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死神輪舞:第七章

死神輪舞:第七章




 咄嗟にどうすることも出来なかった。
 死神達が鎌を振り上げるのが、やけにスローモーションに映る。
 その刃はゆっくりと僕の体に迫って、僕の体を斬り――刻む寸前で、横から星斗が跳び付いてきて、僕を抱えてその刃を交わす。
 体の横ギリギリを刃が通り過ぎる。刃が風を切るのが肌で感じられた。すぐ傍を死が通り過ぎる感覚。
「星斗!?」
「ぼーっとしてんなよ、亮!!」
 僕を抱えているのにも関わらず、軽々と死神達から距離を取ってみせた星斗は、手の中に『鎌』を出現させる。続けて斬り込んできた死神達の斬撃を、その鎌で受け止めた。金属と金属がこすりあうような、嫌な音が部屋中に響く。
「ちぃ……! さすがに五人分は厳しいな……!!」
 そう小さく星斗が毒づくのが聞こえてきたけど、そうなのだ。
 驚いたことに、星斗は死神達五人の斬撃を、片手で支えた鎌で受け止めている。死神達が皆同じような軌道で斬り込んできたから出来た芸当だけど、普通なら単純な力に圧倒されてしまうだろう。
 これにはさすがの死神達もはっきりと驚きを顔に表していた。
「馬鹿な……!?」
「受け止められて……?!」
「なんで止められるんだ!?」
 死神達が驚いて動きが止まったのを見て、星斗がその隙に僕を放り出す。僕はたたらを踏んで床に倒れ込んでしまったけど、おかげで死神達から距離を取ることが出来た。
「亮、下がってろ!」
 星斗は僕を手放したことで自由になった片手を鎌に添えた。明らかに体格的にも数的にも圧倒されているにも関わらず、星斗は徐々に押し返している。
「く、くは、かはは、どーした、てめえら、非力にも程があるぞ!!」
 星斗が凶暴に吼える。だけど、死神達の驚きは正確には五人分の斬撃を止められたことにあるんじゃなかった。
「馬鹿な……ありえん! なぜ生身で死神の刃に触れられるのだ!?」
 それは余程あり得ない話のようだった。死神達は驚いてばかりでろくに動けていない。二人ぐらいがいったん離れて、違う角度から切り込めばいいのに、そんな簡単なことも出来ないほど、動揺していた。
 僕は慌てて起き上がりながら、星斗と死神達の戦いを見つめる。
「せ、星斗……!」
「下がってろっつったろ!? ――おい、玲奈!!」
 いつの間にか部屋から消えていた玲奈さんが、部屋の入り口から消火器を手に顔を覗かせていた。
「はい」
 瞬間、玲奈さんが手に持っていた消火器のノズルを握り込み、消火液を部屋にまき散らす。
「なにこれ!?」
「不明!」
 さすがに死神は消火器のことを知らなかったらしく、慌てている。僕は消火器を使用しているときのことをテレビでしか見たことがなかったけど、室内で使うと意外に煙幕としての効果を発揮するらしい。
 広いはずの部屋は消火器の煙に包まれて、あっという間に視界が悪くなった。
 思わず顔を覆うために挙げた僕の手を、星斗が掴む。
「来い、亮!」
 強く手を引かれて、僕は走り出す。
 玲奈さんが消火液をまき散らすその隣を走り抜けて、星斗は廊下に出て逃走を試みる。
「せ、星斗、玲奈さんは!?」
 玲奈さんを放置して、星斗は走り続けている。
「あいつも見てる余裕はねえ! さっきは余裕ぶっこいたけど、バラバラにかかってこられたら確実にアウトだ! いまは逃げるしかねえ!」
 僕達の部屋での騒ぎを聞きつけてか、下の階で騒ぐ人達の気配が感じられた。
 僕は星斗に手を引かれ、非常階段を駆け上がる。




「……逃げられたか」
 青年の死神は、ようやく煙が晴れ始めた室内で、鎌を振って最後に残った煙を払う。
 その言葉に応えたのは、女性の死神だ。その足元には、消火器を持った一人の女性が倒れていた。目を開いたまま、まるで糸が切れたように倒れ伏している。
「この人間、どうやら死神の力を使って操っていたようね。……どうする?」
 死神の力を悪用するとは、と青年は毒づいた。それは人間に害を与えたからというよりも、言葉の通り死神の力を悪用されたこと自体に対して不快な思いを抱いたようだ。
「人間など、どうでもいいが……放っておくわけにもいかないだろう。力を使ってかけられている暗示を解いておけ」
「了解。自分がやる」
 少年の死神が倒れている女性の横にひざまづく。
 青年は他の死神達に指示を出す。
「我々は逃げた浸食者と逃亡者を追跡し、確保する。油断するな。理屈はわからないが、奴は上位死神に匹敵するほどの強大な力を取り扱っている。おまけに具現化しているのにも関わらず、霊体である死神の鎌を受け止めた……我らの知る理屈ではありえない」
「わかってるわ」
 そう言った女性の死神の他に、無言のまま頷いた他の二名の死神を従え、青年は床や壁を無視して逃げた二人を追い掛けた。


 余談だが。
 この後、放置された玲奈は騒ぎを聞きつけたホテルの従業員達に保護された。彼女は次に目が覚めた時、星斗によって洗脳を受けていた時のことを忘れていた。自殺しようとしていた記憶もおぼろげになっており、一時は無気力状態でほとんど動く気力すらなかった。
 彼女が所有していた身分証明書から身元が判明し、彼女は一時実家に戻ることとなる。
 そしてその後、回復した玲奈は洗脳時に、星斗に覚えさせられていた能力を発揮し始める。また、従うことに喜びを覚えた彼女は、とある資産家の元へ使用人として仕えることになった。さらに後には、別の資産家の次男坊に気に入られ、愛を育み、家庭を持つに至るのだった。
 彼女は死ぬ際、沢山の者に囲まれて、幸せだったと呟いたという。




 星斗は何も言ってなかった様子なのに――そもそもその余裕もなかった――なぜ玲奈さんは消火器なんかを持ち出して来たのだろう。
 訊いている場合じゃなかったのかもしれないけど、どうしても気になって星斗に訊くと、すぐに答えが返ってきた。
「万が一のために玲奈に仕込んどいた! まさか、あの命令が役に立つ日が来るとはな! 備えあれば憂いなしとはよく言ったもんだぜ!」
 どうやら予め命令を出しておいたらしい。本当に用意周到というか、なんというか……とても僕には真似できない。
 最上階へとやってきた星斗は、僕をエレベーターの中に放り込む。一階のボタンを押し、扉を閉めようとする。
「ちょっと、星斗!?」
 僕は慌てて星斗の腕を掴み、その動きを止める。
 星斗は早口で説明を始めた。
「いいか亮、これで一階まで降りたら全力で逃げろ。俺が奴らを引き付ける。お前を守りながら戦えるほど余裕はなさそうだ」
「で、でも、そんなことをしたら、星斗が……!」
「馬鹿、心配すんな。無理には戦わねえ。逃げて逃げまくってやる。……合流場所は……そうだな、遊びに行った時、最後に寄った店で。捕まるんじゃねえぞ、亮」
 とん、と軽く胸を押されて、僕はエレベーターの真ん中に倒れ込んでしまう。
「星斗!」
 慌てて立ち上がって止めようとしたけど、エレベーターの扉は無慈悲に閉まってしまった。最後、ドアの隙間から不敵な笑顔を浮かべた星斗の顔が見えて――完全に扉は閉じ、エレベーターが動き出す。
 咄嗟に僕はエレベーターを止めようと手を伸ばしかけたけど、思い直して止めた。確かに僕がいても彼の邪魔にしかならないからだ。
 それでも、不安は募る。いくら星斗が死神の力を使い慣れてて、おまけに五人と力比べをしても勝てるとはいえ、圧倒的に数が不利だ。ひょっとしたらもう会えないかもしれないと思うと、胃の底がずしんと重くなるような感覚がする。
「……星斗……」
 不敵な笑みを浮かべている星斗の顔が思い浮かぶ。体自体はアルちゃんの物で、窓際で外を眺めているような表情が似合う美少女だったから、その不敵な笑みは似合ってはいなかったんだけど……でも、僕はその顔に重ねて、見たこともない星斗の本当の顔を見た気がする。
「……っ」
 僕は胸元を抑えて、不安と恐怖を押さえつける。せめて、事態を理解しようと頭をフル回転させる。
 なぜ彼らはいきなり襲ってきたのか。浸食者とか逃亡者と僕らを呼んだのはなぜか。死神大王の命令だというあの一言は何を意味するのか。
 考えても考えても、最悪の結果しか浮かばない。
 そもそも、数日後にまた来ると言っていたコルドガルドさんはいったいどうしてしまったのか。なぜ、知らない死神が僕らを捕まえに来たのか。
 答えは出ない。不安な予測しか浮かばない。
 地獄に落とす、というあの青年の死神の言葉が頭の中で反響している。
「とにかく……いまは逃げるしかない」
 そう結論づけた僕は、エレベーターが一階についたと同時に走り出した。一階のホールにいた人たちが怪訝そうな顔を向けてくるのがわかったけど、立ち止まってはいられない。急いでホテルの外に出る。とにかく一端遠くへ――。
『ニャア』
 その鳴き声が聞こえてきて、僕は思わずそちらを向いていた。向けた視線の先で、一匹の猫がこちらを向いて鳴いている。
 ずっと姿が見えなかったから忘れていたけど、そういえば僕が助けようとした猫も霊体になっているのだった。いままでどこに行っていたんだろう?
 猫はさらに鳴きながら駆け出した。思わず僕の足もそちらに向く。猫を追いかけるような形になってしまった。
 この不思議な猫についていけば、このどうしようもない状況がどうにかなるんじゃないかと。
 あり得ない幻想に惹かれて。




「……処置完了」
 消火液がまき散らされ、乱雑になったホテルの一室で、その死神の少年は呟いた。足元にはぴくりとも動かない女性が倒れており、その上には彼の同類にしか見えない女性の魂が浮かんでいる。
 この女性は、死神の力を手に入れた人間によって魂に洗脳を施されていた。その洗脳を解除した少年は魂を女性の体に戻す。
 死体のようにぴくりとも動かなかった女性の身体が痙攣し、息を吹き返す。
 少年の死神は女性の体に魂が定着したのを見て、一つ頷き、周囲を見渡した。
 それから心を研ぎ澄ませて気配を探る。死神の身体と力を奪った人間二人に逃走されてしまったからだ。
 正直、五人も死神が集まれば容易く乗っ取られた死神を取り戻せると思っていた。だが、予想以上の力と対応力を発揮し、まんまと逃げられてしまったのだ。失態といえば、これ以上ない失態である。彼らは一刻も早く、あの二人を確保しなければならないのだ。
(そもそも、人間ごときに身体と力を奪われる死神が悪い)
 少年はそう思っている。死神ともあろうものが、魂を狩る側の死神ともあろうものが、たかが人間如きにいいようにされるなど、到底許容できることではない。
「……捕獲、処分」
 彼らは身体と力を乗っ取られた二人の死神、シェルフェールフールとアルミールアラミーナを助けに来たのではない。同じ死神として、けじめをつけにきていた。
 すなわち、二人の死神の処分。
 本当ならば地獄にでも落としてやりたいのだが、それは様々な意味で出来なかった。人間の魂の方は遠慮なく落とすつもりだったが。
 とにかく対象を追うため少年は感覚を鋭敏化し、気配を探る。
 まず、少年にとって探り慣れた仲間の死神の気配が感じられた。四つ。屋上に向かって移動している。その四つが向かう先に、禍々しいまでの巨大な気配があった。
(……やはり、信じられない)
 その気配の大きさだけで言えば、上級死神に勝るとも劣らないレベルだ。死神の身体を奪っているだけの人間が発するには強大過ぎる。実力派と名高いコルドガルドと同等以上かもしれない。
 いくら数の上で有利とはいえ、勝利をより確実なものにするために少年も参戦した方がいい、と思わせるほどに。
「……? 妙だな?」
 屋上に向かい掛けた少年は、ふと気になってその場にとどまった。強大過ぎる気配は、このホテルの屋上から別の建物の屋上へと移動する。だが、反応は一つしか感じられなかった。死神の身体を奪った人間は二人いるはずだ。
 もう一人はどこに行ったのか。
 少年は探知範囲をさらに広げてみる。その探知に、引っかかる気配があった。その位置を知った少年は驚きで目を見開く。
「下?」
 上にいる強大な気配の持ち主に比べれば小さな反応。しかし、確かにその気配はあった。すでに地上に降りてホテルから離れる方向へと動いている。
 このままだと逃げられる。
 少し迷ったが、少年は下の人間の方を追うことにした。床を透過して一気に下へと向かう。




 自分自身の、荒い呼吸の音が耳に響く。
 もうずっと走りっぱなしだった。ホテルの前で見た猫ちゃんのあとを追い、延々と走り続けている。猫ちゃんは僕が見失わず、かといって楽に追いつけるわけじゃない距離を延々と保ちながら走っている。だから僕は足を止めるわけにもいかず、ずっと走り続けていた。
 時々すれ違う人が僕のことを奇妙な目で見ていたのはわかっている。けど、立ち止まることが出来ない。星斗があの死神達にやられてしまっているんじゃないかと思うと、背中から不快な焦燥感が吹き出るようで。
 僕はその焦燥感を振り切るために、走ることを止められなかった。
 いつの間にか猫ちゃんと僕は裏路地を走っている。荒れ果てたその路地ではさすがにすれ違う人もいない。僕は一心不乱に駆け続けた。
 でも、どんなに頑張っても限界はやってくる。僕はゴミ箱に蹴躓き、足を縺れさせて転倒してしまった。地面と身体が擦れて痛い。咄嗟に突き出した掌も擦れて、血が滲んでいた。一度倒れてしまうと、足がいままで忘れていた疲労を噴出させてしまい、どうやっても立つことが出来なかった。
 もっと遠くに、もっと早く逃げないといけないのに。
 僕は震える足を叱咤して立ち上がろうとしたけど、どうやっても動かない。筋肉が震えてまともに動かすことも出来なかった。
 腕の力で何とか身体を持ち上げ、僕は壁に背を預ける形にもっていく。呼吸を整えるために深呼吸を繰り返しながら、薄暗い路地を眺める。
 不意に、かつて同じように裏路地を眺めた記憶が脳内に蘇った。
「あ……」
 死神のシェルちゃんと同化し、世界に放り出された時。
 不良集団に絡まれ、犯され、嬲られた後の、記憶。
 その時の恐怖と嫌悪感と絶望が一瞬で僕の心を押し潰しそうなほどに膨れ上がった。いまは大丈夫、あの時とは違う、と思っても効果はない。それどころか、いまはあの時助けてくれた星斗を失うかもしれない恐怖も合わさって、息苦しい感覚さえ感じてしまう。
「……っ」
 ダメだ。こんな場所にいたら、心が折れてしまう。
 そう思って立ち上がろうと思うのに、疲れ切った足は動いてくれない。自分で自分の身体を抱きしめて必死に耐える。
 先を走っていた猫ちゃんも、もう見えなくなっていた。
 薄暗い路地裏で、僕は一人ぼっちだった。
 その時、蹲る僕の目の前に、いつかのように誰かの靴先が出現する。
 一瞬、僕は星斗が来てくれたのかと思った。
 あの時と同じように、救いに来てくれたのかと。
『情けねえなあ、亮。また蹲ってんのかよ――』
 いつもの不敵な調子で、乱暴な言葉遣いで、星斗の声が聞こえてくることを、僕は望んだ。
 でも、いつまで経っても星斗の声は聞こえて来なかった。
 うつむいた僕の頭に向かって、代わりに降ってきたのは。

「おや、これはまた、ずいぶんと面白い存在ですね」

 そんな風に、丁寧だけど、どこかこちらを馬鹿にしたような声音の、知らない人の声。
 僕が顔を上げると、その人の全身が目に映る。
 まるで葬式の時に身につけるような、黒いスーツ。
 特徴のない顔立ちに、光を完全に遮断しているようにも見えるサングラス。
 オールバックにされた髪の毛も、四〇代くらいの、見た目の年齢からいえば黒々とし過ぎている。
 悠然とポケットに手を突っ込んでいるその姿は、威厳のような物を確かに感じさせる。
 遠めから見たら、暗闇に溶け込んでこの人が本当にここに立っていることもわからないかもしれない。
 それくらいその人は『黒』かった。
「死神、のように感じますが、どうもおかしいですね」
 その人は、ジロジロと僕を見つめている。サングラスで実際には目が見えなかったけど、そんな気がした。
 僕を見て死神、と口にした時点で、たまたま通りすがった一般人ではないことはわかった。どうあれ、この人は死神のことを知っている。
「やけに絶望している人間の魂があるから出てきたというのに……これはどうしたことでしょうか? わからないですね」
 かと言って、これまで出会った死神――シェルちゃん、アルちゃん、コルドガルドさん、あの五人の死神達――とは、明らかに違う。なんというべきなのだろう。シェルちゃんやコルドガルドさんからは人間臭さを感じた。その人間臭さ、というのは微笑ましい類のもので、死神という超常的な存在を身近に感じる要素だった。
 でも、この人の場合は違う。
 人間臭さは同じように感じる。でも。
 その人間臭さは、まるで人間の悪いところを全て凝縮したような、禍々しい物だった。出来れば近寄りたくない、関わりたくない、そんな風な、悪い意味での人間性が感じられた。
 僕はその人の気配に呑まれてどうすることも出来なかった。ゆっくりとその人が手をこちらに向けて伸ばしてくるのを感じても、動けなかった。
 その瞬間、
「――貴様っ!!」
 突然鋭い叫びが裏路地に響き、こちらに向かって伸ばされかけていた男の腕が斬り飛ばされる。
 それでも、その人は何のリアクションも取らなかった。血が噴出しさえしない。ただ、少しだけ驚いたような顔をして、真横を見ただけだ。
「おや……あなたは死神ですね」
 いつの間に追いついてきていたのか、さっきホテルで襲いかかってきた死神の少年が大きな鎌を構えている。
 鋭く細められた目は、刃のような鋭利さを持って男を睨んだ。
「なぜ、貴様がここにいる?」
 知り合いだろうか? いや、それにしては死神の方の態度がおかしい。あれじゃあ、まるで相手を殺そうとしているかのようだ。
 殺意を向けられた男の方は、飄々とした態度を崩さないまま、少年に応じた。
「私が人間の絶望を糧に生きていることは知っているでしょう? それを感じたから、こうして出てきたのですが。何かおかしいですか?」
「ぬけぬけと……!」
 怒りに眦を釣り上げた死神の少年が、鎌を振りかぶる。
 その動きを見て、男が溜息をついて腕を掲げた。先ほど、斬り飛ばされたはずの腕を。何事もなかったかのように、再生している。
「生憎、死神そのものには、もはや興味がないので。――消え失せろ」
 瞬間、死神の少年の周囲に発生した触手が、少年の身体を縦横無尽に貫いた。
 コンマ一秒にも満たない時間のこと、少年は何を理解する間もなかっただろう。一瞬で血まみれになった少年の身体が崩れ落ちる。
「ふむ。まあ、腹の足しにはなりますか」
 ぺろり、とやけに赤い舌で唇を舐めた男は、呆然と事態を見ていることしか出来ない僕の方を振り向いた。サングラスの奥の瞳が、怪しい輝きを放っている。
 僕は得体の知れない相手に対する緊張を何とか飲み干し、言葉を紡ぐ。
「あ、あなたは……一体……」
「私ですか?」
 飄々とした態度のままで、その男は答える。
「私は、悪魔ですよ」
 そう言って、男はまさに悪魔のような笑みを浮かべた。
 次の瞬間。
 いきなり触手に腕をからめ取られて、僕は地面に引き倒される。
「い……っ!」
 腕が取られているから受け身を取ることも出来ず、そのままの衝撃が身体に走る。
 さらに触手が両足にも絡み付き、逃亡の術を封じてしまう。触手は首にも絡み付き、無理やり顔を上げさせられた。
 サングラスをかけた悪魔の男は相変わらず掴めない笑顔を浮かべている。
「さて。他の死神に邪魔されるのも面倒ですし……我が住み家にご案内しますよ、死神モドキさん」
 次の瞬間、僕の体は暗闇の中に引きずり込まれていった。
 視界が真っ黒に染まって――何もわからなくなる――――ふと、気づいたら、僕は椅子に座らされていた。
 触手が身体を椅子に縛りつけているので動けないけど、いまのところ特に痛いところや違和感を感じるところはない。まだ何もされていないようだ。
 強いて言うなら、後ろ手に回された腕が捻られていて痛いくらい。でもこのくらいなら我慢できる。
 そう思って安心したのもつかの間。
 いつの間に目の前にあった机の向こう側に、さっきの男の人が座っていた。
 思わず緊張して身体を固くする僕の前で、男の人は何かをナイフとフォークを使って食べている。
「どうも。お目覚めですか?」
 僕はその言葉に応えることはせず、男が何を食べているのか確かめようと視線を机の上に向ける。
 見たことを後悔した。
 男は、ナイフとフォークを器用に使って、先ほど僕を追いかけてきたらしい死神の少年の頭の中を――食べていた。
 虚ろに見開かれた両眼は、フォークを使って抉られたのか、黒い穴を二つさらしている。唇が削ぎ落され、歯茎が覗いている。頭蓋骨がくりぬかれ、脳漿を掻き出している。
「うっ…………!」
 あまりにもショッキングな光景。男は何でもないことのように手を止めない。むしろこっちが顔を歪めているのを不思議そうに見つめていた。
「何でそんな顔を……ああ、これですか」
 自分で結論づけた男は、手を少年の慣れの果てに翳す。掌に生まれた凶暴な口が、料理となり果てた少年をものの数秒で骨ごと全て喰らってしまった。
 ぐちゃぐちゃ、と気味の悪い咀嚼する音が男の手から響いてくる。
「本当は霊体ですから、力そのものを飲み込んでしまえばそれで済むんですけどね。いまはあなたが目覚めるまでの余興ということで、口から食べてみていました。非効率的です。二度とやらないでしょう」
 楽しげに男は言葉を続ける。あれだけ猟奇的なことを行った直後だとはとても思えない朗らかな態度だ。騙されそうになる。
 だけどそのおかげで、僕は確信を持てていた。この男が人間ではないと。
 異常な行為を見るまでもなく――この男が人間であるはずがないと、確信した。
「当たり前じゃないですか。悪魔を人間と一緒にしてもらっては困りますねえ。悪魔の御馳走は人間の絶望なのですから」
 一瞬何を言われたのかわからなかったけど、すぐに心を読まれたことに気づく。これでは嘘を吐くことも出来ない。
「この状況で嘘を吐こうとするあなたの度胸は買いますけど……」
 不意に、男が指先を動かす。椅子の背もたれに縛り付けられていた腕の縄が一瞬緩む。
 そう思った瞬間、腕が捻りあげられて激痛が走った。
「っ……!」
「私は面倒な作業が嫌いでしてね? 殺さないまま苦痛を与える方法はいくらでもありますから、あまり手間を取らせないでください」
 男は折れそうに軋むこちらの腕をそのままにして、僕に向けて直接尋ねかけてきた。
「さて、あなたには訊きたいことがあります。あなたは何ですか?」
 やはり不思議そうな顔で、悪魔は続ける。
「あなたが理解している範囲でいいので、説明してくれませんか? 心を読めばすぐなんですが、尋問という余興も楽しいでしょう? 心を読むのは風情もないですしね。話してください。非効率的な手段にあえて甘んじる――それこそ、最高の娯楽なのですから」
 遊んでいる。
 僕はこの悪魔に駆け引きが通じないのを直感していた。しようにも心を読まれては意味がないし、なによりこの悪魔はこちらの発言が駆け引きに達するのを巧妙に避けている。悪魔が人間に出し抜かれる話は世界中にあるためだろう。駆け引きの場で最も簡単に勝つ方法は、敵を交渉の場に出さず、自分の主張を貫くことだ。どんな交渉のプロでも、交渉させてもらえなければ交渉は成り立たない。
 僕は観念して、自分自身のことを話し始める。


 話をしている最中、悪魔はずっと楽しげに眼を輝かせていた。
「ほほう。それはそれは。とても興味深い。死神の霊体と人間の魂の融合。私もこの世には長いですが、聴いたことのない現象ですね。実に興味深い。うん、興味深い」
 何度も興味深いを繰り返す悪魔。なんとなく予想してたけど……この悪魔は研究者みたいな性質をしているみたいだ。未知なものに対して過剰なまでに好奇心を抱く。マッドサイエンティストとかいう表現が的確だろう。
「ふふ、それは違いますね。科学者というわけではありませんから。私は魔学者。この世界の魔を研究せし者。おかげで天使や死神からは目の敵にされていますし、同類も研究対象にしてしまったので、私は爪弾き者なんですよ」
 楽しげに笑った悪魔は、ゆっくりと舌なめずりを行う。
「さて……どうしましょうか? あなたは実に興味深い。話を聞くだけ聞いたら食べてしまうつもりだったんですが、こんな貴重なサンプルをただ食うのはもったいないですね」
「…………」
「そうですねえ……こういうのは、どうでしょうか?」
 悪魔はぞっとする笑顔を浮かべたまま、僕に顔を近づけてきた。逃れたくても逃れられない。
「あなた、私の配下になりませんか?」
 僕は目を見開いた。それは意外な言葉だったからだ。最悪、実験動物みたいに実験を繰り返されると思ってたのに……。
 心を読む悪魔は唇をさらに歪める。
「それもそれで面白そうなんですがね。あなたという貴重な存在を、下手な実験で壊すのも勿体ないですし。んー……」
 考え込むように悪魔がこめかみを指先で揉む。僕は悪魔が言った台詞に違和感を感じていた。
 さっきは、僕は普通にただの貴重なサンプルというだけで、一息に喰らってしまうという選択肢を悪魔は考えていたように思う。なのに、いまの言葉は僕を絶対に壊したくないと暗に言っていた。わずかな違いだけど、それは大きい。さっきのいまでどうしてそんな違いが……。
「あなたは中々優秀な頭脳をお持ちですねえ。ですが、そんなに悩むことではありませんよ。喰うと言ったのは、あなたが怯えるのを見て楽しむためですから」
 考えを読まれるって、なんだか凄く屈辱を感じる……なんて言えばいいんだろう。心の中を土足で踏み荒らされているような、嫌悪感がわき上がってくる。吐き気がした。そんな僕の心の動きすら悪魔は楽しみ、喜んでいる。
「くふふっ、人間の負の感情は私達悪魔にとって、とっても美味しい香りがしますからね。もっと不快になってください」
「……僕は、そんなに貴重なの?」
 挑発に乗ってさらに嫌悪感を募らせれば、相手の思うつぼだ。僕は話題の転換を試みる。
 意外なことに、悪魔はあっさりと話題を変えた。
「ええ。本当に貴重ですよ。なぜか教えてさしあげましょうか?」
「…………」
 恩着せがましい物言いにどうしても不快感を覚えつつ、僕は無言で頷く。
 悪魔は本当に楽しげに説明を始めた。
「まず、天使と悪魔と死神の話をしましょう。天使は天国に、死神はこの世に、悪魔は地獄に住んでいます。本来、この三者は関わりを持たず、それぞれがそれぞれの使命を全うしています」
 話は続けられる。
「死神が人間の魂を刈り取り、天国と地獄に送る。天使は天国に来た魂に安らぎと幸せを与えて力を得、悪魔は地獄に来た魂に苦しみと絶望を与えて力を得るのです。――賢いあなたなら、あなたがとても重要な存在であることをこの段階で理解できるのではありませんか?」
 笑みに歪んだ唇から零れてきたその言葉。
 僕は、最悪の状況を思いついてしまった。心を読める悪魔の前では、思いついてしまった時点でアウトだ。悪魔は顔が裂けるのでは、と思えるほど笑みを深くする。
「そう、本来天使も悪魔も、やってくる魂からしか力が得られない。天国に送るか、地獄に送るかは死神が決めますから、数はどうしても限られるわけです」
 しかし。
 死神の身体を手に入れ、その力を振るうことができる僕がいれば。

「本来天国に行く魂を、地獄に送ることが出来ます」

 それは、人の魂を正邪に関係なく、地獄に落とせるということ。
 人の魂が地獄に来なければ力が得られないらしい悪魔がそれを利用すれば、労せずして大量の力が手に入る。
「ですから、あなたに配下として協力して頂きたいんですよ。出来ればあなたの意思で。力だけ奪い取る、ということも出来なくはないかもしれませんが、万が一にもその力を失いたくないのです。あなたがあなたの意思で力を振るい、人の魂を手当たり次第に地獄へ落としてくださるのが一番いい」
 語られる言葉に、体が震える。
「……っ! 絶対に、嫌だ!!」
 それは考え得る中で最低最悪の行為だ。本来天国に行ける無垢な魂を地獄に落とし、永遠の苦しみを味あわせる……そんなの、最低なんて言葉じゃいい表せない。まさに悪魔的な所業だ。
 明確に拒絶した僕に対して、悪魔は微笑んでいる。
「そう言うとわかっていました。んー。魔法で洗脳することも出来るでしょうが、死神の身体に入った人間の魂にかける洗脳魔法なんて、ありませんからねえ。弄るのは怖いというのが本音です。奇跡のようなバランスで成り立っている状態かもしれませんし。……ああ、ちなみに。死神を洗脳は出来ないんです。基本的に天使と死神と悪魔はそれぞれ干渉しないというのが基本でして。出来ないと言った方がいいかもしれませんね。攻撃魔法などで殺すことは出来ても、魂そのものに干渉は出来ないんですよ。何度か死神を捕まえて実験してみた結果、わかったことなんですけどね?」
 まあ、小難しい話は脇に置いておきましょう、と悪魔は勝手に話を進める。
「どうしても協力してもらえませんか?」
「絶対にしない!」
「そうですか。力は奪えない、洗脳魔法は使えない、自主的に協力はしていただけない……あなたの話ではもう一人あなたと同じような存在がいらっしゃるようですが、あなた以上に言うことを聞いてくれるような御方ではなさそうですしね……」
 ふぅ、と悪魔はため息を吐く。諦めてくれ、と僕は心から願った。
 殺されてもいい。人の魂を弄ぶくらいなら、自分が死んだ方が遥かにマシだ。体を借りてるシェルちゃんには悪いけど……シェルちゃんだって、殺される方がいいって言うに決まっている。
 悪魔は、再びにやりと笑った。僕は背筋が凍るような感覚を覚える。
「仕方ありません。非常に面倒で本当はやりたくないのですが、せっかくの力を失うのは惜しい以上、手は一つです」
 悪魔は微笑む。
 場違いなほど、優しく。

「あなたの方から『協力させて』と泣き叫ぶように……『調教』して差し上げます」




第八章へ続く

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