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『千編万花』 第五章

『千編万花』の続きです。
今回の話にもエロ描写はありません。
(ぬるいMC描写はあります)
 
それでは続きからどうぞ。
 
 
 
『千編万花』 第五章
 


 カナミはウサギだ。
 比喩でも何でもなく、彼女はその動物の姿でこの世界で目を覚ました。
(ここは――どこ?)
 一人暮らしのアパートの一室で寝ていたはずの彼女は、薄暗い森の中に一人投げ出されていた。静かな夜だった。
(私――なに――身体――)
 起きあがろうとした彼女は、いつもの体ではなく、ウサギの身体になってしまっていたため、上手く起きあがることも出来なかった。後ろ足が虚しく地を掻き、前足が空を泳ぐ。
 彼女が自分に起きた事態を認識することが出来ない間に、『それ』はやってきた。
 突風が吹き荒れて、木々を揺らし、それまで静かだった森の中を喧騒に満たして行く。
(ひっ――い、ぁっ――!?)
 その瞬間、カナミは頭の中で大音量のロックミュージックでも鳴りだしたのかと感じた。ウサギであるからか、彼女は音の情報を際限なく取り込んでしまうようになっていた。それは頭蓋骨が震えていると感じるほどの、明確で明瞭な衝撃だった。
 世の中には対象者にヘッドホンをかけ、そこから大音量の音楽などを流し続ける拷問があるという。大きすぎる音というのはそれだけで凶器なのだ。
 しかもカナミの場合、その音に付随する一つ一つの情報――基本の音階や何がどう音を立てているのかということまで――を余すことなく認識させられていた。それは特別優秀なわけでもない、単なる一般人でしかないカナミには重すぎる情報量だった。
『ぎ、ぎ――ぎぎ、ギィアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
 音から逃れようと奇声を上げ、カナミはのたうちまわって暴れる。しかしそれは逆に音を立ててしまうことになり、さらに彼女を狂わせた。
 大きさや姿は普通のウサギとそう変わらなかったが、そこに込められた力は大きく、周辺の木々を倒壊させるのは当然のこと、地面すらも抉ってカナミは暴れまわる。
 それはまるで自然災害が歩いているかのような惨状だった。
 
 そんな彼女の行動は、その森の周辺に住む村人もすぐ知ることとなった。
 当然、その村人達は暴れまわるカナミを危険な魔物と考え、彼女を討伐する目的で名のある戦士達をたくさん呼び集めた。
 戦士達は彼女を討伐しようとしたが、彼らにとって不幸だったのが、身を守るための甲冑や数々の魔物を切り捨てて来た武器らが、それを装備して動くと大きな金属音を立ててしまうという点だった。普通ならばそこまで問題になる音ではなかったが、些細な音でも鮮明に拾ってしまい、その度に頭が割れそうな苦痛を感じるカナミには『異常に苦しい音の元凶』という認識にしかならない。
 戦士達が集まってきた頃にはカナミがこの世界に現れてからすでに数日経っており、その間音に悩まされ続けたカナミは全く眠れていなかった。それは彼女の判断力や意思を弱めることに繋がり――彼女は本能のまま、不快な音に対して攻撃をかけてしまったのだ。
 いかに激情のまま吐き出される稚拙な力だとしても――あるいはだからこそ――彼女の力は戦士達を蹂躙し、そのことごとくの命を奪った。生きている者は死ねば静かになる。そう彼女は考えてしまっており、とにかく『静かにする』という目的のみで動く彼女はその周辺一帯を荒れ地に変えてしまった。
 虫から木々に至るまで、あらゆる生命活動が止んだ森はもはや森とは言えなかった。ようやく静かになった森で、彼女は休息を取ることが出来た。
 それでもひっきり無しにやってくる戦士のために、彼女は少し寝ては起こされ、少し休んでは攻撃されて、ちゃんと休めることがなかった。
 彼女は半ば夢うつつのまま、音がする原因を壊し、倒し、そして殺すことを繰り返していた。
 そんなある日、彼女が可能な限り静かな場所で、目を閉じて蹲っている時。
 突然、声がかけられた。

『よう、お前。言葉はわかるか?』

 彼女はその事実に驚いた。なぜなら音を聴くことに長けている彼女は誰かが――あるいは何かが――近づいてくれば即座に気付くことが出来ていた。それなのに、その『声』の持ち主はまるで彼女に気付かれることなく、すぐ近くまで静かに接近していたからだ。
 彼女が目を見開いた時――その場所には、新雪のように柔らかそうな真っ白な体毛のネズミが立っていた。そう、『立って』いたのだ。
 まるでコメディアニメの登場キャラクターのように、後ろ足で立ち上がり、その小さな前足を軽くあげている。敵意がないことを示しているらしい。
 虚を突かれた彼女は、完全に動きを止めてしまっていた。蛇ではなくて鼠だが、睨まれた蛙の気分を味わっていた。ウサギとネズミが向きあう光景は、どこかシュールで、おかしな光景だった。
 それがカナミの、ネズミとの出会いだった。
 それから、彼女はネズミ――ハジメと名乗った――の庇護を受け、彼の『巣』に世話になっている。


 その日、カナミはいつもハジメがいる部屋を訪れた。
 ドアをノックする直前、彼女は部屋の中でハジメが誰かと話していることに気付く。
「……ああ、そうか。なるほど。……で、その貢物とやらの中身は? ……そうか。まあ仕方ない」
(電話中かな――って、この世界にはそういう物はないんだっけ)
 カナミはハジメからこの世界のことを『まあ、よくあるファンタジー世界みたいなもんだ。基本、機械類はないって考えていいぜ』と説明を受けていた。
 そのことと、自分の耳が話している相手の声を捉えていないこと。その二つのことから、カナミはある予想を立てた。耳を澄ませて部屋の中に意識を集中する。彼女の予想が正しければある音が聞こえてくるはずだった。
(……あ、やっぱり)
 そしてその予想はズバリ的中する。ハジメが座っていると思われる椅子の上、天井裏から微かに音がしていた。音を聴く能力であるカナミですら微かにしか聞こえない音。さすがというべきなのだろう。
「とにかく、ご苦労だったな。いつも通り報酬は倉庫に置いてある。勝手に取って行け」
 ハジメが話をそう締めくくると、天井らの気配は波が引いていくように消えていく。
 カナミはそれを確認してから、控え目にドアをノックした。
「誰だ?」
 ノックに対し、少し警戒したような声が返って来る。
「か、カナミです。少し、いいですか?」
 その言葉を聴いたハジメの警戒が緩んだのを、カナミは感じる。
「なんだ、お前か。いいぞ。入れ」
「し、失礼、します」
 カナミはドアノブを捻り、遠慮がちにドアを開ける。ハジメは部屋の奥に置かれた机に、悠然と腰掛けていた。部屋に入ってきたカナミを薄く浮かべた笑みで見ている。
「少しは人の姿には慣れたか? ……俺達の場合、こちらが普通だから慣れるも何もないかもしれんが」
「え、えっと。はい。ありがとうございます。人化のネックレスを貸してくれて……」
 そう言って、カナミは胸元で揺れるネックレスを指先で触れる。本来この世界でカナミはウサギの姿をしているが、そのマジックアイテムのおかげで彼女は人の姿を取ることが出来ていた。
 ちなみに、ハジメの胸元にもカナミと同じネックレスが揺れていた。
「こ、この身体には慣れないですけど……鏡とか見ると、びっくりします」
「だろうな。まあ、このネックレスは本来、別人に慣れるのが利点だからな……元々の俺達というわけにはいかない。……俺はこの姿の方がいいがね」
 苦笑いを浮かべるハジメ。それに対し、カナミは困ったような笑顔を浮かべた。
「か、カナミは、やっぱり、慣れなくて……背も違いますし、手の長さとかも……」
「まあ、その違和感も暫くすればなくなるだろう。それまでは我慢するしかないな」
「そう、ですよね……」
 少し俯きがちになるカナミに、ハジメは腰かけていた机から離れて近づいた。手の届く位置まで行くと、軽く手の平で彼女の頭を撫でる。
「そう悲観するな。お前は安心して暮らしているだけでいい。敵は俺が排除してやる」
「ハジメ、さん……」
 なんでそこまで、という目を向けるカナミに対し、ハジメは笑う。
「まぁ、同じ化け物のよしみという奴だ。俺も一人の時は色々と面倒だったり大変だったりしたからな……協力し合えるなら、それに越したことはない」
 ハジメはカナミを椅子に座らせ、自分は部屋の隅に用意しておいたお茶を用意する。
 ところで、とハジメは話を変えた。
「お前が地下室に降りてくるというのは珍しいな。どうかしたのか?」
「あ、えっと……」
 真正面から問われたカナミは、一瞬返答に窮する。
「え、えと……その……『館』の中がやけに騒がしくて……それで、何かあったのかな……って」
 何かカナミにも出来ることあるかな、と。
 彼女は消えそうな声で呟いた。それに対し、ハジメは興味深そうに唸る。
「ふむ。その心がけは立派だが……確かに、お前の力は超強力ではある。だが、役に立つかと言えば――正直扱い辛い。俺の力で制限しなければ自身が苦しむほどのものだからな……せめて、お前がお前の意思のみで能力を扱いこなせれば、変わって来るんだが」
 その言葉に、カナミは恥じ入るように俯いた。そう、彼女は自身の『音を聴く能力』を御しきれていなかった。初めてこちらの世界で目覚めた時のように、際限なく周囲の音を拾ってしまうため彼女自身の精神がその情報量に耐えきれなくなるのだ。
 いまはその能力はハジメが自身の能力で持って封じている。正確には『能力で音を聴いている』ということを、『能力で何の音も聴いていない』と認識させているが。ハジメの力はそういった誤認識の類を引き起こすのが得意なのだ。もっとも、この部屋に入る前にやったように、カナミ自身が望んで特定の音を聞こうとした時には、ある程度聞こえるようにはなっている。
 自らの力不足を嘆いて俯いてしまったカナミの前に、ハジメはお茶を入れたカップを置いた。
「まあ、そう落ち込むな。お前が仮に完璧に能力を扱えたとしても、やっぱり俺はお前にどうこうしてもらおうとは思わんよ」
 彼は優しい笑顔で続ける。
「子供を争いに巻き込むわけにはいかんからな」
 ハジメのその言葉はカナミを完全に子供扱いする台詞だったが――。
 それはカナミにとって何よりも嬉しい言葉だった。
 
 カナミは元の世界で天涯孤独の身の上だった。
 両親はある大きな事故に巻き込まれて他界しており、当時まだ小学生ですらなかった彼女は寄る辺を失った。幸い両親の保険金は彼女の手元に残り、両親が『万が一のために』と雇っていた弁護士が優秀かつ清廉潔白な人物であったため、金銭面において彼女が困ることはなかった。しかし、彼女にとって祖父母に当たる人達は早くに亡くなっていて、叔父や叔母と言った親戚も彼女にはいなかった。そのため両親が亡くなってからは施設に入って生活していたが、カナミは集団生活が何よりも苦手な性格をしていた。他人に対する怯えが強く、施設で多数の者と共同生活を送ることは彼女にとって苦痛だった。施設の中で彼女はそれなりの人間関係を築いていたが、それでもそこから離れたいという意識が強かった。
 両親の保険金があったこともあり、中学校にあがるのに合わせて、彼女は施設を出て一人暮らしを始めることを決めた。
 後見人である弁護士に相談し、弁護士が管理しているアパートに一人暮らし出来ることになった。もっとも、カナミのような女子が一人暮らしをすることに施設の管理者や弁護士も最初は当然難色を示した。だが、カナミは規則正しい生活習慣を施設の中でも非常に良い水準で維持しており、また彼女自身の几帳面で真面目な性格も手伝って、最終的には認められたのだ。
 本格的に一人暮らしを始めるのは中学校に上がってからだが、それまでも少しは一人の生活に慣れておいた方がいいということで、彼女は中学校に上がる前からアパートで暮らしていた。
 彼女が『その世界』に呼ばれた年越しの日も、彼女はあえて一人になることで、寂しさに耐えられることを示すつもりだった。
 だというのに――彼女はこちらの世界に召喚され、『化け物』になってしまった。
 召喚は彼女に振りかかる一連の不幸の一環なのか、それとも逆にこの世界にやってきたことは彼女にとって幸福なのか。
 それはまだわからない。
 
 カナミは、同い年の子供ほど人に甘えることはなく、また彼女自身が『人に甘えてはいけない』と自らを律していた。親も兄弟もいない彼女にとって、それは生きていく上で必要な決意でもあったのだ。
 しかし。
 そうは言っても、事実としてカナミはまだ弱い十二歳。小学六年生の子供である。人化のネックレスを使っている彼女は二十代前半の女性の姿をしていたが、実際はその半分くらいの年齢しか歳を経ていない。
 子供扱いされ、甘やかされることは彼女にとって何よりも嬉しいことであった。だから気負いなく、『全て俺に任せていろ』と断言してくれるハジメの言葉が、カナミにはとても嬉しかった。彼のためならば何だってしたいと、そういう風に想って今回も彼の元を訪れていた。
 彼女の恩人であるハジメは、そんなカナミの想いに気付いているのかいないのか、いつも通りの様子で自分の分のお茶を淹れている。
 それを口にしつつ、ハジメは言う。
「お前は何もしなくてもいい…………とはいえ。一応お前にも状況は説明しておこうとは思っていた。そうでないと不安になるだろうしな」
 子供扱いをしつつも、一人の存在として決して軽んじはしない。
 ハジメのその対応はカナミの自尊心と子供扱いされたい願望とを、同時に叶えてくれるものだった。彼女が胸の内で喜びを噛み締めている前で、ハジメがもう一口お茶を呑む。
「つい先日、救世主が二人も現れたそうだ」
 まるで昨日家を訪れた客のことを話すような口ぶりで、ハジメは言う。そのせいでカナミは事実を呑みこむのに一拍の間を必要とした。
「……え。ええっ!? は、ハジメさん、それって……!」
「うむ。予想外だ。この世界に伝わる伝承によると、現れる化け物は十二体。それに呼応して救世主も十二人。それが狂ったようだな」
 救世主は化け物を倒す者。
 そんな存在が二人も現れたと聴かされたカナミは冷静ではいられなかった。しかしハジメの方はと言えば悠然とした様子でお茶を呑む。
「これがバランスというものなのかもしれん」
 そうハジメは呟いたが、カナミには意味がわからなかった。
「バランス……ですか?」
 思わずそう訊き返してしまう。ハジメはああ、と頷いて。
「俺達『化け物』勢はいま鼠、牛、虎、兎の四体が揃っているよな?」
 丁寧に説明を始めた。カナミに理解させるために、噛み砕いてわかりやすく。
「それに対し、救世主も四人。その内の一人をこの間倒した。それはお前にも説明したな?」
 確認されたカナミは、こくこくと頷いた。よし、とハジメは続ける。
「つまり、この時点で俺達化け物は四、救世主は三になっているわけだ。……そこで、救世主が二人現れたという情報だ。それで救世主が五」
「一人、救世主が多くなって、ません?」
 カナミがそう訊くと、ハジメは首を左右に振る。
「いや、これまでの経験上、化け物と救世主が現れるタイミングはほぼ同時だ。つまり、化け物にも『五番目の化け物』――つまり」
 ハジメは目を細めて言う。
「龍もこの世界に現れているはずだ。つまりこれで化け物も五。だから、バランスなんだ」
「化け物と……救世主と……同じ数になるように?」
「ああ。この事実はこの召喚が人為的なものでない可能性が高くなったことを示している」
 さらに続くハジメの講釈に、カナミは目を白黒させる。
「な、なんで?」
 思わず敬語を使うことも忘れてしまったが、ハジメはそこは気にすることなく続けた。
「まず、もしも誰かの意思でこの召喚が行われている場合――いまさら数を合わせるように動くのは意味がない。倒していなかったというだけで、救世主の一人はかなり前から無力化しているんだからな。生かすも殺すも俺の自由になった時点で、もはや救世主としての役割を果たすことは出来ん。誰かが目的を持って俺達を召喚し、化け物と救世主を争わせているとしたら、その時点でその救世主は数に入れないはずだ。時期もおかしい。仮に俺達の戦いを見ている奴がいたとして、倒してすぐに新たな救世主が召喚されなかったのは妙だ。だから、人為的なものではなく、あくまでもなんらかのシステムに乗っ取って召喚が行われていると考えるのが妥当だ――という結論に達した」
 まあもっとも、とハジメは続ける。
「召喚には時間がかかるとか、すでにいる者がいなくならないと規定数以上の者を召喚することは出来ないとか、召喚できる時期が決まっているとか――色々な可能性が考えられるから、この召喚が『自然的なものである』と断言出来るわけじゃないが」
 残っていたお茶を全部喉の奥に流し込み、ハジメは笑う。
「お前は考えなくてもいいさ。俺に任せておけ。元の世界に帰る方法も、探らせているしな」
 任せておけ、という言葉が力強く響く。それがカナミにとっては何よりも心強いことだった。
「はい……ありがとうございます。カナミ、何も出来なくて……」
「気にするな。子供が遠慮するもんじゃない」
 そういうハジメは、ふと部屋の扉へと視線をずらし――指を鳴らした。
 途端、カナミの瞳から光が失われ、力が抜けた手からカップが落ちそうになる。
「おっと」
 すかさず差し出したハジメの手にカップは治まり、中身がカナミの膝にかかることは防がれた。
 ハジメはカップをそっと机の上に置くと、カナミの頭に手を置く。
「悪いな。だが、ここでのことをお前に見せるわけにはいかんからな――立て」
 そう言ってハジメはカナミに立つように命じた。カナミはそのハジメの言葉に従って立ち上がる。
 それと同時に、部屋の扉がノックされた。
「入れ」
 扉を開いて現れたのは、召使としてハジメが使っている女性だった。その服は給仕服ではあるものの、かなり際どいもので、まともな者が身につける服ではなかった。
「ハジメ様。お時間です。お知らせに参りました」
 その召使の言葉に、ハジメは壁の時計を見上げる。
「なんだ。もうこんな時間だったのか……わかった。すぐ行く。……ああ、お前。カナミを上の『館』に連れて行ってくれ。子供は寝る時間だしな」
「了解しました」
 それからハジメはカナミの方を向き、ぼーっとしているカナミの頭に再び手を置いた。
「カナミ。お前は俺と話した後、話すことがなくなったから、使用人と一緒に部屋に戻ることにした。使用人の格好をおかしいとは思わない。記憶の欠落には思い至らない。いいな?」
「はい。思いません」
 機械的な返答をするカナミ。それを確認したハジメは満足げに頷く。
「よし、いい子だ。いい夢を見ろよ」
 そう言ってハジメはカナミを送りだす。
「……さあて、忙しくなってきやがったな」
 ハジメの呟きはドアの閉まる音でカナミには届かなかった。

――そして、カナミは我を取り戻す。

「……あれ?」
 カナミは小さく呟き、周囲を見回した。そこは彼女が自分の部屋として宛がわれている『館』の部屋だった。
(私、いつ『地下室』から上がって来たんだっけ……?)
 ふとそう思ったが、話すことがなくなったためハジメに戻るように言われたことを思い出す。
 そのついでに、すぐ傍に立っている使用人のことにも思い出した。
「カナミお嬢様。就寝のお時間です」
 まるでカナミが気付くのを待っていたかのように、使用人は言う。
「っ……は、はい……」
 使用人の機械的な声に肩を竦ませながら、カナミは頷く。彼女はその使用人に慣れていなかった。元々人見知りしがちな性格ということもあるが、その使用人はまるでロボットのように表情がなく、人を相手にしているというよりは『使用人』という役割のモノを相手にしている気分になってしまうのだ。精巧に作られた人型ロボットに対して気味が悪い、と思う感情に近いかもしれない。
(綺麗な人……ハジメさんは、こういう人が好きなのかな)
 なんとなくカナミはそう思い、微かに胸の奥に痛みを感じる。それがどういう感情に起因するものなのか――幼い彼女にはわからなかった。
 寝る準備を整えている間、カナミはハジメから聴いた話を整理する。
(救世主と、化け物の戦い、かぁ……ハジメさんも、私だって、化け物なんかじゃないのに……なんで化け物として現れちゃったんだろう)
 それは仮にハジメに聴いたとしてもわからない問いだっただろう。
 彼女は人化のネックレスは見に付けたまま、ベッドの中に入る。
(……ハジメさんは、まだ働いているんだろうなぁ)
 ハジメが地下室で何をしているのか、カナミは聴かされていなかった。自分達を倒しに来る救世主に備えて何かしているとは聞いていたが、具体的なことは何も聞いていない。
(少しでもお手伝い、出来ること、ないかな……)
 何もしなくてもいいとは言われても、やはりただ世話になるというのはカナミの性格上難しかった。
 些細なことでも自分でも出来ることはないか、明日もう一度ハジメに聴こうと思いつつ、カナミは眠りにつく。
 その日カナミが見た夢は、荒れ果てた地で人に追われて逃げる自分を、白馬に乗ったハジメが助けにやって来てくれるという――大人ならば死にたくなるくらい赤面ものの――いまどきの子供が見るにしてはチープに過ぎる、

 子供が見る夢だった。
 
 
 
 
『千編万花』 第六章 に続く
 
 
 
 

Comment

No.506 / 名無しさん [#-]

主人公は何人いるんだろう?

2012-01/31 07:27 (Tue)

No.507 / 光ノ影 [#-] Re: タイトルなし

> 主人公は何人いるんだろう?
読者を混乱させずに書ききれるか筆者も心配です……(苦笑)

2012-01/31 23:05 (Tue)

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