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『雑貨店へようこそ』 ~牛~ その8

これは前書いた雑貨店シリーズ『牛』の続きです。
これまでの話はこちら→       

では、続きからどうぞ。

『雑貨店へようこそ』 ~牛~ その8




 私も使ったことがあるこのスタンプは――男性に使うと、女性化も含み、容姿もそれまでの物とはまるで違う物になるが、女性が使うと身体が『牛』化するだけになる。容姿が優れていない女性に使う場合はあまり良くないが、初めから容姿が優れた女性に使うなら画一された容姿にならずに様々な容姿の『牛』を作れることになる。ちなみに男性に使った場合は程度の差はあれ、ほぼ同じ容姿になる。
 つまり、今回のように最初から様々なタイプの容姿を持つ女性が集まっている時には、このスタンプは非常に有用性が高い。
 勿論、スタンプは一時的に『牛』化させるだけであるから、私が最終的にやろうと思っていることには向かないのだが、一時的に変化をさせるならこのスタンプは都合が良い。
 私はそれを、『お嬢様』のような女の子に手渡した。




 スタンプを手渡された私は、どうしてここでスタンプが出てくるのかわかりませんでした。
 つい、牧場主の方を胡乱な眼で見てしまいます。
「あの……これは……?」
 私は『こんなところで四つん這いになったら怪我をしてしまうのではないでしょうか?』と訊いたのです。その質問の答えがまだ返って来ていません。それが何より不満でした。
 牧場主の方は笑顔で私の持つスタンプを示します。
「まあ、騙されたと思って、そのスタンプを自分の手の甲に圧してみてください」
「はあ……わかりましたわ」
 何を意図しているのか全くわかりません。わからないと言えば、なぜ牧場内で女性は裸でいなければならないのかということもわからないのですが……とにかく、押してみることにいたしましょう。やってみなければわからないということもあるでしょうし。
 私はスタンプの位置を確かめつつ、思い切って手の甲に圧し付けてみました。一秒ほど圧し付けて離すと、私の手の甲にはくっきりとスタンプの跡が残って――そう思った瞬間です。
 視界が真っ暗になって、自分の身体が地面に倒れ込む感触がしました。物凄く身体が熱いです。
「っ……!」
 いちるを始め、私を心配する声が遠くに聞こえます。耳まで遠くなってしまっているのでしょうか。何がどうなってしまっているのでしょう。
 唐突な状況に混乱していると、落ち着いた調子の牧場主の方の声が響きました。
「大丈夫ですよ。すぐ楽になります」
 本当に楽になるのでしょうか。先程から視界は相変わらず真っ暗ですし、それに……なぜでしょう、胸やお尻から非常に激しい痛みが発生しています。気を失いそうな程に強く、そして鈍い痛みです。何よりその部分に熱湯でも近づけられているかのような、熱が生じています。
 何分、いえ、実際には何十秒かのことだったのでしょう。でも私には何十分もその苦痛が続いていた気がしました。
 唐突に痛みや熱が引いていきました。視界も暗かったのが徐々に戻り初めて、私はようやく安心することが出来ました。
 視界が元に戻ると、私は地面に倒れてしまっていることに気づきました。自慢の長い髪が地面に散らばってしまっています。でも、なぜか汚いという気持ちにはなりませんでした。
「留美ちゃんっ。大丈夫?」
 目の前でいちるがしゃがみ込み、心配そうに私を覗きこんでいます。こら、いちる。裸でそんな風に座り込むものだから、恥ずかしいところが私から丸見えになってしまっていますよ。同性とはいえ、羞恥心は持ちなさい。私はそう言ってあげたい気分でしたが、全身にわだかまる倦怠感に圧倒され、口にすることが出来ませんでした。
 それでもずっと地面に倒れ込んだままではいけないと思い、なんとか手を突いて身体を起こします。そこで初めて違和感に気づきました。
(なんだか……胸が……重い……?)
 自慢ではないですが、私の身体の発育は同年代の子達より少し良いものです。いちるは置いておくとしても、クラスの中では一番であるという自覚があります。ただ、それはあくまでも同年代に比べれば、というだけで、年齢が上の人と比べれば普通レベルでしょう。
 私は恐る恐る目線を落とし――自分の胸が、明らかに大きくなってしまっていることに気づきました。さきほど牛舎から出てきた『牛』達並みの大きさになってしまっています。
『こ、これは……一体……?』
 唖然としていると、いつの間にか足元の方に移動していた牧場主の方が手を伸ばして『ソレ』を掴みます。
 それを掴まれた時、背筋に何かよくわからない感覚が走りました。
「そのスタンプ、圧した人の身体を、『牛』の物に変えてしまう物なんですよ」
 牧場主の方が掴んでいる『ソレ』が――『牛』の尻尾のような物の繋がっている先は、私のお尻でした。
 身を捩って見てみると、はっきりとわかります。私の尾てい骨付近から、その『牛』の尻尾は伸びていました。先程背筋に感じた得体のしれない感覚は、尻尾を触られている感触だったのです。
 普通ならあり得ない部分に生じる感覚に、私の頭は混乱していました。背筋から這い上がってくるような『尻尾を触られている感覚』は、私自身の身体が人間のそれとは異なった物になってしまっていることを否応なく感じさせます。
「ほら、立ってみてください」
 牧場主の方は尻尾を離し、私を促します。私はその促しに応じて立ち上がろうとしましたが――四つん這いになったところで、どうやってもそれ以上身体が起こせませんでした。膝から下がまるで動かないのです。身体が思う通りに動かない、ということに、私は再びパニックに陥るところでしたが、いまの自分は『牛』になってしまっているのだから、四つん這いまでしか身体が起こせないのは当たり前のことだと不意に気づきました。『牛』が二本足で立っていたら、それはとても奇妙なことでしょう。
 少し落ち着いた私は、首を曲げて自分の身体を改めて観察します。尻尾が揺れているのが視界の端に移りました。裸の体は日光を反射して眩しいくらいに白く光っています。元が人間だったにしては立派な『牛』の姿が出来ていると思います。試しに尻尾を振ってみようとすると、私の思い通りに動きました。尻尾が左右に揺れる感覚があり、犬が尻尾を振る時はこういう気分なのかと、思わず感心してしまいました。
 尻尾の感覚を確かめたあと、私は重くなった胸の重量を感じつつも、手足を動かして少し移動してみます。膝頭の部分や掌は強く地面に擦れているというのに、全く痛くありませんでした。よくよく見ると少し皮が厚く、丈夫になった気がします。そのため人間なら怪我をしてしまうことをしても大丈夫なのでしょう。『四つん這いになったら怪我をしてしまうのではないか』という私の質問に対する答えがこれなのです。
 野外を四つん這いで歩く、というのはどうも妙な感じがして慣れないものでした。暫く身体の調子を確かめた後、私は傍にいたいちるを見上げて声をかけます。
『本当に、不思議な現象ですわね……一体どういう原理なのでしょう?』
 私はそう言ったつもりでした。なのに、何故かいちるはおかしそうに笑います。
「留美ちゃん、ほんとの牛さんみたい~。可愛い~」
 なぜそんなに楽しそうなのか理解出来ませんでしたが、牧場主の方がその疑問に答えてくださいました。
「ああ、このスタンプはかなりランクが高いものでしてね。声も『牛』のそれと変わらないようになるんですよ。だから、いまさっきの君の声も『モォー』っていう牛の鳴き声にしか聞こえなかったんですよ」
 なるほど、なぜいちるがそれほどまでに楽しそうにしていたのかその理由がわかりました。
「あたしもやりたいですーっ。圧してみていいですか?」
 地面に落ちていたスタンプを手に取り、いちるが無邪気に言います。そのあまりに無邪気ないちるの行動に、牧場主の方は苦笑されたようでした。ようでした、というのは四つん這いになっている私からだと、背の高い牧場主の方の顔が見えないからです。
 頭を上げ、胸を反らすような体勢になれば恐らく見えるのだとは思いますが、さすがにその体勢は胸を突き出すような形になってしまうので恥ずかしかったのです。そのため、つい俯きがちになってしまいます。
 視界の外から、牧場主の方の言い聞かせるような声が降ってきました。
「うーん……そうですねぇ………いや、君には別の体験をしてもらいましょう。……君には『牛』の姿は似合わないでしょうし」
 そういうと、牧場主の方は従業員と思われる女性の方に指示を出して何かを取ってくるように言っているようでした。その間にいちる以外のほとんどの女子に先程のスタンプを使用させていました。端から見ると改めて凄い変化が起きているのだと実感できました。
 ただ、どうやら牛同士では言葉が通じるようです。それがわかったのは、
『不思議だねぇ、スタンプ圧しただけなのに』
 私達のクラスで委員長を務める真中さんがそう声をかけてきたからです。すでに『牛』化が済んでいるはずの彼女の声は、先程の説明を踏まえれば牛の声になるはずですが、私にはごく普通の人の声として認識出来ました。
『そうですね。一体どう理屈なのかあとで質問の時間に聞いてみたいものですわ』
 さぞ、凄いテクノロジーが使われているのでしょう。
 どういう仕組みでこのような現象が起きているのか、私なりの想像を巡らせていると、他の子たちの『牛』化が終わったようです。
「それでは『牛』となったみなさんは横一列に並んでくださーい」
 牧場主の方にそう指示され、『牛』になった私達は横一列に並びます。つい先程まで人間だった私達が『牛』となって、牧場の『牛』達と変わらない姿になっているというのは、なんとも不思議な感覚でした。
 男の子達や、いちると同じく『牛』化から除外された――いちるもその中の一人です――女の子達はそんな私達を興味深そうに観察しています。
 そんな風に、私達を見ている子達に対し、牧場主の方は何か配っているようでした。
「これを持って、『牛』化した子達のところに一人ずつ並んでください。ああ、勝手に装着しないように」
 装着? 何のことを言っているのでしょうか。
 『牛』化した私達には何のことがよくわからず、少し不安になりつつも、皆さんの次の行動を待ちます。牧場主の方に何かを渡された子達は、私達の後ろに一人ずつ立っていました。
 牧場主の方だけが私達の前に来て説明を再開しました。
「はい。それでは皆さん、いま渡した『鼻輪』を『牛』になった子達に付けて上げてください」
 その牧場主の方の言葉に、『牛』化した子達からざわめきがあがりました。私もそのざわめきの一部となる声をあげてしまいます。
『ちょ、ちょっと待ってください! そんな、鼻輪なんて……!』
 身体に穴をあけるなんて、そんな、悪いことをするなんて……出来ません。親から貰った身体に傷を付けるなんてことは許されないのです。
 同じような意図の声を上げている子はたくさんいました。けれど、牧場主の方を含め、『牛』化していない子達には、私達の声は全て牛の鳴き声としか認識されないのです。
 容赦なく、鼻輪を片手に持った子達が『牛』化した私達を抑え込んできます。
「こら! 暴れないでよ、留美ちゃん!」
『い、嫌ですいちる! 止めてください!』
 私に鼻輪をつけようとしているのは、いちるでした。私が嫌がって首を振ると、いちるはその腕で私の首をがっしりと抑え込んで固定してきます。いちるの薄い胸の感触が頬に当たっていました。
「ほら、付けるよ!」
『だ、駄目ですいちる! そんな、鼻輪を付けるなんて!』
 懇願虚しく、いちるが手に持つ鼻輪が私の顔に近づいてきます。思わず目を閉じ、鼻の間に穴が開く衝撃に備えました。

――カチン。

 けれど、響いてきたのは思ったより軽い衝撃でした。痛みもありません。
「大丈夫だよ、留美ちゃん。なんか、最初から穴開いてたし」
『……え?』
 そのいちるの言葉に、私は恐る恐る目を開きます。位置的によく見えませんが、鼻の間から何かがぶら下がっているような、妙な感覚がありました。
「最近は絶対ではないのですが、牛には鼻輪がつき物でしょう? だから、『牛』には最初から鼻に穴が開いているのですよ。鼻輪がつけやすくて便利ですよね」
 牧場主の方はそんな風に楽しげに笑いながら、今度は細長い紐のような物を『牛』化していない子達に配っています。
「さて、『管理役』の子達はこれを『牛』の子達につけて、誘導してあげてください。ああ、あまり強く引き過ぎないように。牛につける鼻輪と言う物は、本来それを引くことによって痛みを生じさせ、牛に言うことを利かせるための道具です。当然、ここの『牛』達も鼻輪を引っ張られたらかなり痛い想いをすることになります。犬の散歩みたいに引っ張っるのは特にNGです。わかりましたね?」
「はーいっ」
 いちるは相変わらず、元気に大きな声で返事をしていました。
 牧場主の方から受け取った紐を、私の鼻輪に取り付けます。
「よーし。それじゃあ、ちょっと歩いてみよー」
 にこにことした笑顔で、いちるが紐を引っ張ります。くいっと、鼻輪が引っ張られました。
『いぁッ!!」
 その瞬間、激しい痛みが生じ、私は思わず叫び声を上げてしまいます。慌てて数歩前に進み、なんとか引っ張られないようにします。
『い、痛い、ですわ……いちる……』
 ちょっと非難を込めて放った私の声を聞いて、いちるは引く力が強過ぎたことに気づいたようです。
「あ、ごめんね。ちょっと強過ぎた?」
『もう少し優しく引いてください』
 今は言葉が通じていないことはわかっていましたが、言わずにはいられませんでした。言葉は通じずとも、意思は伝わったのか、いちるは強く引っ張ることなく、ゆっくりと鼻輪を引きます。
 先程のような激しい痛みではないものの、少し鼻輪を引かれるだけで刺すような痛みが鼻を襲います。私は涙目になりながら、なんとかいちるに引かれての歩行練習をこなしました。他の子達もおおむね似たような様子です。
 段々『鼻輪』を引かれて歩かされることにも慣れてきた頃。牧場主の方が手を打ち、全員の注意を惹きつけます。
「それでは、これから放牧地に出てもらいます。放牧地に生えている草を食べ、良い乳を作ることが牛の仕事です。草はきちんと噛み潰して呑みこんでください。その方がより良い質の牛乳が出るようになります。食べるに従い、段々胸が大きくなり、苦しくなると思いますが、それはきちんと乳が作られている証拠です。怖がらず、沢山草を食べてくださいね」
 『牛』となっている私達は草を食べても大丈夫なようです。こんな経験が出来るなんて、なんて凄い牧場なのでしょう。
「では皆さん。一端『鼻輪』につけた手綱を外してあげてください。『牛』になっていない人は、各自、自由に動き回る『牛』の後ろについて、様子を観察すると良いでしょう」
 私の『鼻輪』から手綱を外したいちるが、元気よく手を上げます。
「はいはーい! あの、あたしにしてもらうって言ってた体験はいつさせてもらえるんでしょーか?」
 微妙に敬語がおかしいですよ、いちる。
 普段ならそう言っていちるを諌めるところでしたが、いま『牛』となってしまっている私の声はいちるに届きません。
 牧場主の方は苦笑いを浮かべて、元気のいい、いちるの質問に答えてくださいます。
「この後すぐさせてあげますから、もう少し待っててくださいね。説明を続けます。柵に囲まれている範囲が放牧地です。出れないとは思いますが、出ないようにしてください。出た場合、安全を保証できません」
 安全を保証できない? 何か危険な動物でも生息しているのでしょうか。
 『牛』になった子達の間で不安が広がります。なっていない子達も、不安そうな表情を浮かべていました。そんな私達を宥めるように、牧場主の方は続けます。
「いえ。熊や野犬も確かに出るんですが……時々『牛』泥棒が出るんですよ。うちの『牛』は人間サイズで軽いですから、攫いやすいみたいで……正式な『牛』ならこの牧場独自の焼印を押してあって、判別が利くんですが、皆さんは当然そういう判別が利く印を持っていませんからね。攫われたまま帰って来れなくなる可能性が高いんですよ。とはいえ、基本的にそういうのが出るのは夜ですし、敷地内から出なければそうそう危険はありません。それに……」
 牧場主の方がポケットから笛を取り出し、それを吹き鳴らしました。音は出ていなかったように思うのですが、すぐさま小柄な影が現れます。
 それは、いわゆる放畜犬という物でした。集まって来た放畜犬達は、牧場主の方にじゃれつきます。それを軽くいなしながら牧場主の方は説明を続けてくれました。
「この子達が見張っていますからね。非常に優秀な子達なので、誤って敷地の外に出てしまっても、この子達が吠えて教えてくれますよ」
 精悍な顔つきをした放畜犬達は、確かに頼もしそうです。もう一度牧場主の方が笛を吹くと、一斉に散っていきました。
「この牧場では羊も飼っていますので、彼らには非常に助けてもらっています。……少し割高だったが、オプション料金を払った甲斐はあったな。交尾させる時にも使えるし」
 最後の方の言葉は小さく呟いていたので、よく聞こえませんでした。
「えーと。それではあなたはちょっとついてきてください。他の皆さんは放牧地に出てくださいね」
「はーい!」
 元気よく返事をしたいちるを伴って、牧場主の方は建物の方へと歩いていってしまいました。
 私はいちるが失礼なことをしないかどうか少し心配でしたが、『牛』の私が気にしても仕方ないと割り切り、放牧地に向かって歩みを薦めました。
 放牧地はとても広く見えました。人間の時に見た時より目線が地面に近くなっているからなのでしょう。その広い場所では、すでに沢山の『牛』達が思い思いの場所で草を食んでいるところでした。
 私がどこに行こうか迷っていると、たまたま近くを通りかかった『牛』が私に声をかけてきました。
『あら、見ない顔ね。新入りの子かしら?』
 穏やかなお姉さん『牛』は微笑みながらそう言って私に近づいてきました。私は少し慌ててそれに答えます。
『いえ、その、見学と言いますか……体験学習中なんです』
 すると、お姉さん『牛』は驚いた顔になりました。
『まあまあ。と、いうことは人間様なの? 失礼をしました』
 頭を下げてくれましたが、私は頭を下げられるようなことは言われていないと思いました。
『やめてください。私達は体験学習中なんですから……同じ『牛』だと思って、色々教えてくださると嬉しいです』
 お姉さん『牛』は少し迷っていたようですが、結局私の言う通りにしてくれるようでした。
『そうね……それじゃあ、何でも訊いて。何でも教えてあげるから』
 とても心強いアドバイザーがついた心持ちでした。早速疑問を尋ねてみます。
『放牧地に出ていてくださいと言われたんですけど、どこに行けばいいのかわからなくて……』
 お姉さんは私の言葉を訊くと、笑顔を浮かべました。
『大丈夫よ。柵の中なら基本的にどこに行っても怒られないわ。ここに住む『牛』達はそれぞれお気に入りのスペースがあるけど。……そうねぇ。私のスペースに案内するわ。そこなら他の『牛』達に気兼ねする必要もないし』
 そう言ってお姉さんが歩き出しました。
『ありがとうございます』
 お姉さんの後について歩き出すと、お姉さんが後ろを振り返って私の方を見ました。
『駄目よそんな歩き方じゃ。もっと前肢を突っ張って、背筋も伸ばすの。そうしないと乳房が地面に擦れてしまうのよ。草に触れたら切り傷が出来て、最悪膿んでしまうのよ』
 お姉さんが話す内容は意外なことでした。
『でも、怪我の心配はないと牧場主の方は仰っていましたけど……』
 私の怪我をしてしまうのではないかという質問に、確かにそう答えてくださいました。
 お姉さんは呆れ顔になります。
『それはあくまで四肢の話ね。乳房は弱くて敏感な所だから、怪我をしやすいの』
『そ、そうなんですか……』
 怪我しないと言われていたので、安心しきっていました。お姉さん『牛』が注意してくれなければ、きっと傷だらけになっていたことでしょう。
『だから自分達で気を付けないとね。ほら、しっかり体勢を取って! 痛いのは自分よ』
 言われてみれば、『牛』化したことで胸が大きくなっていることもあり、恥ずかしいからと言って背を丸めて歩くと乳房が地面に擦れてしまいます。私はお姉さんに言われた通りに手を突っ張り、背筋を伸ばして胸を逸らします。確かにこの体勢なら背の高い草むらに入らない限りは大丈夫そうですが……別の問題が浮上しました。
 恥ずかしいのです。
 手を突っ張っているために高さが上がった乳房はささやかな振動でも良く揺れるようになってしまいましたし。そのせいでその大きさを嫌でも自覚せざるを得ません。そして背筋を反らしているせいで顔を俯けることも出来ないのです。つまり裸の胸を突き出して堂々としていろと言われたも当然なのです。それはあまりに恥ずかし過ぎることでした。
 激しい羞恥に私が呻いていると、何の躊躇いもなく堂々とした様子のお姉さんが心配して声をかけてくれました。
『どうしたの?』
『こ、この体勢……は、恥ずかしくて……』
『大丈夫よ! 貴女はとっても魅力的だわ。自信を持っていいのよ』
『でも……』
『貴女はいま『牛』なんだから。気にしている方が変よ?』
 堂々とした態度のお姉さんに言われたもののやっぱりすぐには無理そうでした。
 それを感じとってくれたのか、お姉さんは一端引いてくれました。
『直に慣れてくると思うわ。とにかく移動しましょうか。乳房を傷つけないように注意してね』
 颯爽と歩いていくお姉さんに、私は慌ててついていきます。
 風が肌を撫でて通り過ぎて行きます。外で裸になるなんて、寒いのではないかと思っていましたが、案外寒くありませんでした。『牛』になっているからかもしれません。思えば『牛』は冬場だって服を着たりしないのですから、この程度のことで寒く感じていてはとても冬を過ごせないでしょう。
『この辺りよ』
 そう言うお姉さん『牛』に案内されたのは、他の『牛』がいない放牧地の一角でした。青々とした牧草が茂っています。
『沢山食べれば、その分いい牛乳が作れるようになるからね』
 そういうと、そのお姉さん『牛』は前脚で器用に自分の乳房を挟み、極力地面に乳房が擦れないようにして、地面の草を食べ始めました。乳房を護るやり方をしているのです。確かに、普通に地面に顔を近づけて草を食べようとしたら、地面に乳房が擦れてしまいます。
 中々コツがいる食べ方らしく、難しかったのですが私もなるべくそのやり方を真似して草を食べます。口に入れてすぐは苦かったのですが、良く噛んでいる内に甘い味になってきました。
『何度も噛むのよ。それと、反芻はわかる?』
 一通り草を食べたらしいお姉さん『牛』がそう訊いてきました。私は口の中の草を呑みこんでから、首を横に振ります。
『言葉は知ってますけど……『牛』になるのは初めてですから……』
『うーん。『牛』なら意識せずに出来ることなんだけど……こう、呑みこんだ草をお腹から口に戻す感覚でね』
 ぐっ、とお姉さん『牛』が呻くと、新しく口に草を入れたわけではないのに、再び噛む動作を始めました。何度か噛んでから、また呑みこみます。
『こんな風に、何度も草を呑みこんで、口に戻して噛んでを繰り返すとね、草の栄養がしっかり吸収出来て、品質が良くなるのよ』
『へぇ……やってみます』
 私はお姉さん『牛』のアドバイスに従って、反芻の練習をしました。食道を食べた物が逆流してくるのは妙な感覚でしたが、案外簡単に出来ることがわかりました。やはり『牛』の身体の構造は人のそれとは全く違うみたいです。
 そうやって暫く草を食べて、反芻して、噛んで、呑みこんでを繰り返していると、突然目の前に牧場主の方に連れられて行ったいちるが顔を出してきました。いちるは楽しげな笑みを浮かべています。
『いちる?』
「わんっわんっ!」
 いちるは、なんと『放畜犬』になっていました。頭に生えた耳がぴこぴこと動き、柔らかそうな尻尾が左右に振られています。膝を付けない四つん這いになっているいちるは、とても俊敏な動きを見せてくれます。なるほど、確かに元々動物的ないちるには『牛』よりも『放畜犬』の姿が似合っています。
 おすわり、の体勢になったいちるは、長くなった舌を口から垂らして、まさに犬のような呼吸を繰り返しています。
『いちるは『放畜犬』になったのですね?』
 そう私が聴いたのですが、いちるは反応せず、もう一度啼きました。
「わんっ!」
 どうやら、『牛』と『放畜犬』とでは意思の疎通が出来ないようです。種族が違うのですから当然かもしれませんが。
 言葉が通じなくても天真爛漫ないちるの表情を見ていると、心から楽しんでいることがわかり、私も自然と笑顔になりました。
 放牧地を自在に駆けまわるいちるに、時々身体を擦り付かされてじゃれられながら、私は『牛』として草を食べ、時間はゆっくり過ぎて行きました。一度人間のままの男子生徒達が私を見に来ましたが、それ以外には特に何もありませんでした。
 二時間はそうしていたでしょうか。
 牛舎の方から、カランカランというベルの音が響いてきました。お姉さん『牛』が地面から顔を上げます。
『これは、放牧地に散っている『牛』に対する戻ってこいって合図だわ。戻りましょう』
 優しい笑顔を浮かべて促してくれるお姉さん『牛』に先導されて、私といちるは牛舎の方へ向かいました。




『雑貨店へようこそ』 ~牛~ その9へ続く



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