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『千編万花』 第八章

『千編万花』の続きです。
今回の話には明確なエロ描写がありますが、あまり多くありません。

追記:一部名前が間違ってたので修正しました。

それでは続きからどうぞ。
 
『千編万花』 第八章
 


 虎の化け物はある町に戻ってきた。
 その町は辺鄙な場所に存在していたが、比較的大きな建物が建てられており、近くの活火山の影響で温泉が湧き出している関係もあって、中流貴族の別荘地として有名な町だった。
 時刻はすでに夜も更けており、町は静かな様子だった。
『ふん、いつ戻って来ても辛気臭い町だな』
 森の中から町の様子を眺めていた虎はそう呟いた後、木々が密集する視界の悪い森の中を風のように駆け抜けていく。その速度は本物の風と比べても遜色なく、巨体が一度も木々に擦れることはなかった。しかもその移動に音はなく、夜の静寂を一切破ることなく移動し続ける。
 虎は町の裏側、地形が険しすぎるため道がない場所から町の中へと侵入する。人目がないことを確認しつつ、小さな崖下に到達する。その崖下には巧妙に隠された洞窟があり、虎はその中に迷いなく踏み込んだ。暫く暗闇が続いていたが、道を何度か曲がると、壁に灯りが灯されている道に出る。そこは明らかに人の手が入っており、虎はそのままその道を進んでいく。その道中には、なぜか白骨化した死体が転がっていたが、虎はそんなものを特に気にすることなく、歩みを進める。
 虎はやがて大きな扉の前に辿り着いた。
 扉は特に鍵がかかっている様子はなく、実際に虎が前足で押すと抵抗なく開いていく。中はそれなりに広い空間だった。地下のため窓こそなかったが、それを差し引いても解放感のある広さだ。
 その円形の部屋は、虎が入ってきた扉の反対にもう一つ扉があり、中心には柔らかそうな寝床が用意されており、壁際には酒類など色々な嗜好品が置かれていた。
 虎のために用意された部屋なのだろう。そんな部屋の隅で、震えている人影がいた。
 それは人間の女性だった。二十歳前半と思われるその女性は、痩せた体に襤褸を身に纏っており、その足首には足枷が取り付けられている。足枷には鎖が繋がれており、それは逃亡を防止するためのものなのか、鎖は部屋の中を歩きまわるには不自由しない長さに調節されていた。
 奴隷らしき女性は、部屋に入ってきた虎に向かって平伏し、震えながら口を開く。
「お、おかえりなさいませ……」
 虎に対し、怯えていることがわかる震える声音。そんな彼女の様子を見た虎は、悠然とした足取りで彼女に近づいた。ますます彼女は体を小さく丸めてしまう。
『お前、いいかげんに慣れろよ』
「はひぃっ!」
 声をかけただけにも関わらず、女性は怯えてさらに体を大きく震わせる。虎はそんな彼女を見下ろし、溜息を吐く。
 それ以上は何も言わずに踵を返し、部屋の中心に位置する寝床へとその巨体を横たえた。
『体を拭け』
 威圧的な低い声が響くと同時に、奴隷の女性は慌てて動いていた。壁際に用意された物の中から、拭く布と水を入れる容器を手に取り、虎の傍に行く。
「し、失礼します……」
 女性は虎に恐る恐る触れ、丹念にその身体を拭いて行く。虎の黒い毛は丁寧に拭かれることで本来の柔らかさを取り戻す。ほとんど汚れていないように見えても、外を駆け回ってきた虎の身体はそれなりに汚れていたのだ。
 虎の体躯は大きいため、一通り拭き終わるのに奴隷は何度も水を新しい物に換え、布も換えなければならなかった。
 ようやく拭き終わった頃には、奴隷の女性は汗だくになっていた。拭き終わると同時に奴隷は虎から数歩離れ、平伏する。
「お、終わりました」
『ん。ありがとよ』
 軽く礼を言った虎は大きな欠伸を一つ落とす。前足をクロスさせた上に顎を置き、眠る直前のような姿勢を取る。
『喉が渇いた。果実酒持ってこい』
「は、はい」
 指示を受けた奴隷は慌てて果実酒を持ってくる。一升瓶に詰められた果実酒は相当上等なもののようだった。それこそ貴族くらいしか口に出来ないような価値のものだ。
 虎は大口を開け、奴隷はそれだけで意図を理解して蓋を開けて中身を虎の口の中に流し込む。喉の奥に直接流れることのないよう、舌の真ん中辺りに注ぐ。それを虎は舌で器用に喉の奥へと流していく。
 一升瓶を丸ごと、虎は呑んでしまった。もっとも、虎の体躯は大きいので、人間に例えればコップ一杯の酒を飲み干す程度のことだ。
『ふぅ。この世界の果実酒はやっぱ最高だな』
 お前もそう思うだろ、と虎は奴隷の女性に尋ねる。女性は平伏して首を横に振った。
「す、すいません……お酒は、飲んだことがなくて……わかりません」
『ああ? 呑んだことないのか?』
 奴隷の身分にいる者に対して、それは応えの分かり切った質問だった。それでも虎を恐れる彼女は素直に応える。
「はい……私などがお酒をいただくなど……畏れ多いことです」
 その女性の答えに対して、虎は首を傾げる。
『畏れ多い? ナニガだ?』
 単純に疑問に思って尋ねている虎だが、それでも恐ろしいのか、女性はさらに身体を震わせる。
「こ、こう言った飲み物は、偉い方が呑む物ですので……私、などは」
『偉い方?』
 奴隷の言葉を、虎は鼻で笑う。
『あっちの通路に転がってる白骨のことか?』
 虎が鼻先で示したのは、先ほど彼が入ってきた扉だった。通路に放置されていた白骨は、虎が噛み殺してそこに運んだいわゆる上層階級の人間達だった。彼らは公には行方不明ということで片付けられている。魔物に襲撃されることが一般的な危険として存在するこの世界では行方不明は死亡のことで、すでに彼らに変わる上層部の人間は派遣されて来ていた。
 暗にその『偉い方』を自らが始末したことを宣言されて、奴隷は恐怖に顔を引き攣らせる。虎は愉快そうに大笑いする。
『骨だけになっちゃ、呑めるもんも呑めねえよな。だから、お前はまだ呑む資格がある』
 骨になった偉い方と違い、奴隷はまだ生きている。
『呑んでみろよ。お前が言う『畏れ多い』もんがどの程度のもんか、お前自身の舌で確かめてみろ』
「し、しかし……」
 唐突な命令に戸惑う奴隷。虎は目を細めた。
『聞きわけのない奴はいらんのだが』
 それは実質死刑宣告に近かった。女性は慌てて立ち上がる。
「の、呑みます! いただきます!」
 女性は急いで酒の置いてある場所に行き、そこにあった酒瓶の一つを手に取った。
 蓋を開け、そして酒瓶に直接口を付けて傾けた。
 彼女の喉が酒を通して嚥下する。
 そして、すぐに咳き込んだ。
「げほ――っ、かはっ。けほっ、ごほっ――!」
 苦しそうに何度も咳き込む女性。その様子の一部始終を見ていた虎は愉快そうに笑う。
『初めてでそんなに勢いよく呑めば、そりゃあそうなる!』
 それでどうよ、と虎は奴隷に向けて尋ねた。
 女性は咳き込み、涙目になりながらもなんとか答えた。
「に、にがい、ですっ、けほっ」
『果実酒は酒の中じゃ結構甘い方なんだがな……まあ、初めてならそんなもんだろうさ』
 虎は身体を起こし、上半身をある程度立てた状態で奴隷の方を見る。
『で、どうよ?』
 その問いかけに、彼女は不思議そうな顔をする。
「え、っと……その……苦くて……」
『味の感想じゃねえよ』
 だからよ、と虎は繋げる。
『お前の言うところの『偉い方が呑む物』を呑んだ気分はどうだった聞いてるんだ』
 他の奴に対する優越感でも持てたか、と虎は言う。
 奴隷の女性はその虎の質問に戸惑い、最終的には素直に応えることにしたようだった。
「どう、と言われてましても……正直、なんでこんなものを好き好んで呑むのか、わけがわかりません……」
 そこまで言ってから、奴隷は青ざめて口を抑える。
 虎が好き好んで果実酒を呑んでいたことを思い出したのだろう。
 噛み殺されることを半ば覚悟した女性だったが、想像に反して虎は愉快そうに笑っていた。
『そうだな。俺もたまに思うぜ。なんだってこんな苦いもんを好き好んで呑まなきゃならねえのか――ってな』
 ひとしきり哄笑した虎は、笑みを収めて奴隷に向かって言う。
『そんなもんだ』
「そ、そんなもん……ですか?」
 意味がわからなかったらしく、彼女は同じ言葉を繰り返す。虎は頷いて見せてから続ける。
『そうだ。お前が勝手に『偉い方が呑むもの』って言ってたもんは、そんな、何で呑んでるかもわからない下らねえもんだ。俺にしてみりゃ、少なくとも畏れ多いだのなんだのいうような高尚なもんじゃねえ』
 それは人の価値も同じだ、と虎は続ける。
『俺にしてみりゃ、骨になって動かなくなったお偉いさんどもよりも、動けるお前の方が価値がある』
 だから自分で勝手に価値を決めるな、と虎は言う。
『下らねえ既成概念に囚われるな。気にするな。下らねえことに拘っても、何にもならねえどころか、害にしかならねえぞ』
 奴隷は虎の言葉を黙って聞いていた。
 虎は言いたいことを言い終わったのか、顎を再び前足の上に載せた。寝るつもりなのか、目を閉じる。
 暫く静かな時が流れた。
「……どうして」
 それを破ったのは、奴隷の呟きだった。虎は片目を開き、女性を見る。
『あ?』
「どうして……そんな風に言ってくださるんですか?」
 奴隷に対して言うとは思えない言葉。その意図はなんなのか。それが彼女は本気で気になっているようだった。
 その問いに虎が応えようと口を開く。
 その瞬間だった。
 部屋の扉、虎が先ほど入ってきた方とは反対側に扉がノックされた。虎は開いていた口を一度閉じ、そちらに顔を向ける。
『入って来ていいぞ』
 その虎の言葉に反応して、扉がゆっくりと押し開けられる。開いた扉から顔を覗かせたのは、給仕服を身に付けた女性だった。
 彼女は部屋の中に入って来ると、虎に向かって頭を下げる。
「タイガ様、おかえりなさいませ」
 彼女は奴隷と違い、虎に対して怯える様子はなかった。
 タイガと呼ばれた虎はそのメイドに向かって尋ねる。
『操り人形が何の用だ?』
 揶揄するような呼称にもメイドは反応しなかった。
「ハジメ様からの伝言です。『お話したいことがあるので、暫く外出はせずに部屋で待っていてください』とのことです」
 そのメイドの言葉を聞いたタイガは顔を顰める。
『何の話かは聞いていないんだな?』
「はい。私は聞かされておりません」
 タイガは億劫な所作で立ち上がる。
『面倒だ……さっさと済ませるか。ハジメのところに案内しろ』
「はい。承知しました」
 メイドは小さく一礼し、タイガが通りやすいように扉を全開にした。そしてタイガを先導するために歩き始める。
 タイガは彼にとっては少し狭い扉を潜りながら奴隷の女性に向かって言う。
『どうしてか、なんてことは自分で考えろ――考えられる頭があるならな』
 茫然とした彼女を残し、タイガは部屋から出て行った。
 
 
 鼠の化け物であるところの、ハジメが支配している『館』の地下には広大な地下室が広がっている。
 そこはハジメが捕まえた救世主を繋いで置くための牢獄であり、その調教部屋でもあり、また同時にハジメが男として『楽しめる』場所にもなっている。町の綺麗どころは極秘裏にこの地下へと集められており、ハジメの性的欲求を発散させるために『使用』されることもある。
 メイドはその一角へとタイガを案内した。いまのタイガは巨体だが、それでも問題がない程度には通路の道幅は広く確保されていた。もっとも、それはタイガのことを考慮したわけではなく、大きな道具などを運び入れるために広く取られた通路なのだが、都合がいいことに変わりはない。
「こちらです」
 通路を何度か曲がり、メイドは目的の部屋へと到達する。その部屋は他の部屋とは少し違い、明らかに重苦しい扉が備えられていた。
「ハジメ様はこの部屋にいらっしゃいます」
『ここは確か……』
 タイガは記憶を辿るように首を捻る。しかし思い出せなかったのか、すぐに考えるのを止め、メイドを押しのけて扉の前に移動する。
 そして前足を使って扉を苦もなく開いた。
 開いた扉の隙間から部屋の中の様子を見たタイガは、その表情を微かに歪める。
『相変わらず悪趣味だな、ハジメ』
 部屋の中にいたハジメは、やってきたタイガを振り返り、意外そうな顔をする。
「おや、タイガさん。あなたがここまで来るのは珍しいですね」
 普段は不遜な口調で話すハジメだったが、タイガに対しては礼儀正しく敬語で応じる。立場上、二人は対等であり、どちらが上位というわけではないが、そこは性格の差が出ていた。
『話したいことがあるから外に出るなと伝えてきたのはお前だろう。そういうことはさっさと済ませたい』
 タイガはあくまで威風堂々とした口調を貫く。そんなタイガに対してハジメは礼を言った。
「それはありがとうございます。……そうだ。タイガさんも一杯、いかがです?」
 そう言ってハジメは白い液体の入ったコップをタイガに見せる。それに対し、タイガは不機嫌そうに鼻を鳴らして答えた。
『いらん。この無駄に甘ったるい臭い、とても飲めたもんじゃない』
「この甘さがいいと思うんですけどねえ……無理には薦めませんが」
 コップを傾けて中身の液体を飲み干すハジメ。物足りなかったのか、もう一杯飲もうとコップを『それ』の前に持って行く。
 『それ』は嫌がるように身体を捩ったが、身体の自由を奪っている鎖が音を立て、逃げることを許さなかった。
 ハジメは容赦なくコップを持っている方の手とは逆の手を伸ばし、『それ』を掴む。くぐもった悲鳴が上がる。
 掴まれた手に押し出されて拭きだした白い液体がコップに溜まって行く。それはヨーグルトほどではないが若干粘性を持っており、どろりとした動きでコップに注がれていた。ある程度溜まったところで、ハジメは『それ』から手を離す。コップを軽く揺すって、中に溜まった液体の状態を確かめていた。
「……ふむ。まあいい感じだな」
 立ち上る甘い香りを鼻で味わい、優雅な所作で口を付ける。
 タイガはハジメに近づきながら口を開いた。
『それにしても……まさか『それ』がこんな状態になるとはな。何者かの悪意を感じるぞ』
 そのタイガの言葉に、ハジメは苦笑を浮かべた。
「それは主に私の悪意なんでしょうけどね」
 一人と一匹、否、化け物二匹は、『それ』を見る。
 『それ』は壁に繋がれていた。
 両手両足にそれぞれ枷が付けられ、その枷に繋がれた太い鎖は『それ』の四肢をそれぞれ別方向に引っ張り、その身体を×の字に広げさせていた。またその細い首には首輪が巻かれており、前にはベルが付けられ、うなじ辺りは壁に直接繋がれている。つまり『それ』は首を壁から離すことが出来ないということでかなり自由を制限されている。腰の部分には太いベルトが巻かれており、それもまた壁に直接繋がれていて腰を壁から離すことも出来なくなっていた。さらにそのベルトは『それ』の股間を通るようにして二本の細いベルトが取り付けられており、それによって秘部の左右にベルトが食い込み、無防備に秘部を割開いてその奥までを外気に晒させている。そこからは透明な液体が垂れ、足元の地面へと落ちている。
 そして何より目を引くのは、大きな乳房だった。さきほどハジメが掴んだところだ。その張りのあるふくらみの先端に位置する乳首からは白い液体――要は母乳だ――が滲み出ている。その乳房の上下にも革のベルトは通されており、ただでさえ大きな乳房をさらに強調するとともに、壁に『それ』の身体を完全に張り付ける役割も果たしていた。
 『それ』が奪われているのは身体の自由だけではなく、それ以外のところの自由も奪われていた。
 まず視覚。顔の上部を覆うアイマスクのような器具が視界を完全に塞いでいる。結果、『それ』はいつどのような行為をされてもわからないということであり、恐怖と視えないことによるさらなる快感を引き出している。さらに『それ』は声も奪われていた。馬や牛に噛ませるような轡がその小さくて綺麗な唇を割り開き、口を半開きの状態で固定していた。口が閉められないため涎は垂れ流しの状態で、大きな乳房の上にも零れ、その性的な魅力を引き上げている。
 『それ』は塞がれている口ではなく、鼻で荒い呼吸を繰り返し、その肌は快感のためか火照って若干赤くなっていた。
 全体としての見た目は人間の女性だったが、『それ』にはおかしな点がいくつかあった。まず、角が生えている。角と言っても鹿のような大きく枝分かれしたものではなく、二本の太くて短い角が、左右の側頭部から天を突く方向に生えている。さらに『それ』の臀部、尾骶骨のある付近から尻尾が生えていた。ふさふさとした飾りのようなものが先端についているその尻尾は、『それ』が身体を捩らせるたびに連動して動いている。いわゆる『牛娘』といえる姿だった。
 ハジメはそんな『それ』の様子を見て、満足そうに頷く。
 そして、彼女に向かって声をかけた。
「気分はどうだ? マサルさん」
 二カ月ほど前に姿を消したと言われている救世主の名前を、『それ』に向かって言う。
 牛娘は一瞬ぴくりと反応したが、すぐ顔を背ける。
『しかし……いまだに信じられんな。これがあの救世主とは』
 タイガの台詞にハジメも同意なのか、しみじみとした調子で頷く。
「ええ、全くですよ。こんなことが可能なんて思いませんでしたし……まあ、やらせたのが牛だったからこそ出来たことかもしれませんけどね」 
『牛はお前の命令には絶対服従だったからな』
「さすがに物理法則を超越するほど絶対服従するとは思いませんでしたよ?」
『魔可が存在する世界で物理法則も何もないような気はするがな』
 二匹の化け物は二か月前の決戦のことを思い返す。
 まだこの町を拠点としていなかった頃の話だ。森の中でマサルと遭遇した三匹はそのマサルの猛攻に最初押されていた。マサルは非常に戦闘に優れた男で、同じく戦闘に傾倒するタイプのタイガはともかく、策を巡らせるタイプの能力しかないハジメと、そのハジメに命令を出されて仕方なく戦っていた牛は、マサルに成す術もなかったのだ。
 その上二か月前はタイガが現れて間もない時期だったことがあり、三対一という優位だったにも関わらず、三匹は戦闘経験のアドバンテージがあるマサルに追い詰められた。
 そして激戦の末に牛が致命傷を受けた時、ハジメは使える手駒の損失を避けるため、またマサルという脅威を払うため、渾身の力を込めて牛に命じたのだ。
 曰く、『あの救世主を取り込め』と。そんなことが出来るかどうかもわからなかったが、ハジメは出来ることを確信していた。もしも出来なくても一瞬でも動きを鈍らせればその隙をついてタイガが噛み殺せる、と考えたのだ。
 その結果はいまここに存在する通り。マサルと牛の化け物は混ざり合い、人とも化け物とも付かない『牛娘』となった。幸運なことに、牛の時と同じくハジメの命令には服従するようになっていた。もっとも、意思自体はマサルの方が残っており、反抗的な態度を取る。
 この部屋に繋いでいるのは、急にマサルの意思で動けるようになった場合の備えであり、彼の精神を追い詰めて服従させるためでもあった。
「しかし……救世主と化け物、両方の力が備わっているせいか、全く弱る様子も、堕ちてくれる様子もないんですよねぇ。もっと激しく責めた方がいいんでしょうか?」
 マサルを眺めていたハジメは、意見を求めてタイガの方を見る。
『知らん。俺に聞くな』
 タイガは興味がない、というように唸るだけだった。
 元からあまり期待はしていなかったらしく、ハジメは手にしていたコップをメイドに渡し、手ぶらになるとマサルの口枷を外す。
「げほっ、ごほっ」
 マサルは自由になった口で空気を貪る。ハジメはそんなマサルに笑顔で声をかける。
「そろそろ、自発的に俺達に協力してくれる気にはならないか? 命令出来るとはいえ、相手の意思が伴っているのと伴っていないのとでは結果に大きな差が出ることは牛の時に散々わかってるからな。出来れば、自分から協力してくれるとありがたい」
「……だれがっ。お断りだ」
 高い声で、マサルは吐き捨てる。その声にはまだ力があり、反抗的な意思は全く消えていない。ハジメは首を捻って悩んでいた。
「うーん……正確な日数は忘れたが、一か月くらいは飲まず食わずで繋ぎっぱなしなんだけどな……なんでこんなに元気なんだ……やはり、救世主と化け物二つ分の力は相当強いということなのか……」
『単にそいつの意思が強いんじゃないのか? 二カ月前の戦いの時、明らかに武道を嗜んでいる奴の動きだったし』
「……それはあるかもしれませんねえ」
 だとすると屈服させるのは骨が折れそうだ、とハジメは溜息を吐く。
「そうですね……これまでは飲まず食わずで衰弱させれば、時間はかかっても確実に落とせるかと思っていましたが……これからは合わせて性的な責めも行ってみましょう。新たな救世主が二人も現れた今――ゆっくりしている余裕もないですし」
 そこでハジメはタイガに話したいことがあることを思い出したのか、タイガの方を見る。
「タイガさん、部屋を変えて話をしましょうか」
『そうしてくれ。この部屋は色んな臭いが籠っていて、正直長居したくない』
 タイガは踵を返し、部屋の入口に向かう。
「一応、身体を拭かせたり床を洗ったり、定期的に清掃はさせているんですけどね……」
 部屋から出る直前、ハジメはマサルの方を振り向く。
「それじゃあ、次に俺が来る時を楽しみにしてるんだな――覚悟しておけ」
 それに対し、マサルが何か言おうとしたが、閉まる扉に遮られてタイガ達には届かなかった。
 
 
 牛娘と成り果てたマサルを繋いである部屋からタイガとハジメは移動し、別の部屋にやって来ていた。
 その部屋は地上に存在する部屋で、来客用とも言える部屋だった。
「いまは夜ですし、人目を気にする必要がありませんしね」
『そうだな』
 あまり興味のなさそうな声でタイガは答え、部屋に敷かれている上質な絨毯の上に寝転がる。ハジメはタイガの正面辺りに位置する豪奢なソファに腰掛けた。
 寝転がったタイガは自分の身体を舐め、毛繕いをし始める。猫がリラックスした時によく見られる行動ではあるが、タイガは巨大な虎の姿であるため、和やかとは言い難かった。それを見ていたハジメが、何気なく尋ねる。
「その毛繕いは無意識ですか?」
 ハジメの問いに対し、タイガは否定を返す。
『いや。最初は猫の行動を真似て、なんとなくやってみただけだったんだがな。余計汚くなるんじゃないかと思ったが、案外綺麗に整えられる。外から戻ってきた時には奴隷に拭かせているが、気が向いたらこうして毛繕いをすることにしている。これがどうかしたのか?』
「いや、少し気になっただけです」
 軽く流し、ハジメは別のことを口にする。
「ところで、貴方はずっと獣の姿で不便していませんか? 貴方の分の人化のネックレスは用意させていますが」
 ハジメの申し出に、タイガは鼻を鳴らす。
『俺には必要ないものだ。この姿で出来ないことは奴隷にやらせればいいだけだしな』
「……その奴隷ですが」
 少し声のトーンを変えて、ハジメは言う。
「本当に、大丈夫なんですか? 私の力で完全に洗脳状態においておいた方が良いのでは?」
『いらん心配だ。鎖を千切るほどの力も、その意思もない。それにお前の能力で操りに人形になった者はどうも好かん』
「……そう言われてしまうと、返す言葉がありませんね」
 ハジメは苦笑し、諦めたように頷く。
「わかりました。逃さないようにだけ注意してください」
『わかっている。俺の勘の良さはお前も良く知るところだろう?』
 その自信満々のタイガの台詞に、ハジメは苦笑を浮かべた。
「確かに……あなたの勘働きの良さは異常なほどですからねえ」
『俺は獣だからな』
 自分のことを獣と呼ぶタイガ。そこには謙遜も自嘲はなく、逆に誇りもなかった。
 彼は、ただ事実を口にしている。
『俺が虎になったのは、必然だったかもしれん』
「……確かに、あなたに似合う十二支の動物は虎以外にいないように思います」
 しみじみとハジメはそう口にする。タイガは鼻を鳴らした。
『人もまた獣だ。その本性を隠そうとする小賢しい人間の方が、俺にしてみればよほど気に食わん』
「虎の姿になったからそう言える……のではなく、そういう貴方だから虎になったんでしょうね」
 仮に鼠や兎になったとしても、彼は人化のネックレスを使おうとは考えなかっただろう。
 タイガは自身の本性が獣であると理解しており、そしてそれを否定したり隠そうとしたりするつもりはない。
 ただ受け入れる。それがタイガが『虎』たる所以だった。
『で? まさかこんな雑談が目的の話ではないだろう。さっさと本題に入ったらどうだ?』
 タイガの促しに、ハジメは居住まいを正す。
「そうですね……それでは、簡潔にお話しましょう」
 咳払いをして仕切り直すハジメ。
「新たに現れた救世主に関してなのですが――」
『ああ、それならその新しい二人とやりあってきたぞ』
 こともなげにタイガがそう言うと、ハジメは目を見開いて驚く。
「……それは……初耳ですね」
『いま言ったんだから当然だろう』
 悪びれることもなくそう言うタイガに対して、ハジメは半眼になる。
「それはそうでしょうけど……出来れば、のんびりする前に報告していただきたかったですね」
『別に急ぐまい。そいつらとやりあったのはここから相当距離のある森の中だ。俺と同じように山間部を疾走するならともかく、人の移動手段を……いや、人の作った道を使うならここに来るにも数日を有する。そもそもここへピンポイントで来れるような奴ならそれは千里眼か何かの能力持ちだろう』
 だから心配するな、とタイガは言う。ハジメは納得していない表情を浮かべていた。
「確かにそれは一理あるかもしれませんが……情報の遅れが、致命的な事態を引き起こさないとは――」
『鼠』
 タイガの声が、ハジメを黙らせる。
『俺とお前の間で交わした取り決めは、俺は戦力をお前に渡し、お前は俺に巣を提供する――それだけのはずだ。お偉いさん方の始末を俺にさせ、いざとなれば俺に全ての責任を押し付け、逃走しようとしているお前が、俺にそれ以上を望むのか?』
 その指摘に、ハジメは言葉に詰まる。
「……気付いて、たんですか」
『当たり前だろう。お前は確かに戦闘力という点で他の化け物や救世主に大きく劣るが、その手の奴ら相手ならともかく、この世界の人物を殺すのに苦労するわけもない。そもそもお前の力なら自殺や他殺見せかけて殺すことは容易なはずだ。それをわざわざ俺にやらせている不自然さに気付かんとでも思ったか』
 あまりに舐めた口を聞くなよ鼠、とタイガは唸る。
『取り決め以上のことであれこれ指図されるつもりはない。たかだか巣を用意した程度のことで、俺を飼い慣らしたつもりでいるのなら、まずお前の頭から喰い千切るぞ』
 牙を剥き出しにして唸るタイガに、ハジメはたじろぐ。
「い、いえっ、決して、飼い慣らしたとか、そういうつもりだったわけでは……た、確かに少し求め過ぎたかもしれませんね」
 ならば、とハジメは続ける。
「どうでしょう、滅多に手に入らない最高級品のワインが手に入りそうなのですが、それを代価に――」
 
 その時、『館』が震えた。
 
 ハジメは言葉を呑みこんでいた。いや、呑み込まされていた。タイガの足元がひしゃげて歪んでおり、前足をそこに凄まじい力で叩き付けたことがわかる。それが『館』を震えさせた元凶だった。タイガは仁王立ちになっており、ハジメはそのタイガの全身から滲み出る憤怒の気配に呼吸すら忘れていた。
『鼠、言葉を間違えるなよ。交渉するつもりでいるなら、まず先に言うべきことがあるだろう』
 それがないようならお前とはここで決別することになるぞ、と。
 タイガの威圧に対して、ハジメはひとしきり冷や汗を掻いたあと――口を開く。
「……すいませんでした。タイガさん」
 言葉と共に、頭を下げるハジメ。タイガはそれを暫く見つめた後、怒りを収めて再び絨毯に寝転がる。
『それでいい。……まあ、俺にしてみれば二人の救世主は大した脅威ではなかったから優先順位を下げてしまったが、お前にしてみれば自分を容易に倒し得る存在だからな。俺としてもその分の配慮は足らなかったな。悪かった』
 自らの配慮不足を認め、タイガもまた謝罪する。
「……タイガさんは、潔いですね」
『潔い? 俺は俺の思った通りに行動しているだけだ。それが潔いなどと……お前が勝手に思っているだけだ』
 俺は自分勝手な獣だよ、とタイガは言う。
 ハジメは首を傾げた。
「ですが、タイガさんは私を許してくださるほど優しいですし……単に自分勝手な獣とは思えませんが」
『阿呆。誰が優しいんだ? 本当に優しい奴なら、もっとお前に配慮しているだろうさ』
 少なくとも、優先的に救世主の情報を報告しにいく程度には。
 タイガはそれをせず、酒を呑んで寝ることを優先していた。
 いずれ報告はするつもりだったが、ハジメが話を望まなければ少なくとも今日中に救世主の情報がハジメに知らされることはなかっただろう。
 
 
『まあ、今後もし救世主と偶然にでも接触する機会があれば、なるべく早くお前に報告することにしよう』
「わかりました。ではその代価として最高級品のワインを――」
 その提案を遮り、タイガは笑う。
『ハジメ。なんにでも交渉ありきだと考えるのは小物の思考だぞ。今回はその代価は不要だ。本来、そこまで面倒がることでもないからな』
「しかし……」
『単に、頼めばいいだろう』
「……は?」
 ハジメが気の抜けた声を漏らす。それが面白かったのかタイガはさらに笑みを浮かべる。
『だから、単純な話だ。今後救世主の情報を得たらすぐに自分に教えるように頼めばいいだろう。それを俺が断る理由もない』
「い、いや、しかしそれは……気分次第で結果が変わってしまうのでは?」
 恐る恐るとハジメが問うと、タイガは「戯け」と一喝した。
『お前には目がないのか? そういうことは相手を見ていえ。俺が交わした約束を気分で破ると? だとしたら心外だな』
 確かに俺は獣だが、とタイガは言う。
 
『だからこそ――約束を違える人間とは違う』
 
 はっきりと。
 タイガは言い切った。
「……いまからでも聞いてくれますか?」
『お前がお前の意思で、お前の言葉でちゃんと言えばな』
 その上で交わした約束ならば――俺は裏切らない。
 タイガはそう言って締め括る。
「では――タイガさん。今後救世主の情報を手に入れたら、すぐに自分に教えてください」
 お願いします、とハジメは頭を下げる。タイガは頷く。
『ああ、そうしよう』
 それもまたあっさりと、しかし、絶対に過たないのがわかる力強い声でタイガは言う。
 ハジメが顔を上げると――タイガは苦笑を浮かべていた。
『やれやれ。随分遠回りをしてしまったが……救世主の話だったな』
「ええ、そうですね。タイガさんは二人の救世主に会った、と?」
『ああ。中々戦い応えのありそうな奴らだったぞ』
 まず最初にあったのはガキの救世主だ、とタイガは話し始める。
『十歳かそこらの女の子の姿をしていたな。この世界の人間だと思われる仲間を連れていた。どうやら魔法を学んでいるらしく、俺に出くわした時魔法を使おうとしていた。どれくらいの威力の魔法を使えるのかはわからん。放つ前に吹き飛ばしてしまったからな。その後、そいつの仲間の奴がちょっかいを出して来てな。面倒だからそいつらから消し飛ばしてやろうとしたら、そのガキの救世主が盾になって仲間を守りやがった。一発でダウンしちまったから、実際どれくらい出来るかどうかはわからないが……仲間が弱点になるならお前としても恐れることはないだろう』
「……ふむ、なるほど。子供ですか……」
 苦い顔をするハジメに対し、タイガは眉を顰める。
『子供とはいえ救世主だ。余計な情をかけると足元をすくわれるぞ?』
「それは、わかっているつもりなのですが」
 腑に落ちない顔をしているハジメを見ていたタイガは、ふと呟く。
『ああ、そういえばお前、例の……なんだったか、『ウサミ』に対しても甘かったな。戦いに参加させたくないだとかなんとか』
 今後はハジメが眉を顰める番だった。
「子供を保護するのは大人の責務でしょう。子供を戦場に駆り立てるような行為だけは間違っていると私は思っています」
『平和ボケした、甘えた考えだな』
「なんとでも」
 これに関しては絶対に譲らないという目でハジメはタイガを睨み返す。タイガはそのハジメに頭を下げる。
『悪かった。『ウサミ』のことに関してはもう言わんよ』
「わかっていただけたならいいんですけど。……それと、タイガさん。あの子のことは本来の名前である『ウサミ』ではなく、『カナミ』と呼んでください。あの子に関しては、万が一私達がやられても化け物とは無関係として保護されるように手は打ってありますので、救世主達に名前から化け物であることを悟られたくはありません」
 だからこそ、とハジメは続ける。
「私達も十二支の獣を連想させる本名ではなく、偽名を名乗っているわけですから」
『む、そうだな。わかった』
「そういう意味では、あなたのタイガという偽名はもう少し別のものでも良かった気もしますけどね……」
『タイガーのタイガじゃないぞ。大きな牙と書いて『タイガ』だ。……ぱっと思いついて一番しっくりきてしまったのだから仕方ないだろ』
 そういうところも、完全に気分屋なタイガだった。
 あまりに気分屋な言動をする彼に、ハジメはかつてどうしてそうなのか聞いたことがあった。
 
 
 まだ町を拠点としておらず、牛も含めた三匹で各地を放浪していた時の話だ。
 タイガは当時この世界に来たばかりだったのだが、それを差し引いても明らかに自由本某な言動をしていた。
 ある夜、ハジメとタイガは二匹で野営の見張りをすることになり、暇を持て余したハジメがタイガに気になっていたことを尋ねた。
「タイガさんは、元の世界でもその調子だったんですか?」
『当たり前だろう』
「……社会人としてやっていけたんですか?」
『働いたことはない。働くつもりもなかった』
「……」
『ニートだったのかと思っているな?』
 実はそう思っていたハジメは言い当てられて大いに慌てた。
「い、いえ、そんなことは」
『その表現は正しくはあるが少し違うな。俺はやりたいことがあった』
「……なんですか? 小説家とか、漫画家とか、ミュージシャンですか?」
『人殺しだ』
 あっさりと。
『それもなるべく多く、鈍器や刃物以外の道具を使わずに』
 ただ大量に殺すなら爆弾を作ればいいのだから、とタイガは口にする。
『俺は獣だといっただろう? 格闘技にも手を出したことはあったが、しっくりこなかった。相手を殺さずに、何が格闘なのかと思ったものだ。まあ体を鍛えること自体はいつか必要になると思ったから続けたがな』
 異常。
『二十歳になったその年の暮れ、年が始まると同時に始めようとしたら――こちらの世界に召喚されたというわけだ』
 何年もかけて練った殺人計画が台無しだ、とタイガは呟く。
 ハジメはそんな彼に何も言えなかった。真の殺人鬼に何を言えば良いのかわからなかったのだ。
 迷った末に絞り出した言葉が、
「……なんで、二十歳になってから始めようと?」
 だった。タイガは何を当たり前のことを聞くんだ、とでも言いたげに応える。
『法律上は、二十歳までは親の保護下にあるだろう? 自らが育った巣を破壊する獣はいない。つまり俺も巣に迷惑をかけるようなことはしないというわけだ』
「いや……でも、世間はそう見てはくれないのでは? 人殺しの子を持つ親に対する風当たりは強いですよ」
『それは世間とやらが勝手に結びつけているだけだ。俺は親とは別個の存在で、親もまた俺とは別個の存在だ。二十歳までは法律上関連付けられてしまうため仕方ないが、それ以後の行動は俺が個人として動けるからな』
 まあもっとも、と虎は言う。
『そんなのはただの建前だ。実際は体が出来上がるまで、計画が煮詰まるまで、待った結果だ』
 俺は馬鹿だからな、とタイガは特に気にしている風でもなく言う。
『中々納得の行く計画が立てられなかった。それさえなんとかなれば、十八くらいで始めてもよかったんだが』
 惜しいことをした、とタイガはしみじみと呟く。
「……タイガさん。もう一つ訊いてもいいですか?」
『なんだ。聞きたいことがあるなら一々伺いを立てるな。さっさと聞け。予防線を張ってるつもりなのか知らんが、意味のないことだ』
「……では聞きますが、人殺しが目的だというのなら、なぜ貴方はこちらの世界でそうしないんですか?」
『そいつはいつか訊かれると思っていたが、答えは簡単だ。こちらの世界の人間はあっさり殺せる。だからこそ気づいたんだが、俺は単に人殺しをしたかったわけじゃないらしい』
 そう言って、タイガは牙を剥いて笑う。
『殺し合いがしたかったんだ』
 命と命の削り合い。
 ただ一方的に殺すのではなく。どっちが死んでもおかしくない、ギリギリの綱渡りを楽しみたい。
『だから、化け物と救世主に別れて殺し合うこの世界の形は、俺にとって最高の世界だ』
 放っておいてもそういう状況が用意されるというのだから。
 対等の殺し合いを望むタイガにとって、これ以上はない。
「……戦闘狂、という奴ですか」
『いいや、違うな。俺はただの獣だ』
 食うためではないのだから、本来は獣でもないのかもしれないが。
『本能で動く、ただの獣だよ』
 タイガは悪びれもせず、しかし、悪い笑みで話を締め括ったのだった。
 
 
 タイガは本能に従って動いている。
 それは「やりたいようにする」ということであり、それが「気分で動いている」ように感じてしまうのだ。
 しかしゆえにこそ彼は自分のやりたいことを間違えることがなく、約束に関しても交わしたくない約束なら最初から結ばないため、信用出来るということでもある。
『それで、もう一人の方の救世主に関してだが……こっちはガキの救世主より印象深いな。何せいきなり徒手空拳で殴りかかってくるような奴だ』
「素手で、ですか?」
『空手か何かを嗜んでいるようだったな。よどみない動きだった』
 タイガは詳しい説明を始める。
『そいつも比較的若い女だったな。子供とは言わんが。制服を身につけていた』
「最高でも高校生というわけですか……」
『高校生もお前のいう『子供』の範疇に入るのか?』
 呆れた声を出すタイガに対し、ハジメは少し迷う。
「正直、悩むラインですね。親の庇護下にあるという意味では子供と言えますし。とはいえ、高校生にもなれば自分で自分のことに責任を持てる年齢でもありますから」
 とりあえず話を続けてください、とハジメは促す。
『さっきのガキが気絶した後、そのガキはともかく邪魔した仲間は殺しておこうかと思ったんだが……そこでその救世主が割り込んで来た。正直、興が削がれていたし、また後日に一対一で戦おうと宣言してその場から去った、というわけだ』
「なるほど……子供の救世主は結局殺さなかったんですね?」
『俺が望むのはあくまでも対等な状態での殺し合いだからな。足手まといの仲間のせいで大ダメージを受けた状態の奴を殺す気にはならなかった』
 大体報告としてはこれくらいか、とタイガは言う。
「タイガさん、その二人の救世主の名前は聞きませんでしたか?」
『名前か? ああ、そういえば高校生の救世主名乗ってたぞ。タツミ、だそうだ。あいつからは俺と同じ匂いを感じたな……』
「同じ匂い?」
 首を傾げるハジメに対し、タイガは頷く。
『ああ。恐らく理由は違うんだろうが……戦いに快楽を見出していた』
 それを聞いたハジメは、何を思ったのか難しい顔をして唸る。
 タイガは続けてもう一人のことも思い返すが、首を傾げてしまった。
『もう一人の……ガキの方は名前を聞く暇もなく気絶させてしまったからな……あー、でも、そうだな。なんか仲間が名前を呼んでた気がする。確か、『ミツル』だったか』
「ふむ。と、いうことは……決まりですかね……」
 ハジメがそう呟く。タイガはさらに首を傾げた。
『何が決まりなんだ?』
「それがですね……実は、救世主に関する情報はほとんど掴めていなかったんです」
 そのハジメの言葉に、タイガは意外そうな顔をする。
『そうなのか? そいつらが現れたという話を聞いてからもう一週間も経っているし、もう情報は集め終わっている頃かと思ったが』
「私達がいままでいた世界でならそれくらい当たり前なんですけどね……こっちの世界はそういかないんですよ」
 まず、とハジメは指を立てる。
「通信技術が全くと言っていいほどありません。電話はもちろん、通信用の魔可さえないんです」
『ありそうなもんだがな、テレパシーとか』
「基本的に魔可は『有るもの』を再現する技術ですからね。元々無いものを作り出すことは出来なかったんでしょう」
『ん……? 確か、探索用の魔可みたいなもんはあるんだろ?』
「ええ、ですがあれは言ってしまえば感覚の延長です。こういう質感のものがそこにあるということがわかるだけで、例えば触れた岩石に鉄が含まれているかとか、そういう細かな数値や内容まではわかりません。もっとわかりやすく例えるのなら、外から中が見えない箱に入っているものを手探りで当てる――それの発展系とするべきでしょうね」
『くはっ。それはまた上等な魔法だな。使い道あんのか?』
 馬鹿にするようにタイガは笑う。私も同意見です、とハジメは頷く。
「とにかく、そういうわけでこの世界では情報が中々渡りにくい状況にあるわけです」
『ふぅん。……で?』
「情報の伝達はほぼ伝聞に頼るしかなく、この僻地には中々情報が伝わってこないのです。すでにスパイを放ったのでそれが帰ってくればもう少し詳しいことがわかるでしょうけど……」
『それで、わかってることは何なんだ?』
「まず二人の救世主はそれぞれ付近の魔物被害をどうにかしながら、活動を続けているそうです。片方は拳を使った肉弾戦を得意とし、もう片方は魔可を学び、それを扱いこなしつつあるそうです」
『ほう……俺の見た奴らと一致するな』
「それ以外の詳しい情報はノイズも多くて役に立ちませんでした。脚色されてると思われる内容もありましたからね」
『どんな内容だ?』
「いわく、救世主が虹色の光を伴って空から降りてきた――みたいなものです。金色の野に降り立つべし、じゃないですが、どう考えても話に尾ひれがついているでしょう? 私達の元いた世界でもあることでしたし、こちらの世界なら余計にそれがありそうで……」
『魔法が存在する世界じゃありえないことじゃないように思うがな』
 タイガに言われて、ハジメは考え込む。
「それは……確かにそうかもしれません。ありえないとするのは少し早計でしたかね」
 まあとにかく、とハジメは仕切り直す。
「救世主に関する情報は早急に集めなければなりません。名前もわかったことですし、これでさらに情報は集まることでしょう」
『それだけのことを言うつもりだったのか?』
「いいえ、それだけではないです。これはあくまでも予想として頭の隅にでも置いて欲しいのですが」
 ハジメは少し声を潜める。
「現れたと騒がれている二人の救世主――その片方は龍の化け物ではないかと私は考えています」
 タイガは驚きを露わにする。
『どういうことだ? なぜそう思う?』
「想像ではありますが理由があります。まず第一に妙に思ったのは、龍の化け物に関する目撃情報が一切ないことです。鼠、牛、虎、兎と来て……一週間前に現れたのは龍の化け物とそれに対抗する救世主であるはず。なのに、救世主が二人現れただけで龍の化け物がいつまで経っても現れない。これはおかしなことです」
『お前みたいに潜んでいるだけじゃないのか? 俺やカナミと違って、お前だけはまだ人間達に出現していることが知られていないんだろ? それに、いつまで経っても現れないといえば鼠に対抗する救世主もじゃないか?』
「そうなんです。私に対抗するはずの救世主に関しては、本当に怖いから早く姿を現して欲しいんですけどねえ……まあ基本的に救世主はこの世界の人間に紛れようと思えば簡単に紛れることが出来ます。ほとんど容姿も同じですしね。問題は化け物の方です。基本的に化け物の姿しか取れない私達は紛れるということがまず出来ません。人化のネックレスにしたって、結構なレアものですからこの世界に来たばかりの者が手に入れられるものではありませんし」
『つまり……化け物は出現すれば人に紛れることが出来ないから、何らかの形で噂にならなければおかしい、とお前はいうわけか』
「その通りです。そこで一つ気になったんですが、龍ってどんな姿をしていると思います?」
 そのハジメの問いかけに、タイガは言葉に詰まった。
『どんな、って……トカゲに羽の生えたような奴じゃないのか?』
「それは西洋のドラゴンの大まかなイメージですね。基本龍・ドラゴンの姿と言うのはこれが基本形というものがありませんよね?」
『……確かにな』
「考えてみれば、十二支の動物の中で龍は唯一現存する動物じゃないんですよ。現存する動物なら、その中でもよく見られる形になるのは理解出来ます。しかし龍はどうか? 基本となるイメージが定まりにくい存在です」
 そこまで言われればタイガはハジメが何を言いたいのかを理解する。
『つまり、龍の化け物は人間の姿でこちらに召喚された可能性がある、とお前は考えるわけか』
「その通りです。そしてその姿なら、この世界の者には救世主として認識されるでしょう」
『……なるほど。つまり、『タツミ』か『ミツル』か……どちらかが化け物である可能性があるわけだな』
 ハジメは力強く頷く。
「そして、その名前」
『タツミ……辰、か』
「そう考えると、あなたが似た匂いを感じたというのも合点がいくというものです」
 同じ化け物同士、通じ合うものがあったのかもしれない。
『なるほどな……しかし、それがわかったところでどうするんだ? 救世主としてすでに活動しているんだろう? 俺達と和解することはないと思うが』
「そうかもしれません。しかし、もしかしたらそういう道を取れなくもないんじゃないかと思いまして。タイガさんには伝えておきたいと思ったんですよ」
 なるほどわかった、とタイガは頷く。
『頭の片隅に置いておこう。そうでなくても、ゆさぶりには使えるかもしれん』
「ええ、出来れば自由に出来る戦力は多い方がいいですしね」
『話はそれで終わりか?』
 タイガは身体を起こし、立ち上がる。ハジメは頷いた。
「時間を取らせて申し訳ありませんでした」
『構わんさ。俺としても中々興味深い話だった。また何かあれば言いに来い。俺も何か掴んだら報告しに行く』
 タイガはそう言って部屋から出た。
 地下の自分の巣に戻ろうと廊下を歩く途中、物音がしたような気がして背後を振り返る。
『…………?』
 しかし誰の人影もなく、物音ももうしなかった。
『気のせいか』
 タイガはそう考え、地下へと降りて行く。
 部屋の隅で奴隷の女性は赤い顔をして酔いつぶれていた。どうやら慣れていないのにも関わらず一気に飲んだのが悪かったらしく、一気に酔ってしまったようだ。
 しかしタイガは少し腑に落ちない物を感じる。
『すぐ飲むのを止めたし……飲んだのは少量のはずだが』
 そう思ったタイガだが、奴隷の傍にある瓶の中身がかなり減っていることに気付いた。
 どうやらあれから何度か果実酒を口にしたらしい。タイガは笑う。
『酒は飲みすぎると潰れるもんだと知らなかったのか。まあ、それも自分で考えて動いた結果だな』
 タイガは潰れている奴隷に、自分の寝床から一枚の布を分け与えて、かけてやる。
(明日は確実に二日酔いだろうな。どんな情けない顔をするのやら)
 意地わるく笑い、タイガは自分もまた寝床に身体を横たえ、目を閉じる。
 
 そう遠くない未来に――彼の望む、血沸き肉踊る戦いが来ることを予感して。
 
 
 
 
『千編万花』 第九章 に続く
 
 
 
 

Comment

No.541 / ななし [#-] No Title

面白い、情報が交錯してて何が真実なのか掴みかねます

アルファの本名もわからないですし謎が深まる一方ですね
もしかするとタツミは・・・だったりして・・・

2012-03/04 10:28 (Sun)

No.542 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

> 面白い、情報が交錯してて~
作者自身混乱しないように努めておりますが、どこかで矛盾しやしないかとヒヤヒヤものです(笑)。

> アルファの本名も~
いまのところ謎をどんどん増やしていますが、やがてそれが逆転して次々明らかになっていく予定です。
それまで複雑怪奇になってしまわないように(もう遅いやも……汗)頑張ります。

> もしかするとタツミは~
もしかするかもしれません(苦笑)

なんとか完結させられるように頑張ります!

2012-03/06 23:01 (Tue)

No.548 / nekome [#lWxbDKCI] No Title

遅くなりましたが、「その5」から一気に読みました!
いやー面白すぎてヤバいですよこれは。
特に「その5」で明らかになった事実が衝撃的すぎて……。ハジメはいかにも悪役らしい振る舞いだったので気にならなかったんですが、カナミのようなケースが出てきたことで、一気に単純な善悪では済まなくなりましたからね。
しかも、ここで語られた「化け物」の種類と「救世主」の出現ルール推測によって「あ、アルファって……」とわかった時の衝撃たるや。

それぞれの干支に見合った「化け物」たちの人間味も見えてきて、また「救世主」も純粋な善人ばかりとは限らないこともわかってきたことで、今後物語がどう転ぶのか予想できず、実に面白いです。

2012-03/09 22:58 (Fri) 編集

No.552 / 光ノ影 [#-] Re: No Title

nekomeさん、身に余るお言葉、ありがとうございます!

> 遅くなりましたが、「その5」から一気に読みました!
> いやー面白すぎてヤバいですよこれは。
そう言っていただけると作者冥利につきます。
「面白い」と言ってもらえることこそ、最高の賛辞ですから。

> 特に「その5」で明らかになった事実が~
基本的に私は、悪にも悪なりの『事情』があり、『理由』があり、『矜持』があるべきだと考えています。
カナミはその中でいうと『事情』があるパターンですね。(ちなみにタイガは『矜持』のある悪です)
勧善懲悪など、そうそう存在するものではないというわけです。勧善懲悪ものもそれはそれで面白いんですが。
アルファが実際どういう存在なのかは、今後の展開を楽しみにしていただきたいと思います。

> それぞれの干支に見合った「化け物」たちの~
ある意味では主人公達を書くより、化け物達の方を書くことに力を注いでいるくらいです(笑)。
これはあくまで個人的な拘りでしかないのですが、『魅力ある物語は魅力ある敵役によって形作られる』と考えています。主人公も大事ですが、魅力ある敵がいれば自然と主人公も魅力のある存在になると考えていまして……もっとも、この物語に限ってはほとんど主人公も敵もいない状態なのですが。

ご期待に添えるよう、今後とも全力で『千編万花』を書いていきたいと思います!
それでは、どうもありがとうございました!
またのお越しをお待ちしております!

2012-03/10 01:20 (Sat)

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