昨日今日の間隔であの虎が再び襲ってくるとも思えず、とりあえず色々と話は後回しにすることにした。
 先を行く二人の後を追って、ライルはもう一人の救世主が休んでいる場所へと向かう。
 
 
 
 
 ライル達が救世主アルファが休んでいる家の前に来ると、その家の前にいた男がライルを見つけて駆け寄って来る。
「ライル先生! このたびはどうもありがとうございました」
 戦士の格好をしたその男は開口一番、そう言いながら頭を下げた。ライルは優しい笑顔を浮かべてその男に向かって言う。
「いや、私は何もしておらんよ。ロザイ」
 ライルはかつてロザイに指導していたことがある。いまでもたまに連絡を取り合う仲だ。
「そのお礼はタツミくんの方に言ってくれ」
 アルファ達に同行していた戦士ロザイはタツミに向かっても頭を下げる。
「本当にありがとうございます、タツミ様。おかげで誰も失わずに済みました」
「困った時はお互い様だって。そんなに畏まらなくていいわよ」
 あまり畏まった対応に慣れていないタツミは、気恥ずかしそうにしていた。
 ライルはロザイに向かって尋ねる。
「アルファ様の怪我の様子はどうかね?」
 その質問に対し、ロザイは困ったような表情を浮かべた。
「それなんですが……怪我自体は大したことありません。やはり救世主の治癒力はずば抜けています。喰らった直後はともかく、いまじゃほとんどかすり傷みたいなもんです」
 ただ、とロザイは続ける。
「やっぱり、精神的にきつかったみたいで……半ば放心状態なんです」
「それは……無理もないわよね……」
 タツミはそう呟いた。ライルも同意見だ。救世主アルファは年端も行かぬような子供であり、そんな彼女が生死をかけた戦いの場で死にかけた。その際にかかった精神的負担は想像を絶する。発狂したり錯乱したりしていないだけでもアルファは気丈であると言えた。
「ふむ……やはり、もう少し時間を置いた方がいいだろうか。挨拶をしに来たのだが……」
「……無理なら仕方ないけど……同じ救世主が傍にいるってことは伝えておきたいな。一応話は出来るのよね?」
 タツミがそう尋ねかけると、ロザイは軽く頷いた。
「はい。ちゃんと言葉は通じてます。……そうですね、確かに救世主仲間が傍にいるとなれば安心出来るかもしれませんし……」
 ちょっと聞いて来ます、そうロザイは言って家の中に入って行く。
 待つ間、手持無沙汰になったライルは少し辺りを見渡し――『彼女』を見つけた。ライルは少し目を細める。
「……タツミくん。リリスくん。少し待っててくれ」
 タツミ達から離れ、ライルは見つけた彼女に歩み寄る。その女性は座り込んだ状態で建物の壁に背を預けていた。顔を俯けているためにその表情は窺い知れない。
「ミツル」
 ライルがそう呼びかけると、ミツルは肩を震わせて顔を上げる。その顔は後悔と焦燥に彩られている。
「……師匠」
「ミツル。こんなところで何をしているのかね」
 戦士ロザイを鍛えていた頃、ライルは魔可戦士ミツルも同様に指導していた。もっとも、ライルは魔可は得意ではなかったので、主に教えたのは剣術の方だ。ミツルが愛用している剣は修行を完遂した時にライルが彼女に贈ったものである。
 ミツルは再び顔を俯け、ぽつりと呟く。
「師匠……私は……」
「ロザイから大体の話は聞いた」
 そのライルの言葉に、ミツルはさらに大きく体を震わせる。
 虎との交戦後、ミツルは攻撃の余波を受けて気絶していたため、ライルが聞いた詳しい話のほとんどはロザイから齎されたものだ。
 ライルは神妙に言葉を紡ぐ。
「まるで歯が立たなかったそうだな。虎を相手に」
「……はい」
 ミツルは自分の手を広げ、その掌をじっと見つめる。
「私の出せる最大の魔可を放ったつもりでした。けれど、あの虎は……あっさりと、それを打ち消したんです。それも、ただの声で……」
「桁外れの力は伊達ではないということだ」
「それは……そんなことは……」
 わかっていました、と消え入るような小声で呟くミツル。
 だがライルは首を横に振る。
「わかっていなかったのだろう? 自分の力を持ってすれば、化け物であろうと討伐し得ると考えていたわけだ」
「…………っ」
 息を呑むミツルに対し、ライルは冷たい目をして、厳しい声を紡ぐ。
「ミツル。お前様は自身の力を過信し、思いあがっていたわけだ。それをようやく自覚したのだな」
「――ッ! 私はッ!」
 ミツルが立ち上がり、真っ向からライルを睨む。
 だが、ライルがミツル以上に鋭く、激しい憤怒の感情を覗かせていることに気付くと、その威圧感に圧倒されて彼女の方から目を逸らしてしまう。
「私、は……っ」
 目を逸らしてしまった情けなさからか、ミツルは拳を握りしめる。
「なにかね? 言いたいことがあるならはっきりと言いたまえ」
 ライルの言葉がミツルに重く迫る。
「私の力など……っ、所詮、救世主と化け物の前には無力でしかなくて……っ」
 結果として、救世主アルファを――子供を――危険に晒しただけだった。
 しかもその子供に庇われ、命を救われるという体たらく。
「私は……っ。私の努力は……私の力は……っ。何の意味もなくて……」
 消え入りたいほどに情けない。
 その慟哭を聞いて、ライルは。
「下らんな。ミツル、お前様にはがっかりだ」
 心底見下した目と声で、そうミツルを突き離した。
 ミツルの目から光が消え、絶望が宿る。それは即座に憎悪に塗り替わった。
「師匠ぉ……ッ」
「どうした? 『そんなことはない、お前様は良くやっている』と、優しい言葉をかけてもらえると思ったのかね?」
 低い声で、ライルは続ける。

「甘えるな。未熟者めが」

 ミツルの目に宿った憎悪は、殺意にまで昇華する。
 真正面から、親ほどの年齢にあるライルに食ってかかる。
「貴方だって……っ! 貴方だって、化け物相手にはどうしようもないだろうがっ! 偉そうに言ったところで……ッ」
 ミツルは怒りに身を任せ、その手をライルの胸元へと伸ばす。服の襟首を掴んだ瞬間――ミツルの身体は宙を泳いでいた。
 彼女が何が起きたかを理解する前に、ミツルは背中から地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。
「ッ……か、はッ!!」
 衝撃によって絞り出された吐息が彼女の口から漏れる。
「やはり、弱い」
 ミツルを投げ飛ばしたライルはゆっくりと背筋を伸ばし、高い位置からミツルを見下ろす。
 ちなみに決してミツルは弱いわけではなく、ライルが彼女を遥かに上回って強いのだ。魔可での勝負ならミツルの方に軍配があがるだろうが、こと体術に関してはライルがミツルの遥か上位に存在していた。
「ミツル。言っておくが私には化け物を倒し得る策がある」
「……ッ! そんな、馬鹿な……ッ」
 信じられない、という想いでライルを見上げるミツル。彼女の目には殺意の代わりに希望の光が浮かんでいた。
 もしもそんな方策があるのならそれにすがりたいという目だ。ライルは厳しい声のまま、方策の前提を口にする。
「救世主達の手を借りなければならないがね」
 そのライルの言葉を聞いて、ミツルの目から希望の光が消える。
「それじゃあ……そんなのじゃ……意味が……っ」
「意味がないと? 我々の手に負えぬ化け物を倒したいという目的を達成出来るのにか?」
「……ッ」
「ミツル。お前様が自身の手で化け物を倒したいと考えていることは理解している。救世主に力を借りること自体を嫌悪する意味も。だが――私はそんな無駄な拘りは捨てろと言ったぞ」
 彼女の原動力そのものを否定するライル。ミツルは悔しげに歯噛みする。
「そんなの……っ、納得出来るわけが……化け物を倒すために……だから、私は……ッ」
「愚か者め」
 冷たく言い捨て、ライルは続ける。
「その拘りを持ち続けた結果、お前様は化け物との戦いで何を齎した?」
 世界を救う可能性が高い救世主に庇われ、救世主の命を危険に晒した。
「もしも虎がこの街の破壊を求めていたらどうなっていた?」
 救世主が破れた以上、どうしようもなく蹂躙されるがままになっていたことだろう。
「最悪に至れば『狂犬』の伝説がこの時代に再現されていたのかもしれんのだぞ」
 『狂犬』とは、何百年も昔にこの世界に現れた『犬』の化け物のことだ。当時、その『狂犬』は同時期に現れていた救世主達を食い殺し、さらに世界の人々を思うがままに蹂躙した。救世主がいない世界は『狂犬』に対処することが出来ず、その後現れた救世主によって『狂犬』が討伐されるまで、この世界は蹂躙されるがまま、何千何万もの命が『狂犬』によって奪われたと伝えられている。化け物の恐ろしさを現在に伝えるエピソードの内の一つであり、化け物の脅威を示すわかりやすい話だ。
「そうなった時、犠牲者の骸を前にして救世主が死んだのは自分のせいだ、と詫びるつもりだったのかね?」
 そこに何の意味があるのか。
 ライルの言葉は容赦なくミツルの心を抉る。
「ミツル。今後暫く戦いに出ることを禁じる。本当はお前様にも虎の討伐を手伝ってもらうつもりだったが……いまのお前様に戦う資格はない」
 地面に倒れているミツルから離れながら、ライルは言葉を続ける。
「暫くそこで反省していたまえ」
 ライルは入口のところで彼を待っていたタツミとリリスに近づく。
 戸惑いの表情を浮かべている二人に対し、ライルは好々爺のような温和な笑顔を浮かべ、気恥ずかしそうに頭を掻く。
「いや、すまない。驚かせてしまったかな」
 タツミとリリスは顔を見合わせる。
「驚いたっていうか……」
「ライルさん、あの人……放っておいていいんですか?」
 ミツルはまだ立ち上がっていない。ライルは肩越しに彼女を振り返ると、少し悲しそうな顔になる。
「ああ、放っておいて構わない」
 冷たく突き放す言葉とは裏腹に、その表情にはミツルを本気で心配している表情が浮かんでいた。
「……そんな顔をするくらいなら、あそこまで厳しく言う必要はなかったんじゃないの?」
「聞こえていたのかね?」
 ライルは言われた内容よりも、むしろそのことに驚いた。それほど大きな声で喋っていたつもりはなかった。それを示しているかのように、リリスの方は不思議そうな顔をしている。少なくとも彼女には聞こえていなかったようだ。
 タツミは耳に触れながら呟く。
「んー、まあ、ね。あたしは耳がいいから。こっちに来てからなんだかさらによく聞こえるようになった気もするけど」
 話は全部はっきり聞こえてたわ、とミツルはいう。ライルは納得した。
「そうか……まあ、そうだな。あの状態のミツルに言うには厳しすぎたかもしれないが……しかし、タツミくん。厳しく言わなければならないのだよ。これでも私は師匠だからね。弟子が間違っているなら正してやらねばなるまい」
「ふぅん……そんなものかしらね。まあ、あたしの師匠も似たようなものだったかな……」 
 元の世界を懐かしむようにタツミは目を細める。
 ライルは大きく溜息を吐いた。
「まあ、ミツルにとってあの信念は戦う理由でもあるから、そう簡単に変わりはしないとわかっているのだけどね」
 救世主を危険に晒してしまった以上、そうも言っていられない。
 ライルは鋭い眼光と共に言う。
「化け物は倒さなければならない。ミツルの信念はその前提を忘れている」
「……だから策を言う時にわざわざ『救世主に頼らなければならない』って言ったの?」
 そのタツミの指摘に、ライルの片眉が動く。
「気付いていたのかね」
「まあ、さっき聞いたばかりだったし」
 ライルとタツミは分かりあった会話を交わすが、横で聞いていたリリスは理解できずに戸惑う。
「な、何のこと?」
 その疑問にタツミが答える。
「ライルさんには化け物を倒し得る策があるらしいの。前提条件はつくけど、あたし達救世主の力を借りなくてもいい類のね」
「そんな方法が……?」
 驚きと共にリリスがライルを見る。ライルは宥めるように手を翳した。
「話は後にするとしよう」
 そのライルの台詞の直後に、三人に向けての声がかけられる。
「ライル先生! それにタツミ様とリリスさん。アルファ様が会いたいそうです。どうぞ入ってください」
「ああ、ロザイ。ありがとう」
 先導しようとしたロザイを呼びとめた。
「そうそう……ロザイ、すまないが一つ頼んでもいいかな?」
「どうしました?」
 首を傾げるロザイに対し、ライルは黙ったまま指先をある方向に向ける。ロザイはその指の先に目線を向け、すぐに理解した顔になった。
「わかりました。この廊下をずっと行けば部屋に辿り着きます。部屋にはサーシェフがいますから」
 虎に襲われてから街に変えるまでに、三人はサーシェフの紹介も受けていた。
 曰く『ただの農夫で最初にアルファ様が現れた村での知り合いというか、付添人みたいな奴』と。
「ああ、わかった。では、よろしく頼んだよ」
 ライルは言いながら家の中へと入って行く。それにタツミとリリスが続き、ロザイはその場で三人を見送った。
 廊下を歩いていく途中でタツミが口を開いた。
「あの人も教え子なんだっけ」
「そうだ。ミツルとも仲がいい」
「恋人だったり?」
「いや、そういうわけではないようだが」
 そんなことを話している間に、三人はある部屋の前まで辿り着く。その部屋からちょうど医者らしき人物が出てきた。互いに会釈をしてすれ違う。
 ライルは部屋の扉の前に立つと、静かにノックする。
「どうぞ?」
 中から帰って来たのは、男性の声だった。農夫サーシェフの声だ。
「私だ。失礼するよ」
 ライルがドアを開けて中に入ると、サーシェフが座っていた椅子から立ち上がって出迎える。
「ライルさんでしたか! それにタツミ様にリリスさんも!」
 ベッドの上で寝ていたアルファが身を起こす。
「皆さん……どうも。皆さんのことはライルさんから聴いています。こんな格好ですいません」
 アルファは楽に着脱できる衣服を身に纏っていた。いわゆる手術着に近い。ノースリーブのワンピースを一枚身に付けただけのような格好だ。もっとも肌の露出はかなり少なくなっている。それは彼女の身体には包帯が巻かれていたからだ。一番怪我の酷い両腕はもちろん、胴体や頭にも包帯が巻かれている。
 彼女の幼い容姿もあって相当に痛々しい姿だった。
「大丈夫かね? アルファ様」
「おかげさまで。だいぶ怪我も治って来てますし、見た目ほど重傷ってわけじゃないです」
 その気丈なアルファの台詞に、サーシェフが不満を露わにする。
「アルファ様はもっと弱音を吐いたっていいのに。そりゃ、確かにさっきの医者も怪我はほとんど治ってると言っていたけど……痛かった記憶がなくなるわけじゃないだろう?」
 そんな彼の指摘に、アルファは苦笑を返す。
「それは……そうなんですけど。正直、あんまり覚えてないんですよ。咄嗟のことで必死でしたし……なにより、一撃を受けて気絶してしまいましたからね」
 ある意味ラッキーでした、とアルファは笑う。
 そんな彼女の前に、ライルはゆっくりと進み出た。大柄なライルが近づいたことで一瞬驚いたようだが、すぐに笑顔を浮かべなおす。
 ライルはそんなアルファに向け、ゆっくりと頭を下げた。
「今回は私の弟子が先走った行動をした上、命をアルファ様に救っていただいたようで……なんとお礼をすればよいのかわからないほどだ。ありがとう」
 丁寧なライルの言葉に、アルファは慌てて手を横に振る。
「顔をあげてください、ライルさん。仲間なんですから、助けるのは当然です。それに……結果として、私の命も助かったんですからむしろ感謝するくらい、ですよ」
「……助かった?」
 ライルがそう訊き返すと、アルファは少し困った表情を浮かべる。どう説明するべきか悩んでいるようだ。
「そう、ですね……もしもあそこでミツルさんが攻撃していなかったら、恐らく虎は私に向かって襲いかかって来ていたでしょう。あの時私は十分に応戦出来ない状態でした。たぶん、殺されていたと思います。ミツルさんが攻撃してくださって、矛先がミツルさんの方へ向き、その攻撃を私が受けることで、虎から完全に戦意がなくなってくれました。それがなければ……結果として私は死んでいたと思うんです。だから、ミツルさんには感謝するべきだと思います」
「なるほど……」
 ライルはそう納得しつつ、ロザイから聴かされていたアルファの『異常なまでに大人な態度・思考』がこのことかと理解していた。
(確かに、見ようによっては不気味かもしれんな)
 ただでさえ救世主に対していい印象を持っていなかったミツルが、彼女に対して頑なになるのもわからない話ではなかった。
(まあ、理解出来るからといってそれでいいというわけではないが)
 ひとまずそのことは脇に置いておくことにして、ライルは一つ咳払いをして話を変える。
「さて……おっと。そういえば、まだきちんと面と向かって挨拶していなかったな。私の名はライル。剣士だ。ミツルとロザイの師匠でもある」
 そのライルの言葉に続けて付いて来ていた二人も名乗る。
「あたしはタツミ。救世主よ。救世主同士よろしくね」
「私はリリスです。称号は持ってないけど、魔可使い……かな」
 二人に対し、アルファは柔らかな笑みを浮かべる。
「よろしくお願いしますね」
「アルファ様。身体の具合は大丈夫か? 厳しければ明日にでも出なおすが……今後について話し合っておきたいのだよ」
 ライルの提案に、アルファは少し考えるそぶりを見せる。
「そう、ですね……いえ、大丈夫です。早めに話しておいた方がいいでしょうし、このままその話をしてしまいましょう」
 それでは遠慮なく、と部屋を訪れた三人はそれぞれ腰を落ち着ける。サーシェフは座っていた椅子をライルに譲り、自身は部屋の端に立って話し合いを邪魔しないところに立つ。
 口火を切ったのはライルだ。
「まず、状況を整理するとしよう。いまのところ最大の脅威はあの虎であることは間違いないね」
「再戦を宣言しているくらいでしたしね……いつやってくるつもりなのかはわかりませんけど」
「うむ。ゆえに、救世主の二人には極力行動を共にしてもらいたい。いかに虎が強かろうと、戦い慣れていようと。救世主を二人同時に相手に出来るほどの力はないはずだ」
 その提案を聞き、タツミは顔を顰める。
「……うーん。まあ、確かに常道かつ有効な手段だとは思うけど……二対一で戦うっていうのは正直あんまり気が進まないなぁ」
「私はその方がいいですね……安全に勝てるならその方が……でも……虎の怒りを買いそうでそれが怖いです」
 好戦的なタツミと比べると、ある意味消極的な意見を言うアルファ。
 しかし幼い外見から考えても、アルファがそういう気弱とも取れる意見を言うのはむしろ納得出来ることだったため、誰も責めはしなかった。タツミがアルファを気づかうように声をかける。
「ロザイさんに聞いたけど、アルファさんは遠距離攻撃……要は魔可の扱いに長けているのよね?」
「ええ、まあ……それが化け物に通じるかどうかは怪しいですけど」
「だったらさ、まずはあたしが虎と戦うから心配しないで。それで勝てないまでも弱らせることは出来るだろうし、あたしとしても傍でアルファさんが見守っていてくれたらやられそうになったときに助けてもらえて安心だし」
 タツミの自分自身を捨て駒にするかのようなその発言に、ライルは眉を潜める。
「タツミくん。あまりそういう手段は感心しないが」
「いいじゃない。ライルさん。付け焼刃の連携なんてむしろ危なくなるくらいだろうし、二人掛かりで戦いを挑んでいきなり虎の怒りを買うより、最初は向こうのやり方に従って弱らせてから二人掛かりになる方がまだしもいい結果になると思うけど?」
 それに、とタツミは続ける。
「あたしは一対一でも虎に負ける気はないわよ。確かに脅威だとは感じたし、実際容易い相手ではないと思うけど」
 右の拳を左の掌に打ち合わせる。
「だからこそ、戦いがいもあるってものよ」
「……タツミさんは強いですね」
 呆れたような、同時に感心しているような、アルファはそんな複雑な調子で呟く。
 タツミは照れくさそうにしながらも冷静なことを口にする。
「まあ、状況次第になるとは思うけど、基本的にはそういうつもりでいましょうってことで」
「ふむ……確かにタツミくんの言うことにも一理あるな。わかった、そこは任せよう」
 ただし、とライルは続ける。
「私には虎を個人で打破出来るかもしれない策がある。タツミくんの言ったように虎が現れた時の状況次第ではあるが、私が虎を相手にする場合もあるだろうことは覚えておいてくれ」
 そのライルの宣言にアルファは目を見開く。
「そんな方法が……?」
「あたし達もそのことは聞いてるけど……具体的にはどういう方法なの? 教えておいてくれない?」
 尋ねられたライルは頷き、声を潜めるようにしてその『策』を口にした。
 その策を聞いた四人は納得した表情を浮かべる。
「なるほど……確かにそれなら虎を倒せるかもしれませんね」
「あたし達には使えない……正確にはやっても効果が薄い方法ね」
「でも誰にでも出来る方法ってわけじゃないね」
「ライルさんの実力あってこその方法って感じだ」
 四人がそれぞれ納得したのを確認し、ライルは話を纏める。
「よし、それじゃあいざって時には私も虎と戦うとして……今後の具体的な行動を考えよう」
 四人は顔を突き合わせ、今後について話し合っていく。
「出来ればこちらから仕掛けたいところですね」
 アルファがそう言うと、タツミがそれに答えて呟く。
「虎は巣みたいなのを作ってるのかしら。この辺りに現れたということはこの近くに巣があるのかもしれないわね」
「『戻って果実酒を呑みたい』とか言ってたし、巣があってその中に果実酒を持ちこんでるのかも」
 リリスの指摘に、アルファが首を傾げる。
「果実酒というのは?」
「ああ、あたしと軽くやり合った後――といってもライルさんの助けがなかったら危なかったけど――去っていく時に虎がそういってたの。『早く戻って果実酒が呑みたい』だとかなんとか」
「……となれば……少なくともどこかで果実酒を強奪しているはずですよね」
 アルファの指摘に、サーシェフが指を鳴らす。
「それだ! 最近あったそういう事件を調べてみようよ。もしかしたら巣を割り出す手掛かりになるかも」
「となると情報収集が必要ね……明日になればアルファさんも動けるようになるでしょうし、そういう情報がありそうな場所に行きましょ。確かこの世界にも警察……みたいな組織はあるんだったわよね? そこになら最近起こった事件の記録が残ってるかも」
「私もその調べ物を手伝うわ」
 アルファ、タツミ、リリスがそう宣言すると、ライルは少し考えてから口を開く。
「では、私は知り合いのツテを利用して調べてみよう。サーシェフくんは……そうだな、すまないがミツルのことを見ていてくれないか。ロザイが一緒にいるとは思うんだが」
「わかりました。確かにちょっと心配でしたし、ロザイさんと一緒にミツルの奴の様子を見ておきます。あいつとは結構長い付き合いですし」
 各自の今後の行動が定まりつつあった中、アルファが思い出したように口を開く。
「そういえば……ライルさんは剣士とのことでしたが、魔可はほとんど使えないんですか?」
 その不躾と言えば不躾な質問に、ライルは特に気を悪くするでもなく普通に応える。
「そうだな。残念ながら魔可の適正がなくてね。私の戦闘はもっぱら剣を扱うのみだ。魔可が全く使えないというわけではないが、消耗も激しいし、ろくに使い物にならない」
「そうですか……得意なら教えていただこうと思ったのですが……」
 呟くアルファは目線をタツミの方に向ける。タツミは慌てて首を横に振った。
「あたしは無理よ。おおざっぱ過ぎて簡単な魔可ですら全然使えないし」
「残念です……でも、武道の心得はあるんですよね?」
 確認するように聞くアルファに対し、タツミは頷く。
「それが取り柄だからね……アルファさんはそう言う心得はないの?」
「お恥ずかしながら。武道の経験は全くないです。こちらに来てから魔可を学んでそれなりに使えるようにはなりましたが」
「アルファ様は凄いんだよ? なにせ勉強熱心だからさー。この前も、そうやって習得した探索魔可で人を救ったし……」
「あれは運が良かっただけですよ、サーシェフさん」
 謙遜するアルファだったが、ライルは感心する。
「ほう。探索魔可を使ってとは……それは十分自信を持っていいことだな。実に心強い」
「いいなー。あたしなんて、基礎の基礎である風起こしですら苦戦するわよ」
「でも、タツミちゃん。だいぶ安定はしてきたじゃない」
 魔可を扱えこなせずに落ち込むタツミを、リリスはそう言って慰めるが、タツミはあまり納得していない様子だった。
「安定してきたって言っても、そよ風を起こす程度よ? 風以外はほとんど扱えないし……アルファさんはどうなの? 属性の得手不得手ある?」
「ありますよ。私も一番得意なのは『風』なんです。一応、起こそうと思えば火種くらいの火を生み出すことも出来ますけど」
 やっぱり風が一番イメージしやすいんでしょうね、とアルファは笑みを浮かべる。それにつられてタツミも笑った。
「こっちでもあっちでも変わらないものだもんね」
「火や水もないわけじゃないですけど」
「イメージしやすいっていえば風よね」
 そういえば、とタツミが話を変える。
「アルファさんに聞きたいことがあったんだけど」
「なんでしょうか?」
 アルファは傾聴の姿勢でタツミの質問を受け入れる。
 タツミは「大したことじゃないんだけどね」と前置きし、何気ない調子でその質問を口にした。
 
「アルファさんの『本名』って――何?」
 
 その瞬間、アルファの動きが止まる。ライルやリリスなど、他の者達はそのタツミの質問の意味がわからず、こちらもまた硬直していた。タツミはアルファの答えを待っているために動かない。
 部屋にいる全員が硬直するという、奇妙な時間が暫し流れる。
 その硬直を初めに破ったのは問われたアルファだった。
「ええと……なんで、そんなことを聞くんですか?」
「え、だって明らかに『アルファ』って本名じゃないわよね? 日本人に付けられるような名前じゃないし」
 その素朴ながら確信に満ちた問いにアルファは何とも言えない微妙な表情になる。
「日本以外の国から召喚されただけかもしれないのに?」
「何となくだけどアルファさんは日本人だと思って」
 タツミは本能で行動するところがある。そしてそれが当たっている分――アルファは対処に困ってしまっているようだった。
 ただ、二人の会話は救世主同士でしか通じず、周りで聞いている三人は不思議そうな顔を浮かべるしかない。
 アルファは少し気恥ずかしそうに口を開いた。
「そうですね……確かにアルファという名前は本名ではありません。恥ずかしい話、私は最初この世界のことをゲームのようなものだと捉えていました」
 朗々と述べる。
「だから、ついゲームをプレイする感覚で違う名前を名乗ってしまったんです」
「ふうん? あたしはゲームってあんまりしないからよくわかんないけど……それで?」
「私の本名は『マナミ』と言います。でも、最初にアルファと名乗ってここまで来てしまいましたし、これからもアルファと呼んでください」
 笑顔と共にアルファが言うと、タツミは頷いた。
「うん、わかった。アルファさん」
 名前の話が出たためか、タツミは別のことも絡めて思い出したようだ。
「そういえばもう一つ気になっていたことがあるんだけど」
 そう言いながら他の三人を見る。
「ミツルさんっていたじゃない? さっきの人。あの人はなんでミツルって名前なのかな」
 そのタツミの疑問に、意外にもアルファが答えた。
「あれは過去この世界に現れた救世主の名前を付けたらしいですよ。私達の世界でも有名人の名前を自分の子につける親がいたりしたでしょう? それと同じ感覚です」
「アルファさんも気になってたんだ?」
 タツミの言葉にアルファは頷く。
「ええ。ミツルという名前はどう考えても私達の世界で付けられる名前でしたからね。本人に理由を聞いて納得したものです」
 なるほどねえ、とタツミは何度も頷く。
 そして立ち上がった。
「さて、と。それじゃあ話すべきことも話したし、聞きたかったことも聞いたし、今日はこの辺にしとこっか。アルファさんにはもう少し休息が必要だろうし」
 ライルはそのタツミの提案に賛成する。
「そうだな。明日からは忙しくなるし、アルファ様にはゆっくり休んでいてもらわなければなるまい」
「お気遣いありがとうございます、皆さん」
「私達はこれから町長さんのところに挨拶しに行ってくるけど、町長さんの家はすぐ近くだし、休むのはこの館にするから安心して。万が一の際にはすぐ駆け付けるから」
「ありがとうございます」
 その後、リリスはアルファの部屋に残り、サーシェフを含んだ三人は館を出ることになった。
 館を出たところでサーシェフは別れ、ミツルやロザイを探しに行く。
 タツミと二人になったライルは、暫く歩いたところで口を開いた。
「……気付いたかね、タツミくん」
 主語のないその問いに、タツミは頷く。
「ええ。アルファさん――何か隠してる。それが何かはわからないけど、あたし達に知られたくないことがあるらしいわね」
 同じようにタツミが考えていることをライルは知り、感心したように唸る。
「お前様は本当に勘がいいな。私も勘働きは鈍い方ではないとは自負しているが……私以上ではないかね?」
「まー、なんとなく、って感じで本当に根拠があるわけじゃないから自慢出来るもんじゃないけどね」
 タツミは苦笑いを浮かべていた。
「偽名を使うことで生まれるメリットというか、隠したいことが何なのかがよくわからないのよね。名前が変で改名したがってた……かとも思ったけど、本名は普通だったし」
「あれもまた嘘かもしれんぞ。いや、むしろ何らかの意図を持って本名を隠しているのだとすればその方が自然だろう」
「それもそっか」
 首を捻り、唸るタツミ。
「うーん、考えてもわからないなぁ。訊ければ手っ取り早いんだろうけど……」
「私が警戒すべきはそこではないように思うがね」
 固い声でライルが呟くと、タツミは意外そうな顔をする。
「どういうこと? 名前以外で、何か気付いたの?」
「うむ……アルファ様が語った『本名』もまた嘘であろうという前提から考えると――」
 ライルの眉が寄る。

「アルファ様の嘘は看破出来ない」

 というのも、とライルは続ける。
「『マナミ』という本名が嘘であろうと言うのは、先ほど言った通りの理由であり、いわば推測だ。アルファ様の挙動から嘘だと看破したわけではない」
 むしろ。
「所作だけを見れば、本当のことを言っているようにしか聞こえなかったし――思えなかった」
 それは転じて、アルファの言葉の全ては本当か嘘かわからないということだ。つまり彼女の言葉は信用できない。
 その事実は極めて深刻な意味を有していた。
「これから先、虎との戦いは確定だとして、他の化け物とも戦っていかなければならないだろう。どういう状況下に陥るかもわからないのに、アルファ様の言うことが信用できないというのは極めて深刻な事態だ」
 低い声で深刻さを醸し出すライルに対し、タツミの方はまだそこまで深刻な表情を浮かべていなかった。
「あー、まあ、確かにそういうことになるのね……あたしはそこまで考えてなかったなぁ。アルファさんは本当のこと言ってないな、くらいで」
 その能天気とも取れるタツミの言動に、思わずライルはずっこけそうになった。
 ライルのその反応で、自分の言った言葉の単純さに気付いたのか、慌ててタツミは補足する。
「いや、でもね。少なくとも救世主として行動してて、人を助けているっていうのは確かなわけだし、それでいいんじゃないかとも思うのよ。誰にだって隠しておきたい何かはあるし、大事なのは何を考えているかじゃなくて何を成したか、でしょう?」
「……まあ、それも一理ある意見ではあるが」
 その場ではタツミに対してそう言ったが、ライルはそう割り切ることが出来なかった。
(確かに、タツミくんの言うことも一理あるのだがな……)
 ふと――ライルは視線を感じて背後を振り向いた。
 誰もいなかったが、ライルの鋭い洞察力は視界の端に横切る影を捉えていた。それは人影ではなく、地面を走る小さな影だ。すぐ物陰に隠れてしまう。
(ネズミ……か? こんな野外に出るのは珍しいな)
 急に振り返ったライルを、タツミが不思議そうに見上げる。
「ライルさん? どーかしたの?」
 子供じみた疑問の表情を浮かべているタツミに対し、ライルは顔を前に向けながら応える。
「いや、なんでもない」
「そう? ならいいんだけど」
 あっさりと納得し、それ以上疑問を持たないタツミの様子を、ライルは少し深刻に思う。
(タツミくんは少々純粋すぎる気がするな……これでは直接戦闘はともかく、絡め手をかけてくる相手には弱い)
 ライルは先ほどの考えの続きを心中で思う。
(『悪意を持って人助けをする』、そんな人間はごまんといる――)
 そして。

(もしかすると、アルファ様は『そういう存在』かもしれない)

 ライルはそう考えていた。
 万が一のことを考え、自分がしっかりしなければ、とライルは決意を新たにする。
 
 
 
 
『千編万花』 第十章 に続く
 
 
 
 

Comment

No.562 / 名無しさん [#-] No Title

さあ、どう答えるか
誰も触れなかったのか隠してきたのか
一番気になってた部分にようやくたどり着きました

この世界を良く知っている人間と話せる機会ですが・・・

2012-03/18 00:39 (Sun)

No.563 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

> さあ、どう答えるか
名前に関してはあっさり流してしまいました。
ライルもタツミも嘘だと看破はしていたものの、それ以上突っ込んで聞いても意味がないと判断した形です。
名前は結構重要な伏線にするつもりです。

2012-03/18 23:48 (Sun)

No.564 / 名無しさん [#-] No Title

「100%信用できない」って状況ですね
盗み聞きされたし、非常に危うい立場になってきました

逆に考えると化け物サイドに情報がまとめられておいしいですけども

誤字
「守護のない(主語?)」「改名従がって」

2012-03/19 00:44 (Mon)

No.565 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

> 「100%信用できない」って~
化け物サイドより、救世主サイドの方が不協和音がしている、というなんとも間の抜けた状態です。
一方化け物サイドは付き合い方さえ間違えなければ大丈夫ですから……救世主サイドはかなり不利といえますね。
誰がどの程度の情報を得ているのかこんがらがって間違えないように注意したいと思います(笑)。情報が錯綜していて大変なことになってますから。作者としては間違えるわけにはいきません。

> 誤字
ありがとうございます! 気づきませんでした。
すぐに修正しておきました。

2012-03/19 01:57 (Mon)

No.566 / nekome [#lWxbDKCI] No Title

「全員、持っている情報になんらかの欠落がある」ゆえに、話がどう転ぶかわからなくてどきどきしますね。

アルファにとっては、「救世主も化け物も全員日本人という法則」を把握していなかったのが痛恨といったところでしょうか。もし事前に知っていたら、まったく悟らせることなく偽名を名乗れたのでしょうね。

2012-03/20 21:53 (Tue) 編集

No.567 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

nekomeさん、感想ありがとうございます!
返信が遅れてしまって申し訳ありません。

> 「全員、持っている情報になんらかの欠落がある」ゆえに~
本当にややこしくてすいません(笑)。作者も書きながら間違えないかどうかどきどきしてます。
各自がもちうる情報の差が後々ダイレクトに展開に響いてきます。どう響くかは響いてからのお楽しみですが……。

> アルファにとっては~
最初に偽名を使ったときは本当に何気ない行動だったので、そこまで頭を巡らせられなかったのです。もう少しこの世界のことを知ったあとなら、他の救世主の名前を知っていれば、それに合わせた偽名を名乗ったのでしょうけど。
確かにもしもあらかじめ知っていれば、欠片も疑念を抱かせない偽名を初めから名乗っていたと思います。

それでは、どうもありがとうございました!

2012-03/21 23:23 (Wed)

No.568 / [#] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2012-03/21 23:52 (Wed)

No.569 / 名無しさん [#-] No Title

こういう話であれこれ考えるのが好きですが、うっかり答えを聞き出しそうで怖くもありますw

アルファの名前、竜に関する物じゃなかったりして・・・
現在描かれているアルファ視点を見た限りだと隠す理由はアレしか無いのです

情報管理がかなりシビアになりそうですしwikiかなにかがあった方が良さそうですね・・・

2012-03/22 00:54 (Thu)

No.570 / 名無しさん [#-] No Title

追伸:
変身能力を検証する描写はなされてないですが結構重要だったりしますか?
初期能力の把握は基本だと考えているのでちょっとモヤモヤしてます
先の展開に関わる事でしたら「さあそれはどうかな(答えられない質問に対するGMの慣用句)」等とお茶を濁すのもありです

2012-03/22 01:01 (Thu)

No.571 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

ご指摘ありがとうございます!
遅くなりましたが修正しておきました。

2012-03/23 22:01 (Fri)

No.572 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

返信が遅れて申し訳ありません。

> こういう話で~
私も物語を読みながら色々予想するのは大好きです。
大抵外れちゃうんですけどね(笑)。
そんな意外性があって面白い話を書けるように精進の日々です。

> アルファの名前~
アルファの本名は最後の最後で明らかになる予定です。
あまり予想を外れない真実になるかもしれません。

> 情報管理が~
wikiも作ってみたいですが、どこまで書くかとか色々考えると二の足を踏んでしまいます。
ちゃんと作ろうと思うとかなり時間がかかると思いますし……出来れば、物語の中だけで理解できるようにするのが一番なのですが。書いてる人間がこんがらがるのは最悪のパターンですのでwikiがなくともちゃんと情報管理ができるように頑張ります。

> 追伸:
> 変身能力を検証する描写は~
アルファ視点の章が最初だけなので、中々それについては触れられませんでした。
……どうして私は自分の実力も顧みずわざわざ複雑な構成をしているのやら。
物語が進めばこれに関しても明らかになると思われますので、続きを楽しみにお待ちください。

続きを楽しみにしていただけるよう、全力を込めさせていただきます。
それでは、コメントありがとうございました!
またどうぞお越しくださいませ!

2012-03/23 22:23 (Fri)

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