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『千編万花』 第六章

『千編万花』の続きです。
今回の話には直接的なエロ描写はないです。
よくよく考えるとエロいかも……?
 
それでは続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第六章
 

 
 あたしは目を覚ました時、裸だった。
 エッチなことを想像させてしまったとすれば、それは非常に申し訳ないのだけれど、的外れな想像だ。
 あたしは普段から夜寝る時はいつも裸だった。自分で言うのもなんだけど、女の子がそういう格好で寝ることに危機感がないわけじゃなかったけれど。危険と快適さを秤にかけた結果、あたしは快適さを取ったのだ。並みの敵ならあたしは倒せる自信があったし、あたしで対処できないような事態ならもはやどうしようもないと諦めている。
 それはさておき、そういうわけであたしは寝る時裸で、起きた時に裸なことを驚くことはない。それはごく普通のことだからだ。
 けれど、その日はさすがに驚いた。裸だったことに驚いたわけじゃなく、目を覚ましたら周りが鬱蒼としたジャングルだったからだ。
 
 あたしは裸で、森の中に放り出されていた。
 
 半ばぼやけた視界で周りを見渡したあたしが最初に考えたこと。それはその光景が夢であるということだ。
 これはあたしの現状把握能力に不備があったというわけでは決してない。そもそも裸で寝ることが日常のあたしにとって、ある程度裸で自然の中を駆け回る夢を見るのは大して珍しいことでもなかったからだ。女性としての慎み深さが足らないとよく忠告される身としては夢の中でそういうことが多いことが、女性としての慎み深さが書けている要因ではないかと思ったりもする。
 とにかく、あたしは最初その光景が夢だと思った。だけどその時は眠かったので、駆け回る気力もなく、そのままその場で目を閉じた。あとから考えれば夢の中で眠く感じている時点で何かがおかしいと気付くべきだった。けれどその場では気付けず、あたしは再び眠りにつこうとしたのだ。
 そんな時だ。あたしの傍で大きな音がして、それが現れたのは。
 それは巨大なバッタだった。形としてはコオロギが一番近かった。でも大きさは人間よりも遥かに大きく、大の大人が三人がかりでも抱えられないほどに太い胴体が細い六つの足によって空中に支えられていた。
 そんな非現実的なものを見て、あたしはいよいよこれが夢だと思ったけど、それを誰かが責められるだろうか? むしろそんな巨大コオロギを見て、これが現実であると考える人の方が異常だと言えるんじゃないだろうか。あたしも当然、まさかそれが現実だとは思わなかった。せいぜいが今日の夢はリアルでキモいなぁ、と思う程度のことだ。
 巨大コオロギがその足を使って空中に跳躍し、襲いかかってきた段階になっても、あたしは地面に倒れたまま動かなかった。繰り返すがその時あたしは眠くてとても駆け回る元気なんてなかったのだ。
 コオロギの足があたしの周囲の地面を砕き、その破片が自分の身体に当たる段階になって、あたしはようやく動き始めた。コオロギは岩でも噛み砕けそうな大きな顎を限界まで開いて私の喉元を狙って来ている。それをかわし、軽く拳をコオロギの腹部に叩きこんだ。理由はまたあとで語ることになるだろうけど、あたしはこういう怪物とか怪獣とかと戦う夢を見ることがあった。その経験上、こうすれば敵役として登場したコオロギはくるくる吹き飛んでばたんきゅー、みたいな流れに落ち着くはずだった。
 ところが、そこからあたしの予想外のことが連続して起きた。
 まず、あたしがヒーローが雑魚怪人を殴り飛ばす程度の感覚で振るった拳は、コオロギの腹部に見事当たったけど、勢いがありすぎたのか、コオロギの外殻をぶちやぶってしまった。どろりとした虫の体液がドバッと流れ出し、それを頭から浴びたあたしは物凄い臭いそれに仰天した。
「ひぎゃあああああああああああッッッ!?」
 思わず色気のない声で叫んでしまったのも仕方ないと思って欲しい。まさか拳がそれを突き破るとは思ってなかったし、さらにそこから生々しくも体液が噴き出すなんてあたしは全く想定していなかったのだ。あたしは慌てて飛び起きて、べったべたになった身体を触りながらのたうちまわるコオロギから距離を取った。
 さすがにここに来てあたしはこれが単なる夢ではないこと理解し始めていた。まあ、頭からドロッドロになった上、それが鼻を刺すような刺激臭を発していて、少し口に入ったために口の中がピリピリしていたら、どんな鈍い人間でも夢とは違うことに気付く。
「な、何なの!?」
 ドッキリかと思ったけど、さすがにこんなリアルなコオロギの化け物を用意できるようなテレビ局に心当たりはなかった。
 あたしが混乱する中、そのコオロギは暫くのたうちまわっていたけれど、不意に体勢を立て直し、あたしに向かって跳躍してきた。あたしは急いでその場を離れ、コオロギの襲撃をかわす。数秒前まであたしがいたところをコオロギの足が抉った。思い返せば最初の跳躍の時にあたしはよく無事に済んだと思う。なにせその足は岩をも易々と抉っているのだ。人間の身体なんてきっとあっさりばらばらにしてしまうことだろう。
「何がなんだかわからないけれど……っ」
 あたしはここで完全に眠気を払い、呼吸を戦闘用のそれに変えた。戦闘用、と格好よく言ってみたけれど、要は武道を行う時の呼吸法に変えたという意味だ。
 ぴんと張り詰めたあたしの意識を察したのか、コオロギの動きが鈍る。その瞬間、あたしは駆け出していた。いつもより身体は遥かに軽く、コオロギからはあたしが消えたように映っただろう。あたしはほんの数歩でコオロギの真横に移動していて――そこから身体を回転させつつ回し蹴りを放った。足の裏全面を当てるようにしてコオロギの身体を吹き飛ばす。そう。今度は吹き飛ばすつもりだった。しかしそれはあたしが考えていた形とは違う形で実現する。
 あたしの蹴りを横っ腹に受けたコオロギの身体は、見事に爆散した。食事中の方には気持ち悪い例えで申し訳ないけれど、爆竹を尻に詰められたカエルの身体が同じように爆散するんじゃないかと思う。さっき漫然と繰り出した拳と違い、こんどは蹴り飛ばすつもりで蹴ったので驚きだった。いくらあたしが武道の心得があるとは言っても、またいくら脆い昆虫とは言っても、そんな文字通り吹き飛ばすような膂力をしているつもりはなかった。
 ばらばらとコオロギの破片が周りに散らばる中、あたしはそのあまりにリアルにグロい光景に目を見開いていた。
 まだ現実感が完全には戻って来ていなかったのが幸いした。もしもまともな時にそれを目にしていたら、あたしはきっと胃の中の物を空っぽになるまで吐いていただろう。
 コオロギを始末したあたしが茫然とその場にたたずんでいると、ガサガサという物音がして、一人の戦士が顔を覗かせた。それは戦士としか表現できない人物だった。
 中世ヨーロッパの鎧騎士みたいな格好で、その手には太い剣を握っていた。それが戦士でなければ何が戦士なのかという話だ。顔の全面まで覆う兜を被っていたため、表情までは見えなかったけど、その目が自分に向いていて驚きに動きを止めてしまっているのは理解出来た。
 あたしはとっさに身体を腕で隠した。いくら裸で寝るのが習慣とは言え、人に裸を見られるのは恥ずかしい。ましてや、その戦士は明らかに男性だったのだから。
 数秒間はどちらも何も言わず、何も起こさなかった。
 その内、不意にその戦士が口を開く。
「……あー、とりあえず、訊きたいのだが……そこに転がっている虫は、お前様がやったのか?」
 英語やフランス語が飛びだしたらどうしようかと思ったけど、その戦士が使った言葉は普通の日本語だった。少しホッとしつつ、あたしは応える。
「え、ええ。あたしが、やったわ」
「素手で?」
「そう、だけど」
 素直にあたしが答えると、戦士は唸る。
「お前様は、もしや……『チキュウ』から来たのではないか?」
「……えーと」
 何を言ってるんだろうこの人は? ここは地球じゃないというのだろうか?
 あたしは少し悩み、応える。
「住んでいるのが地球なのは、確かだけど……」
 そう言うと、なぜか戦士らしき人は非常に驚いたようだった。兜で表情は見えないのに、動揺しているのが伝わって来る。
 大慌てであたしの目の前までやってきた戦士は、それまであたしがテレビの中や漫画の中でしか見たことがない、身分が上の人に傅く体勢になった。兜を脱いで、脇に抱え、そしてあたしに向けて頭を下げる。ちなみに兜の下から出て来た顔は、あたしのお父さんくらいの年齢のようだった。若々しくはないけど、衰えている感じもしない。まさに歴戦の戦士という感じだった。
「失礼いたしました、救世主様!」
 そんな人があたしに向かって傅き、そんなことを言う。
「きゅ、救世主?」
「はい! 『チキュウ』なる場所より現れし者、それすなわち救世主! 現れる十二の化け物を打ち倒し得る、唯一の存在です!」
 そんな力強い宣誓に、もちろんあたしは混乱していた。すぐに理解出来るようなことじゃない。
「え、ええと……とりあえず……」
 まずあたしは最優先事項を口にした。
「服を、貸してもらえる?」
 
 いくら慣れているとはいえ、人前で裸で居続ける趣味はない。
 
 
 
 
「……と、まあそういうわけでさ。その後はライルさんに案内してもらって村まで行って、救世主の伝説を細かく聴いたの。それでまあ、あんまり実感ないけど救世主として活動してみようかなって思って。そんな時にリリスさんの妹さんが村に逃げ帰って来て、話を聴いて……で、あたしがあなたを助けに来たってわけ」
 あたしは背中を預けている木の向こう側にそう話しかける。
「そう……だったんですか」
 木の向こう側から返って来るリリスさんの声は少し弱々しい。ついさっきまで魔物とやらに襲われていたのだから無理もない。
 先ほど見た彼女の姿を思い出すと、さすがのあたしでも暗くならざるを得ない。何せ触手みたいな舌が体中を覆い、それどころか体内まで浸食し、お腹は大量に分泌される唾液によって膨らまされていたのだ。とてもまともな神経ならば耐えられそうになかった。彼女の精神が崩壊する前に助けられたのは僥倖としか言えない。
 ちなみにいま彼女が木の陰で何をしているのかというと、そのお腹を膨らまされるほどに注がれた魔物の唾液を出しているところだった。彼女の身体を侵食していた舌自体は呑ませた薬によって排除出来たが、膣の中に残った唾液は彼女自身で排出するしかなかった。さすがにその様子を見るのは女の子として恥ずかしいだろうと思ったので、いまあたしと彼女は木を挟んでお互いの姿が見えないようにしているわけだ。
 膣内に注ぎ込まれた唾液は中々排出出来ないらしく、結構時間がかかっていた。あたしはその時間を利用してことの経緯を話していた。あたしがこの世界に現れたこと、
「そういえばまだ名乗ってなかったよね。あたしの名前はタツミ。この世界に漢字文化はないみたいだからどういう漢字かは省略するけど……考えてみれば不思議よね。使用している文字は全然違うのに、会話が成立するっていうのは」
「そう……っ、ですね……」
 時々パタパタと水が零れるような音がしていた。その音の出所や理由はわかるけど考えない。
「そうそう、あたしが着てるこの服だけどさ。これはあたしが元いた世界であった『制服』ってものなの。……まあ、あたしの歳でこの制服を着るっているのは本来ならおかしいんだけど、あたしは背も低いし、子供っぽい顔だからそこまで変でもないかなー、って思って。そもそもそれを変だと思える人がいないけどね。こっちの世界では」
「……そういえば」
「ん?」
「こっちの世界に現れた時は……裸だったそうなのに、なんで向こうの世界の服を着てるんですか?」
 向こうから質問が来たのは初めてだ。少しはショックから回復してきたんだろうか?
「それは……あたしもびっくりだったんだけど、昔こっちの世界に来た救世主が残した聖遺物、なんだって。こっちでの普通の服も貸してもらえたんだけど、こっちの方がまだ着慣れてるし。激しく動くためにはこっちの方が良かったし。……ブラとショーツがないのは、ちょっとあれだけど」
 あたしはスカートを軽く摘まんで持ち上げる。いまあたしはいわゆるノーパンとノーブラという状態だった。さすがにそこまで望むというのは贅沢というものだろう。このセーラー服があっただけでもありがたいと思わなければ。
 一応、胸と股間には細長い布を貰ってそれを巻き付けはしてあるんだけど、いつ解けるかわからないからドキドキものだった。いまのうちに巻き直しておこうかな。
「…………救世主、様は」
「様なんてつけなくてもいいよ。タツミって呼んでくれればいいから。ほんとは敬語も要らないんだけどね」
「……タツミ、さんは」
 彼女は躊躇しながらだったけど、そう呼び直してくれた。
「向こうでも、戦士、だったんですか?」
「んー、別にそういうわけじゃないよ。まあ空手は子供の時から習ってたからねー。せっかくのファンタジー世界で物理攻撃ってのは正直味気ないけど……」
 レベルを上げて物理で殴ればいい、じゃあるまいし。
 でもまあ、この世界における救世主と化け物という存在は『桁が違うレベルの存在』と考えればわかりやすいのかもしれない。
 他の戦士や魔物が100レベルを上限としているのに対して、あたしみたいな救世主は1000レベルからのスタート。そりゃ無双も出来るってもんだ。
 こういう例えはこの世界の人に言っても通じないだろうから、言わないけど。 
 あたしはリリスさんが身体の中に注がれた魔物の唾液を排出している間に、一端股間に巻き付けた布を巻きなおすことにした。激しく動いたからか、だいぶ緩んでいる。
 一端完全に解いて、また一から巻き直して行く。
「……タツミさん」
 不意に、リリスさんが問いを投げかけて来た。あたしは巻き付ける動作は止めず、声を返す。
「なに? リリスさん」
「……あの、代えの服とか……持ってない、ですよね」
「あー」
 そういえば彼女はほとんど裸同然だった。魔物に襲われているという話を聴いて飛び出して来たから、そういう準備はしてきていない。
 こちらの倫理観がどういうものなのか今一つ掴めていないところはあるけど、大体はこっちと同じと考えていいだろう。女性が裸で知り合いのいる村に戻りたくない気持ちはわかる。
「そうね……とりあえず、村の近くまで行ったら、そこでリリスさんは待っていてもらって、あたしが服を取りに行くわね」
 それが最善だろうと思ったのだけど、なぜかリリスさんは浮かない声を返して来た。
「そう……ですね」
 なんだかその返答の仕方が引っかかった。魔物に裸に剥かれたってことを村の人に知られたくないんだろうか? まあ確かに、元いた世界で考えればレイプされた後、服を破かれたから家族に服を警察署に持ってきてもらう……といった感じなのだろうし、彼女が躊躇するのも仕方ない。何も言わないことにしよう。
 大体巻き付けたら、最後に適当に結んで止める。よし。これで大丈夫。
「……終わりました」
 大体排出し終わったのか、タイミング良くリリスさんが物陰から出てくる。あたしは意識して笑顔を彼女に向けた。
「それじゃ、帰りましょうか。あなたの村に」
 暗い表情をした彼女を促して、あたしは村へと戻る。
 
 
 
 
 その日の夜。
 あたしは貸してもらった家の屋根の上で、一人魔法の――正確には魔可というらしい――練習をしていた。
 両手を前に翳し、風をイメージする。すると、風がまるで意思を持っているかのように手の平に集まってきた。
「よ、よし……!」 
 それを見詰めつつ、より強い風をイメージしようとして――急に集まっていた風が解けて弾けた。
「ああっ……!」
 ぶわり、と弾けた風の余波が周囲に広がる。ほとんどそよ風が吹いたのと変わらなかった。
「あー、もう!」
 あたしはそう叫びつつ、屋根に仰向けに倒れる。この村の屋根はよく田舎とかで見る藁を重ねたもので、寝心地がいいとは言えないがそれでも寝転がれる程度には柔らかかった。
「全然上手いこといかないなぁ……あたし、もしかして才能ない?」
 子供にも出来る魔可ということで教えてもらったのだけど。
 まあ、こちらの世界で生まれ、魔可を身近なものとして暮らして来た子供と、いままで全くそういった魔可に触れて来ていなかったあたしとじゃ、素地が違うというだけのことかもしれない。
 魔法を使ってどかーんと敵を倒すことに憧れていたのだけど、全く現実は上手くいかないものだ。
 空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。元の世界じゃ、それなりの場所にいかないと見えないような光景だ。
「……んー。星座は全然わからないからなぁ……でも、やっぱり星の配置も違う気がする」
 何となく呟いてはみたけど、実際は全くわかっていなかった。夜空なんて普段見上げないし、星の配置に至ってはオリオン座すらわからない。
 だから呟いたのは『異世界に来た』というシチュエーションを意識しただけの台詞だ。
 なんとはなしに物想いに耽っていると、
「タツミさん」
 ひょっこりリリスさんが現れた。あたしは身体を起こしつつ、屋根に上がってきたリリスさんに視線を向ける。
「あら、リリスさん。宴は終わったの?」
「いえ……まだ続いてます。主役のタツミさんがいないっていうのに」
 主役、と言われてあたしは苦笑する。
「料理はおいしくいただいたけど、あのお酒はダメだわ。独特の臭みがあるし……あたしそんなにお酒強くないし。盛り上がっているのに盛り下げちゃうのも悪いしね」
 あたしは自分の座っている場所の隣を叩いて、座るように促す。リリスさんは一瞬躊躇したみたいだけど、大人しく座ってくれた。
「ところでタツミさん……なんで、屋根の上に?」
「んー、落ち着くから? あたしさ、小さい頃から結構お転婆で……よくおじいちゃんの家の屋根に昇って遊んでたの」
 空手の道場の屋根に上ったこともある。その時は怒られたけど。
「うちは親戚が多かったからねー。一人になりたい時とか、いつも屋根の上に昇ってたのよ。だから、ついね」
「そうなんですか……わかるような気がします」
 ライルさんに聴いた話じゃ、リリスさんも結構お転婆みたいだったし、わかると頷くのはそれでだろう。
 さすがにいまはそういう元気はないみたいだけど。
「リリスさん、身体の調子は大丈夫?」
 そうあたしが問うと、リリスさんは物凄く怯えた目であたしを見た。いや、そんな怯えなくても。
「は……はい……」
 消え入るような声で応えるリリスさん。
 うーん。触れない方が良かったか。
 あたしはそう判断し、話題を変えることにした。
「ねえリリスさん。リリスさんは魔可を扱える?」
「魔可……ですか?」
「ええ。実はあたし、魔法っていうのに憧れててね? こっちの世界じゃ、魔可って言って誰にでも使える技術なんでしょ? だから、使ってみようと思って練習してるんだけど……これが中々難しくて」
 百聞は一見にしかず。
 あたしは実際に掌に風を生じさせる。けれど、やっぱりすぐに拡散してそよ風をまき散らすだけで終わってしまった。もちろん、元の世界じゃこれだけでも十分凄いことだ。実際初めて出来た時ははしゃいだものだけど、何十回もこれだけではさすがに飽きる。
 あたしの言葉を聴いて、リリスさんは少し考え、あたしのように掌を前に翳した。そこに強い風が生じる。
「そう……ですね。魔可というものは確かに誰でも使える技術ですけど。あたしも結構苦労したんです。……まず、おおざっぱなイメージだと成功しません」
 いきなり大きな壁だった。がさつなあたしはおおざっぱなことに定評がある。
「集中して、イメージに全精神力を傾けます。より強く、より正確に、より具体的に……そして」
 強い風を纏った手を、リリスさんは真上に向ける。
「放つ時は激しく。躊躇わず、一気に、放つ!」
 ドンっ、という音がして、風のうねりが空を斬る。おおっ、と思わず声をあげてしまった。
 リリスさんは手を降ろし、少し気恥ずかしそうに笑う。
「……と、まあこんな感じです」
「リリスさんすごーいっ。そういうのがなかった世界から来たから、ほんと羨ましいなぁ」
 褒めたのだけど、リリスさんは表情を暗くする。
「タツミさんは、魔可なんて使わなくても十分強いじゃないですか。魔可なんて使えても……魔物一匹追い払えませんし」
 まずい。またリリスさんが暗くなって行ってる。さすがに自分で言って自分で落ち込まれるとフォローのしようがないんだけど。
「まあ、単純に強いっていうのは嬉しいような気もするけど……やっぱり、夢のある戦い方をしたいよ」
 でもまあ、魔法少女という歳でもないし、ヒーローは物理攻撃の方が多い気がするし、そういう意味では順当な力なのかな。
 そこでふと、あたしはあることに気付いた。
「……救世主が強いのって、なんでなんだろ?」
「え?」
 それだけではリリスさんも意味がわからなかったらしく、不思議そうな顔をされる。あたしは続けて補足した。
「いや、ほら、簡単に魔物を倒せたことから、あたしがこの世界において凄い力を持ってる、っていうのはわかるのよ。けれど、それが何に起因するのかなって」
「何に起因するか……?」
「うーんと、通じるか微妙だけど、普通重い物を持てるのって、筋肉のおかげじゃない? 重い物を持つためには、その分強靭な筋肉があればいい」
 リリスさんは耳を傾けてくれている。
「あたしの身体自体は前いた世界と変わってないの。けれど、巨大な魔物を殴り飛ばすことが出来た。じゃあ、その膂力は一体どこから湧いているのかなって。魔可の原理が働いているのかと思ったけど、ご覧の通りあたしは魔可の扱いがほとんど出来てないからそれもなさそうだし……」
「……魔可、という技術は何も風を起こしたり、火を付けたりすることだけを指しません。肉体を強化する、というのも立派に魔可の技術のうちなんですよ?」
 控え目にリリスさんがそう言い、あたしは目を見開いた。
「そうなの?」
 あたしの中で魔法はいわゆる魔法少女物のイメージだったので、風や火を生み出すのが魔可だとつい思ってたけど……そうか、身体の強化も魔可の内なんだ。
「はい。魔可を利用する際に消費する魔力……その総量が高い人は自然と体が強くなるみたいです。だから、救世主が強いのも、その魔力の総量が桁外れに多いからじゃないか、って……そういう話を聴いたことがあります」
「そうなんだ。なるほどね……」
 でも。
 それでも、まだ疑問は残る。
 なぜ異世界から召喚された救世主の魔力総量が多いのか、だ。単にこっちの世界と元の世界との仕組みの違いとかかもしれないけど、魔可とかが全くない世界で生まれた者に大量の魔力が存在するというのはおかしい気がする。
「あ、あの……」
 物想いに耽るあたしに対し、リリスさんが躊躇いがちに声をかけてきていた。あたしは慌てて笑顔を浮かべる。
「ごめん、ぼーっとしてた。何?」
「その……」
 何か言い淀んでいる。あたしは彼女が口を開くのを待つことにした。
 数十秒後、彼女が放った質問は意外なものだった。
「タツミさんは、これからどうするんですか?」
 どうする、とは抽象的な問いだ。あたしは少し考えを整理する。
「そうだね……救世主として活動することだけは決めてるけど……んー。まずは、大きな街とかに行ってみたいな。大きな街なら色々情報も集まって来るだろうし……」
 救世主が存在するからには対となる化け物も存在するはずだ。少し前には一匹の化け物が暴れてその周囲を根こそぎ荒野にした、という情報もある。だけど、やはり辺境の村に入って来る情報は断片的なものでしかない。正確な情報を集めるためには大きな街の方が都合がいい。
 そんな風に考えて何となく言っただけだったんだけど、なぜかリリスさんは凄く食いついて来た。
「じゃ、じゃあ! あの、私も連れて行ってくれませんか!?」
「え。ええ?」
「何でもしますから! お願いします!」
 その勢いの良さにあたしは困惑する。もしかして、よっぽど田舎から都会に出たかったんだろうか? あたしも田舎に収まっていられるような気質じゃないから、気持ちはなんとなくわかるけど。
「でも、リリスさん。ついて来てもらってもいいんだけど、たぶんもの凄く危険だよ? 化け物っていうのは、救世主と同じで物凄く強いんでしょう? 戦いに巻き込まれでもしたら……」
「覚悟の上です」
 真剣な――というか、むしろ必死な――目で彼女は断言する。そこまで言われるとあたしは首を横に触れなかった。
「あたし一人の一存で決めるのもどうかと思うけど……そこまで言うならいいよ。あたしは反対しない。でも、化け物相手との戦闘になった時、安全は保障できないけど、いい?」
「はい」
 微かに震えていたような気もするけど、彼女は明瞭な声で言う。そこまで決意があるならあとはあたしがどうこういうことはない。実際同行させていいのかどうかはまたライルさんとかに聴いてみよう。それで駄目だと言われたら諦めてもらうしかない。
「……ところで」
 リリスさんが急にそう言って話を転換した。
「タツミさんは……いいんですか?」
「いいって、何が?」
 そう聞き返すと、彼女は少し躊躇いがちに言う。
「救世主として召喚されたとはいえ……タツミさんにとって、この世界はあくまで異世界じゃないですか。危険も一杯あるってわかっていて……なんで、私達のために戦ってくれるんですか?」
 言ってしまえばあたしのような救世主達はこの世界とは無関係な存在だ。だから彼女にしてみれば不思議なのだろう。
 あたしはどういう答えを返すかで少し悩んだ末、素直にこう答える。
「あたしはね、子供の時――ヒーローになりたかったんだ」
「ヒーロー……?」
 友達に言えば三週間はからかわれると思われる内容を、あたしは彼女に向かって話す。
「そう。悪い奴をぶっとばして弱い物を救う存在」
 あたしは満天の星空を見上げながら、呟く。
「ヒーローって奴にね」
 ただしそれは――必ずしも、正義を意味しない。あたしにとって大事なのは。
 『敵をぶっ飛ばす』という行為にこそあった。
 
 あたしは破壊衝動を持っている自覚がある。
 むしゃくしゃしたら何かを壊したくなるのは誰にでも当てはまることだろうけど、あたしの場合そんな理由はいらなかった。普通に、何気なく、何かを見たとき、あたしはそれを壊したくなる。ただ、壊すにしても『壊してすっきりするもの』じゃないと嫌だった。
 ダメな例は複雑怪奇に組み上げられた芸術作品。あれは壊してもすっきりしない。芸術家が端正込めて作ったものを壊しても、それでは後味が悪い。
 逆に壊したくなるのは、そのままでは役に立っていない廃墟など、『壊した』ことに対して称賛を浴びることが出来るような――そんなものだ。
 壊すことによって褒められたい。認められたい。感謝されたい――空手の瓦割りなんかはその最たるものだった。あたしにとっては拳を痛めることより、何十枚もの瓦を破壊して誉められる方が重要だった。そのせいで骨折したこともあったりする。
 そんなあたしにとって、子供の頃に憧れた存在は怪人や悪人をぶっ飛ばすヒーローだった。絶対悪を勧善懲悪的に吹き飛ばすヒーロー。それがあたしの理想だった。
 そういう倒すことで周囲に喜ばれる『敵』をぶっとばしたいといつも考えていて――もちろんただの空想だ――そういう敵が現れてはくれないかといつも思っていた。
 そんなあたしが救世主として召喚されたのはある意味で当然だったのかもしれない。
 
 あたしはいままで誰にも言ったことがなかった話をリリスさんに向けて話した。
「まぁ、そういうわけでね。化け物との戦いはむしろ望むところなのよ」
 全力を出しても、誰に憚ることのない相手。
 もちろん、レベルの違う魔物と違ってこちらが負ける可能性もある。だけど――だからこそ、あたしはそんな化け物と戦いたかった。その上で勝てれば、あたしは最高の歓喜を得れるはずだから。
「怖くは……ないんですか?」
「武道家たるもの、恐怖に負けてるようじゃダメ。そういうのに打ち勝ってこその、武道なんだから」
 もっとも空手の師範には『お前は武道家とは言えない』とばっさり言われてるけど。師範にはリリスさんにした話はしてないのだけど、あたしがどういう気持ちで空手に打ち込んでいるのかくらいは師範にはわかるのだろう。
 それでも、あたしはこれでいい。
 
 これが――あたしだ。
 
「……タツミさん」
「なに? リリスさん」
「私に、カラテを教えてもらえませんか?」
 なにやら彼女に感慨を与えてしまったようだ。あたしは少し考えてから頷く。
「いいよ。代わりにあたしに魔可を教えてくれる?」
 ギブアンドテイク。良好な関係を築くならこれは必須だろう。
 彼女はその申し出を快く受けてくれて――互いに互いを教え合う、理想の関係が築かれた。
「よろしくね、リリスさん」
「こちらこそ、タツミさん」
 
 満天の星空の下、あたしと彼女は拳を合わせる。
 
 
 
 
『千編万花』 第七章 に続く
 
 
 
 

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