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『千編万花』 第七章

『千編万花』の続きです。
今回の話にはエロ描写はないです。
けれど凄く重要な回になっています。
 
それでは続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第七章
 


 その魔物の一撃で、大木の幹が易々と砕け散った。支えを失った大木の上部が地面に倒れ、砂煙を上げる。
 咄嗟に身を隠していた戦士ロザイは、被っていた帽子が風圧で飛ばないように抑えながら、その破壊力に舌を巻いた。
「とんでもねえな……おい、サーシェフさん。大丈夫か?」
 彼は同行している中年男性、サーシェフに呼び掛ける。
 サーシェフはロザイのすぐ傍で頭を抱えていた。本来ただの農夫である彼がこういった戦闘の場に慣れているわけがない。恐怖からか、その顔色は傍目にも悪く見えた。
「だ、だだだ、大丈夫だ。問題ない」
「問題あるようにしか見えねえよ」
 ロザイは溜息を吐いた。
(全く。こんな危険なところにまでついて来る、って言う意思はいいんだが……正直足手まといにしかなってねえよなぁ)
 そう呟くロザイ。
 とはいえ、いまは戦士であるはずのロザイも、サーシェフと似たような立場だった。
 物陰に潜む二人のところまで、激しい戦闘音が響いてくる。ロザイが音のしている方を見ると、そこでは一体の魔物と二人の人間が激しい戦いを繰り広げていた。
 魔物は巨大な蜘蛛だ。胴体部分だけでも幅二メートルはあり、脚まで含むとその大きさは十メートルにも及ぶだろう。巨体を支えるだけあって八本の脚は強靭で、実に軽やかな動きで縦横無尽に動き回っている。その脚一本一本が大木をへし折るほどの破壊力を有していた。移動のついでのように大木がへし折れ、地面に倒れていく。
 そんな魔物に対するのは二人の人間だ。
 片方は、かつてロザイの街で修行していたこともあって、有名なミツルという女戦士だった。武術と魔可。両方を扱うことに長ける彼女は、女性にも関わらず戦士の最高ランクである魔可剣士を名乗ることを許されている。彼女の実年齢が二十歳そこそこであることを考えると、破格の才能の持ち主と言えるだろう。その凛々しい顔立ちから密かにファンが多い。華奢に見える身体つきをしているが『戦士らしく引き締まっている』と表現すべきで、無駄が一切ない。ちなみにロザイとは同じ師匠に師事を仰いだ仲でお互いのことを知る間柄だ。
 そして、魔物と戦っているもう片方の人間は、そんなミツルよりもさらに華奢――というよりは、幼い体つきをした人物だった。
 救世主にして神童・アルファ。
 十歳にも見たないであろう幼い容姿とは裏腹に、その慧眼と聡明な頭脳には誰もが舌を巻く。また、その物腰もとても幼子のものとは思えない礼儀正しいものだった。『十二の化け物』に対する救世主として、この世界に喚ばれたのも納得の神童だ。彼女がこの世界に現れてまだ一週間ほどだが、誰もが驚くほどの勢いでこの世界の知識や魔可の技術を吸収していた。それはロザイも実感として理解している。
 蜘蛛の一撃を避けたアルファは両手を前に翳し、その掌に風を生じさせる。魔可の拍動に反応した蜘蛛がアルファに向けて糸を吐き付けたが、その糸は生じた風に煽られて彼女の体までは届かない。さらに風は強く集束し、周囲に巻き起る激しい風によってアルファの服の裾がはためく。
「ミツルさん!」
 アルファはそうミツルに呼びかけながら、掌に集めた風を放った。
 風は横向きに伸びる竜巻の如く、空中をうねりながら進んでいった。進路上に存在した木々を引き千切るほどの破壊力。これほどの破壊力を出せる魔可使いはそういない。魔物である蜘蛛は、当然その防御力も並みのものではないが、それでもその竜巻には危険を感じたのか、その進路上から逃れようとする。アルファから向かって左に蜘蛛が移動する――と同時に竜巻が軌道を変え、まるで蜘蛛を追尾するように動いた。
 本来、一度放った魔可の軌道を変更することは出来ない。どれほど才能があったとしても一週間では自動追尾の魔可は放てるようにはならない。それはつまり、アルファが最初からそういう軌道で魔可を放ったのだということを示している。蜘蛛がどの方向に逃げるか、それを読み切った上で竜巻を放ったのだ。
 竜巻が曲がったことで、蜘蛛は戸惑い、脚を止める。竜巻はさらに左に曲がり、蜘蛛が数秒後に通過するはずだった場所を抉る。アルファの予想は外れた――だけでは終わらないところが、アルファが並外れたところである。
 脚を止めた蜘蛛の元に、右からミツルが飛び込んでいた。
 蜘蛛はミツルと竜巻の間に挟まれていた。アルファは予想をあらかじめ大きく取ることで『当たればそれでよし』、『当たらなくてもそれでよし』という状況を作っていた。外れたはずの竜巻は蜘蛛の進路を妨害する障害となり、ミツルが蜘蛛に近づくための援護であり、逃げ道を塞ぐ一手になっていた。
 ミツルが手に握る剣を振りかぶる。蜘蛛はそれを避けるために上に跳んだ。そこから蜘蛛は木々を伝って逃げるつもりだったのだろう。
 しかしそれもアルファに読まれていた。
 蜘蛛が跳んだその先に、すでにアルファは跳んでおり、その脚を振りかぶっていた。竜巻を放った後、そうなる可能性を読んで跳んでいたのだ。
 気付いた蜘蛛がアルファに向けて攻撃しようとするがもう遅い。
 アルファの放った蹴りが蜘蛛の頭部に命中し、真下の地面へと蜘蛛を叩き落とす。真下に落としたということは、ミツルの元へ落ちるということだ。
 彼女は剣を両手で持ち直していた。渾身の力を込め、跳躍の力も含めた一閃を落ちて来た蜘蛛に炸裂させる。ミツルは蜘蛛を両断しながら跳び上がり、慣れない攻撃をして体勢を崩していたアルファを空中で抱きとめる。そしてそのまま地面へと降り立つ。
 蜘蛛は見事に半分になっており、その身体は端から灰となって崩れていった。
 物陰に隠れていたロザイは拍手をしながら姿を現し、二人を讃える。
「見事だ! 素晴らしい! 連携も抜群だな!」
 地面に降ろしてもらったアルファは、少し気恥ずかしそうにロザイに応える。
「ありがとうございます。ロザイさん」
「…………まあね」
 愛想のいいアルファに対し、ミツルの方は複雑そうな顔をしていた。
 ロザイはそのことには触れず、肩をすくめて見せる。
「一応付いて来たものの、俺の出番はなかったな」
「オレとしては助かったよ……」
 サーシェフが恐る恐る物陰から出てくる。結局ロザイはサーシェフのお守をしていただけだった。
「だからついてくるなと言ったのに」
 呆れたようなミツルの言葉。サーシェフは首を竦めた。
「いや……まあ、身の程知らずと思われても仕方ないけどさ……二人が心配だったし」
「本当に身の程知らずだな」
 ざっくりと切り捨てるミツルの言葉に、サーシェフはがくりと首を落とす。そんな彼を、アルファがフォローする。
「サーシェフさん、気を落とさず……見守ってくださっている方がいるというのは、私にとっては心強いことでしたよ」
「アルファ様……っ」
 サーシェフは感極まったような表情になる。やれやれ、とロザイは溜息を吐いた。
「とにかく、魔物も倒せたことだし街に戻ろう。十分力は見せてもらったし……これなら、重要な情報を渡しても問題ないだろう」
「ありがとうございます、ロザイさん」
 今回彼らが魔物退治に来た理由はそこにあった。大きな街での情報収集に乗り出したアルファだが、いくら救世主として扱われていても実績がないのでは重要な情報などを渡してもらえない。そこで前々から街の近くに巣を張って、人々を悩ませていた魔物を倒すことで信用を得るつもりだった。
 同時に戦闘経験の少ないアルファは場数も踏め、一石二鳥だ。
 街に帰る雰囲気になっていたが、それをアルファが止める。
「――ところでロザイさん、蜘蛛に襲われたという人々は探さなくてもいいのですか? まだ生きている可能性もあると思いますが……」
 アルファの確認に対し、ロザイは苦い顔をする。
「それは……望み薄だろう。確かに魔物の中には攫った獲物を中々殺さない魔物もいるが……あの蜘蛛は護衛としてついていた戦士達を襲ったその場で殺している。そんな蜘蛛が攫った人間を長々と生かしておくとは考えられない」
「でも、実際に殺されたのは戦士の方達だけですよね? 巣に持ち帰った獲物は長く生かす可能性もあるのではありませんか? 普通の蜘蛛の中には獲物を毒で弱らせ、糸でぐるぐる巻きにして逃亡を防ぎ、かなり長い時間をかけて食すものもいます。そう言った基本的な動植物の生態がこちらと私の世界とで変わりがないのは確認済みです。また、前回蜘蛛に襲われ、奥さんと子供さんが連れ去られた方の話を聴くことが出来ましたが、連れ去られる際に殺されてはいなかったようですし、連れ去られてからまだそう日は経っていない。そういう情報を照らし合わせて考えるに、十分生きている可能性はあります。その上で、探すならいましかないと私は思います」
 朗々と述べるアルファに、ロザイはたじろぐ。
「そ、それも、そうだな。幸い、まだ日が落ちるまでには時間もあるし……探した方がいいか……」
「しかしアルファ。どう探す? 森は広大で、その中から蜘蛛の巣を探すのは困難だぞ」
 黙ってアルファの話を聴いていたミツルがアルファに尋ねる。アルファは彼女に向き直って応えた。
「ええ。闇雲に探しても見つけられはしないでしょう。蜘蛛の動きを見る限り、人を襲うなどの戦闘中以外は歩く痕跡をほとんど残さないようですし。正攻法で探すとすれば、人海戦術による方法しかないと思います。当然――その手を使うにはこの場にいる四人では少人数すぎます」
 そう言ってから、アルファは地面に図を書き始める。
「そこで、この魔可を使います」
 そのアルファが書き始めた図の断片だけ見て、ミツルはそれが何の魔可なのかを読み取ったようだ。僅かに眉を潜める。
「魔可式を利用した探索魔可か。……だがそれは――」
「ええ。範囲内の細かな情報まで読み取れる代わりに、範囲はかなり限定的で十メートルくらいにしか広がりません。本来なら、ね」
 ぶわり、とアルファを中心に魔可を発動する際の風圧が生じる。
「膨大な魔力容量を持つ私ならば――かなり強引ではありますが――その範囲を強制的に引き上げることが出来ます」
 アルファがこちらの世界に来て一週間にも関わらず、魔物に致命傷を与えるほどの魔可を使用出来るのも、それが大きく関連していた。例えるなら、僅かな火種を大量の燃料を使って燃え上がらせているのと同じことなのだ。
 地面に描いた図にアルファが掌を当てると、その図が光り輝き、光る縁が徐々に広がって行く。それが探索魔可が発動している証だった。その円はどんどん広がって行き、ロザイ達の視界から縁が見えなくなる。さらにアルファは図に手を当てたままじっとしていた。その表情に脂汗が滲む。
「あ、アルファ様? 何だか苦しそうだけど……」
 サーシェフが不思議そうな声を上げる。ミツルは眉根を寄せて、サーシェフの疑問に答えた。
「探索魔可によって知れる情報量は凄まじく大きいものだ。十メートルの範囲ならばそう大したことでもないが……それをさらに拡大し続ければ、当然その分情報量も増えてくる。並みの人間なら頭がパンクしてしまうはずだ」
「ええ!? そ、それって大丈夫なのか?」
「……大丈夫なわけがない。わけがないが――」
 ミツルが何か言いかけた時、周囲に広がっていた光がふっと消える。手を突いていたアルファの身体が傾いだ。アルファが地面に倒れる前に、素早く動いたミツルがその身体を支える。苦しそうな顔をしていたアルファだったが、ミツルに対して笑顔を向ける。
「ありがとう、ございます……ミツルさん。さすがにちょっと……」
「無理に喋らなくていい。それで、わかったのか?」
 ミツルの呼び掛けに答えて、アルファはある方向を指さす。
「あっちの方向に、人らしき反応がありました。空中に浮いていたので……たぶん、それだと思います」
「わかった。……おい、サーシェフ。アルファを背負え」
「え? オレが?」
「私が背負うと万が一の時に戦えないだろう。幸いアルファは子供だ。お前でも背負って移動するくらいは出来るだろう」
 疲労困憊のアルファをサーシェフが背負い、ミツルを先頭にして、四人は森の中を進む。
 道中、ロザイはアルファに向けて話しかけた。
「それにしても、アルファ様は凄いな。よくまあ、ああいう方法を思いついたもんだ」
「他の魔可を使用した時の感触から……普通の人がやっているよりも自然と規模が大きくなっているような気はしていましたから……これほど広域に広がるかどうかは試してませんでしたが、十一メートルくらいの規模なら実験もしていました」
 そんなアルファの言葉に、ロザイは口笛を吹く。
「そりゃあなんというか……アルファ様は探究心に溢れてるな。向こうの世界じゃ魔可は存在しなかったんだろ?」
「ええ。でも創作の中で似たような物を扱う話はよくありましたし……私はそれを真似ているにすぎません」
 あくまでも謙虚に言うアルファの頭を、ロザイは手で撫でる。
「謙遜するなって。誰かの真似だろうとなんだろうと、役に立ってるならいいじゃねえか。俺も一戦士として色々学んではいるつもりなんだけどよー。考えるのが面倒臭くて、考えなしに行動してはよく師匠にぶっ飛ばされたもんさ。ミツルはそういうとこから真面目だったから、可愛がられてたな」
 そう言う意味では、とロザイは呟く。
「アルファ様とミツルって似たもん同士のような気がするんだけどなぁ。二人はあんま仲良くないみたいだけど、それはなんで?」
「それは……」
 事情を説明しようとしたアルファは言い淀む。そんな彼女の変わりにミツルが答えた。
「ミツルの方が色々隔意を持っちゃってるからだね。アルファ様に対してというよりは救世主という存在に対してだけど」
 言い淀んだアルファの代わりに、サーシェフが答える。それを聴いたロザイは納得したような表情になった。
「ははぁ。なるほどな。そういや、あいつからもそういう話を聴いたことがあったぜ」
「アルファ様のことくらい、いい加減認めればいいのに……と思わなくもないけど……中々難しいみたいでねえ」
「素直じゃねえなぁ。そういう頑固なとこを直せば可愛いのにな」
 そんな風に二人が話していると、前を行くミツルが振り返った。その表情はかなり不機嫌なものになっている。
「聞こえているぞ、お前達」
「ごめんごめん」
「すまんすまん」
「すいません……」
 飄々と答えた二人に対し、唯一アルファだけが誠意の感じられる謝罪の声だった。ミツルは溜息を吐きつつ前に向き直る。
「アルファ。まだ先か?」
「あ、はい。もう少し先です。木の上に注意してください」
「わかった」
 そうして暫く進んだところで、四人は木の上の巣にひっかけられている人間達を発見した。
 
 
 
 
 その日の夜。
 四人は助け出した人の家に招かれ、盛大なもてなしを受けていた。妻と子を攫われていた夫はもう半ば諦めていたらしく、思いもしない幸運に狂喜乱舞の勢いだった。当然出された食事も豪華極まりないものだった。
 そんな豪華な食事を堪能した後、ロザイは腹ごなしにバルコニーへと向かう。助け出した妻子の夫はこの町でも有数の金持ちで、その家も相当な広さと豪華さを有している。
 バルコニーには先客がいた。
「アルファ様。いつからか姿が見えないと思ったら……こんなところにいたのか」
 救世主、アルファはバルコニーの椅子に座り、何やら分厚い本を読んでいるところだった。近づいてくるロザイに対して笑顔を浮かべる。
「ええ。そんなにたくさん食べられませんし、ある程度いただいてからこちらに移動しました。この本がまだ途中でしたしね」
「勉強熱心なことだな……こちらの世界と、アルファ様の世界でも文字は共通なのか?」
 ロザイは彼女の前の椅子に座りながら、そう尋ねる。アルファは少し説明しづらそうに表情を歪めた。
「そう……ですね。違うと言えば違います。でも、よくよく見てると不思議と意味がわかってくるんです。話し言葉が通じていることから何らかの翻訳する力が働いていて、それが文字にも適用されているということだと思いますが。そうですね……例えるなら、見ている文字列の背後に私が元々使っていた文字が浮かんでくる……という感じでしょうか。感覚的なものなので説明しづらいのですけど」
「んー……まあ、わかった」
 それにしても、とロザイは話を変える。
「そんなに学んでどうするんだ? 俺は勉強嫌いだから不思議なんだが、救世主って存在である以上、別に努力しなくても十分な力を持ってるだろ?」
 ロザイの疑問に対し、アルファは本を閉じて応じる。
「私が学ぶのは、化け物との戦いに備えてのことです」
 アルファは真剣な表情で言う。
「こちらの世界の存在と、私との間には確かに差が生じているかもしれません。うぬぼれではなく、事実としてこのことは認識しています。ですが、化け物相手は違います。化け物がどこから召喚されているのかは、私の持つ情報ではわかりかねますが、それでもその強大な力から、私と似たような世界から召喚されたのではないかという予測は出来ます。それはつまり、絶対が保証されていないということです。魔物には勝てても、化け物には勝てないかもしれない。それが私には恐ろしい。だから私は努力するのです。同じ条件ならば、努力した方が勝つ。少なくともその可能性を高めることが出来るのは間違いありませんから」
 決然とした表情でアルファは言い切る。それを聴きながらロザイは納得していた。
「なるほどな。アルファ様はホントに立派だ」
 立派すぎて――恐ろしい。
 ロザイはそう感じた。アルファが大人であったなら、ここまでの違和感はなかっただろう。幼子の姿をしていながら、大人にも勝る明晰な思考の持ち主。彼女が救世主と言う立場でなければロザイも彼女のことを素直には受け止められなかったはずだ。
(……ミツルの言うことも少しわかるな)
 ミツルの場合は救世主と言う存在に対する隔意が初めからあったので余計に強くそう思うのだろう。
 ロザイはミツルと同じ師匠の下で修業を積んでいた頃、ミツルの想いに関して話を聴いていた。救世主に頼りたくないという、ミツルの戦士としての矜持。
 だが、ロザイは同時にこうも考えていた。
 救世主は『救世主になり得る存在』だから、救世主としてこちらの世界に召喚されているのではないか、と。
 これまで召喚されてきた救世主達は、程度の差こそあれ、皆この世界のために化け物と戦うことを承諾したという。考えてみればおかしな話だ。一人くらい『こちらの世界のことなど知ったことではない』というような救世主がいてもいいだろうに、それが一人もいないというのは。
 それはつまり、救世主という存在は『チキュウ』という世界から無作為に呼び出されるものではなく、『救世主になり得る』素質を持っている者が選ばれているのではないか。
 その観点から見れば、アルファの子供らしからぬ思考にも納得がいく。子供ということだけが外れているが、それ以外に関しては救世主らしい救世主だ。救世主の素質と言う物をどのように判断しているのかはわからないが、そういった基準にもっとも合っていたのがアルファという存在なのではないか――ロザイはそう考える。
「ロザイさん?」
 考えに没頭していたため、ロザイは彼女が何か呼び掛けて来ていたことに気付くのが遅れた。少し慌てて応じる。
「な、なんだ? アルファ様」
「えっと……私に重要な情報を渡してもよい――とロザイさんは判断してくださっているんですよね?」
 そう確認されたロザイは少し考えた後、はっきりと頷いた。
「ああ」
「では最初にお会いした時に断られてしまったことを再度お聞かせ願いたいのですが……他の救世主の方々はいまどうしていらっしゃるのでしょう?」
 その質問に、ロザイは唸る。それは出来るなら答えたくない質問だったからだ。
「……その質問か……そうだな。正直、アルファ様を不安にさせてしまう可能性があるんだが……それでも聴きたいか?」
「そこまで聴いてしまっては、逆に聴かないと不安です」
 苦笑を浮かべるアルファ。それもそうか、とロザイは呟く。
「じゃあ、冷静に聴いてくれ……まず、俺が把握している限り――これまでに現れた救世主は全滅している」
 さすがにこの情報は驚きだったようで、アルファが目を見開く。
 ロザイは説明を続けた。一つ指を立てる。
「まず三カ月ほど前に現れたマサルという救世主。年齢は二十歳後半くらいだったかな。彼は二カ月ほど前に化け物が出たという情報を掴んだあと、その場所に行って帰って来なかった」
 二つ指を立てる。
「次に二カ月ほど前に現れたミツキという名前の救世主。女性でかなり若かったな。この救世主は最近まで活動してくれていたようなんだが……十日ほど前に、彼女と仲の良かった戦士達ともども姿を消してしまった。捜索隊なども出されたようだが、いまだに見つかっていない」
 三つ目の指を立てる。ロザイは少し表情を歪めた。
「次は一カ月ほど前に現れたトキトという名前の救世主。男性で結構年配の人だった。……この救世主だけは消息がはっきりしている。森の中で偶然遭遇した『虎』の姿をした化け物との死闘の末――俺の目の前で死んだからだ。いまから二週間ほど前の話だ」
 そして最後に、と四つ目の指を立てる。
「アルファ様と同時期、一週間ほど前に現れたというタツミという救世主だ。この救世主に関してはまだほとんど情報が流れて来てない。なんでも、最初に現れた町を拠点にして周囲に現れている魔物を手当たり次第に倒しているらしい。少し前にこちらに向かっているという情報があったし、ひょっとしたら会えるかもしれないな」
 ロザイは手を降ろし、アルファに向かって真剣な表情で言う。
「俺が掴んでいる情報はこんなところだ。くれぐれも、不用意にこの話を広めないようにしてくれ。頼るべき救世主がほとんど全滅しているなんてことを広めたら不安が広がってしまうからな」
 ロザイの話を黙って聞いていたアルファだが、さすがにその顔は青かった。
「……いくつか、確認したいことがあります」
 それでも気丈な態度を保っているのだから、やはりアルファは子供らしくない。
「なんでも聴いてくれ」
「まず……化け物の方はどの程度まで把握できているのですか?」
「そうだな……化け物に関する情報はかなり曖昧な面もあるが……少なくともさっき言った『虎』の姿をした化け物、『牛』の姿をした化け物、そして『兎』の姿をした化け物の存在は確認されているな。いずれも倒したという話は聴かない。ただ……『牛』の姿をした化け物はマサル様がいなくなった後から、『兎』の化け物は三週間くらい前に最後の目撃情報があってからその姿は確認されていない」
「……となると、その二匹は倒された可能性もある、ということですか?」
「『牛』の化け物に関しては、マサル様が相討ちで倒した――と推測されている。希望的な推測かもしれないけどな。『兎』の方は不明だ。急に消えた」
 そうですか、とアルファは呟き、さらに別の質問を行う。
「化け物との意思疎通は可能なのですか?」
「化け物による、みたいだ。まず『虎』の化け物は話が出来た。ただ、かなり暴力的で粗暴な奴だったから交渉とかが出来る相手じゃない。襲ってきたのも、強い奴を求めてのことだと言っていたし……それに対して『兎』の化け物は全く話が通じなかったらしい。暴れに暴れていて、とにかく危険だったそうだ」
「なるほど……歴代の化け物については?」
「よくわからない、というのが正直なところだな。記録が余り残ってなくて、ほとんど伝聞ばかりなんだよ。前回現れたのがだいぶ昔の話で、その頃は記録媒体がほとんど発達してなかったということもあるが」
「……トキトさんという方のことですけど。亡くなった後、死体はどうなったのでしょうか?」
 なぜそんなことを聴くのかとロザイは思ったが、素直に答えた。
「灰になって消えたよ。その辺りの扱いはどうやら魔物と同じみたいだ。何も残らなかった」
「……むぅ」
 アルファは悩ましげに表情を歪める。
「ロザイさんが掴んでいる救世主や化け物の情報はそれだけ、なんですよね?」
「ああ、まあそうだが……何か気になることでもあるのか?」
「いえ…………なんでもありません。ありがとうございます」
 ロザイにはアルファがどういうことを考えているのか全くわからなかった。
 その後、アルファは虎の化け物についてや救世主達のことについて細かいことをロザイに尋ねる。
 大体の話が終わった後、アルファは眠そうにあくびをした。ロザイはすっかり暗くなった空を見上げて苦笑を浮かべる。
「もうこんな時間か。ちょっと話し込み過ぎたかな」
「いえ……ありがとうございました。おかげで色々見えて来た気がします」
「役に立てばありがたいんだけどな。……さて、それじゃあ今日はもう寝るとしようか。アルファ様、部屋までいけるか?」
「大丈夫です。眠気はありますが、寝てしまうほどではありませんから」
 その言葉を示すように、アルファは椅子から立ち上がって本を片手に屋敷の中へと向かう。それに並んでロザイも館の中に入った。
「ところで――」
 不意に思い出したように、アルファが口を開く。
「ロザイさんはミツルさんとは長い付き合いなんですよね?」
「長いというか、まあ、一時期一緒に修行した仲ではあるな」
「その頃から、ミツルさんは……ええと」
 言い淀んだアルファの先回りをしてロザイが言う。
「よくいえば真面目、悪く言えば思いこみの激しい奴だったな。柔軟性がないっていうか……気に入らないと決めたらとことんまで嫌い抜くタイプだ」
 やっぱり、とアルファは溜息を吐いた。
「だが悪い奴じゃない」
「ええ、それはわかります。なんだかんだ言って訊いたことは答えてくださいますし、細かな世話も焼いてくださいますし……でも、やっぱりどことなく嫌われてる感じがするんですよね……」
「君だから言うが……」
 ロザイはアルファの肩を軽く叩く。
「諦めてくれ。いずれあいつの態度が変わるにしても、だいぶ先の話だろう」
「害はないから、いいんですけどね」
 そこまで話した時、ちょうどアルファに割り当てられた部屋の前まで辿り着いた。
「それではロザイさん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。よい夢を」
 アルファが部屋の扉を閉めたあと、ロザイも自分自身に割り当てられた部屋へと向かう。
 その道中、ふと先ほどアルファの言った言葉が気になった。
(ミツルの態度を『害がないからいい』というのなら……もしも害があったら……アルファ様は、どうするつもりなんだろう?)
 少しだけそのことについて思いを巡らせたロザイだったが、考えても仕方のないことだと思い、すぐに忘れた。
 
 
 
 
 翌日の昼過ぎ、ロザイを除いた四人は馬に曳かせている荷車に乗っていた。荷車は荷物を積むためのものではなく、最初から人が座ることを想定している作りになっている。
 その荷車の前部分に座り、馬を操るロザイは時折鞭を飛ばしつつ、他の三人を振り返る。
「もう少ししたら例の場所に着く。周辺の様子に注意をしておいてくれ」
 現在四人が向かっているところ――それは朝方に町に寄せられた『魔物が出た』という報告があった場所だ。
 出現場所が町からあまりに近かったため、すぐに対処しなければ危険であると考えられ、救世主であるアルファと魔可戦士であるミツルに依頼がなされた。それにロザイも同行している形である。今回は町から三人に付いていくように依頼された訳ではなく、ロザイが自分から案内を買って出ていた。一度同行しているため、それを継続している形である。
 彼自身決して知らない相手ではないミツルと、子供らしからぬ救世主アルファの関係が気になっていたということもある。
 それでも二人は必要なことを話し合わないほど険悪な訳ではない。現在も、農夫サーシェフを交えて現場について話し合っている。
 アルファが街から持ってきたらしい地図を広げて示しながら話す。
「この辺りが、商人さんが魔物に襲撃されたというポイント――場所です。この辺りの地形は入り組んでいて道幅も狭く、直線の道がほとんどありません」
「そうだな。魔物が潜むとすればこの辺りは非常に好ましい場所と言えるだろう――それで?」
 ミツルはアルファに先を促す。
「妙だと思いませんか? この辺りは馬車で速度を出せるようなところではありません。それはつまり、魔物から逃げることが非常に難しいということです」
「まあ、馬車に適した道じゃないよな。確かに隣街から来るには近道だけど……馬車なら別の道を通った方が安全だ。こっちの道は基本的に戦士とか兵士とかが使う道みたいだし」
 サーシェフはアルファの意見に口を添える。ミツルは眉を潜めた。
「危険を押して商人がこの道を選んだだけではないのか? 商品の中には速度が命と言うものもあるだろう。わずかでも速く持ち運び、より多くの収益をあげるつもりだったのではないか?」
「もちろん、この道を選んだ理由はそうだと思います。けれど、それと襲われたことは別です」
 アルファは地図上の歪曲した道を指でなぞる。
「魔物に襲われたとして。この道で逃げることが可能だと思えますか?」
「……言いたいことはわからないでもないが」
 ミツルは苦い表情を浮かべる。
「狂言、か」
「その可能性は否めません。あくまで可能性ですけど」
「えーと、それってつまり」
 サーシェフが話を纏める。
「魔物に襲われたわけでもないのに魔物に襲われたって言ってるってこと? でもなんでそんなことを? それに、実際積み荷に損害もあったんだよね?」
「そうですね……こういう場合、私の世界でよくあったのは保険金目当てですが……この世界にそういう制度はありませんし……」
 考えられるとすれば、とアルファは続ける。
「盗賊か何かが商人さんを脅して魔物の仕業に見せかけている、でしょうか」
「そうだとすれば許しがたい悪だな」
 顔をしかめるミツル。
「しかし確証があるわけではない。そう断定するのは早計か」
 ミツルの冷静な言葉に、アルファも同意する。
「そうですね。少なくとも現場を見るまでは判断は保留にしておきましょう。周りの木々が倒れていなければかなりその可能性が高まった、と考えていいかと思います」
「確かに魔物は必要以上に周りを破壊する傾向があるからな。元々身体が大きいということもあるが……その痕がなければ、かなり怪しい」
 ミツルはアルファに賛同しつつも、やはり複雑な表情を浮かべていた。それにサーシェフが気付いたが、彼もまた何も言わない。
(まあ、無理もない)
 御者として馬を操りつつ、ロザイはそう考えていた。
(アルファ様の言動はやはり常軌を逸している……あくまでも子供にしては、だが。それをミツルが不気味がるのはある意味当然だ。サーシェフはどうやらそういうことを気にしない奴のようだが……それでも違和感は拭いきれていないくらいだし)
 俺だってそうだ、とロザイは自問する。
(救世主として相応しいことは確かだし、それだけの人物ではあると思う。だが……なんなんだろうな。この違和感は)
 戦士としての本能がかすかに警鐘を鳴らしている気がした。何か、取り返しのつかない勘違いをしているような――
 ロザイは首を横に振る。
(アルファ様が俺たちのために活動しているのは事実だし、実績も上げつつある。何も問題はない)
 ロザイが心の中でそう決着した時、一行は件の場所に辿り着いた。
「商人が言っていたのは、この辺りだな」
 ミツルは荷車の上から周囲を見渡す。
「見たところ……破壊されているところはないな」
「ロザイさん、しばらく道なりに進んでください」
「了解。警戒を怠らないでくれ。それからサーシェフは邪魔にならないように首を引っ込めてろ」
「わ、わかった」
 相変わらず街に残らずサーシェフは付いてきていた。ミツルに呆れられたのは言うまでもない。
 一行は暫く道なりに進むが、特に倒れている木も、抉れている地面もなかった。
「これは……いよいよ狂言の可能性が高くなりましたね」
 アルファがそうミツルに呼び掛けると、ミツルも頷く。
「ああ。出来ればその盗賊を捕まえたかったが……仕方ない。そういう奴らが痕跡を残すほど馬鹿とは思えないからな」
 ふぅ、と溜め息を吐く。
 
「全く、知恵のある敵ほど厄介な者はいないな」
 
 そうミツルが呟いた時、アルファの顔色が変わった。その突然の表情の変化に、サーシェフが戸惑う。
「どうしたんだ? アルファ様」
「ロザイさん! 急いで引き返してください!」
 突然の叫びにロザイは驚き、馬を停止させる。
「どうした? アルファ様」
「その可能性を忘れていました……! その何かが知恵を持つ可能性……っ」
 そこまで言われて、ロザイも遅まきながら理解する――だが遅すぎた。
 一行の前方。
 少し離れた道のど真ん中に。
 
 一匹の巨大な虎が立っていた。
 
 ロザイがそれを視界に捉えた時、咄嗟に彼が体を横に倒したのは、何を理解したわけでもなく、彼が鍛えてきた鍛練の賜物だった。咄嗟の判断というよりは、戦士の本能に近い。
 それが彼の命を救った。
 一陣の風が吹き抜け、荷車を牽いていた馬の首がなくなる。暴れる暇さえなく、馬は絶命していた。
 一拍遅れてなくなった首の断面から血が噴き出す。それを見たロザイはぞっとした。切り口の角度から察するに、もしも彼が体を横に倒していなければ、馬の末路は彼の末路でもあった。
 ロザイは背後を振り返る。アルファ、ミツル、サーシェフ、三人は三人とも、それぞれの形で驚きを露にしていた。
 硬直する世界が、震える。
『一番強いのはどいつだ?』
 怒号のように全身を震わせる声。
 全員の視線がその発信源に向けられる。その先にいたのは、巨大な虎だった。ただし、あくまで通常の虎の範囲を逸脱するものではない。だがそれは希望を示す物ではなかった。
 サーシェフが恐怖に引き吊った声を絞り出す。
 
「と、虎の……化け物……!」
 
 十二の化け物の一にして、救世主の天敵。
 それが目の前にいた。
 血のような赤と夜の空のような黒の縞縞模様が警戒色のように四人の本能に危険を告げる。
 最初に動いたのは、意外にもアルファだった。立ち上がりながら掌に炎を生み出し――その体が軽々と吹き飛ぶ。
 ほんの一瞬の出来事だった。十分距離は開いていたはずなのに、虎は瞬きの間に距離を詰め、単純にアルファを前肢で殴り飛ばしていた。アルファの小さな体にどれほどの力が加わっていたのか、大人が抱えきれないほど太い木々をいくつも薙ぎ倒しながら森の中に消える。
 すぐ目の前に迫った虎を前に、他の三人は動けなかった。
 一方、虎はアルファを殴った前肢を不思議そうな顔で見ている。
『……普通のガキなら、いまので五体がバラバラになるはずなんだがな』
 虎は悠々と三人の間を横切る。横っ腹を晒されても、戦士ロザイも、魔可戦士ミツルも、当然ながら農夫サーシェフも、何も出来ない。何かすれば死ぬ――それがどうしようもなくわかってしまうからだ。サーシェフでもわかる圧倒的な実力差。戦士であるロザイとミツルは、それがよりはっきりとした形で自覚できる。
 だからこそ、動けない。
 虎は三人に完全に背を向け、アルファの方に向かう。虎にとって、自分が殴っても肢体がばらばらにならないアルファが、三人よりも興味が湧く対象だったのだ。
『なるほど……貴様が新しく現れた救世主か』
 ズン、と虎が地面を踏みしめる。それだけで周囲の地面が揺れた。虎の滲み出す圧迫感が大気までも震動させる。
 虎は牙を剥き出しにして笑う。
『久々に楽しめそうだ。トキトとかいう救世主以来、だな』
 木々が崩れて積み上がった木屑の中から、アルファが這い出してくる。怪我こそなかったが、その表情に余裕はなかった。
 有り体にいえばアルファは怯えていた。
(駄目だ……っ。あんな状態じゃ、戦えるわけがない!)
 ロザイがそう確信するほどに、いまのアルファは恐ろしさに支配されていた。荒い呼吸に歪んだ表情。涙の浮かぶ相貌に、震えている体。まるで年相応に。無力な子供のように。
 そんな彼女に虎と戦えるほどの意志が残っているとは思えない。即座に背を向け逃げ出してもおかしくない。むしろそうしてないだけで奇跡だった。
(アルファ様は駄目だ! いまここで戦わせるわけにはいかない……!)
 ロザイは考える。この状況を打破する道を。アルファを逃がす手を。
(俺が奴に攻撃を仕掛けるか? ……いや、恐らく無駄だ。アルファ様のように一瞬で吹っ飛ばされるだけ……っ)
 そしてその時自分が生きていられる訳がない。
(ならやはりこの手だ……! いずれにしても俺は死ぬけど……だけどアルファ様をここで失う訳には!)
 風の魔可をフルに使い、目眩ましにし、その間にミツルにアルファを連れて逃げてもらう。風を起こしている張本人のロザイは殺されるだろうが、アルファとミツルは逃がすことが出来る。
(サーシェフは……虎の気まぐれに期待するしかないが……恐らくこれが最良の手……!)
 そう判断したロザイはミツルに合図しようとして――目を見開いた。
 ミツルの全身が魔可の使用の前兆として光っていた。その刺すような光の強さが、攻撃を仕掛ける時の魔可の前兆であることをロザイは知る。
(おい、何やってんだ、この馬鹿っ!)
 虎に向かって攻撃を仕掛ければ虎は反撃するだろう。ミツルが欠ければロザイが考えた方法でアルファを逃がすことが出来なくなる。ミツルがどういう思いで修行を積み、化け物を倒すために力を磨いてきていたことは知っていても、その行為は無謀にしか思えなかった。
「やめろミツル!」
 声を出すのはまずいと思っていても、思わず声をあげてしまった。ロザイの声に反応して虎が振り向く。
(やばい、終わった)
 声をあげてしまった迂闊さをロザイが後悔する――だが、虎は思いもしない行動を取った。
 ちらりとミツル達のことを見て、見たのに、まるで興味がなさそうに前に向き直ったのだ。
 ロザイには想像するしか出来ないが――化け物に無視されたミツルの心境は想像を絶する。いままでロザイが見たこともない表情で――怒りに満ち、悔しさが溢れ、悲しみが湧き、焦燥に突き動かされている表情で――聞いたことのない叫び声をあげながら、ミツルは腕を振りかぶる。
 掌に生じるのは雷撃。槍のごとく鋭く、鉄槌のように重厚な、彼女が放てる最大の攻撃であることは明らかだった。
 彼女が一度に込められるだけの、大量の魔力がその雷に収束する。虎が再び振り向いた。
「雷の大戦槍――ッ!」
 最大規模の魔可。
 間違いなく、魔物であれば大抵の魔物は一撃で粉砕出来るだろう。本物の雷の如く、空気を引き裂く大音声を轟かせながら大戦槍が虎へと迫る。
 虎は避けなかった。かといってただ受け止めた訳でもない。
 
 一声。
 
 虎は凄まじい咆哮を放ち、雷の大戦槍を吹き散らした。その咆哮は大地を揺るがし、空気を鳴動させる。雷の大戦槍を打ち消されたミツルは呆然とした様子で立ち尽くす。
(うそ、だろ……っ? 声、だけで……!?)
 端で見ていたロザイでさえ、信じられなかったのだ。技を放った張本人の衝撃はそれ以上だ。
『邪魔をするなよ、雑魚が』
 そう言った虎が体の向きを変える。
 大きく息を吸い込み、その虎の口内が光に満ちる。
(あれは……)
 ロザイはそれが摩可の発動の際に生じる魔力の光に似ていることに気付く。
 摩可の発動による――というよりは魔力自体の収束で、光が増しているのだと理解する。
(まずい……っ)
 どういう形であれ、それが攻撃の予兆だということは確信できる。
 だが彼にはどうすることも出来ない。せめて目眩ましを――と魔可を発動させようとするが、虎の動きの方が遥かに速い。
 咆哮と共に口内から放たれた光の渦がミツルへと迫る。彼女はいまだにショックから回復しておらず、棒立ちの状態だった。ミツルはもちろん、近くにいるサーシェフやロザイとて無事では済まないだろう。
 三人が死を覚悟した。
 
 その時だ。
 
 いつの間に衝撃から立ち直っていたのか、アルファが目にも止まらぬ速さで三人と虎の間に立ち塞がった。両手を顔の前で交差し、そこに虎の放った光の渦が炸裂する。
 アルファを中心に大爆発が巻き起こり、全員が吹き飛ばされた。
 ロザイも吹き飛ばされたが、戦士としての鍛錬の賜物ですぐに起き上がる。
「く……っ!」
 それでも全身に走る痛みは凄まじく、声も上げられない。
 砂ぼこりが舞って視界が悪い中、ロザイは爆発の中心に目を向ける。そこでは、爆発をまともに受け止めたアルファがボロボロの状態で、それでもなお立っていた。だが意識が飛んでいるのか、ゆっくりと力が抜けるように地面に倒れてしまう。彼女の血がじわりと地面に広がった。
「――ッ!」
 ロザイが無理を押して声をあげようとした時、彼の視界に別の存在が――太い巨大な前肢が――入り込んできた。
 アルファのすぐ傍、手を伸ばせば触れられそうなほど近くに――
 
 虎がいた。
 
 
 
 
『千編万花』 第八章 に続く
 
 
 
 

Comment

No.532 / 名無しさん [#-]

読み返したらアルファ(仮)は化け物だったんですね、しかも男とは・・・
とすると逆に救世主が足りない?

2012-02/20 10:53 (Mon)

No.533 / 名無しさん [#-]

数えなおしたらタツミ(辰巳?)は5人目でしたね・・・

2012-02/20 11:02 (Mon)

No.534 / 光ノ影 [#-] Re: タイトルなし

コメントありがとうございます!
返信が遅れて申し訳ありません。

>読み返したら~
いかにも神童という感じになってますが、実際はその通りで、救世主ですらありません。
まあ、彼自身幼女の姿になってしまったのはイレギュラーなことなんですが……。

>とすると逆に救世主が足りない?
>数えなおしたらタツミ(辰巳?)は5人目でしたね・・・
現在出ている情報だと、

化け物勢は鼠、牛、虎、兎、龍の五体がいて、
救世主勢はマサル、ミツキ、トキト、タツミの四人となっています。

このうちトキトは虎の化け物との交戦の結果亡くなっていますので、現在の総数は化け物が5、救世主が3とかなり差がついてしまっています。

しかしアルファが救世主側についていることで、4対4になってバランスが取れています。
もっとも救世主側は、マサルが行方不明、ミツキは鼠に捕らえられているなど、劣勢極まりない状態です。

登場人物が多く、ややこしい話になってしまっていて申し訳ありません。
自分自身、なんか間違えてそうで怖いです(笑)。

今後もお付き合いくだされば幸いです。
それではどうもありがとうございました!

2012-02/21 10:02 (Tue)

No.535 / 名無しさん [#-]

あれ・・・牛って生きてたんですか(新情報!?)

基本的に鼠が主導権を握ってるみたいですね
恐らくは未だ影も形も出てない牛も・・・

アルファが救世主側にカウント(劇中では確定してなかったような?)されてるということは、
鼠の説では完全に説明しきれないみたいですね

登場人物リストとか欲しいです

2012-02/22 08:24 (Wed)

No.536 / 光ノ影 [#-] Re: タイトルなし

>あれ・・・牛って生きてたんですか(新情報!?)
牛に関しては、救世主側の認識では
・二か月ほど前、牛の目撃情報を得たマサルがその場所に行く。
→マサル行方不明、牛もその後現れていない。
→マサルが相討ちで倒した(という希望的推測)
となっています。
ですが『その4』で鼠が「鼠、牛、虎、兎の化け物が揃っている」と発言しているように、化け物側の認識では牛はまだ生きている認識になっています。

> 基本的に鼠が主導権を~
鼠はいま現れている化け物の中では一番最初に現れているため、色々アドバンテージがありますからね。
その力が洗脳に類する能力というのも大きいです。ミツキという救世主が敗れたのも、仲間である三人の戦士が操られてしまったことがかなり大きな要因になっています。
張り巡らされた情報網などの点から言っても、鼠はかなりの優位性を持っていると言えます。

>アルファが~
アルファは、実際は化け物という存在なんですが、人々には救世主として認識されています。
鼠の説は色々判断するのに情報が足りてない(正確には正しい情報を得れていない)状態で導いた説ですので、信憑性としてはかなり怪しい説です。

>登場人物リストとか欲しいです
私も欲しいです(笑)。
作ろうと思うんですが、どの程度の情報まで入れればいいのか少し悩んでいまして、公開は暫く先になると思われます。

2012-02/22 10:23 (Wed)

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