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『恋人のためのお呪い』

50万ヒット記念50本リクエスト
リクエスト15『「DIRS」と「唐突で突然な」が世界観を共有しているようなのでその世界観の続編みたいなの』です。
 
続編というより番外編という感じになってしまいました。
『DIRS』と『唐突で突然な』を読んでないと何がなんだかわからないと思います。

ジャンルとしてはTS、便利アイテム物です。
ちなみに、分類としてR-18ではなくR-15くらいです。

いずれラブラブデート編とか、ガチエロ編とか書いてみたくなっちゃいました(笑)
それに手をつけられるのはかなり先になると思います。

それでは、続きからどうぞ!
 
 
 
『恋人のためのお呪い』
 


 加丹玄一郎はとあることについて悩んでいた。
 彼は科学馬鹿であり、それ以外のことについては全くの不得手であることを自分自身で自覚出来ていた。だから、そのことについて思い悩み始めた時、すぐに親友二人に相談することを決めた。
「お前達に聞きたいことがあるんだが」
 とあるファーストフードのボックス席で、呼び出した親友二人と向かい合った彼は、真面目な顔でそう切り出した。机の上には彼が購入したファーストフードが並べられていた。
 それを相談料だと解釈した彼の親友二人は、遠慮なくそれを摘みながら応じる。
「おう、もちろんいいけどさ。ゲンが相談なんて珍しいよな」
「そうだな。相談相手として俺達は適切なのかどうか、という気はするが……まあ聞くだけは聞いてやろう」
 彼――ゲンの親友である三輪庄司と風間昌紀は、いつもと変わらない態度でゲンの相談を受け付ける。
 ゲンは生真面目に二人に対して頭を下げ、礼を言ってから話を切り出した。

「性行為はどこまで許されると思う?」

 唐突になされたゲンの爆弾発言に、もれなく彼の親友二人が噴き出したのも、仕方ないというものだろう。
 普段冷静な風間ですら、ゲンのそんな発言は予想すら出来なかったのが盛大にせき込んでいた。飲み物を呑み、落ち着かせてから口を開く。
「お前はいったい何を言っているんだ……」
 明らかに異質なものを見る目で、風間はゲンを見つめる。ゲンはそんな視線にも全く動じなかった。
「ああ、すまない。最初から順に説明するべきだったか」
 ゲンは淡泊に話を進めようとするが、風間以上にせき込んでいた三輪がそんなゲンに食ってかかる。
「いや、そういう問題じゃねえよ!? 公共の場で何を言ってんだお前は!」
 半ば立ち上がりながらいう三輪に、店内の視線が集まる。
「一応、声は抑えたつもりだが」
「そうだな、庄司。お前の声の方が目立っているぞ?」
 実際に視線を集めてしまった三輪は、納得できなさそうに唸りながらも元通り腰を降ろした。
 必要以上に声を落として、彼はゲンに尋ねる。
「……で、いきなりどうしたんだよ。ひーさ……いや、川原さんと上手くいってねえの?」
 三輪の質問に対し、ゲンは首を横に振る。
「いや、いまのところ良好な関係を築けていると思う。俺の独りよがりでなければだが」
「それは心配しなくても大丈夫だろう。図書室で安藤から話を聞く限りでは問題ないと思うぞ」
 ゲンの彼女である川原ひなたと仲のいい安藤千比奈の話をあげる風間。それに対し、一瞬三輪が眉をひそめた。それをめざとく捉えていたらしい風間が、唇の端を歪めて笑う。
「安藤の話についてはお前の方がよく知っているだろう?」
「……あー、まあな」
 三輪と安藤千比奈は恋人関係にあった。その彼女のことを、親友とはいえ、他の男が口にするのが気に入らなかったのだろう。だがその心の狭さを自覚しているのか、三輪が風間に対して何か言うことはなかった。
 彼女から聞いた話を、三輪が口にする。
「純粋すぎてやきもきする、とは言ってたかな。いっそ押し倒しちまえばいいのに……とか」
 その言葉を聞いて、ゲンは眼を瞬かせた。
「……安藤は案外過激だな」
「あー、ちひなって、ああ見えて結構肉食系というか……過激思考なところがあるからなぁ。俺の周りで過激なのは姉貴だけで十分だっていうのに」
 盛大にため息を吐く三輪を放置し、風間は話を先に進めた。
「安藤や真紀さんは少し特殊だと思うが……まあいい。それより、ゲンと川原の話だ。ゲン、お前は彼女との現状の関係に不満があるのか?」
 風間の問いに対し、ゲンははっきりと首を横に振った。
「いや、現状の関係に不満があるわけではない。学生の身分である以上、行きすぎた関係はお互いにとって毒にしかならないだろう。だから性交したいという話ではない」
 恥じらうことなく言ってのけるゲン。それを聴いた三輪はその顔を赤くした。
「……お前がそーいう奴だってわかってるけどさ……川原さんにはそんな風に言うなよ。嫌われるぞ」
「ああ、わかっている。ゆえにお前達に相談しているんだ」
 そういったゲンは改めて話をし始めた。
「お前達も知っての通り、俺は川原ひなたと付き合っている。何度も逢い引きに赴いているし、互いの親に挨拶も済ませている。季節ごとの行事において、交流を深めることも忘れてはいない」
 堅苦しい言葉に誤魔化されかねないが、その内実は単なる惚気であった。似たような話はこれまでにもされたことがあったのか、三輪も風間も黙って話を聞いている。
「軽い接吻はすでに何度かしているが、深い接吻はしたことがないし、あいつの胸や性器に触れたこともない。別に性欲を持て余しているわけではないからそれでもいいのだが……最近、どうにもあいつがより先を求めているような気がしてならないんだ」
「……と、いうと? そういうことを感じる何かがあったのか?」
 風間が詳しく尋ねると、ゲンは軽く頷く。
「俺達は逢い引きの後、別れ際に接吻を交わすのだが、離れる際にいかにも不満そうな顔をしているんだ。俺の自意識過剰であるならまだいいんだが、もしもあいつがより深い接触を望んでいるのだとすれば、男子として応えなければならないだろう」
「ふむ。それでさっきの『性行為はどこまで許されるのか』……に繋がるわけだな」
「ああ、そうだ。……庄司、どうかしたのか?」
 ゲンが不思議そうに言葉を向けた先では、三輪がさらに顔を赤くして俯いていた。
「いや……つうか、お前等平然としすぎなんだよ……」
 そんな初な三輪に対し、風間はあきれ混じりの笑みを浮かべる。
「やれやれ。この中で見た目的には一番遊んでそうなお前が一番純情というのもおもしろいな。これが虚構の世界なら、お前はむしろ『もっと過激にいけ』と煽る立場だろうに」
「知るかよ、そんなこと! っていうかどんな偏見だよそりゃ!」
 風間が指摘した通り、三人の中で最もそういうことに慣れていそうな、不良っぽい人物は三輪である。
 風間は背こそ高いものの、典型的な文学系サークルの一員という感じだし、ゲンはいかにも真面目な外見に生真面目な態度が相成ってそういうことには疎そうな純朴さを滲みだしている。その中で、三輪の少し擦れているような、不良のような格好や態度は、確かにそういったことに慣れていそうな雰囲気を生み出している。
 しかし、現実的には彼がもっとも一般的な感覚を有しているとも言えた。
 風間はそんな三輪を放置し、話を先に進める。
「それで、ゲンとしてはどこまでなら許されると思っているんだ? セックスは論外だろうが、愛撫やディープキスくらいはいいと思うのか?」
「そこが難しいところだ。俺も若いからな。深い接吻ならば自制も利くが、愛撫に入ってしまうとそのまま性交まで雪崩れ込んでしまう危険がある。無論、している場所にもよるだろうが」
「……本当に若い奴は自分で『俺も若い』とか言わねえよ」
 三輪のささやかな攻撃は、二人のマイペース人間の前には意味すらなかった。
「そうなると、やはり問題は河原がどこまで望んでいるか、によるか」
「しかし、それを探るのは難しくてな……直接聞くことも、出来なくはないが、あまりしたくない」
「いまどき、そこまで気にすることはないと思うが……男として情けないからか?」
「……それもある」
「お前は本当に昔ながらの堅気だな。俺としてはまっすぐで好ましい性質だが。……しかし、そうなると取るべき方法としては――」
 にやりと風間は笑い、話の蚊帳の外にいた三輪を見る。
 その笑みを向けられた三輪は、嫌な予感を覚えていた。
 
 
 
 
 加丹玄一郎の恋人である川原ひなたと、三輪庄司の恋人である安藤千比奈は友人同士である。
 加丹と三輪のように親友とは言えないくらいの、まだまだ短い付き合いであったが、二人とも同校に他の女子の友人が少ないこともあって、ことあるごとに一緒に行動する程度には良好かつ深い関係を築いていた。
 その日、安藤千比奈に『大事な話をしたい』といって呼び出された川原ひなたは何の疑いもなく、千比奈と一緒に喫茶店に足を運んだ。そこは一種の隠れ家的な店で、席と席の距離が離れていることもあり、内緒話をするには格好の場所だった。
「通学路にこんな店があったんだ。よく知ってたね、ちひなさん」
 ひなたは楽しそうに店内を見渡し、そのセンスのいい内装を楽しんでいた。
 一方、その正面に座ったちひなの方は、どこかぎこちない笑みでそれに応じる。
「あ、ああ……っと、じゃなくて。えーと、散歩している時に、たまたま見つけたらしくて……」
「らしい?」
 ちひなの変な物言いに、ひなたが首を傾げる。慌てた様子でちひなが弁解した。
「あ、っと。その……ごめんなんでもない」
 なぜか泡を食ったように焦る彼女の姿を、ひなたは不思議そうに見つめたがすぐに追求をやめた。
「それで、ちひなさん。話ってなに?」
「え……っと……その……」
 少し顔を赤くしながら、ちひなは必要以上に声を潜めていう。
「あの、さ……相談って言うか、意見を聞かせてほしいっていうか……彼氏……とのことなんだけど」
「彼氏のこと?」
 何か深刻な話だと思ったのか、ひなたの表情が引き締まる。それに対し、ちひなはそっと口を開いた。
「その……ひーさんは、ゲ……いや。加丹、くんと、どこまで行ってる?」
 その問いに、ひなたは記憶を辿るように視線を泳がせた。
「ええっと、この前は隣駅のショッピングセンターまで、かな。そこのクレープが美味しいって話を聞いたから……」
 素で返したひなたに対し、思わずちひなはずっこける。
「そーじゃなくてね! 恋人として! どこまで行ったかってこと!」
 思わず大きくなったのだろうが、その声に店内の注目が集まる。その内容に顔を赤くしたひなたが、慌ててちひなを制した。
「ち、ちひなさん声大きい……っ」
「え……あっ! うわっ、ご、ごめんっ」
 慌てて口を抑え、声を潜めるちひな。
 ひなたはふぅ、と一つ息を吐いてから、改めて彼女に対して聞く。
「いきなりどうしたの?」
「……あー、っと、ね。まあ、ありがちな話なんだけど……ほら、私も、付き合ってるじゃない?」
「三輪くんと?」
「そ、そうそう。それでさ。まあ、そういうことなんだけど……」
「ちひなさん……ごめん、あんまり伝わってこないよ……?」
 苦笑いを浮かべてひなたが応じると、ちひなはいよいよ困ってしまう。
 そんな二人の様子を、少し離れた席から風間と三輪が見つめていた。風間は大きくため息を吐く。
「やれやれ……庄司の奴め。大根役者にもほどがあるぞ」
「いまだに私として行動することにすら慣れてないみたいだしね。ところで風間くん、この距離であの二人に気づかれる心配はないの?」
 風間の向かいに座っている三輪は、普段の粗野な態度とは一変した、落ち着いた声音で風間に問いかける。風間は自信満々の態度で請け負う。
「心配するな。認識阻害の呪いはきちんと機能している。向こうからは俺たちが俺たちだと認識出来ていないはずだ」
 呪いを当然のように扱いこなす風間に、三輪は特に驚くことなく、感心していた。
「さすがは風間くん……私でも使えるのかな、それ」
「残念だがお前達は使わない方がいい。ただでさえ魂が不安定な状況にある以上、呪いの行使は命取りになりかねん」
 そう言われると、三輪は残念そうな顔をしつつも、納得したようだった。
「そうだね。こうして庄司さんと入れ替わるのも結構頻繁に起きてるし……ある程度時間が経ったら、安定するんじゃなかったっけ?」
「普通ならそうだが、お前達は相性が良すぎたみたいでな……不安定状態で安定しているというか、かなり特異なケースであることは間違いない」
「ふーん……」
 三輪庄司と安藤千比奈は、ある理由から時々中身が入れ替わるという奇妙な特徴を有していた。三輪の方はいまだに女子として行動することに慣れずにおかしな言動も多いが、ちひなの方はずいぶん馴染んでいて、その入れ替わりを楽しんでいる。今回はその入れ替わりを活用し、三輪がひなたに直接ゲンの気になっていることを探るという手を取っているのだ。
「まあ、こんな風に活用できるんだから、いいんだけど……ねえ、風間くん。一応聞くけどさ」
「なんだ?」
「ひなたさんに話を聞くなら、私が聞いてもいいのに、わざわざ庄司さんに訊きに行かせた理由は?」
「その方が面白いからに決まっている」
「だよねー」
 三輪(ちひな)は、楽しそうに笑って、自分の体に入って四苦八苦している彼氏の姿を眺める。
 そんな風に彼女に見られていることなど知りもしないちひな(三輪)は、ひなたに対してようやく大枠での説明を終えていた。
「……と、いうわけなの。それで、同じような立場にいるひーさんに話を聞けたら……と思って。どこまで許すべきか、っていえばいいのかな」
「なるほど……ね。そういうことだったんだ。……うーん」
 ようやくちひな(三輪)が何を訊きたいのか理解したひなたは、少し悩むような素振りを見せる。
「そう、だね……私だったら……っていう話しかできないけど」
「うん、それが訊きた……じゃなくて。それでもいいよ」
 ちひな(三輪)は腹芸というものができない質のため、かなり危うい話しぶりだったが、ひなたの方はそれについて言及しなかった。ちひな(三輪)と話すことも多いため、もう慣れてしまっているとも言える。
「やっぱり、気持ちとしては……全部許したい、許してもいい、とは思ってるけど。……けど、やっぱりわたしも彼もお互い学生だしね。責任を負いきれなくなると困るし……そういう意味じゃ、いまくらいの関係でいる方がいいのかな、って思う」
「……ひーさんは真面目だなぁ」
「そうかな? まあ、まだゲンと一緒にいるだけで幸せ……っていうか、そんなに激しいのも困るっていうか……ぬるま湯に浸ってたいって気持ちがあるのかも」
 子供なのかもね、とひなたは笑った。
 そんなひなたの表情を見て、ちひな(三輪)は唸る。
「……そっかぁ……もっと、先を……っていうのは、分不相応な、贅沢な望みなのかな」
「え?」
 思わず、といった様子でこぼした言葉に、ひなたが眼を丸くする。何を言ったのか意識していなかったのか、一拍遅れてちひな(三輪)も眼を丸くした。その顔が見る見るうちに赤く染まる。
「あっ、そのっ、そういうわけじゃなくてっ」
「う、うんっ。わかってるよ、大丈夫ちひなさん。気にしないで! 聞かなかったことにするから!」
 赤面して焦る二人の姿を、もちろん離れた席にいる二人も見ていた。
 風間は少し顔をしかめる。
「……あいつは相変わらず素の態度が女らしい、というか、可愛らしいな。小動物か」
 一方、三輪の体に入っているちひなは、苦笑いを浮かべている。
「ほんと、庄司さんって可愛らしいよね」
「あれはお前でもあるんだから、それくらい可愛らしくお前もなれるということだと思うが?」
「私はだめだよ。あそこまで純粋になれないし」
「まあ、確かに。というか、お前が純粋じゃないというよりは、あいつが純粋すぎるというか……あれだけ素直で、よくもまあいままで生きてこれたものだと感心するほどだ」
「さすがにそれは言い過ぎじゃないかな」
「真紀さんの過保護の賜物か」
「それは庄司さんが嫌がりそうだから言わないであげてね」
 三輪(ちひな)は注文していたコーヒーを口に運ぶ。
「それで、答えは聞けたみたいだけど、どうするの?」
 元々ゲンの頼みでひなたの望みを探るのが目的だった。そのひなたの答えが聞けた以上、残りはそれを報告するくらいしかやることはない。
 だが、風間は元々引っ掻きまわすことを楽しむタイプの人間である。
「まあ、出す答えは大体予想通りだったな。しかし、全く変化がないのも面白くない。一服盛るのもありかとは思うんだが、俺が理由で二人の良好な関係を壊すのもつまらんしな」
 面白がりはするが、人間関係を悪化させるなどの行為はしない分、風間も善人の部類に入るのだろう。そういう風間の性格をよく知っている三輪(ちひな)はそう言う答えが返って来るとわかっていたようだった。
「しばらくは様子見かな?」
「そうなるな。……ところで、安藤。お前は不満はないのか?」
 そう風間が問い掛けると、三輪(ちひな)は困ったような笑顔を浮かべる。
「んー、不満、というわけじゃないけど。入れ替わっている時の方がしたい、って思うんだよね……どうしよう?」
「どうしよう、と言われてもな……仮に勢い余ってしてしまったとして、結局困るのはお前だと思うが」
「そうなんだよね……だから、どうしようかな、って」
 困るのは自分といってもさすがにまずいよねえ、と三輪(ちひな)はため息を吐く。
「まあ、した男が庄司だという事実は変わらんわけだしな。それで責任を取れというのも不条理だろう。どうしたってそう言う行為には責任が伴うわけだし……」
 不意に風間が顎に手を当てる。何かを考え込んでいるようだった。
 そして不意に手を打った。
「……もしかしたら、健全に性欲を解消させられるかもしれんぞ」
 その眼には、実に楽しそうな光が宿っていた。




 わたしはふわふわとした浮遊感に包まれていた。
(……あれ? ああ、なんだ、夢か)
 ゲンとの楽しいデートのあと、プレゼントを貰って、家まで送ってもらって、別れ際のキスもして――本当に触れるだけのキスだったから、ちょっと物足りなかった気もしたけど――そして、今日の幸せな記憶を反芻しながら眠りについたはずだった。なのに、いまこうして不思議な感覚に包まれて空を飛んでいる。夢の中としか思えなかった。
(あー……なんだか、気持ちがいい夢……)
 夢の中で、わたしはどこにいるかもわからないまま、ふわふわと流されていた。
 不意に、その足下が急に定まる。
「と、とっ……」
 急に体の実感が戻ってきて、思わず前のめりにつんのめりそうになった。そんなわたしの体を、誰かの力強い手が支えてくれる。その力強さ、安心できる雰囲気で、誰の腕かはすぐにわかった。
「ゲン、ありがとう」
 それは、想像通り恋人であるゲンの腕だった。ゲンはわたしが体勢を立て直したことを知ると、ゆっくりとその腕を離す。なぜかゲンは何も言わなかったけど、夢の中だし基本そんなに雄弁な人でもないので違和感を覚えなかった。
 むしろ、周囲を見渡して、妙なことに気づいた。
(あれ? ここ、どこだろ……?)
 そこは見たことのない部屋だった。わたしとゲンが二人きりになる部屋といえば、お互いの家の自室くらいだけど、ここはわたしの部屋でも、ゲンの部屋でもない。
 強いて言うならば、これは――
(え……? もしかして、ここって……!)
 きれいに整えられたベッドシーツに、見晴らしのいい夜景が見える窓。ほんのり薄暗い部屋の照明、ムードのある微かな音楽――どうみてもここは。
 その答えを連想しかけた時、背後から優しく抱きしめられた。思わず身体が硬直する。耳元に寄せられた口から、静かな声が耳朶を打つ。
「――ひなた」
 わたしが一番好きな声で、自分の名前が紡がれる。それだけで、一瞬のうちにわたしの中で何かが切り替わった。かあっと身体が熱くなる。
「……っ、げ、ゲン……?」
 振り向けない。ゲンがどんな顔をしているのかわからない。いつもと同じ平静な表情なのか、あるいはもっと別の表情を浮かべているのか。
 わからなかったけど、続けて聞こえてきた彼の声は、普段聞いている声より、遙かに男らしい声だった。

「いい、か……?」

 何がいいのか。普段ならそんな風に聞き返していたかもしれない。何馬鹿なこと言ってるんだよ、と流したかもしれない。けれど、たった一度名前を呼ばれ、言葉少なく問われただけで、わたしの頭はもう完全にそんなくだらないことを考えることもできないほどに余裕を失い、高鳴る心臓の鼓動によって思考が一杯になっていた。
 喉が詰まって上手く言葉が出ない。けれど、それではだめだと思った。何度か声を出すことに失敗して、なんとか喉の奥から声を絞り出す。

「う……うん……いい、よ……」

 凄まじく甘い声が自分の口から出たことに驚く。どうしてこんなに緊張しているのか――それは、きっと決して普通なら許さないところまでを、許そうとしているからだと思う。
 命を投げ出すに等しい行為。夢の中とはいえ、それが持つ意味は限りなく重い。いまからやろうとしていることは、自分の命を含めた全てを、自分ではない他人に投げ出して、預ける行為なのだ。それゆえに、わたしの心臓は壊れそうなほどに早鐘を打っていた。
 そんな鼓動を感じようとしているのか、彼の大きな手のひらがわたしの胸に触れる。熱いほどの体温を有している彼の手が、わたしのそこに触れている。
 そういえば、そこをゲンに触れられるのは初めてだった。ストイックな貞操観念を持つ彼は、現実では普通のキス以上の行為に進もうとしてこなかった。それは彼がわたしのことを大事にしたいと思ってくれているということであり、嬉しく思うべきことなのだけど、けれど、頭のどこかでは、もっと触れてほしいと、自分を求めて欲しいと感じていた。
 それが図らずもいま、夢で叶おうとしている。
「……っ、ぁっ」
 触れられたそこから、まるで電流のような不思議な激しい快感が体中に走る。自分が着替えたりお風呂に入ったりする時に触れるように、『触れる』という行為だけを見れば何も変わらないのに、人に――ゲンに触れられているというだけで、その感覚は全く別種のものになっていた。
 ぞわりと悪寒ではない快感が全身に広がっていく。思わず肩が小さく震えてしまい、ゲンの手が驚いて止まるのを感じた。
「……大丈夫、か?」
 わたしを気遣う声は誰よりも優しくて、いつも柔らかなそれと比べても、なお柔らかかった。
 そんな声に浸っていたい気がしたけれど、彼を不安にさせたままではいけないと思い、声を発する。
「だい、じょうぶ……ぁっ」
 自分の声が、自分の声じゃないみたいだった。とろけるような、鼻にかかった甘い声。胸に触れられているだけなのに、こんなことでどうするのだろう。夢の中だというのに、自分自身の情けなさに呆れてしまう。
 一応、こちらの気持ちは伝わったのか、ゲンの手が再び躊躇いがちに動き始める。柔らかなその感触を堪能するように、彼の手は丁寧な手つきで触れてくる。その繊細な刺激に、喘ぎ声が自然と零れそうになった。意識して口を閉じていなければ大きな声をあげてしまっていたことだろう。
「……っ、あっ……ぅ……」
 服の上からだというのに、その指の動きまでしっかりと伝わってくる。女性の胸は立派な性器の一つなのだと、いまさらながらに理解した。オナニーの時に理解していたつもりだったけど、自分で触れるのとでは感じる快感の強さが全然違う。
 誰かに触れてもらうなんてことはいままで無かったから、気づけなかった。ゲンみたいに心から信頼している相手だからこそ、これほど胸だけで感じるのかもしれないけど。
 暫くしてゲンの手が離れた、かと思ったら、急に身体全体を浮遊感が包む。今後の浮遊感は夢うつつの狭間にある意識のそれではなくて、もっと物理的な、身体の感覚によるものだった。ゲンの手によって抱き上げられたのだと、一拍遅れて気づく。
 優しい手つきで、わたしの身体は運ばれ、白いベッドの上に降ろされる。
 ゲンの顔をわたしはそこでようやく目にした。いつもの、言ってしまえば淡泊な、落ち着きのある顔とは違い、情熱的な、けれど慈しみも浮かんでいる彼のその顔に、わたしは改めて恋に落ちる。惚れ直した、とはこういう時に使う言葉なんだろう。
 そして、ゲンの手が再びわたしの身体に伸びて来て――――
 
 
 
 
 昨日と同じファーストフード店に、風間昌紀は呼び出されていた。
 呼び出したのは加丹玄一郎と三輪庄司の二人。用件は大体予想がついていたため、風間はそこに現れた二人の表情を見ても、特に態度を変えなかった。
 挨拶もなく、無言のまま席についた二人が口を開く前に、機先を制して風間が口を開く。
「こう言うとき、俺のような立場で言うべき言葉があるんだが、知っているか?」
 二人の答えは聞くつもりもなかったのか、風間は言葉を続けた。

「ゆうべは お楽しみでしたね」

 その言葉を受けた加丹玄一郎と三輪庄司はそれぞれ、少し赤くして顔を背けるのと、涙目になって睨みつけるのと、対照的な反応を見せた。それぞれの『ゆうべ』の様子を大体悟ったのか風間は楽しげに唇を歪める。
「それぞれ楽しんでいただけたようでなによりだ。効果は確かだっただろう?」
「な、なにがっ、確かだっただろう、だ! お前なっ、いっとけよ頼むから! ちひなと入れ替わったまま寝たら、いきなりホテルの一室で、俺自身にやられた俺の気持ちがわかるか!?」
「すまん、全くわからん。……だが、あれは少なくとも双方が受け入れなければ成立しない呪いのはずだがな?」
 夢が成立したということは、つまり――そういうことだ、と風間は暗に言っていた。
 言葉にしたい恨み辛みは山ほどあるのだろうが、その事実に三輪は何も言えなくなったようで、口を開閉させている。
 一方、加丹の方は特に風間を責めるような眼ではなかった。ただ、ほんの少し困ったような表情をしている。
「ゲンの方も満足してくれたようだが? 何か困ったことがあるのか?」
「俺自身に不満はない」
 ただ、とゲンは続ける。
「……今朝から、あいつが目を合わせてくれなくてな」
「あー……」
 その類の影響は考慮の外だったのか、風間は遠い目をする。
「まあ、直後だと無理もないだろう。暫くすれば落ち着くんじゃないか?」
「だといいんだが……やはり、焦りすぎたか……?」
「そこまで気にすることはないだろ。呪いのことを知らない川原からすれば、単なる夢の話だしな。さすがに直後は気恥ずかしさから、お前に対する態度もそうなるだろうが、やがて克服するだろうさ」
「……そう、だな。そうであって欲しいが」
 ゲンはそう呟き、ため息を吐いた。
 風間はいずれにせよ、と続ける。
「あの呪いをかけたペンダントを持っている限り夢を見ることになるが、どちらかが拒否すれば見ることはない。今回、ペンダントに付与した呪いに強制力は持たせていないからな。呪いによってはそういうこともできなくはないが……お前達にそれは不要だろう」
「無論だ」
「おい、風間。ちひなに強制力を持つペンダントとか渡すなよ!? 絶対に渡すなよ!?」
 思わず必死になる三輪に対し、風間は呆れた目を向ける。
「それは逆に渡せという振りか?」
「ちげーよ!」
「いくらお前を弄るのが楽しくても、さすがに俺もそこまではしないぞ」
「……本当かよ……信じてるからなマジで」
 うろんげな顔をしながらも、一応は風間や自分の彼女を信じているのか、三輪はそれ以上は言わなかった。
 改めて、風間はゲンを見る。
「これで悩みは解決したか?」
 ゲンは暫く考えていたが、やがて小さく頷く。

 それを受けて、風間は静かな微笑みを浮かべた。
 
 
 
 
『恋人のためのお呪い』 終
 
 
 
 

Comment

No.1126 / ななっしー [#-]

いやあ、ごちそうさまでした

登場人物の名前にピンと来なかったので読み返してきました
性質上仕方ないのかもしれませんが、主人公の名前が中々記憶に残らないんです
特にひーさんは完全に女の子です、『唐突』でも動揺した場面以外では片鱗も見せませんし

そういえば、庄司くんはまだ勘違いしたままなんでしょうか?
だとしたらもう一波乱あるかもしれませんね

2013-05/22 10:39 (Wed)

No.1127 / 光ノ影 [#-] Re: タイトルなし

ななっしーさん、コメントありがとうございます!

> いやあ、ごちそうさまでした
お粗末さまです。
結局エロシーン全カットで申し訳ないです。

> 登場人物の名前にピンと来なかったので~
すいません……実は作者本人もひなたとちひながたまに混ざりそうになります(笑)
また呼び方を結構変えたというか、一人称視点から三人称視点にしたり、結構変更したのもピンとこなかった原因じゃないかと思います。
こういうのは統一した方がいいんでしょうね……ちょっと反省します。

> そういえば、庄司くんは~
はい、いまだに勘違い続行中です……と言いたいところですが、さすがに「ちょっと違うんじゃないか」くらいのことは思ってます。ただ、確信じゃないのでぽろっと波乱を巻き起こす可能性はありますね。
いいネタを考え付いたら、それで書いてみたいと思っています。

それでは、どうもありがとうございました!

2013-05/22 23:05 (Wed)

No.1211 / 名無しさん [#-]

この世界観のお話しの続編があるなん嬉しいです。是非とも彼等にはこのままでいて欲しいです

2013-07/02 12:20 (Tue)

No.1213 / 光ノ影 [#-] Re: タイトルなし

コメントありがとうございます!
この作品にコメントをいただけるととても嬉しいです!

> この世界観のお話しの~
続編は私もずっと書きたくて……優しい方がリクエストしてくださったので、それに便乗した感じです。
なお、彼らにはこのままでいて欲しいというのは私の想いでもあります! ありがとうございます。
彼らはずっとこんな感じで、それぞれの仲が進展しても、学校を卒業するなどして状況が変わっても、きっとこんな感じでわいわいやってると思います。
機会を見て、また書きたいと思いますので、その時はどうぞ彼らをよろしくお願いします!

それでは、どうもありがとうございました!

2013-07/02 23:47 (Tue)

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